MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1349 成長の源泉

2019年04月30日 | 社会・経済


 日銀の黒田東彦総裁は3月18日の参院予算委員会で、少子高齢化や労働力人口の減少は「日本経済にとって大きな課題のひとつ」としながらも、イノベーションを促すことによって「やや長い目で見たわが国経済の成長率を引き上げていく可能性がある」との見方を示したと同日のロイターは伝えています。

 人口減少や高齢化の金融セクターへの影響について黒田総裁は、(一般論と断ったうえで)経済成長率が低下すると資金需要が伸び悩み、低金利環境が続きやすいとし「金融セクターの収益への影響について注視していく必要がある」と述べたとされています。

 一方で、人口動態の変化に対応しようとする企業活動の前向きな変化は促進されており、それを支えるための貸し出しやM&Aなど新しい金融サービスへのニーズも生まれている。実際、足元では労働を代替する設備投資やソフトウエア投資が活発化しているほか、AI(人工知能)などの新しいイノベーションも起きていて、「この数年、G7の中で労働生産性が一番上昇している国は日本」と話したということです。

 日本の人口減少や急速な高齢化の進展はもはや「予測」の域を出ており、日本に確実に訪れる未来の出来事として認識する必要があります。そうした前提の中、私たちは日本経済の成長の「源泉」を一体どこに求めればよいのか。

 4月1日の日本経済新聞の紙面では、経済学者で立正大学学長の吉川洋(よしかわ・ひろし)氏が、これからの日本経済の原動力は「新しいモノ・サービスが主導」するとする興味深い論考を寄せています。

 人口が減るのだから成長できるはずはない、よくてゼロ成長だと考える人も多いと吉川氏はこの論考の冒頭に記しています。

 そう、確かに人口の減少が一国経済にマイナスの影響を与えることは間違いではない。しかし経済成長は決して人口だけで決まるものではない。「1人当たり」のGDPの伸びの方がはるかに大きな役割を果たすというのが、この論考における吉川氏の基本的な認識です。

 例えば中国経済は少し前まで10%成長を続けていたが、人口の増加率は1%ほどだった。同様に、過去20年間日本経済の実質経済成長率は平均0.8%(1996~2015年、2011年基準)に過ぎなかったが、既に労働力減少時代に入っていたため労働の成長への寄与は年平均マイナス0.3。つまり「投入労働当たりのGDP」が1.1%成長したことにより、0.8%の経済成長が実現したと氏は説明しています。

 経済成長の柱である1人当たりGDPはどのようにして伸びるのか。機械など資本投入の貢献もあるが、成長の源泉ともいうべき最も重要な要因はイノベーション(技術革新)だと吉川氏は言います。

 実証分析をする際、スタンダードな手法である「成長会計」では、労働と資本の貢献以外の「全要素生産性」(TFP=Total Factor Productivity)という概念でとらえられることが多いということです。では、そのTFP・イノベーション・TFPの実体とは何なのか。

 その一面として、生産の現場に次々と現れる新技術は分かりやすいと氏は指摘しています。かつて駅の改札が人力から自動に替わった。同じことは建築現場やスーパーのレジなど至るところで進行中で、人工知能(AI)も含めこうした技術は人手不足の問題を解決する鍵となる。過去250年間、資本主義経済の歴史は、労働力不足に伴う賃金の上昇が促す省力化の歴史だったということです。

 しかし、イノベーションは決して生産の効率化をもたらすハードな技術の進歩だけではないというのがこの論考における吉川氏の見解です。イノベーションにはハード・ソフト様々な種類がある。特に重要なのが新しいモノ・サービスの創出だというのが氏の指摘するところです。

 既存のモノやサービスに対する需要は必ず飽和すると氏は言います。スマートフォンですら、普及が一巡するとともに伸びが頭打ちになりつつある。需要の伸びが著しい新しいモノ・サービスが生まれなければ、1人当たりの所得の伸びはゼロ、すなわち経済成長は人口の増加率に等しい水準まで減速していくということです。

 一方、多くの場合、新しく生まれるモノ・サービスは、姿を消すモノ・サービスより付加価値が高いと氏はしています。ニーズがあれば単価は上がるので、人数が減っても消費の総額は増大するというのが経済の歴史である。もちろん、そのためには付加価値の高い新しいモノ・サービスが創出されねばならないということです。

 平成の30年間、日本経済は閉塞感を払拭できなかった。デフレ、人口減少を根本的な問題と考える論者が多いが、私はその意見には与しないと吉川氏はこの論考に記しています。

 失われた(と言われる)停滞の30年を振り返れば、日本企業がインパクトのある新しいモノ・サービスの創出やプロダクトイノベーションに成功しなかったことがその大きな根因だと吉川氏は指摘しています。

 新しいモノ・サービスはわれわれの生活を変えるから、新しい価値の創造でもある。過去30年、日本経済は情報通信技術革新の潮流に立ち遅れた。しかし、これで勝負がついたわけではない。デジタル技術はあくまでも道具であり、問題は何をつくり出すかだというのが、日本企業に対して氏の期待するところです。

 イノベーションの担い手は、誰も見たことのない未来の新しい価値に思いをはせる人たちだと氏は言います。

 折しも、これからの日本は、歴史上誰も見たことのない超高齢化謝意に突入する。そうした現実を考えれば、日本企業がそうした社会の求める新たな価値を考え、素材から最終的な消費財・サービスまでプロダクトイノベーションに突き進むことが日本経済活性化の鍵でとなるのではないかと結ばれたこの論考における吉川の指摘を、私も大変興味深く受け止めたところです。


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