一国の経済規模を示す指標として最も一般的に用いられる経済統計指標に「GDP(国内総生産)」があります。
GDPは国内で1年間に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額(新たに生みだされたフローの総額)で、 原則として国内総生産には市場で取引された財やサービスの生産のみが計上されます。
GDPは、(昭和の時代によくつかわれた)「GNP=国民総生産」とは異なり、日本企業などが海外で生産したモノやサービスの付加価値は含まない数値です。家事労働やボランティア活動などの市場で取引されない活動はGDPには算入されず、また、(ネット販売など)市場を介さない取引は把握が難しいといった問題点も指摘されているところです。
もっとも、国が市場における経済の動きを網羅的に把握することなどできようはずもありませんので、発表されるGDPが、一定の指標を組み合わせることにより導き出された「推計値」であることは言うまでもありません。
GDPは各国の経済活動を比較できるよう、国際連合が定めた国際基準に基づいて計算されることとなっています。
経済環境の変化に伴い指標が実態に合わなくなったこともあって、国連は2009年にこの基準を16年ぶりに改定しました。米国や英国では、既に新基準に基づく算定に移行していて、その結果としてGDPは2~4%押し上げられています。
当然、日本政府(内閣府)も直後から新基準の導入に向け準備を進めており、本年の12月には(遅ればせながらも)新しい算定方法に基づく速報値が示される予定とされています。
一方、先進諸国から不信の目で見られているのが社会主義市場経済を標榜する中国のGDPで、他の経済統計数値とのミスマッチなどから、経済規模は当局発表の二分の一以下、2015年に6.9%とされた成長率も2パーセント台に過ぎないと推定する経済学者もいるようです。
さて、そうした中、我が国のGDPを巡っては、8月5日の日経新聞に掲載された『GDPはプラス成長だった?日銀・内閣府が論争』と題する記事が話題となりました。
日銀は、7月20日にホームページで公表した『税務データを用いた分配側GDPの試算』という論文において、政府発表のGDP統計に約30兆円のずれがある可能性を指摘し、さらに過去20年間にわたって、一貫して過小に算定していた可能性もあることを示す試算値を公表したというものです。
詳細については8月9日の日経新聞(コラム「大機小機」)に詳しいので、この機会に少し内容を整理しておきたいと思います。
この衝撃的な分析は、日本銀行の2人の研究員が1年半の時間をかけて推計した結果に基づくものだということです。日銀では、あくまでレポートであり、いわゆる「公式見解」ではないとしていますが、その内容は専門家などの注目に十分値するものだったようです。
記事ではまず、3通りあるとされるGDPの算出方法に触れています。
一つ目は各産業が生んだ付加価値を足し上げる方法で、国内で1年間に生産された全ての最終財・サービスの総額としてGDPを捉えるものです。
二つ目は消費や投資という支出額を積み上げる方法で、企業などが財・サービスの市場で自身の最終財・サービスを売り、その対価として得た金の総額としてGDPを捉えようとするものです。
そして三つ目は、生産に関わった者の所得や企業利益を合算する方法で、家計、政府、および企業へと分配された利潤の総和としてGDPを把握しようとするものです。
これらはそれぞれ、「生産側GDP」「支出側GDP」「分配側GDP」と呼ばれ、統計がしっかりしてさえいれば、「三面等価の原則」から(理論上)一致するものだと記事は説明しています。
記事によれば、GDPの算出に当たって、政府では(集計のしやすさから)まず支出側のGDPを速報値として示し、確報段階で生産側GDPも使って修正を加えるという手続きをとっていて、分配側のGDPは個別にははじいていないということです。
一方、今回の日銀の分析では、分配側のGDPを(個人住民税や法人税、申告所得などの)税務データなどから算定し、政府発表数値との比較検討を行ったとしています。
試算では、分配側GDPは過去20年間、ほぼ一貫して公式GDPを上回っており、特にズレが大きかったのが、消費税率を引き上げた2014年度だったということです。
公式統計では、実質GDPは525兆円でマイナス0.9%成長とされていましたが、(分配側の)試算値は556兆円。成長率は(なんと)プラス2.4%で、企業の営業余剰の大幅増が効いていると記事はしています。
これほどの差が生じた原因について、記事は、税務データを活用することで調査対象企業が広がったことや、消費税に関係する(細かな)係数把握で統計誤差が修正されたことなどを挙げています。
さて、今回の日銀による試算は、政府の統計委員会にも伝わり大きな衝撃を与えました。
記事によれば、2014年のマイナス成長には、これまで専門家の間でも様々な疑問が呈されていたということです。
この年の我が国の企業収益は過去最高を記録しており、税収も想定以上に伸びていた。専門家の間には、「これで違和感も氷解する」といった声も聞かれていると記事はしています。
さらに、記事によれば、(政治の世界では)「消費税率引き上げの景気への打撃はやはりそれほどでもなかった」「異次元緩和が効いたのだ」などといった、(ある意味「手前勝手」な)解釈も囁かれているようです。
2020年ごろまでに名目国内総生産(GDP)を600兆円にするという政府目標の達成が危ぶまれている中、多分に「都合のいい」タイミングと言えば言えなくもありません。
そうしたことから、今回の日銀による試算値の公表に(なにやら)作為的なものを感じる向きもあるようですが、いずれにしても「波紋はさらに広がりそうだ」と結ぶこの記事の指摘を、私も興味深く読んだところです。