水川青話 by Yuko Kato

時事ネタやエンタテインメントなどの話題を。タイトルは勝海舟の「氷川清話」のもじりです。

・「シャーロック」第3シリーズ His Last Vow ネタバレあれこれの2

2014-01-28 22:09:06 | BBC「SHERLOCK」&Benedict Cumberbatch

続きです。

 

 

 

 

 

 

 

○ いきなりホームズ家のクリスマス

 あ、スモールウッド卿、自殺してしまったのか(シャーロックが手にしてるガーディアン一面)。西側世界の安全に欠かせないパソコンの上に、じゃがいも。

 マイクロフトを「マイク」と呼んで息子に文句を言われるママ。「あなたたちが私に『マイクロフト』と名前をつけたんですから、がんばって最後まで辿り着いてもらえますか」

 マイクロフトはクリスマスが大嫌い。「なんでこんなことしてるんですか? いつもしないのに」と母に。こんなこととはファミリー・クリスマス(確かにBelgraviaではクリスマスにひとり、巨大チェスピースに囲まれて暖炉前に座ってたマイクロフト)。「シャーロックが退院したからでしょ」とシャロママ。

 ——ワンダママの「dear」とか「here」とか「absolutely monstrous」とかの音の出し方、抑揚のつけ方が、実に戦前生まれのこの世代のお上品な喋り方なんだよなあ。戦前生まれのイギリス女優は皆さんたいがいこういう話し方だった。

 シャロママは天才数学者。子供たちのためにキャリアを捨てて家庭に入ったと。ご執筆の本「The Dynamics of Combustion(燃焼の力学)」の表紙をみると、イニシャルは「M.L.ホームズ」? なにか由来はあるのかな。原作モリアーティの論文には「Dynamics of an Asteroid」というのがあったけど。

 そして「鼻歌歌っちゃダメよ!」とママに言われても鼻歌歌ってるシャロパパの、「I'm something of a moron, myself」(私はちょっとしたおばかさんでね)というself-effacingな言い方がもうたまらなく、この世代でこの階級のイギリス男性らしすぎて、なんとも愛おしいな。その上で「She's ...unbelievably hot」って(><)

 ——それにしてもこの、お父さんが暖炉に薪をくべてたり、お母さんが早口でおしゃべりしつつお客に食べ物与えて、mother henみたいに面倒みてる様子、去年の春先にCaitlin Moranがカンバーバッチ家のコテージを訪れたときの様子をまざまざと彷彿とさせる。あの記事を念頭にこの場面を書いたりしていないか。

 

○ Leinster Gardensから戻ってきて221B

 ハドソンさんの「exotic dancing」は、つべにあがってるのかwwww (ユナさんの若い頃のダンスはいろいろつべに。thank you @Bluebell_BCさん。BBCのWho Do You Think You Are?でも若い頃のすごい可愛いCMなどが観られました)。

 そしてフロリダで夫が仕切るドラッグカルテルの書類をタイプしてたと。ますますBreaking Badだな。モルヒネをもってて当たり前で、持ってないなら「あんたにいったいなんの意味があるんですか!」と、痛がってるシャーロックに言われちゃう(ひどい)。

 (Empireのpodcast/記事で、 マークの頭の中では、70年代のハドソンさんはマイケル・マンのマイアミ・ヴァイス的な感じだったろうとwww)

 「僕の知り合いはみんながみんな、サイコパスなのか?」と言うジョンに、「そうだ」と答えるシャーロックとメアリ。そりゃ「SHUT UP!」って怒鳴るよ。それで済むだけ、ジョンは偉いよ。

「ジョン、君は医者として戦地に行くことを選んだ。郊外に暮らしても、クラックハウスを襲撃してジャンキーを襲わないとやってられなかった。一番の親友は、ハイになる代わりに犯罪捜査をするような奴だ。ちなみにそれは僕のことだけど。やあ。まして大家さんまでもが、その昔ドラッグカルテルをやってたんだ」
「夫のカルテルよ、私はタイプしてただけ」
「あとexotic dancingも」
「シャーロック・ホームズ、YouTubeめぐりをしてたのなら」
「ジョン、君はある種のライフスタイルに中毒しているんだ。異常なほど、危ない人間や状況に惹かれるんだ。だったら、心ひかれた女性も同じタイプだったからって、意外じゃないだろう」
「But she wasn't supposed to be like that! 」(でも、彼女はそうじゃないはずだったんだ!)

 ——認めちゃってるんだよね、ジョン……。それでせめて妻は……と期待をかけたのにやっぱり……っていう。悲しい。

ジョン「どうして彼女はそうなんだ」
シャ「それは……君が選んだからだよ」
ジョン「そして何もかも、いつも、僕のせいなんだ!!!!」 

 そこにいるのはもはや「会った初日から嘘をついていた妻」でも「僕の子供をお腹に抱えてる女」でもない。
シャ「今この時にこの部屋にいる限り、彼女はなんなんだ」


「わかった。(シャーロックに)お前のやり方でやろう。いつもお前のやり方で。(メアリに椅子を突き出して)座れ」
「どうして」
「みんなそこに座るからだ。この部屋にやってきて自分の話をする依頼人たちは。メアリ、今のお前はただの依頼人だ。お前が座るのはここ。ここに座って話すんだ。僕たちはそこに座って話を聞く。それで、お前が欲しいかどうか、僕たちが決めるんだ」 

 この場面、構成も台詞もうまいけど、なによりマーティンの抑制された演技が!

○ メアリの過去

 メアリが持つメモリスティックに書かれたA.G.R.A.とは、原作「四つの署名」の「アグラの財宝」由来かと。いずれもメアリにとって大切なもの、ではある。

 そしてここでシャーロックが、メアリの過去について「もってる技術からして元情報部員」「今はイギリス人のアクセントだがもともとは違うんだろう」と。あと「何かから逃げてる」「Magnussenに過去を知られているから殺そうとしている。彼に近づくためにジャニーンの友達になったんだな」と(「あなたに言われたくない」とメアリ)。
 CAMがもっている情報が明るみに出ればメアリは終身刑になると。
ジョン「だから殺せばいいってわけか」
メアリ「マグヌッセンみたいな人間は殺されるべきなの。そのために私のような人間がいるの」
ジョン「なるほど。それで殺し屋になったのか。君が殺し屋だってどうして気づかなかったんだろう」
メアリ「気づいてたのよ。その上で私と結婚したの。彼の言う通り。あなたはそういうのが好きなの」 

 ——ちなみに、「妻の過去を何も知らずに結婚したがために夫が大変な目に遭う」というのは、たとえば原作「踊る人形」を連想させる。あれは暗号解読が大きくフィーチャーされる話だったし、メアリも前述したようにあまりに素早く暗号を解読したため、シャーロックや私たちに「??」と疑われるように。

○ シャーロックがメアリの行動と心理を解説

 本当はCAMとシャーロックの2人を殺せば良かったものを「sentiment(感情)」が勝ってしまったがため、わざとかすかに銃弾をそらしシャーロックを生かした。シャーロックと交渉して黙らせる時間を稼ぐため。ゆえにCAMを殺せなくなった。ジョンが建物に侵入した夜にCAMを殺したらジョンが疑われる。CAMは警察に通報するよりもメアリがそこにいた事実を利用するだろう、「as is his MO」とシャーロック。この「MO」はmodus operandi(手口)でいいのかな。

 ——この説明、まだよく理解できていない。シャーロックをなぜ撃つ必要が? あの状況で口では説得できないと思った? 彼が出口をふさいでいたから、倒さないと脱出できなかったとか? そして撃たれたシャーロックが救命士たちに発見されても、ジョンも通報するに決まってるしジョンが疑われることはあり得ないから?

○ 痛がるシャーロック 

 ジョンより先にあの場でメアリが救急車を呼ばなかったら僕は死んでた。ロンドンで救急車が到着するまでにかかる時間は……。ベネディクト、痛がる演技うまい。
 そして、僕の命を助けたんだからメアリは信頼できるって、そりゃそうなのかもしれないけど、すごい論理展開だ。

○ ホームズ家のクリスマスに戻って

 数カ月ぶりにメアリに話しかけるジョン。
「The problems of your past are your business, the problems of your future...are my privilege」(君の過去の問題は君の事情だ、君の未来に起きる問題は、僕の特権だ)って……。この言葉を一生懸命考えて用意したジョン(T T)

「You don't even know my name! 」(私の名前も知らないのに)
「Is Mary Watson good enough for you?」 (メアリ・ワトソンで満足してもらえるかな)

 ——そりゃ泣くわ。とは言えそこはジョンなので、ぎゅっと抱き締めながら「……だからって、基本的に僕が君にむかついてるってのは変わらないから。すごくむかついてるから、これからも時にはそれが表に出ちゃうと思う」って。

 そしてその後の親密さときたら。
ジョン「芝刈りはこれから君の仕事だから」
メアリ「今も私がやってるし」
ジョン「僕もやってるよ」
メアリ「やってないよ」
ジョン「子供の名前は僕が決めるから」
メアリ「ありえない」
ジョン「わかった」
 ……(ToT)

○ 表でタバコを吸う兄弟

マ「興味があるんだが、マグヌッセンの件は君がふだん関わるようなパズルとは違う。どうして、憎んでるんだ?」
シャ「奴は、ほかとは違う人たちを攻撃するから。そういう人たちの秘密を食い物にするからだ」

 マイクロフトに言わせるとCAMは決して本当に重要な人物を脅かしたりしない、それには頭が良すぎるし、時に英政府の役にも立つ。彼はビジネスマンで、必要悪だ。弟が倒さなきゃならないようなドラゴンじゃない。

シャ「A dragon-slayer, is that what you think of me?」(ドラゴン殺し、僕のことをそう思ってるのか?)
マ「いや、君が自分をそう思ってるんだよ」 

ママ「あなたたちタバコすってるの!?」
マ「いえ」
シャ「マイクロフトが!」
。……ああ、子供の頃からずっとこうやって……。

「ちなみに、断ってもらいたい仕事の依頼がある」「せっかくですがお断りしますよ」「残念だと言っていたと伝えるよ」「なんの仕事だ?」「MI6がまた君を東欧に派遣したがっている。潜入任務で、おそらく6カ月ほどで君は命を落とす」「だったらなんで僕にやらせようとしないんだ?」

マ「そうしたい気持ちもあるよ。君は地元近くにいた方が役に立つし」
シャ「役に立つ? 僕がいったいどうやって」
マ「Here be dragon」(ここにぞドラゴンあり)

 こんなタバコは吸っていられないとかそんなやりとりのあとにマイクロフトが「Your loss would break my heart」(君がいなくなったら私は悲しくてたまらない)なんて言うからびっくりしたら、なんだ、シャーロックたちが盛った薬(ポンチに?)のせいで本心が表面化しただけ? でもマイクロフトは本当はわざと眠らされたフリをしてるんだと思うから、じゃあなんですか、これは本心?

「妊娠してる僕の妻に薬を盛ったのか!?」と怒るジョンに、「心配するな。ウィギンズは素晴らしい薬剤師だ」と。そうなんか。「奥さんの分量は自分で計ったっす。チビちゃんを危ない目に遭わせないっすよ」と。しかも、ラリった人間がちゃんと起きるか見ているのがウィギンズの本業とも言えないこともないってw  

——ちなみに、ビル・ウィギンズを演じるトム・ブルック、どこかで見たことがあると思ったらやっぱり! The Hollow Crownのヘンリー5世でCorporal Nymだったのね。最近ではGame of Thronesにも出てるし、現在はNational Theatreのリア王に出演中。

——ところでご両親まで眠らせる理由が、あったような、なかったような。マイクロフトのパソコン持ち出すのだけが目的なら、なんかほかにやりようがw

——ところで家の前で兄弟がタバコを吸う場面、撮影は8月とかじゃないかと思うんだけど、色調から、いかにもクリスマスの時期のイングランドのひんやりジメッとした感じが伝わるなあと。そう思ってこちらが観るというのもあるにしても、光の乏しい感じとかが効果的。


○ 「院外食堂」で「悪魔と取引」したシャーロック

 Appledoreの倉庫にCAMが隠し持っている膨大な情報が欲しいと。クリスマス・プレゼントにAppledoreの情報とマイクロフトを交換しようと。CAMが読んでるのはスカウターでもgoogle glassでもない。メガネはただの「ordinary spectacles(ふつうのメガネ)」。情報は全て脳内に。

 ——「SHERLOCK」はSFじゃないから、情報は全てCAMのマインドパレスにあるのでいいけど、たまたま今日17日、グーグルが糖尿病患者の糖のレベルを涙から計って記録する「スマートコンタクト」を試作中と報道が。脳内の情報を検索して視覚化できる装置の開発だって、あながち荒唐無稽じゃないのかも。
 
 —— ところで、同じベロでも、モリアーティは「僕のベロに触ってごらん」的な不気味さだったのに対して、Magnussenは勝手にずけずけとベロで触れてくる。指で人の皿のオリーブをとって食べて、人の飲み水に汚れた指をつっこんでくる。人の生理的な境界を当たり前のように侵してくるこの感じ、すごい気持ち悪い。

○ ホームズ宅前に出てきたシャーロックとジョン

 メアリの安全を確保するため、すごい危険で大変で一歩間違えば英国の安全を脅かし国家反逆罪で僕たちが逮捕されてしまうような大事をしでかしに行こうじゃないか。マグヌッセンは今までで一番危険な相手で、僕たちは非常に不利な状況にある——とシャーロック。
「But it's Christmas」(だってクリスマスなのに)
「Yes, I feel the same.(僕もそう思う)……なんだ、実際にクリスマスだって言ってるだけか」

 ——「Oh, it's Christmas!」とシャーロックが連続殺人の発生に飛び上がって喜んだのは、A Study in Pinkの冒頭。脚本を書いてるのが同じモファットさんだからか、このエピソードには第1話との符号がいろいろ出てくる。

 「僕の言ったように銃は持ってきたか」というのは、原作にもよく出てくる。ここでのジョンは「なんでクリスマスに君のご両親の家に僕が銃を持ってくるなんて思うんだ!」とか言いながらも、ちゃんと持って来てるw

○ CAMのヘリでAppledoreへ

(実際の建物「Swinhay House」は、イングランドのモダンな大豪邸としてもともとかなり有名。持ち主はここには住んでいないそう)

「ホームズさん、君の弱点を見つけるのはなかなか大変だった。麻薬がどうのというのは一瞬たりとも信じていなかったし。それに暴露されたところで別に気にしないだろう」とCAM。これが、冒頭でシャーロックがcrack houseにいた理由か。作り手が「唇のねじれた男」をやりたかったんだという理由のほかに。

「けれども見なさい。君がどれほどジョン・ワトソンのことを思っているか。君のdamsel in distressだよ」(damsel in distress=大変な目に遭っている乙女。乙女を救うのは勇敢な騎士と相場が決まってる。そして勇敢な騎士はdragon-slayerでもある)

 「私は人殺しじゃない。君の奥さんと違ってね」と言うCAMによると、マイクロフトはイギリスの最高権力者(自分を除けば)。その彼の唯一のpressure pointは弟。シャーロックのpressure pointはジョン。ジョンのpressure pointはメアリ。ゆえに、メアリを手に入れればマイクロフトが手に入ると。マイクロフトが「私のクリスマス・プレゼントなんだよ」

 マイクロフトの機密をただやるだけじゃない、パソコンのパスワードと引き換えにメアリの情報を全てもらいたいというシャーロック。けれどもマイクロフトのパソコンはGPSつき。マイクロフトはこれをMagnussenのもとに運ばせるため、わざと薬を盛られたフリをしたのか。あるいはそれもシャーロックは読んでたのか。CAMが気づくGPSになぜシャーロックが気づかない? もうこうなると名人同士のチェスや将棋みたい。

 CAMいわく、自分がマイクロフトのパソコンを持ったところに治安当局が家宅捜索で押し入ってくれば、最高機密を複数所有しているという理由で英政府は彼を逮捕できるし、機密をCAMに渡したシャーロックは無罪放免となる。これからもあのクサい部屋でサイコパス夫妻と事件に取り組める。マイクロフトはこのチャンスをもうずっと長いことうかがっていたんだ。お兄さんは君のことをとても誇りに思ってくれるよ、と。

 ——幼いころから兄に「君は馬鹿だ馬鹿だ、本当に君は残念な子だよ、弟くん」と言われ続けた弟と兄の関係……というのが、ひとつテーマとしてあるなあ。

 そしてAppledoreのvault(倉庫)にある情報は…………すべてCAMの脳内にある。

  (このポッドキャストで  モファティス、1話ではジョークとして小出しにして、2話ではあの大講堂みたいな場面で少し出して、3話でドーーーン!と出したんだと)

 CAMの脳内資料によると、メアリはCIAのwet jobをやったりフリーランスでいろいろやったりしていた、本当に「悪い娘だ」と。wet jobとかwet workは「暗殺」の意味の実際のスパイ用語だそう

 そんなもの、実際に物がなかったら証拠がないじゃないか、とジョン。

「Proof? What would I need proof for? I'm in news, you moron, I don't have to prove it, I just have to print it.」(証拠? 証拠などいらんよ。私はニュース業界の人間なんだ、愚か者。証明などしなくていい、ただ印刷すればそれで済む)

 ——冒頭のLeveson Inquiryみたいな査問会みたいなのに引き続き、そして「facts are for history books, I work in news」の台詞に続き、これも昨今のUKタブロイド業界の問題をずばりと。なんでも書いて載せればそれでいい。真実かどうか、証拠があるかどうかなんてどうでもいいってね。

 それでも、実際にブツがないのにどうやって人を脅せるんだ、「I don't understand」「I still don't understand」と繰り返すジョンにCAM、「素晴らしい、Tシャツにしたらどうだ」「それがTシャツの後ろ用だ」。E1に続いて、やけにTシャツTシャツ言うなあと思ってたら、BBC Shopが……。

  シャーロックとジョンが自分に国家機密を売り渡そうとしたと、明日の新聞に大々的に載せる予定だとCAM。

 そして変態王CAMが「顔をピン!てやっていいかな」「ああ、楽しいなあ。一日中やっていたい」と、とことんジョンを馬鹿にしながら、つまり自分はメアリの過去の悪行を知っている、彼女を殺したいほど憎んでいる人たちの名前も住所も電話番号も知っている。全てマインドパレスに。今すぐ電話一本かければ、それで済む。君達の生活をずたずたにできる。顔をこうして弾かせてくれるなら別だが。これに証拠などいるか?——と。ジョンは抵抗できない。「私はこれを人にやる、国にやる。ただ単に、知っているからだ」。前の場面では「知ることは所有することだ」という台詞も。

 目を開けたままビタンとさせてくれ、と。「ジャニーンは一度だけできたよ」っていうのが、気になるなあ。大丈夫かジャニーン。 

 ——確かに、「私はシャーロックと寝たわ」ってタブロイドにネタを売るだけで、サセックス・ダウンズにコテージが買えるほどの金が入る世の中ならば、「あの帽子探偵の相方で独身主義だと思われていた医者が結婚した相手は、悪鬼のような凶悪暗殺者だった!!!」なんてことにタブロイドに流されたら、そりゃあああもう、大変なことになる。「イギリスでいまこのような大きな騒ぎが起きています」と日本でもニュースになったりするかもしれない。

 「残念だな、私は悪者じゃない。何の悪巧みもしてしない。私はただのビジネスマンだ。資産を獲得しているだけで、君はたまたまその資産のひとつだというだけだ。ホームズさん、今度は英雄になれなくてごめんね」「ちゃんと調べろ! 僕は英雄なんかじゃない。僕は高機能の社会不適合者だ!」

   "Oh, do your research, I'm a high-functioning sociopath!"  A Study in Pinkでアンダーソンに向けた台詞と一緒。

 そしてAppledoreの情報がCAMの頭の中にしかないとあらかじめ確認しておいたシャーロックは、ジョンとメアリを守るためにCAMを……(? あれだけのロングショットであっさり終わらせたあの場面だけでは、何がおきたのかよく分からないけど)。

 ——原作では、CAMの脅迫のせいで夫が悲嘆にくれて死んでしまった高名な貴婦人がCAMを撃ち殺すけど、なんですって、モファット氏は放送後のQ&Aで「あれはワトソンが友人を守るために嘘を書いたんじゃないかと思ってる」と言ってると。つまりワトソンはホームズの名前を伏せたんじゃないか、ミルヴァトンを殺したのはホームズじゃないかと。うーん……)

○ 政府高官たちとマイクロフト

マイクロフト「同僚がよく言うように、この国には時に鈍器が必要なんですよ(this country needs a blunt instrument)」

——これ最初は由来が分からなかったんだけど、なにか聞き覚えがあって。特に「blunt instrument」という表現に。そこでちょっと調べたら、007の「M」の台詞だという情報があちこちに。さらに「どの007?」とtwitterで尋ねたら、Casino Royaleだと@Bluebell_BCさん(thank you)。

 調べたら、2006年のダニエル・クレイグ版Casino Royaleで007に対してMが「This may be too much for a blunt instrument to understand, but arrogance and self awareness seldom go hand-in-hand」(鈍器には理解できないかもしれないけど、傲慢と自己認識が共存するなんてめったにないの)と言ってる。

 ゆえにマイクロフトの「同僚」はMなんだな。確かに同僚は「M」だと、モファティスがEmpire誌に話してる。記事について教えてくださった @Sherlock_221bsさん、ありがとうございます!

 マイクロフトはMI6の外にいる様子なので、そしてBritish IntelligenceってMI5とMI6とGCHQの総称のように使われることが多いみたいなので、マイクロフトはその統括的な立場なのかなあと想像。ちなみに、British Intelligenceで働きたい方はこのサイトを

 (さらにちなみに、このCasino Royaleでは007が薬を盛られて心筋梗塞を起こして死にかけるんだけど、自力でAEDを使って蘇生するのが、死の淵から這い上がって生還してくるシャーロックとちょっとつながるかな)

マイクロフト「(鈍器が必要なのと)同じように、刃が必要なこともあります。冷酷無比かつ正確にメスをふるわなくてはならないことも。シャーロック・ホームズを必要とする時は必ずやってきます」
政府高官「家族の情愛がそう言わせているのではないだろうな」
マイクロフト「馬鹿なことを言わないでいただきたい」 

 そしてマイクロフトが時に放り出すように言うことは、やっぱりよくわからない。

「兄弟愛がいきなり噴き出るなど、私の場合はあり得ない。もうひとりがどうなったかご存知でしょう」って? You know what happened to the other oneの「other one」って? ごくごく普通に文章を読んでいくと、the other oneは「the other brother」に読めるんだけど?? そりゃホームズ研究の大家W.S. Baring-Gouldの「伝記」によればホームズ兄弟には「シェリンフォード」って長兄がいたことになってるけど、それは正典外だし。

 「the other one」については上述したEmpire誌の取材にマークがまずポッドキャストで「それは実は誰も知らない、70年代のマイケル・ギャンボンとリチャード・ブライアーズのsitcom "The Other One"のことで……」と(おいおい。モファット爆笑)。続けて、「Who can say whether that’s an idea or just yet another of our throwaway bits of mischief? It may be the thread of a rug. It’s fun, isn’t it? It’s fun」(何かのアイディアなのか、あるいはまた僕たちがネタを放り出すようにふざけてるだけか、誰も分からないよね。ちょっとだけ驚かそうとしてるのかもしれないし。面白くない? 面白いよ)と。へいへい。
 ていうか「絨毯の糸、thread of the rug」という表現も分かりにくいけど、記事のもとになってるPodcastを最初から聴くと、「pull the rug」っていう慣用句で遊んでるのね。この場合は観客の足下の絨毯をひっぱる=思い込みをひっくり返して驚かすっていう意味で。そしてここでは「rug」そのものじゃなくてその糸をひっぱって、こちらの思い込みをひっくり返してるのかもしれないって。

「けれどもシャーロックを収監できるような刑務所はない。そんなことをしたら毎日のように暴動騒ぎだ。代案にはあなたの許可が必要です、レディ・スモールウッド」
「情け深い処置とは言えませんよ、ホームズさん」
「残念ですが、私の弟は人殺しなのです」

 ——そして、6カ月もすれば殺されるという東欧での任務に派遣するわけか。

○ 飛行場
(すっごいREDぽい場面)

 まずメアリとハグ&キス。
メアリ「Don't worry. I'll keep him in trouble」(心配しないで。いつもトラブルに巻き込まれてるようにするから)」
シャ「That's my girl」 (さすがだ)

 ——普通の人の場合は「I'll keep him out of trouble」って言うんですけどねw。

 「これがジョン・ワトソンと最後の会話になると思うので、時間をもらえるか」とシャーロック。

 シャーロックのフルネーム。William Sherlock Scott Holmes。
「If you're looking for baby names」(赤ちゃんの名前を探してるなら)

 ——ベルグレーヴィアで見つめ合うシャーロックとアイリーンの間に割って入るために「Hamish!」といきなり言ったあとのジョンが同じことを。超音波で調べたので、たぶん女の子だそうなんですが(このときのシャーロックの表情がいいですね。女の子か……という)。そしてそういえば、A Scandal in Belgraviaを書いたのも、モファットさんだった。やっぱり自分が書いた脚本と符合させるのはやりやすいのかな。

 ——ホームズファンの間では定着しているこのWilliam Sherlock Scott Holmesというフルネームも、W.S. Baring-Gouldの「伝記」由来だった(日本では「シャーロック・ホームズ―ガス燈に浮かぶその生涯」というタイトルで今でも重版中)。これってBaring-Gouldの妄想というかロマンチックな願望も入ったパスティーシュに近い内容なんだけど(ホームズとアイリーンの間に色々あるし)、でも私は好きです。

 

○「最後」の語らいをするふたり

ジョン「The game is over」
シャ「The game is never over, John(ゲームは決して終わったりしないよ、ジョン)。ただ新しいプレイヤーが参加してくるかもしれない。それもいい。どうせ最後には東風がみんなを巻き込むんだから」
ジョン「何のことだ?」
シャ「子供のころ兄に聞かされていたんだ。東風は、すべてをなぎ倒す恐ろしい力だって。至らない者を探し出して大地から巻き上げる。それはだいたい僕のことだったんだけど」
ジョン「いいね」
シャ「最悪の兄貴だ」
ジョン「で、君は? 本当はどこに行くんだ」
シャ「何か東欧での潜入任務らしい」
ジョン「いつまで?」
シャ「6カ月。兄は絶対に間違わないから」 ……6カ月で死ぬだろうと、いつも正確な兄に予測されたとは言わない。
ジョン「それで、そのあとは?」
シャ「……さあね……」 

シャ「ジョン、言っておくべきことがある。言おうと思って、でもずっと言えなかった。もう二度と会うこともないと思うから、いま言っておきたくて…………(息を吸って)……シャーロックは実は女の子の名前なんだ」
ジョン
「違うよ」
シャ
「言うだけ言ってみようと思って」
ジョン
「娘に君の名前をつけたりしないから」
シャ
「いいんじゃないかと思うけどね」

シャ「To the very best of times, John」(最高の日々に、ジョン)

——これは『スター・トレック2 カーンの逆襲』に出てくるディケンズの『二都物語』由来の、「It was the best of times, it was the worst of times(最高の日々であり、最悪の日々だった)」を彷彿とさせる。 

○ Did you miss me?

 モリアーティの復活そのものが、首相に緊急報告しなきゃならない案件なのか(モリアーティってそこまでの存在だった? 本人申告はともかくとして)。あるいは全国的に電波ジャックされたのが緊急報告案件なのか。物語的にはまあ、前者だろうけど。ともかく「England」が君を必要としてるから戻って来なさい。4分の国外追放で懲りたかな?と兄貴。

 そしてジョンが(やけに落ち着き払って)「There's an East Wind coming」 っていう東風はシャーロックのことか。東から飛んで帰ってくる(わずか4分しかたってないけど)。だからモリアーティはもし戻ってくるなら「しっかり着込んで温かくした方がいいぞ」と。悪しき者を探し出して根こそぎ巻き上げて滅ぼす東風がやってくる、と。

 

……Miss me? まさか君は、原作にいたジェイムズ・モリアーティ大佐だったりしないよね。

 

 



 追記。第3シリーズ放送開始前にBBCがサイトに載せたモファティスのインタビューで、「成長しない天才は馬鹿に見えてしまう」「シャーロックは周りの人たちとどうつきあうと効果的か学んでいく。でも彼がそうすると、実は今までよりもっとひどいことになる(make him worse than ever)」とモファットさんが話していた。

 これはたとえばホームズが原作でCAM邸のメイド、アガサを結婚詐欺みたいに利用したようなことかな、それをやるのかな——と、このインタビューを観た当初は思った。そして実際、シャーロックはアガサならぬジャニーンを結婚詐欺みたいに利用したわけだけれども。けれどもそれだけだろうか。シャーロックがメアリとジョンのためにCAMを殺したのも、「前よりひどい」シャーロックの姿じゃなかろうかと考えはじめていた。

 そうしたらEmpire記事でモファットさんが「シャーロック・ホームズはより良い探偵になるために自分の人間性を押し殺すという、恐ろしい決断をした。そういう風に書いてある」と話していた。さらにはマークが「第3話でどうなるか分かってたので、それまではシャーロックがなんだか優しくなったみたいに見せておきたかった」と。そして記事のもととなってるポッドキャストでもモファットは言ってる(35:05くらいから)、「シャーロック・ホームズが感情豊かな生活をするようになれば、もっといい人になるだろうなんて、僕たちの感傷的な思い込みでしかない。彼は変わらず恐ろしい存在で、マグヌッセンの顔を撃ち抜く。殆どの人はそんなことできない。シャーロックは良いことのためなら人を騙して悲しませるのだってできる。ジャニーンがそうだ。感情豊かになったからって彼が救われるわけじゃない。相変わらず狂人だというのはそのままだ。いや、狂ってるわけじゃなく、恐ろしい、恐ろしい男なんだ」と。

 つまりシャーロックは、ジョンをはじめ大事な人たちを大切にするという人間性を獲得した(もしくは解放できるようになった)結果、メアリの秘密が保管されているCAMの脳の破壊を選んだというわけか。それは単なる機密保管庫の破壊ではなくて、ひとりの人間の殺害でもあったわけだけれども。しかもそれはシャーロックが唾棄する、殺した方が世の中のためと自分で納得できる相手だったから、殺人の選択肢は彼の中ではまったく有効だったと。

 他人とより上手に関われるようになったシャーロック、より人間的になったシャーロックは実は「worse than ever」で、前と同じくらい、あるいは前よりはるかに恐ろしい存在になった。まさしく(モファットさんがA Study in Pinkのコメンタリーの時点ですでに言っていた、そしてバーツ屋上でシャーロックが言った)I may be on the side of the angels, but don't think for one second that I am one of themだ。天使なんかじゃないと言うけど、私には大きな剣をもって罪人を裁く大天使のようにも思えるよ。あるいはまさにそれがマイクロフトの言う、東風か。