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ボリショイ劇場 & シドニ-オペラハウス観劇記

元モスクワ、現在シドニ-赴任の元商社マンによるボリショイ劇場やシドニ-オペラハウスなどのバレエ、オペラ観劇記です

新国立劇場バレエ団 『マノン』 2012年6月30日(土)

2012年07月02日 | Weblog

Nさんより30日(土)の観劇記を寄稿頂きました。


「役者揃いで本場の演劇を観ているかのような
見応え有る舞台でした。
中でも山本さんのデ・グリューは
深い表現力に富み、感情のこもった踊りで
圧巻の素晴らしさでした。」

とのことです。

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新国立劇場バレエ団『マノン』2012年6月30日(土)

マノン:本島美和

デ・グリュー:山本隆之

レスコー:福田圭吾

ムッシューG.M.:貝川鐵夫

レスコーの愛人:寺田亜沙子

娼家のマダム:西川貴子

物乞いのリーダー:奥村康祐

看守:輪島拓也

高級娼婦:厚木三杏 長田佳世 丸尾孝子 米沢 唯 川口 藍

踊る紳士:江本 拓 原 健太 宝満直也

客:マイレン・トレウバエフ 厚地康雄 小口邦明 小柴富久修 清水裕三郎

本島さんのマノンは凛とした華やかさと
危うい香りが匂い立つ魅惑的なヒロインだった。
小悪魔というよりもきりりとした艶やかさで魅せる美しさがあり、
同性でもどきっとさせられたほどである。
特に長い腕を生かした表現が秀逸で、
優雅さの中に媚態を秘めているかのように
娼家で殿方をあしらう仕草にぞくぞくとさせられた。
冷たさで表面を繕いながらも心のどこかにはまだ
デ・グリューへの思いが残っていることを思わせる
繊細な心の動きもしっかりと伝わってきた。
裕福なムッシューGMと兄レスコーの思惑に巻き込まれながらも
最期命尽き果てるまでドラマティックに生き抜くヒロインであった。

終盤の沼地のパ・ド・ドゥでは全てを削ぎ落とし、
デ・グリューへの愛だけを胸に抱きながら渾身の踊りで見せ、
波乱な人生を歩んだマノンに相応しい結末へと導いていた。

山本さんのデ・グリューはどこまでも優しく、
深みのある表現が素晴らしかった。
ここまで包容力があり、マノンに深い愛を捧げるデ・グリューは
これまでに観たことがなく、心から感動した。

特に印象深かった場面の1つ、
娼家で1人取り残されてマノンへの思いを全身で謳い上げる踊りでは
心を締め付けずにはいられない切なさに溢れていた。
2幕以降その場面に至るまでは踊る場面は殆どなく、
デ・グリューは娼婦や貴族達の宴に困惑し、
宝飾や金銭の誘惑に負けて豪奢な姿で現れたマノンを
目の当たりにし、苦悩し続けるのだが
佇まいだけで葛藤を物語っていた。
ただ座っている、立っているのではなく
複雑な心情が伝わってくるのである。

山本さんの魅力の1つとして品の良さと佇まいの美しさを忘れてはならない。
まず登場場面、本を読みながら歩く姿に華やかさがあり、
育ちの良いフランスの青年らしい雰囲気が漂う。
腰掛けて読書に耽ける姿、先述した2幕の娼家の宴での
立ち尽くす姿も、マノンに疎まれ苦悩する姿も
絵画から抜け出したかような美しさである。

レスコーや看守との争いでは
愛するマノンの為、ここでは男らしさを発揮し
軟弱男ではないことが伝わる場面であった。
レスコーには結果として丸め込まれるのだが
レスコーから床に叩きつけられようと
硬貨を撒き散らされようと
取引には乗るまいと最後まで耐え続け、
意志の強さが伝わってきた。

そして悪徳看守からマノンを助ける場面では、
ブーツに忍ばせたナイフで容赦なく看守刺殺に走り、
極限状況の狂気じみた姿に鳥肌が立たずにはいられなかった。
第1幕の学業に専念する優しい青年とはもはや別人である。
物語の中である人物が変化していく筋運びしばしばあるが、
『ロメオとジュリエット』でも『椿姫』でも
山本さんの場合同一人物とは到底思えぬほどの変貌を遂げ、
今回も表現の豊かさに脱帽するばかりであった。

終幕の沼地のパ・ド・ドゥでは
力を振り絞って瀕死状態のマノンを
最後の最後まで守り抜こうとする姿に涙を誘われた。
世界一幸せなマノンである。

『マノン』のデ・グリューは
どうにか私が生きている内に山本さんで観たいと
劇場に通い始めて以来約7年ずっと願っていた役であった。
複雑な心理描写を求められ、また演劇要素の強い難役の1つであるが、
『ロメオとジュリエット』や『ジゼル』よりも遥かに
人間の闇部分(金銭欲や情欲)を突き詰めた作品の中の役だからである。
闇を抉り出したこの作品でどう役を作り上げていくか
期待が膨らむばかりであったが
本日、見事この難役中の難役を踊り切り、
観客を深く壮大な物語の世界に引き込んだ。
新国立劇場バレエ団史上に残る功績であろう。

来シーズン最初はビントレー版『シルヴィア』で
ヒロインを誘拐する森の住人・オライオン役での出演である。
これからも様々な役柄に挑む姿が益々楽しみである。

レスコーの福田さんも好演だった。
当初はマノンの弟に見えてしまうのではないか、
またどうしても人柄の良さや真面目さが出てしまい
物語に説得力を持たせることが困難になってしまうのではと
少々不安だったのだが、
幕が開いてからは全て吹き飛ばされた。
生き生きとした芝居の鮮やかさやアクの強さが尋常でないのである。

特に圧倒されたのは
マノンと駆け落ちしたデ・グリューを金銭でゆすり、
力ずくで取引を持ちかける1幕終盤である。
デ・グリューを追い込んでは高笑いする迫力に
あっぱれであった。
洗練された美しい踊りを披露するテクニシャンで、
道化やウルリックなどで振りまく愛嬌の印象が強かっただけに
レスコーの悪党ぶりや役者級の芝居の上手さに驚かされた次第である。

寺田さんのレスコーの愛人も印象深い。
くりっとした目の可愛らしい容貌に艶やかさが加わり、
色気を備えたゆったりと撓る踊りと
華やかな雰囲気に蕩けそうになる。
レスコーとのパ・ド・ドゥでは
昨年の『ロメオとジュリエット』の娼婦以上に
大胆奔放な魅力を放っていた。

貝川さんのムッシューGMは
淡々としていそうでありながら
身体の奥底から細く長く嫌らしさを表していて、
見るからに好色そうな男性よりも
むしろ不気味さを思わせ、
練り上げられたキャラクターであった。

9年ぶりの上演であった今回の『マノン』、
ダンサー達の果敢な挑戦に心から拍手を送りたい。
どの作品よりも厳しい稽古であったと察するが、
是非とも近いうちの再演を望みたい。

今シーズンは7月下旬から始まる
こどものためのバレエ『シンデレラ』を除いては
明日7月1日(日)が最後のバレエ団公演である。

来シーズンは劇場開場15周年記念にあたり、
新制作『シルヴィア』で開幕する。
現代から古代へタイムスリップするファンタジー作品の日本初披露を
楽しみに待ちたい。



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3 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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新国立バレエ団史上に残る功績! (aruyaranaiyara)
2012-07-03 07:35:42
全く同感です。

数日経って、未だにあの日の余韻が残ってます。

そして、今回のレポート、Nさん節満載で、Nさんの思いの丈が、真っ直ぐに表現されていて、大好きです。

あの日の「マノン」、日本人スタッフだけで創り上げた、バレエを超えた、感動のドラマでしたね。
日本のバレエ団も、ここまでレベルアップしたかと思うと、感無量です!
返信する
ありがとうございます! (N)
2012-07-03 21:14:32
aruyaranaiyaraさん

この度もコメントありがとうございます。
ご覧になっていましたか!
私もまだ余韻に浸っております。
本当に、心に深く沁みる舞台でしたね。

今回はいつもとは大分違う文体だったかと思いますが、お読みくださったことに感謝いたします。
今もマスネの音楽が脳内でずっと巡っています。
返信する
ありがとうございました (管理人)
2012-07-04 00:05:15
aruyaranaiyaraさん
このところUPの間隔があいていましたが
Nさんのご覧になった日にご覧になって
同じ感想をお持ちになったとのコメント
誠にありがとうございました。
返信する

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