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PCグラフィック、写真合成、小説の下書き。

一刻塚-(NO-9)

2009-07-21 16:49:12 | 小説・一刻塚
一刻塚-(NO-9)

間もなく道路の周りはリンゴの木で囲まれた。麻代は実った真っ青なまだ小さなリンゴに瞳を輝かせていた。
そして篠ノ井駅から一時間と三十分、前方を走る山田の車が右に方向指示機を出し雑草の生い茂る空き地に入って止まった。
南田刑事は真横に車を寄せて止めた。車から出ると木々のざわめきと草の匂いが迎えてくれた。膝程もある草を踏み分けて道路に出た。

「警部補、一時塚はこの先です。歩いて三十分ほどですが先に見ますか?・・・」
麻代は唖然とした、そして山田刑事が指さす方を見た。
雑木林の中へつづく細い道が伸びていた。筒井も南田も深く溜め息を漏らした。
「山田さん、先に民宿へ行きましょう。去年の五月に十二人が泊まった日の事も聞きたいし、一服してから行きませんか」。
「では民宿はこの直ぐ先です。宿の駐車場はここですから置いて歩きましょう」。なんで、道はまだ続いてるのに。と、麻代は思いながら車に戻るとトランクを開けてくれるのを待って荷物を手にした。
「麻代俺が持つよ」と麻代から受け取った。「ここへ止めて徒されませんか」。
南田刑事は心配そうに山田刑事を見た。
「そんな事をする様な人間はこの村にはおりません、大丈夫です。それに、そんな事のない為に監視用カメラが設置してありますから」。少しムッとした様に電柱を指さし、南田を見る山田だった。
「失礼しました」南田は苦笑いを浮かべていた。

そして荷物を手に山田と大谷両刑事の後につづいた。
駐車場から右に大きく曲がった道路の舗装は切れ、その正面に民宿があった。道路は行き止まりになっていた。
周りは雑木林や杉の大木に囲まれた合掌造りの藁葺き屋根の大きな民宿だった。
まるで飛騨高山を思い起こさせる様な宿だった。
宿の前にはマイクロバスが一台止まっていた。民宿飛騨と書かれていた。
麻代は驚いた様に猿渡を見ると手を握った。

「この民宿は50年前にこの村の村長が飛騨高山から古い農家を買って移築して始めたんです。でも中は豪勢ですよ」と、さも自慢気に語る山田刑事だった。
すると、法被姿の中年の男性と作務衣姿の女性の三人が玄関から駆け寄った。
「若旦那さんお帰りなさい、お待ちしておりました」と、男は山田に頭を下げると猿渡と刑事の荷物に手を差し出すのだった。

「うん、こちらが静岡県警の筒井警部補と南田刑事さん。こちらは猿渡さんご夫婦です。今日と明日の二日頼みます」と、山田は平然と玄関を入った。
「若旦那って、山田さんはここの?・・・」筒井は足を止めると宿を見渡した。
「はい、この民宿の跡取りさんです。さあ、どうぞ」と、法被の中年は筒井の後ろに立つと足を運ぶのを待った。

筒井は驚いた様に玄関に足を踏み入れた。麻代も猿渡もその豪華さに目を見張った。民宿と言うより、軽井沢か白馬にあるプチホテルを思わせる様な受付フロアー、そしてラウンジには若い女性が五~六人、楽しそうにお茶を飲んでいた。

「民宿って言うから田舎の民宿を想像していたのに、驚いたわね」と、麻代は少しガッカリした様に小声で言うと猿渡の手をギュッと握った。
そしてチェックインを済ませ、洋館を思わせる様な階段を上がり、部屋に案内された。筒井と南田の部屋の隣だった。
そこは麻代が想像していた通りの部屋だった。民宿とは名ばかりでペンションスタイルを取り、窓にはレースのカーテン、ツインのベッドに可愛い花柄のカバー。ラブチェアーとありきたりだった。

「まるでモーテルだな」と、猿渡も少々不服そうに言うと麻代を抱き締めた。
「うん、でも田舎じゃ珍しいんじゃない」と、ニッコリ笑うとキスした。
コンコンっとノックがあった。「南田です、ラウンジで待っていますから」と、それだけ言うと声が途切れた。二人はもう一度唇を重ねるとドアに歩いた。

「啓太さん待って」麻代は振り向く猿渡の唇に着いた口紅を指先で拭った。
「サンキュー」そう言いながらまたキスする猿渡だった。「もうっ啓太ったら」と、また口紅を拭く麻代だった。
そして笑いながらラウンジに降りた。
行くと二人の顔から笑みが消えた。怖い形相の老人が二人に視線を向けていた。
麻代は思わず猿渡の腕にしがみついた。すると、老人はニコッと笑うのだった。
なにこのお爺さん、そう言った様に老人を見る麻代だった。

「猿渡さん紹介します、祖父の好造です。目付きは悪いですが心はいいですから」
と、山田刑事は笑っていた。麻代の顔にも笑顔が戻った。
そこへ中年の夫婦が顔を出した。山田刑事の両親である事は顔を見て直ぐに分かった「始めまして政男の父の政伸と母親の弘子です、これが去年の五月の宿帳です」
そう言って主は筒井に宿帳を渡した。
NO-9-16

一刻塚-(NO-8)

2009-07-16 14:10:17 | 小説・一刻塚
一刻塚-(NO-8)

二人は早速旅行支度を始めた。麻代は部屋に置いてある自分の下着や着替えの服を猿渡の荷物と一緒に旅行バックに入れた。そして家に電話した。
「お父さん、明日啓太さんの仕事に着いて信州へ行って来るから今夜も泊まるよ」。麻代は猿渡を見ながら二度三度と頷くと、ハイ。そう返事をすると受話器を置いた。
「お父さん良いって、銀行へはちゃんと電話入れろってっさ」。
「そう、どんな話が聞けるか楽しみだな」と、麻代を抱き締めると唇を重ねた。
そして翌八月四日金曜日、二人は六時に起きるとパンとコーヒーで食事を済ませた。麻代は同僚に電話した。急用で信州に行くと告げて休むことを伝えた。
そして七時、麻代はデニムのホットパンツにブルーのTシャツ、スニカー姿で出ていると、約束通り筒井と南田の車が迎えに来た。

麻代は初めて乗る覆面車、後部座席に猿渡と乗り込んだ。そして信州に向かった。
「ねえ啓太さん、覆面車に民間人を乗せてもいいの?・・・」と、麻代は不安そうに訊いた。筒井は笑いながら振り返った。
「麻代さん、本部長からちゃんと許可を貰ってますから心配要らないよ。なんせ十二人の事に気が付いて教えてくれたのは麻代さんだからね。
あの捜査情報がなかったら我々は捜査に行き詰まっていた。捜査協力と言う事で大手を振って乗っていて下さい」。そう言うとペコッと頭を下げて笑った。

「先輩、それで長野県警の方へは?・・・」
「うん、長野県警へは捜査協力の要請はしてある。長野県警も五月の事件で捜査に行き詰まっていてな、逆に捜査協力を要請されたよ。
昼に篠ノ井署の刑事と篠ノ井駅で落ち合って赤田村へ行く事になっている」。
「それで、その刑事は一時塚の事は知ってたんですか?・・・」
「うん、昼に会う山田とかいう刑事がその赤田村の出身なんだそうだ。その刑事が一時塚に詳しいそうだ。ただ変わり者だからって釘を指されたがな」。
「変わり者ってどう変わっているんです?・・・」
「それは私にも分からないよ、お前も知っているだろ。刑事には変わり者が多いのは常だからな」と、筒井は笑っていた。

そして、車は静岡市郊外の沼上インターから静清バイパスに入った。朝もまだ早い事もあって車もまだ少なく、通勤ラッシュに巻き込まれる事もなく清水区、興津と経て国道52号線に入ると一路山梨へ向かった。
麻代は夕べは遅くまで起きていた事もあって、県境を経て山梨に入る頃には猿渡の膝を枕に眠っていた。

そして、七月に山梨で起こった殺人事件現場の身延山の山門を左に見て走り続けた。
そして二時間、午前九時半には韮崎市に入り。中央自動車道韮崎インターに入った。諏訪、岡谷ジャンションから長野自動車道となり、塩尻、松本と経て更埴インターを降りた。予定より一時間も早く着いた。
グッスリと眠っていた麻代も車のスピードが落ちた事で体を起こした。

「私眠っちゃった、ここどこ?・・・エッ!もう更埴」と、ボ~と外を見ていた。
そして時計を見て驚いた様に苦笑いを浮かべた。
その声に助手席で眠っていた筒井も体を起こした。

「腹減ったな、昼にしようか」
南田は軽く頷くと料金所を出ると国道18号線に向かった。
そして、途中のドライブインで昼食を取ると、カーナビを見ながら筒井に誘導され、南田は篠ノ井駅に向かった。

「こんな事件がなければまず来る事のない町だな、なあ猿渡」。
「ええ、でも海産物なんかはさっきのレストランじゃないですけど鮮度がいいですね。それに安いですよ。静岡より新鮮いいかもしれませんね」。
「それは言えているな、地方だから食べ物にはよけい気を使うんだろう。あの男か」と、筒井は前方の車の前に立つ二人の男を指さした。

そして、その二人は静岡ナンバーを見ると手を上げて数歩前に出た。
「御苦労さまです、筒井警部補でありますか。自分は篠ノ井署の山田刑事であります。こっちは大谷刑事であります」と、二人は直立不動で敬礼した。その山田のどでかい声で辺りの通行人が足を止めて驚いて見る程だった。

「どうも、静岡県警の筒井です」。
「南田です」と、二人は車を降りた。
「この二人は私の大学の後輩で猿渡啓太と奥さんの麻代さんです」と、筒井は紹介すると事件の概要を話した。山田刑事の表情が堅く険しくなった。
「そうですか、ではさっそくご案内します。後に着いて来て下さい」と、山田は敬礼すると大谷刑事と覆面車に乗り込んだ。そして南田は後に続いた。

篠ノ井と言う町は小さな町だった。五分も走らない内に人家はまばらになり、田畑が目立つ農村に入った。そして細く曲がりくねった上り道が続いた。
そして三十分、山間地にはいると北へ細い山道へと入った。
NO-8-14