MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2291 「夜になれば帰る場所がある」ことの有難さ

2022年11月09日 | 社会・経済

 古来日本では、人が生きていくうえで最も生活に必要な3要素を、「衣・食・住」つま り「衣服」「食事」「住居」の3つに集約して表現してきました。

 「衣食足りて礼節を知る」とは、春秋時代の中国で、斉の国の桓公に仕えた宰相の管仲の言葉とされています。生活にゆとりができてこそ、民草は礼儀や節度をわきまえるようになる。政治の要諦は、国民のゆとりある生活にこそあるという例えとされています。

 一方、湿潤な気候と固有の文化を持つ日本では、そこに、家族とともに雨露をしのぐための場所、つまり「住」を加えてきました。まずは人としての品格(プライド=人権)を保つための「衣」を身にまとい、生活のための「食=糧」をはみ、さらに家族を守る「住」を得ることで、人は初めて「人間らしい暮らし」を手に入れられると考えたということでしょう。

 (一見すると当たり前のようにも感じますが)確かに「夜になれば帰る場所がある」というのは、思えば本当に幸せなこと。今日の夜はどこで寝るのか…毎晩そうしたことを心配して暮らす心細さは、いかばかりなものでしょうか。

 さて、近年、長引くコロナ禍で仕事を失ったり、家賃を支払えない人が増えているという話をよく耳にするようになりました。以前から、アパートなどの入居に当たり独居高齢者や外国人の入居を拒否する業界の状況はしばしば問題視されていましたが、コロナ禍による生活保護費受給者の増加に伴い、都市部を中心に住居の確保の問題が顕在化しているようです。

 一口に「生活困窮者」と言っても、ネットカフェに泊まりながら派遣で働く若者から、パートナーのDVから避難してきた女性、低年金・無年金の高齢者などさまざまな状況の人たちがいます。年々女性の数も増えており、身寄りのないお年寄りも多く、連帯保証人の確保も一層難しくなっているということです。

 そうした中、9月7日の日本経済新聞「中外時評」に、同紙論説委員の柳瀬和央氏が『「住宅」が社会保障になる日 低年金でも生活可能に』と題する論説文を寄せていたので、参考までにその概要を紹介しておきたいと思います。

 日本の社会保障制度のメニューは、大きく分けて①年金、②医療、③介護、④障害者福祉、⑤生活保護、そして⑥子育て支援の6つ。しかし、欧州の主要国では7つあるのが普通で、最後のひとつは「⑦住宅」だと柳瀬氏はこの論考に記しています。

 日本にも、住まいを確保するための公的支援はある。それは、生活保護の一部である住宅扶助と、離職などで住まいに困った人向けの住居確保給付金の2つだが、いずれも生活保護世帯や求職活動中の人だけを対象とした短期の支援に過ぎない。対象者は一部の困窮者に限定され、広く一般の人が使える制度にはなっていないというのが氏の認識です。

 一方、欧州の多くの国では公的な住宅手当があり、所得・世帯要件を満たせば必ず得られる権利とされている。日本の児童手当のようなイメージで、フランスでは約2割の人が住宅手当を受給していると氏はしています。

 公営住宅においても、住宅政策の柱と位置づけられている欧州に比べて日本では供給量が限られ、低所得者が希望しても入居できないことも多い。特に、持ち家建設を中心に推進される日本の住宅政策の下では、公営住宅の比率はさらに低下の一途をたどっているということです。

 確かにこれでも、高度成長期であれば大きな問題はなかった。実際、昭和のサラリーマンたちは正社員として終身雇用で守られ、数多くの「社宅」や独自の住宅手当が提供・支給されてきたと氏は言います。しかし、経済の先行きが見えない時代に入り、不安定な非正規雇用が増加。正社員の住宅手当も、仕事と報酬の関係を明確にするジョブ型雇用の導入で廃止される動きが出ているということです。

 そして、ここに来てさらに大きなうねりとなっているのが、「高齢化」と「世帯の変化」だと、柳瀬氏はこの論考で指摘しています。

 就職氷河期世代で不安定な雇用が続き、結婚もしていない人が、2030年には60歳に到達し始める。家族の支えがなく低年金の単身高齢者が急増すれば、住まいの確保が社会問題になりかねず、ひとり親世帯の割合も9%と1980年の5.7%から上昇したと氏は言います。

 65歳以上の人口が最多になる「40年問題」に備え、住宅政策の刷新を求める有識者は少なくない。氏によれば、今年3月の政府の全世代型社会保障構築会議でも、社会保障としての「住まいの支援」や普遍的な家賃補助や住宅手当の仕組みの創設に関する意見が相次いだということです。

 とはいえ、これらを実現するには巨額の財源が必要なため、政府内の議論は低調だと氏はしています。

 仮に生活保護から住宅扶助を切り離し、財源とともに新制度に統合したとしても、兆円単位の追加財源が必要になる。住宅ローン減税を廃止すれば数千億円規模の財源が浮いてくるが、住宅業界をはじめ各方面の猛反発は必至で、(これから家を持とうという)若い世代の反対も避けられないというのが氏の見解です。

 一方、「住まい」を社会保障制度にすると、その影響は広範囲に及ぶ。低年金でも何とか生活できる人が増えるかもしれないし、介護のあり方にも一石を投じるだろうと氏は話しています。さらに、その他、景気や住宅市場、家賃相場などに与える影響も大きいことを考えれば、規模や内容も、時間を掛けて十分に吟味していく必要があるというのが氏の指摘するところです。

 とはいえ、日本の夕暮れ時を、今夜のねぐら探して多くの人が徘徊するような時間にしたくないというのは、誰もが共通した思いのはず。社会の変化や改革の難しさを考えると、残された時間はあまりない。政府は早く本格的な議論を始めるべきだとこの論考を結ぶ柳瀬氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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