ボヤキまSHOW

I talk to the window ~窓に語りて~

差別はあるものですが。

2007-09-28 00:12:13 | わたくし事

電車に乗ってると、よく考え事をするんです。

窓の外を流れ行く景色をボーッと眺めてると
色々と頭に浮かんでくるんです。

何気ない事や、仕事の事、世の中の出来事について、など
思い浮かんだ事に対してボーッと考える。

私(わたくし)は「現代に残ってる差別」というものを
初めて知ったのが中学2年の時でした。

それまでそんなものがあるなんて
全然知らなかったし、
知った後もピンと来ないというか、
理解できなかったと言うか・・・。

先日は電車に乗っててそんな事を思い出したんです。

中学2年の時に「同和教育」というのがあって
その時に初めて耳にした「差別」という言葉。

最初聞いたときには
「ブラック差別?ブラク差別?・・・???」っていう感じで
私(わたくし)は何の事かさっぱり分からなかったけど
クラスメイトはみんな疑問を持ってる様子もなく、
みんな分かってるような感じでしたね。

それで差別を題材にした映画とか見せられて、
見終わった後、友達が
「もしお前が・・・」って言ってきたんですね。

私(わたくし)としてはその後に続く言葉は
感動的なものを期待したんですよ。
やっぱ友達だなあ、と思うような。

でもそいつは、冗談とも本気ともつかない言い方で
こう言いました。

「もしお前がブラクだったらお前とは付き合わん」

私(わたくし)、とてもガッカリしましたね。
コイツにとっては俺は、そんな存在なんだなって。

この友達に言われた言葉、
もし同和教育というものが無かったら
一生言われることがなかったでしょう。

つまりは、後々思ったんですが、
差別に関する教育っていうのは
差別の認識を植えつけてるような
気がするんです。

まあ、そいつとはその後も普通に付き合ってたし
最近でも一緒に飲みに行く事がありますけどね。

でもちょっと思うことがあるんです。
差別教育そのものが、実は差別そのものじゃないかって。

今もこういった「同和教育」ってあるんでしょうかね。
今はそれ以前に道徳が問題ですけど。

確かに世の中には色んな人がいます。
世界に名を響かせるスポーツ選手、大会社の社長、
刑務所で服役中の囚人、公園でテント暮らししてる人、
その他・・・。

でもどんな肩書きがあろうとも無かろうとも
世界中のどの病院でも、同じ診かたをされるでしょう。
だからみんな同じなんですけどねえ。