MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1159 イノベーションのジレンマ(おさらい)

2018年09月08日 | 社会・経済


 関西学院大学教授の玉田俊平太(たまだ・しゅんぺいた)氏が、KDDI総合研究所の機関紙「Nextcom」2018夏号の特集「イノベーションの創出」に、米国ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授による(有名な)「イノベーションのジレンマ」について判りやすく解説しています。

 現代社会において多くの企業が目指しているイノベーション。何かを「変革」するということだというのは何となくわかるのですが、まずはもう少し詳しい意味について考える必要がありそうです。

 解説によれば、英単語としてのinnovationは動詞innovateの名詞形で、その語源はラテン語のinnovare(nova=新しい)つまり「新しくする」にあるということです。

 新しいものを初めて作り出す「発明(invention)」と綴りも発音も非常によく似ていますが、イノベーションは最初から自分で作り出す必要はなく、さらに社会に広く受け入れられることが求められる点で異なるとされています。

 イノベーションとは、一般に技術や環境の変化などの機会を新しいアイディアへと変換し、それを広く実用に供されるようにするプロセスだと玉田氏はこの解説に記しています。

 そこで、こうしたイノベーションには「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」の2種類があって、その2つの間で(マーケットに参加する)人々は大きなジレンマを抱えているというお話です。

 近年、業界で大きなシェアを誇っていた歴史ある大企業が、新たに参入してきた企業の「最初はオモチャのようだった」製品にやられてしまうという事態が多くの業種で繰り返し起こっていると玉田氏は指摘しています。

 例えば写真用フィルムのコダックは当初はオモチャのようだったデジタルカメラの台頭によって「破壊」され、2012年には連邦破産法を申請するに至った。さらに、一世を風靡したコンパクトなデジタルカメラ群も、現在ではスマートフォンの普及により「破壊」されつつある状況だということです。

 通常、企業の競争においては既存の大企業の方が有利であるのは言うまでもありません。

 既に顧客との関係を築いているので改良に向けた要望を吸い上げやすく、研究開発のための資金や人材も豊富にある。製造技術も確立しているし販売網もサービス網も既存企業の方が有利です。さらに、彼らがこれまで築いてきたブランド力は、新規参入者の目には(見上げるような)高いハードルに映るでしょう。

 それではなぜ、これほど有利な既存の大企業が、新たに参入してきた歴史のない新興中小企業に跡形もなく「破壊」されるような事態が生じるのか。

 玉田氏は、実際「今ある製品」や「今日あるサービス」を良くする(磨く)という競争においては、既存の大企業は圧倒的な強さを示すとしています。そして、クリステンセン教授はこうした「従来製品をより優れた性能にし、要求の厳しいハイエンドの顧客獲得を狙う」ようなタイプのイノベーションを「持続的(sustaining)イノベーション」と定義しているということです。

 この対応のイノベーションによって生み出されたプロダクトは、最もコアなユーザーに対して高い利益率で売れるため、既存企業には市場で積極的に戦おうとする強力な動機があると氏は言います。

 なので、勝つのは(ほとんどの場合)ノウハウを含めた経営資源が十分にある既存の大企業だということです。

 これに対し、既存プロダクトに慣れきった主要な顧客には性能が低すぎて魅力的に映らないが、新しい顧客(新市場)やそれほど要求が厳しくない顧客(ローエンド)にアピールするイノベーションを、クリステンセン教授は「破壊的(disruptive)イノベーション」と呼んでいるということです。

 シンプルで使い勝手が良く、安上がりな製品やサービスをもたらすこうしたイノベーションは、一方で、既存製品の顧客には性能的に物足らないことが多く(当初は)「オモチャ」呼ばわりされるケースも少なくないと玉田氏は言います。

 性能の下がるイノベーションというのも不思議と言えば不思議ですが、しかし、よく考えてみると、世界を変えたイノベーションの多くはこの破壊的イノベーションから始まっているというのが氏の認識です。

 例えば、最初のカセット(テープ)を聞くウォークマンは、当時主流だった据置型のステレオよりも大分音質が悪かったし、音楽プレイヤーに電話やメールの機能とつけただけと思われていたスマートフォンは、気が付けば個人の情報処理の大半を担うメインデバイスに成長している。

 私の記憶でも、キット販売していた(オモチャとしての)「マイコン」が(趣味の)8ビットパソコンになり、仕事で使えるような16ビット機に移行していくのに何年もかからなかったような気がします。

 さて、これらのことを考えると、新しいビジネスモデルを考える場合に、既存の大企業とガチでなぐり合う持続的イノベーションの形にはまってしまうと既存企業と血みどろの総力戦を繰り広げざるを得なくなり、(少なくとも新興企業にとっては)得策ではないと玉田氏は説明しています。

 大手優良企業の足をすくってマーケットに切り込むためには、大企業が入ってこられない破壊的な形に作りこむことを目指すべきだという指摘です。

 氏は、その道を究めた大企業には、顧客の声に耳を傾けその声に応えるべくアイディアに資源を優先的に投入しいち早く製品化することで利益を最大化するメカニズムが整備されているとしています。なので、既存顧客の満足度が向上するような方向を目指す持続的イノベーションの競争で彼らが負けることは(まず)考えられない。

 しかしその一方で、これらの企業にはこのメカニズムがあるが故に、現在の顧客が求めず利益率も低いような破壊的アイディアは、(出されたとしても)組織の中間管理職によって排除され、そんなアイディアには経営資源が配分されないと氏は言います。

 そして、その後破壊的イノベーションの性能が徐々に向上し主要顧客が求める性能に達したときに(押っ取り刀で)参入しようとしても、無残に破壊的イノベーターに打ち負かされてしまうということです。

 このように、持続的イノベーションは上手くこなすことができる企業(こそ)が、破壊的イノベーションにはなす術もなくやられて窮地に陥ってしまうという構造的な問題を、クリステンセン教授は「イノベーションのジレンマ」と呼んでいます。

 玉田氏によれば、こうした状況が生じるのは既存の大企業が「経営判断を誤った」からでもなんでもなく、重要顧客の満足度を最大化しようという「合理的で正しい判断」を繰り返した結果起きてしまうということです。

 つまり、大企業は「正しく経営されている」が故に、破壊的イノベーションに打ち負かされてしまうということ。

 企業戦略は、どうやら真面目に、お客様第一にやっていればよいというものでもなさそうです。常に頭を柔軟にして(一見無駄と見えるような)ばかばかしい若者の発想にもきちんと付き合う余裕が、経営者には求められるということでしょうか。