MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1164 人口減少がもたらすもの(その1)

2018年09月14日 | 社会・経済


 国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、2015年の国勢調査で1億2,709万人とされた日本の総人口は2053年に1億人を割り、2060年には9,284万人にまで減少すると見込まれています。

 これを地域ごとに見ると、特に東北地方の進行度合いは深刻で、例えば秋田県では現在102万人の秋田県の人口が60万人へと、約4割減少すると予測されています。また全国を市区町村別にみると、総人口が5000人未満になる市区町村が全体の4分の1以上を占めると予想されているところです。

 人口が減れば当然就業者の数が減り、また国内のマーケットも縮まるので経済規模の縮小がまず真っ先に心配されます。行政コストが増すことで教育制度や保健医療制度、公共インフラの維持などが難しくなったり、流通や交通に関するコストも上がって従来の社会システムの維持が困難になったりするかもしれません。

 さらに、少し前に話題となった「消滅自治体」ではありませんが、過疎化の進展などにより多くの地域でコミュニティが崩壊し、地域社会自体が立ち行かなくなるケースも増えるでしょう。何よりも、人口の減少により社会全体の活力が低下し、人々の間に新しいことに挑戦しようとする意欲が失われることが懸念されます。

 小西美術工藝社社長でアナリストの肩書を持つデービッド・アトキンソン氏は近著「新・生産性立国論」(東洋経済新報社)中で、こうして人口減少の未知なるフェーズに入り変貌が予想される日本の社会に対し、興味深いくつかの指摘を行っています。

 氏は同書のまえがきにおいて、そもそも戦後日本の目覚ましい経済発展の最大の要因は人口が急増したことにあったと見ています。

 しかるに、その大前提が突き崩されようとしている現在でも、日本経済はいまだこの「人口増加」を経済の大前提、社会の常識としている。また、社会そのものにも来るべき人口の減少局面を正面から受け止める準備ができていないというのが、この論評におけるアトキンソン氏の指摘です。

 人口の減少によって、今までの常識はすべて覆されると氏は言います。人口増加が可能にした「寛容な社会」も、「曖昧な制度」も「日本的民主主義」も全て根底から崩れ去り、経済の常識も企業と労働者の関係も、政治の在り方すらこれまでとは全く異なるものになるということです。

 実は、人類の歴史上、これから日本が体験するように比較的短い期間に人口が急減し、その結果社会がガラッと変わってしまった先例があるとアトキンソン氏は説明しています。

 それは1348年以降100年以上にわたって欧州で何度も繰り返されたペストの大流行の時代。欧州の人口の約半分がペストにより亡くなり、その結果欧州の社会は激変し、社会制度が根っこから崩壊したということです。

 氏は、特にお年寄りよりも若い人、お金持ちよりも低所得者、女性よりも男性にペストの犠牲者が多かったため、人口減少後のヨーロッパの人口構成はこれからの日本が迎える事態とかなり重なるものがあると指摘しています。従って、この際に何が起きたかを検証することは、日本の未来を占う上で極めて示唆に富んだものになるということです。

 当時の主力産業と言えば農業ですが、当時の欧州では労働者が激減したことで農業を営める人が減り、まず放置され荒廃する農地が増えたということです。一方、働き手が足りないので人手がかかる穀物の生産から人手を必要としない畜産に移行する動きが相次ぎ、肉食が増えて食文化までが激変したと氏は記しています。

 畜産は人一人と犬一匹がいればできるので農業の生産性は劇的に向上。さらに、穀物の代わりに葡萄や野菜、麻などの付加価値の高い作物の増産が続いたということです。

 一方、農業以外でも、需要者が急減したため価格を下げても商品やサービスが売れなくなり、生産量が調整されるまでの間激しいデフレが起こったと氏はしています。そして、このように構造的に需要が減少していく中での経済の姿は、(どうやら)今の日本と基本的に変わらないというのがアトキンソン氏の基本的な認識です。

 IT化の進展により工業製品の生産性が大きく向上するとともに、情報化された社会はますます便利になり、国民の生活習慣も大きく変貌しています。しかしその一方で、商品やサービスの消費は低迷し、失われた20年とも呼ばれるデフレが恒常化しているのも事実です。

 と、いうことであれば、世界に先駆けて人口の激的な減少が続く日本には、この先どういった局面が訪れるのか。

 ヨーロッパはその後、大西洋やインド洋を超えて経済の活路を見出す大航海時代を迎え、大きな繁栄の時期を迎えます。また内部的にも、中世の暗い時代に幕を引き、ルネッサンスから宗教改革等へと続く(人間を中心とした)新しい時代が始まります。

 いずれにしても、人口減少が社会にもたらす影響は私たちが考えているよりもずっと大きなものなのかもしれません。将来を悲観するばかりでなく、なにか「とてつもないこと」の始まりと期待するする姿勢もまた大切だということでしょう。