MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1173 コンパクトシティとLRT

2018年09月24日 | 社会・経済


 2か月ほど前、所要があって、梅雨明けを迎えたばかりの北陸の富山市を訪れました。

 北陸新幹線で東京駅から2時間ちょっと。以前は越後湯沢から特急「はくたか」に乗って通算4時間以上かかっていたことを考えると、本当に便利になったものです。

 当日は、仕事の都合で昼過ぎにオフィスを出て3時過ぎには富山駅に降り立ち、夜の10時前には東京に戻っていたのですから、越中富山も半日日帰りコースに組み込まれる時代となりました。

 実際、北陸新幹線が2015年の3月に開通したことで、関東圏からの北陸観光は非常にポピュラーなものになりました。金沢、黒部立山、宇奈月温泉などの観光地は、折からのインバウンドの風も受けて大変賑わっていると聞いています。

 そうした中、富山市自体はなかなか観光客入込数を伸ばせていない。特に宿泊客の受け入れが目下の課題だというお話を、今回(富山県の)石井隆一知事からうかがったところです。

 もちろん、富山の隣には加賀百万石の歴史を色濃く残す大城下町金沢があり、集客上のインパクトから言えばやや劣勢なのはやむを得ないところもあるのでしょう。

 こうした状況を踏まえ、県・市サイドでも富山駅近くに「カナルパーク」と呼ばれる美しい親水公園を整備したり、新湊にマリーナを作りヨットレース「タモリカップ」を誘致したり、富山湾のおいしい魚介類をPRしたりと観光客の誘致に余念がないようです。

 さて、直接観光とは関係ないのですが、富山市と言えば、近ごろ全国的に話題となっているのが人口減少に伴う中心市街地の活性化に向けたコンパクトシティへの取り組みです。

 訪れてみると改めてわかるのですが、富山駅の北口と南口にそれぞれ直結した2路線のLRTが間断なく走っており、市民の日常の足として機能している様子がうかがわれます。現在、在来線の高架化と合わせて南北LRTの相互乗り入れのための工事が進められていて、これが実現すれば、市内のLRTが一体的に利用できるようになり利便性はますます上がるという話を聞きました。

 人口約42万人の中核都市(2005年に7市町村合併)である富山市は、日本の他の地方都市と同様、人口減少と超高齢化、さらにはモータリゼーションへの依存、中心市街地の魅力喪失、行政コストの圧迫などに深刻な課題を抱えていたとされています。

 もともと、富山県の自動車保有台数は1.73台/人と全国第2位、自動車の交通分担率は72.2%と全国でも有数のクルマ依存社会とされてきました。

 また、持ち家比率は約8割と、一戸建て志向の強い土地柄もあって地価の安い郊外に居住地が拡散しており、全国中核都市43ある中で面積は1番広く人口密度は42位の下から2番目と著しく低いということです。

 そうした中、中心市街地人口は10年間に27,233人から24,099人へと11.5%減少し、中心市街地の小売販売額も10年で1,973億円が1,182億円と40%もダウンするなど危機的な状況が生まれていたことから、市には起死回生の打開策が求められていました。

 そこで、地方都市の一つの未来像として合併後の富山市が取組んだのが、「コンパクトなまちづくり」だったということです。

 富山市では現在、JR富山駅を中心に市内の中心部を環状に回るLRT(富山セントラム)と富山駅北口から富山港の間(7.6km)で運行する「富山ポートラム」の2路線を基盤とした「公共交通を軸としたまちづくり」を進めています。

 日本経済新聞の「やさしい経済学」(6月28日「コンパクトシティを考える」京都大学 諸富徹 教授)によれば、富山市がこのように公共交通に注力するのは、一極集中ではなく市内各拠点を活かした「多極的コンパクトシティ」を目指しているからだということです。

 市内に分散する複数の拠点を公共交通でしっかり結ぶことが、縮退する都市の一体性を保つうえで重要になる。輸送力が高く定時制のあるLRTは、この目的に最適のツールだということです。

 欧州では(旧路面電車の代替車両として)一般的になったLRTですが、日本でも従来の鉄道や市電をLRTに変更したり、宇都宮市のように新たにLRTを導入し「ネットワーク型のコンパクトシティ」を目指したりする動きが広がっているようです。

 諸富氏はこの記事において、富山市の縮退政策のもうひとつの特徴を、市中心部や拠点への住民の移住を誘導的手法により実現しようとしているところにあると説明しています。

 市では、LRT導入に合わせて、公共交通沿線の「居住推進地区」にマンションなどを建築する事業者向けの補助や、戸建・共同住宅を購入する市民向けの補助制度などを充実させたということです。

 実際、こうした取り組みにより、居住推進地区の人口は政策が開始された2005年時点の約11万8千人(総人口の約28パーセント)から20016年には15万5千人(同37%)へと大きく増加した。特に、子育て世代の戻りが顕著で、小学生の数は2007年度以降の10年間で約22%増加し、市内の公示地価は県全体の下落を尻目に4年連続で上昇していると記事は指摘しています。

 私もこれまで世界のいろいろな都市で路面電車やLRTに乗ってきましたが、オーストリアのウィーンやチェコのプラハ、オーストラリアのメルボルンなど、古くからの市電が環状に走るような都市は、市街地がコンパクトでちょっとした移動も簡単にできる旅行者にも大変優しい街として記憶しています。

 路面電車は、吹きさらしのバス停で(いつ来るかわからない)バスを待ったり、地下鉄の階段を上り下りする必要もないので、「ちょっとそこまで」と出かける気分にさせてくれます。

 国内でも、札幌市電、東京では都営荒川線や東急世田谷線、江ノ電や京都の京福電鉄、大阪市電なども大都市の路面電車としてまだまだ現役で活躍しています。さらに、函館、豊橋、岡山、広島、松山、高知、長崎、熊本、長崎など、路面電車の走る地方都市の風景がどこか穏やかに感じられるのは私に限ったことではないでしょう。

 思えば、私が子供のころの東京はまさに「路面電車の都」と言ってよい光景だったと記憶しています。道路のいたるところに黄色い都電が行き交い、大勢の人々日常生活を支えていました。

 モータリゼーションの大波の中で、現在ではわずかに1路線を残すのみとなってしまいましたが、かつての都電網が現在まで残っていれば、東京の都市交通の足腰は今とは少し違ったものになっていたと思うところです。

 さて、富山市は、国内でも2008年7月に低炭素社会への先駆的な取組みにより「環境モデル都市」に、さらに2011年12月には、公共交通を核とするコンパクトシティへの戦略的な施策が評価され、「環境未来都市」に選ばれています。また、2012年6月にはOECDによって、メルボルン、バンクーバー、パリ、ポートランドと肩を並べて、コンパクトシティの世界先進モデル都市に選出され話題を呼んだところです。

 富山駅から市内中心部を一周約26分、同じく富山駅から富山港方面に向け25分の短い行程ではありますが、LRTを活用した(コンパクトシティ化にむけた)市の戦略的な取り組みが世界から注目、評価されていることが判るというものです。