MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯1006 「同一労働同一賃金」の未来

2018年03月01日 | 社会・経済


 安倍内閣が、2018年度の主要政策として進める「働き方改革」。中でも「同一労働同一賃金」制の導入は、実現すれば日本の労働慣行に大きな変革をもたらすエポックとなり得るものでしょう。

 安倍晋三首相は1月22日の通常国会冒頭の姿勢方針演説で、「非正規という言葉を、この国から一掃してまいります」と大見栄を切りました。実際、もしも同一労働同一賃金が徹底されれば、確かに「正社員」だとか「非正規」だとかいう言葉は世の中で(ほとんど)意味をなさないものになると言えるかもしれません。

 「同一労働同一賃金」については既に厚生労働省による「ガイドライン(案)」も示され、(当初案からは1年遅れることになったものの)大企業では2020年4月から、中小企業では21年4月から導入される方針です。

 「ガイドライン(案)」では、例えば正規・非正規の処遇の違いについて「無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者の間に基本給や各種手当といった賃金に差がある場合において、その要因として無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者の賃金の決定基準・ルールの違いがあるときは、『無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者は将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる』という主観的・抽象的説明では足りず、賃金の決定基準・ルールの違いについて、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の客観的・具体的な実態に照らして不合理なものであってはならない。」としています。

 判り辛いのですが、つまり、正規と非正規で待遇に格差を設けるには「将来の役割期待が異なる」という理由だけでは足らず、業務内容などの具体的な実態からみて(その格差が)合理的でなればならない…ということになるでしょう。

 さて、これだけ読めば、日本の労働慣行の中にある不合理な非正規格差が(ここで)一気に解消するようにも見えるのですが、果たして実態はどうなるのか?

 同一労働同一賃金のこれからに関し、『週刊プレイボーイ』誌の2018年2月19日発売号に、作家の橘玲(たちばな・あきら)氏が『「働き方改革」の第二章は「解雇自由化」』と題する興味深い論評を寄せています。

 橘氏はこの論評で、(あまり理解されていないようだけれど)現在国会で審議されている「働き方改革関連法案」が成立し(その趣旨にのっとって)厳密に適用されると、「日本的雇用」は根底から覆ることになると指摘しています。

 現時点では「正社員への特別手当を非正規にも払え」というレベルの話で済んでいるが、いずれ「なぜ正社員は社宅に入居できて非正規は拒否されるのか」とか「親会社からの出向と子会社の社員で給与がちがうのは違法だ」という話になっていくと思われる。

 「一般職」を女性限定で募集するとか、「現地採用」の外国人社員を「本社採用」の日本人と区別することなども、この法律の下ではもちろん許されるはずがないというのが橘氏の認識です。

 氏によれば、同一労働同一賃金を徹底した北欧では、社宅や住宅手当はもちろんボーナスや退職金もなく、フルタイムでもパートタイムでも平等に時給換算されているということです。

 日本でも(この法律の下)事務系の仕事は早晩、正規・非正規の区別がなくなり、先進国ではありえないほど劣悪な非正規のステイタスが上がり、ありえないほど恵まれている正社員のステイタスが下がることで「平等」が実現されるというのが、橘氏の予想するところです。

 バックオフィスは時給仕事なので「時間外労働」は労使双方から嫌われることとなり、労働時間の上限規制も厳格化する。リストラは金銭的な補償を含む厳格なルールの下に行なわれるようになる半面、会社が「終身雇用」を約束する義務もなくなるということです。

 それに対して高度な専門職(高プロ)は、「会社の屋号を借りた自営業者」に位置付けられると橘氏は言います。

 この法案に対しては「残業代ゼロ」のレッテルを貼って反対する人たちもいるが、自営業に残業代などないのですからこれは当然のこと。その代わり成果給は青天井で、大きな利益をあげれば社長の給与を上回ることもあるはずだと氏はしています。

 さらに、「高プロは残業に上限がなく過労死の危険がある」という人もいるけれど、いい歳をした大人が仕事時間くらい自分で管理できなくてどうするのか。高プロの仕事は成果のみで評価し、会社が働き方に介入しないよう決めておけばいいだけのことだと氏は説明しています。

 氏によれば、そして、彼ら(高プロ)にとってもうひとつ大事なことは、報酬が青天井ということは、契約時にお互いが合意した目標に成果が達しなければ解雇されても文句はいえない、ということ。

 これも、自営業者に雇用保障などないことを考えれば当たり前の話に過ぎない。流動性の高い労働市場では、専門職はよりよい条件で他の会社に移っていくのが自明だということです。

 さて、今後さらに働き方改革が進めば、正規・非正規の区別も新卒・既卒の区別も、現地採用・本社採用の区別も、出向者とプロパーの区別も(当然、男・女の差別も年齢による差別も)ない、欧米のような実力主義の流動性の高い労働市場が実現するのでしょうか?

 安倍首相がどこまで本気で同一労働同一賃金を実現しようとしているのかは定かではありませんが、人手不足が叫ばれる中新しい市場原理がどういうかたちで浸透していくのかについては、私もしっかりと注目していきたいと思います。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿