小説・半日の花嫁-(NO-10-)
「お兄ちゃん、警察からは何か言って来たの?・・・」
「何も言って来ないよ。昨日病院に行って聞いたんだけど、誰も何も見てないって。あの六人なんか責任感じちゃって落ち込んでいたよ。どうして一緒に連れて行かなかったのかって。警察だって手掛かりがなくて困っているんだ。
それと、あの村山君が病院に来て同じ事を聞いて行ったってさ、彼も何か手掛かりを探してくれているみたいだ」。
「そう、あの頼りない人が。余程要子さんに優しくしてくれた事が嬉しかったんだね。でもどうして要子さんが殺されなきゃならなかったんだろう。お兄ちゃん、要子さんの日記なんか無かったの」。
「うん、あったよ。でも気になる事なんか何も書いてなかった。仕事で困った事や俺達の将来のことなんかでさ。矢部刑事も持って行って調べたけど不審な男の名前や揉め事は何もなかったって。
病院の関係者や、俺達の事を知っていて高草山の空き地の事を知ってる人達も全員調べられて、返って迷惑を掛けてしまったよ」。
母はそんな悲しみと苦しみに耐え、敢えて明るい表情を見せる息子の顔を見て、涙を流さざるを得なかった。
母親と妹は、人一倍優しい息子や兄を労る気持ちで話題を変えた。
そんな二人の気持ちがチャイムが掻き消した。二人の刑事が訪ねて来た。
刑事は要子の仏壇に並んで座ると線香を手向け、両手を合わせて深く頭を下げた。
そして話しは要子の殺された状況をあからさまに話し始めた。しかし、二人の心配を他所に明は至極冷静に聞いていた。
「そう言った事で奥さんの周りからは妙な噂や男性の影は何一つ出ませんでした。亡くなられたから皆さん良い事ばかり話すと言う事ではなく、誰からも愛され、完璧と言っても過言ではな程奥さんは慕われ頼りにされていたと思います。
後は新田さん、ご主人にお聞きしたいんですが。誰かに恨まれるような事はありませんか。仕事柄ルポライターと言う仕事は他人のプライベートにまで入り込んでリポートする事もあります。その点で何かありませんか?・・・」。
すると、明は聞かれる事が分かっていたのか隣の部屋に行くと数冊の大学ノートを持って来るとテーブルの上にそっと置いた。
ノートは年事の年号と月別に仕事をした内容が書かれていた。二人の刑事は一冊づつ手にして一頁一頁細かく目を通していた。
「自分はいままで殺人事件を追っても被害者の遺族には一度話を聞くだけでそれ以上しつこく追い込みはしていません。
それはもっと聞きたい事は沢山ありましたよ、でも被害者の心中を考えれば出来ませんでした。だから返って遺族から電話を頂いて話してくれる方が多かったんです。
加害者の家族も同じです。編集長からはもっと突っ込んでレポートを書くように言われましたけど、自分にもポリシーがありますからね。
まさか自分がこんな立場になるとは思っても見ませんでした。殺人事件に遭われた遺族の気持ちが分かっていたつもりでしたが。想像以上に辛いです」。
「お兄ちゃん、もう良いじゃん。刑事さんもう聞かないでやってよ」。
芳美は涙で顔をクシャクシャにしながら睨みつけた。
「芳美、大丈夫だよ。犯人を捕まえて貰うには大事な事なんだから。お兄ちゃんにも良く分かっている。刑事さん達だって辛いんだよ。逆にお兄ちゃんよりもっと辛いと思う。刑事さん続けて下さい」。
「そう言って頂けると私達も救われる思いがします。それで今までの捜査で分かった事をお話しします。
奥さんは自ら病院から出ていないと言うのが捜査本部の結論です。と言うのは病院の前にあるタバコ屋のお婆さんが、椎野さんが病院から帰宅する時は毎日寄ってくれて、貴方が吸うバージニアスリムと言うタバコを必ず買って帰ると話してくれたんです」。
「はい、要子はいつもあのお婆さんの所で買って来てくれていました。だから僕はタバコは殆ど買った事がありませんでした。
それと言うのも、一度あのお婆さんが倒れて入院した事がありましてね。その時に要子が担当したんです。それで毎日具合を聞いて帰っていました。
病院が休みの時でも電話して聞いてましたから」。
「はい、その事も伺いました。それにいつも通る道沿いでもあの日に限って奥さんを誰も見掛けた人が居ないんです。
そんな事から話を総合して、椎野さんは病院から車で連れ出されたとしか考えられないと言うのが我々の結論です。
それで、現在病院関係者の協力を得て総ての車を鑑識が調べています。
NO-10