MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯1848 「送りバント」という戦略

2021年05月12日 | スポーツ


 コロナ禍のもと、3月19日に甲子園球場で開幕した​第93回となる全国選抜高校野球大会(春のセンバツ)。4月1日には決勝戦が行われ、名門東海大相模高校(神奈川)が明豊高校(大分)を3対2の劇的なサヨナラ勝ちで制し、2011年以来10年ぶり、3度目の優勝を果たしました。 東海大相模による3度の春の甲子園制覇は歴代3位に並び、春夏合わせて5度にわたる制覇は歴代6位のタイ記録となったということです。

 甲子園での高校野球大会は、昨年は新型コロナウイルスの影響により中止となったため2年ぶりの開催となりました。
 今回の大会では、感染防止対策として観客の上限を1万人に限定したり、アルプス席を学校関係者限定の1000人までとしたり、当日券の販売は行わないなどの様々な対応が取られ、(テレビの画面越しでも)いつもの年よりずいぶん静かな甲子園に見えました。
 感染防止対策のため、相手チームとの握手や素手でのハイタッチを禁止。試合中は出場選手とベースコーチを除き原則マスク着用、飛沫感染防止のためブラスバンドの演奏や大声での応援を禁止するなど選手や応援団にとっても異例づくしの大会だったようです。

 さて、決勝戦の内容ですが、10年ぶりの優勝を掴んだ9回裏の東海大相模高校の攻撃。8回が終わって2対2の同点の展開で延長も視野に入っていましたが、東海大相模は先頭打者の内野安打で出塁すると、9番の選手の送りバントなどがうまく決まって一死満塁のチャンスが生まれます。
 この場面でバッターは3番の好打順。彼がはじき返した打球はショートへ痛烈なライナーとなり、センターへ点々と転がって3塁ランナーがホームイン。チーム一同、満面の笑顔の日本一となりました。

 さて、先頭打者が塁に出て打順は9番のラストバッター。「1点を取れさえすればいい」というこの状況を踏まえれば、監督のサインは誰が考えても「送りバント」しかないでしょう。
 確実に塁を進めるためには、たとえ自らが犠牲になっても構わない。自分を殺して(チームのために)仲間を生かすというのも「いかにも日本的な戦法だなあ」と思っていましたが、これが本当に米国のメジャーリーグなどではほとんど選択されない特殊な戦法だという話を先日初めて耳にしました。

 実際、日本のプロ野球の公式戦(2019年)で1試合当たり0.65個行われた「送りバント」は、メジャーリーグ(MBL:2019年)では4856試合で776犠打、1試合当たり0.16個しか試みられていないということです。
 野球の本場、大リーグではほとんど廃れてしまったこの「送りバント」という戦法が、この日本ではいまだになぜこうして多用されているのか。筑波大学准教授で同大硬式野球部監督の川村卓氏は4月11日の東洋経済ONLINE「科学的に見て送りバントは有効な戦術なのか」と題する論考を寄せ、(専門家の視点から)その理由を整理しています。

 まず、「送りバントは無死1塁でどのくらい戦法として使われているのか?」についてです。2016~2017年の甲子園大会129試合のデータを調べると、無死1塁で送りバントという戦法を選んだのは50.2%。これが10年前の2005~2007年の甲子園大会160試合のデータでは68.9%に及んでいるので、10年前までは「無死で走者が1塁に出れば(ほぼ間違いなく)送りバント」と考えてよかったと、氏はこの論考で説明しています。

 一方、これは逆に言うと、高校野球の世界ではこの10年で送りバントの機会がざっと2割も減っているということ。それは一体なぜなのでしょうか。
 結論から言ってしまえば、この10年間「打高投低」が進む高校野球の世界で、送りバントは1死を与える「もったいない戦法」と見られるようになったというのが川村氏の認識です。
 野球の世界には、データを統計学的見地から評価し戦略を考える分析手法としてセイバー・メトリクスというものがあるが、その研究によると、送りバントで1死を与えることで(高校野球の場案)「得点期待値」が0.90から0.77へ減少することがわかっていると氏はここで指摘しています。

 そして、この結論は高校野球だけでなくプロ野球でも同様のこと。2014~2018年のデータでは、無死1塁から1死2塁になることで、得点期待値は0.80から0.64に減少するということです。
 つまり、無死1塁で送り監督が送りバントを命じそれが成功したとしても、得点につながる可能性は(データ上は)逆に下がってしまうということ。勿論、個々のバッターの打撃力によって期待値は変わるでしょうが、それにしても、やたら手堅くバントの指示を送ればそれでよいというものでもなさそうです。

 こうして考えれば、送りバントは野球の戦略上必ずしも有効な手段ではないと考えられる。しかし、それでも日本の野球では、依然として送りバントを使う傾向が続いていると川村氏はこの論考に綴っています。
 特に高校野球の監督たちが、今でも「送りバント」を多用したがるのは一体なぜなのか。 バッターに(「チームのため」と)送りバントを強いることで、「ワンチーム」のムードが作れるからか。自らが捨て石になって味方を勝利に導くことが「日本人のメンタリティ」にマッチした戦法だということなのか。

 そういうことをひっくるめて、(選手が与えられた役割をこなすのが)日本の監督が目指すチームプレーの姿だからなのか。はては、もしも打って出てダブルプレーなどに終わったら監督の責任が問われることになるからか。
 いずれにしても、高校球児たちに「勝つための手段」として強いてきた「送りバント」が(そう簡単には)彼らに受け入れてもらえなくなる日がだんだん近づいてきているような気がするのは、果たして私だけでしょうか。






最新の画像もっと見る

コメントを投稿