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ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

アートで脳トレ『ひらめき美術展』で 楽しく鑑賞しました

2024-06-09 21:54:13 | 対話型鑑賞

日時:2024年5月19日(日)11:30~12:00(2作品目)

場所:浜田市世界こども美術館 

作品:「山のお面」 本濃研太    

参加者:みるみる会員3名 美術館関係者1名  ファシリテーター:津室和彦

2作品目は,子どもを含め家族連れの参加はなく,美術館長とみるみる会員の4名が鑑賞者でした。

前半は,作品からみつけたこと,感じたこと,考えたことなどの発言を重ね,それらを踏まえた解釈が後半になされるという流れでした。

1 鑑賞の構造とファシリテーターとして考えていたこと(抜粋)

発言のキーワードを図示し,併せていくつかの局面でのファシリテーションの意図について述べます。図中と以下本文の〇囲み数字「ファシリテーターまとめ」は対応し,ファシリテーターの発言を表します。

①「それってどんなお面なんですかね?」・・・動物,人間,人間っぽいという3種があるということについて,一つ踏み込んで考えてほしかった。

②▲「いろんな表情があるんですね。今までのお話を聞いていると,人間ぽいのもあれば動物っぽいのもある。表情・感情もいろいろなのがある。たくさんあるので,これが気になるよっていうのはありますか?絞って話してもらえますか?」・・・お面の数が多いので焦点化しようという意図だったが,鑑賞者の意識はまだ全体をみていきたいというものだったようだ。読み違え,ファシリテーターのミスだった。実際この後,総体としての色の話に移っていった。

③「じゃ,森や木,顔とかいろいろな生き物がいるということから関連付けて考えられますか?そのことから考えられることは?」・・・木や森という新しい発言と,しばらく前の人間・動物・人間っぽいものを結びつけることを促した。

④「山を見たからってすぐそれを感じ取れる人は少ないかもしれませんが,こうやってお面のような形をとることで,訴える力とかは見る私たちは強く感じやすくなるのかもしれませんね。タイトルの『山のお面』ということにも触れていただきました。」・・・自然を連想させる表現の特性を考えてほしかった。

⑤「先ほど,『(ダンボールという素材は)木の命をもらっている』という話もありました。一旦もらっているけれど,リサイクルして繰り返し使うこともできるというところは,人間に対して自然からのメッセージがあるとしたら,それを表す素材としてはいいかもしれませんね。素材とも結びついている。」・・・通常梱包など別の用途があるダンボールを素材としていること自体が,自然の循環を想起させることや,これまでの発言内容を踏まえるとよりぴったりくる素材だと感じられたので,ファシリとしても強調した。

⑥「緑や茶色で統一されていて森とか木を感じるということで,里山とか森と人が関わりながら暮らしている時代とか様子とかの中で,動物や人,精霊など目に見えないものも含めてつながり合って生きてきたというようなことが読み取れるのかもしれませんね。」・・・プレまとめ,方向づけ。

⑦「往復というか繰り返しがあって,それが積み重なって問い直しているうちに見ていること自体が内省になる。」

【ファシリテーターまとめ】「それぞれが自分の内面を見つめなおすということであれば,それぞれの人ならではの自分の内部の掘り起こしや見つめなおしのきっかけを与えてくれる作品なのかなと思いました。」

2 対話のワードクラウド化

さて,対話をテープ起こししたので,ワードクラウドにしてみました。ここでも,神や精霊など神秘的なものと,ユーモラスな感じや表情,内面などの人間的なものの両方が出てきていることが興味深いと思います。どこかプリミティブなお面というものを見ていながら,自分自身を内省してしまうというような対話の内容と重なります。

3 振り返りと鑑賞会後のエピソード

 鑑賞中にも,鑑賞者の一人として参加してくださった館長から,「(これらのお面は)もともと一塊りの作品だったものをばらばらに解体し,その材料でリメイクされたものだと聞いています。」というような情報を得ていました。鑑賞会後,学芸員からその前身の作品画像を見せていただきました。8年前にこの美術館で開かれた「ダンボールの変身展」に出品されていた大きな人面のある山の作品でした。その山にはトンネル状の口が開いており,鑑賞者が入れるくらい大きな作品でした。わたしも,その展覧会のことはよく覚えていたので,対話の中で出てきた,全体として山のようだとか,木を大元の資源として繰り返し使える素材であるというようなことと繋がって鳥肌ものの感動を味わうことができました。美術館でのリアルの鑑賞会であったので,鑑賞会のさなかにこの情報や画像資料が使えたら,どんなにすばらしかっただろうかという幸せな空想も働いたのでした。

※その後,8年前の前身の作品画像を美術館から提供していただきました。感謝いたします。

※8年前の前身となった作品

今回の作品鑑賞風景


「みるみると北斎をみる」第2週目 この美人の心は・・・?

2024-03-21 22:00:05 | 対話型鑑賞

日時:2024年1月21日(日)14:30~15:00(ターン④)   
作品:人を待つ美人 印:北斎 画 島根県立美術館所蔵(永田コレクション) 
画像は「島根県立美術館HP」より
ファシリテーター:房野伸枝
参加者:一般参加者6名 みるみる会員2名 


 

「みるみると北斎をみる」の第1週目は「熊に団子を与える金太郎」「柳の絲」、第2週目の1作品目は「両国夕涼み」と、どれもたくさんのモチーフが描かれている作品だったので、最終回は背景に何もなく、女性が一人座っているという作品にしてみました。様々な要素を見つけて、そこから解釈につなげるという流れは、モチーフの多少にかかわらず同様です。この作品を選んだのは、一見、シンプルにみえる作品でも、人物の表情やポーズを詳細にみていけば、おのずとその状況や心情に迫れると思ったからです。今回の鑑賞者は一般の方6名中初めての方が4名でしたので、多様な作品を鑑賞していただきたいと思い、1作品目とはモチーフの数や表現技法に違いのある北斎の肉筆画を選びました。

<鑑賞の流れ> (発言者やファシリテーターの発言は省略・要約した)
(1)作品からみえたものをあげ、共有する
最初は女性の足のデッサンが狂ってるのでは、という発言から、人物が後ろに倒れてしまいそう、不自然な恰好、三味線があるので、芸者。本があるので長唄をやっていたのでは。三味線や唄の練習をしていた。三味線の師匠の前ではこんな格好はできないので、1人でいるところ。扇があり、夏っぽい着物(白地に青っぽい色で、襟元が空いている)なので、暑い時期、夏では。お座敷では、人を楽しませている華やかな仕事だが、ここでは一息入れて休んでいるところ。等。

(2)文字についての情報提供
書かれた文字について、「月、と読めるので、月でも眺めているのでは」という発言を受けて、ファシリから『弾き倦て 月よりも人 待宵か』と書かれているという情報を伝えた。同じ作品内に書かれていることで文字も作品の一部であり、文字の内容が絵の部分とリンクすると思ったからだが、この情報提供後に人物の置かれている状況や心情についての発言が多くなったことに加え、文字の大きさや形の書かれようにも言及が見られたことは、想定外の読み取りで興味深かった。

(3)女性の心情やどういう状況なのか、という解釈
この人はこの世のことを考えていないような虚無感を感じる。目の様子から特に感情が見えないので、何も見ていない感じ。着物で立膝をして、足の上に教本をバサッと置いている様子から、脱力している感じ。
芸者として人に見られる華やかな職業だけれど、自分は何も見ていない。顔は穏やか、稽古を終えて、何も考えたくない表情では。ポーズも右足を投げ出して、かなりはだけている。かなりリラックスしている様子。左に男性がいて、誘っているのかも。(描かれている外へも想像が広がってきた。)
着物も帯も松の葉っぱの模様に見えるので、人を待つ、とかけている。着物の「松」、帯の「松」、人を「待つ」と、人を待つ気持ちが大きい現れでは。
虚無感の中にも、全くあきらめてしまうのではなく、人を待つ心がある、ということかもしれない。
待っている人は、もう絶対会えない人なのかも。例えば、亡くなってしまったとか、すごく遠くにいる人とか・・・。絶対会えないから、待ちくたびれるしかないけれど、そういう人を待ち続けるということもあるかもしれない。

(4)構図や文字と人物との相関関係からの解釈
「色や線をよく見てみましょう」というファシリの投げかけから。
三角形の構図で、赤い色が非常に効いている。三味線の置き方も右手で引くのなら、このように置かないのでは。北斎の絵師としての構図の工夫では。
上に書かれている「人」という字も、ひときわ大きく書かれている。
人物のポーズも人という字にも見える。「人」という文字と絵とリンクしている。(お~!確かに!と、思わず皆さんの拍手)

(5)まとめ
人を待つ、と言っても、どんな人を待っているかということまで様々な見方ができた。現実に誰かを待つ、ということもあるが、待っても来ない人を待つ心情もあるのでは、という解釈もできた。表情から、虚無感のような、あきらめのような放心したような様子で、遠くを見つめながら、何か考え、思い出しているよう。文字と人物との関係にも気づきがあり、だれもいない所で、ひとりきりで何かを待ちながら座っている女性の姿が表現されているとみんなで作品をみていくことができた。


<鑑賞を終えて>
 初めて体験される80代の男性の発言で印象的だったことがあります。その方は女性の表情から「虚無」を感じられたのですが、他の方の意見を聞くうちに鑑賞の半ばで「自分の解釈が間違っていました」と発言されました。この時には、まだ、みんなで答えを見つけているように感じておられたようです。その時は「一つの答えを見つけるのではなく、それぞれが感じられたことが答えでいいんです」とファシリがフォローしました。後半の「着物の松」と「待つ」がリンクし、待っている人は来ない人なのかも…という流れの中で「人というのは虚無感の中にも人を待ってしまうものなんだな・・・」「哲学的な意味を感じた」と発言されました。当初、ギャラリートークのように学術的な情報を得る会だと思って参加されたようですが、30分間の鑑賞会で自由に発言してもよい、ということが分かり、他の方の意見を聞いて自分の解釈が変化することも是とし、自分なりの作品解釈に至ったということが伝わってきました。
この方のように、複数人での対話を介した鑑賞が多様な見方や深い解釈につながっていくことを感じていただけたことがとても嬉しかったです。ファシリテーションしながら、鑑賞者の皆さんの様子を毎回新鮮に感じることができるのも、対話型鑑賞の醍醐味でもあります。

 振り返りで、ディスクリプションの間でも「不自然な恰好ということから、どのようなことが考えられますか?」などの返しもあると、さらに解釈へつなげることができたのでは、とアドバイスをいただきました。確かに、見つけたことを列挙するだけではなく、「そこからどう思う?」という投げかけから、さらに見て考えることを促し続けることが必要だと思いました。鑑賞会は一期一会、その場その場の臨機応変さを身につけられるようにしていきたいと思います。
 久しぶりの対面での鑑賞会は、やっぱり臨場感があって楽しいことこの上なし!です。しかも、今回は、もともと小さい作品をプロジェクターで画像を写しながら鑑賞し、時折、部分を拡大して細かいところも確認しながらみることができたところがちょっと、オンラインの時とハイブリッドな感じも新鮮でした。

 この機会を作ってくださった島根県立石見美術館と、画像を提供してくださった島根県立美術館に心から感謝申しあげます。島根県の宝である、県外不出の北斎の「永田コレクション」は今後も特別展を企画されています。また、皆さんと一緒に鑑賞できる日を楽しみにしています!


「みるみると北斎をみる」2週目! 不思議なアレはなに??!

2024-03-03 22:03:16 | 対話型鑑賞

第2週の鑑賞会 「みるみると北斎をみる」
日時:2024年1月21日(日)14:00~14:30(ターン③)   
作品:両国夕涼 印:画狂人(葛飾北斎)作 (島根県立美術館所蔵 永田コレクション)
ファシリテーター:津室和彦
参加者:一般参加者6名 みるみる会員2名 
 図版は島根県立美術館のHPより引用した

 

 第2週は,県内外から集まられた6名の方々と鑑賞しました。うち5名は男性で,様々な方向からの発言が飛び出し,大変盛り上がりました。


 

今回は,作品の構成を生かすために,発言そのものを画面に配置した図に表してみました。

 対話は,空にある赤い不思議な形から始まりました。花火という見方と稲光という見方の二通りがあり,それぞれそう考えたのはどこからかを問いながら,しばらくやり取りをしました。
 その後,人物について話し合いました。遊んでいるらしい男の子二人と,右の着物姿の女性3人は,ちょっと属性が違うのではないかという話になり,お太鼓結びの帯から,遊女という見方が出ました。それに関連して,当時のファッションリーダーであり,身に着けている着物や団扇もおしゃれで高級なものではないかという考えが共有されました。
背景については,太鼓橋のようなシルエットや水面に浮かぶ屋形船なども細かく見ていきました。
このようなディスクリプションを経て,次第にそれぞれの要素の関連が語られ始めました。
〇女の子は,稲光に気づいて指さした→雷鳴は遅れてくるので男の子二人は気づいていない→遅れて鳴り響く雷鳴に「たまげて」落水するかも=雷光と雷鳴の間の刹那を描いたのかも
〇稲光がピカっと辺り一帯を照らした瞬間で,向こうの景色はシルエットになって浮かび上がっている→空も水面も今の一瞬は雷光で明るい,本当は暗いので屋形船は提灯をともしている
〇女性は遊女→囲われていて出歩く自由はないはず→屋形船上のお座敷に呼ばれて船を待っている
〇材木屋か何かの私有地→所有者の関係者ではないか→特別なイベントがあるからここにいる→花火大会?
 宗理美人という言葉がありますが,この作品の中の女性の様子を詳しく見て考えてくださった鑑賞者のおかげで,単なる夕涼みにとどまらず,水上のお座敷を控えているプロフェッショナルであるとか,遊女は当時のファッションリーダーなんだろうというような部分にも迫ることができました。
 また,子どもも得意とした北斎が生き生きと描いた子供たちからは,空の赤いものが雷光だとすると,この絵に描かれている次の瞬間,雷鳴が轟いて驚いて水の中に落ちていくのではないかという想像ができました。遊び心のある北斎なら,そんな含みを持たせているかもしれないとか,もしかしたら男の子が落ちた場面もえがいているかもしれないという楽しい空想を皆さんと一緒に広げることができました。一緒に鑑賞することで,若い北斎のエネルギーや遊び心を感じられるひと時となりました。


久しぶりの対面鑑賞会 「みるみると北斎をみる」①

2024-02-18 14:51:18 | 対話型鑑賞

日時:2024年1月13日(土)14:00~14:30(ターン①)   

作品:熊に団子を与える金太郎 勝川春朗(葛飾北斎)作 (島根県立美術館所蔵)

ファシリテーター:津室和彦

参加者:一般参加者6名 みるみる会員4名 

図版は島根県立美術館のHPより引用した

 

 みるみるとみてみるを5年ぶりに行うことになりました。若い北斎の作品展で,新春にふさわしいと思う本作を選びました。本レポートでは,まず,発言を図式化したものを示したいと思います。外側がそれぞれのモチーフや部分についての発言,ベン図式に重なった部分は,二つの要素が結びついて出てきた発言やファシリがつないだ部分です。

 

モチーフは,大きく,人物・動物・周りの小物の3つに類別できそうなので,それぞれについてまとまりをもって対話ができるのではないかと考えていました。予想通り,初めに手を挙げた3名の鑑賞者から,それぞれに触れる発言が得られました。

 ファシリテーターとしては,まずはそれぞれの発言を認めたりパラフレーズしたりしながら,適宜問い返しをし,どこからそう考えたのかが全員で共有できるように努めました。

 次に,以下の例のように,それぞれの発言をつなぐことを意識しました。

〇男の子→大柄→団子や達磨が小さく見える→相撲が強い←軍配←願掛け達磨

〇団子→動物→手なずける→手下・家来

〇しめ縄→神事←相撲

〇宝物→縁起がいいもの←鶴が飛ぶ着物の柄 →初夢の夢見がよくなる絵札

 3つのまとまりについて,発言が積み重なったところで,「体格のいい男の子が,熊らしき動物に団子を食べさせていて,まわりには縁起の良さそうな宝物としめ縄もあることから,相撲など何らかの神事とも関係がありそうだということを,みなさんでお話してきましたね。」と小まとめをし,「それを踏まえて,いったいどういうものに見えていますか。」と問うと,「相撲が好きで熊が出てくるとなると,金太郎ですよね。」という発言があり,多くの人がうなずいていました。そこで,人物は金太郎であることと,題名を明かし,「そのうえで,金太郎をかくことの意味は何でしょうか。」と問うと,「わが子が,金太郎のように強く大きくなり,出世して宝物を手にいれられるようになってほしいという気持ち」「健やかに,金太郎のようにたくましく育ってほしい」という願いを表しているとか,「お年玉を入れる袋に使ったのではないか」というような興味深い発言が出されました。

最後に,「怖い熊ですらも子熊に見えるような英雄の姿を,縁起物として誇張して描いているのかもしれませんね。今日は細かくみて話すことで,昔ばなしの金太郎のヒーロー像のようなものを皆さんと発見することができました。」とまとめました。楽しく,充実した鑑賞会となり,貴重な場を設定してくださった石見美術館と参加してくださった鑑賞者の方々に感謝したいと思います。

振り返りでは,メンバーから,着物の緑色や金太郎の肌の赤さなど色に絞って考えるフェーズがあると,さらに深まったかもしれないとのアドバイスをもらいました。着物の緑は,松葉の常緑と考えるとこれも縁起物,そして,肌の赤味も疱瘡除けのまじないという意味があり,達磨の意味ともつながるというような情報も用いて,より鑑賞が深まる可能性もあったかもしれないというものです。鮮やかな色も錦絵の魅力のひとつなので,またの機会にはそうしてみたいと思います。

 


北斎の鑑賞レポート第1弾!

2024-02-12 15:06:57 | 対話型鑑賞

「なくてななくせ 遠眼鏡」北斎(可候 画)享和年間    山口県立萩美術館浦上記念館 所蔵              

オンラインみるみる12月例会 2023年12月16日(土)19:35~20:05 

ファシリテーター:上坂 美礼     参加者:5名

 島根県立美術館(グラントワ内)で「永田コレクション 北斎展」が始まることもあり、萩美術館収蔵
の逸品(世界で現存する三枚のうちの一つ!)を皆さんで鑑賞してみたいと選んだ。
≪鑑賞の流れ≫(ファシリテーターのコメント要約&考えたことや今後の課題点など)
①~⑮鑑賞者のコメント要約
①二人の女性は浮世絵版画から江戸時代の人物。左の人はお歯黒と角隠しから既婚者。棒を手にする右
の人は歯が白いので未婚者。(歯や装いを根拠に既婚と未婚の区別を話題に。「角隠し」について質
問。)
②「角隠し」は和装の結婚式の装いにも見られるが、日本髪に被る布で既婚者の証。(江戸期の「角隠
し」は屋外に出る際に塵除けで被る。花嫁の装いで現在でも伝承される。)
③手が小さい。顔と比較すると子どもの手みたい。顔と手のバランスから顔を強調かなと。
(手と顔のバランス、デフォルメ「表現」について)
④右の着物は鮮やかな紅色で若い装い。対して左の着物は柔らかな色で落ち着きがあり、年を重ねた人
のよう(着物の色から二人の年齢の違いについて推理)
⑤右の人の生え際にうぶ毛。十代そこそこか。手にする遠眼鏡は貴重で高価なモノ。羨望のアイテムを
手にする二人は裕福。また、二人の関係性は?(手にする長い棒をなぜ「望遠鏡」と思ったのかを尋ね
るべき場面だったか。作品の題名「遠眼鏡」はレンズの入った望遠鏡。ファシリテーターとして「二人
はどのような人たちで何をしているのか」と問いかけ、念を入れて焦点化しても良かった。)
⑥「遠眼鏡」の紅い筒は朱漆に金で繊細な模様が施され、瀟洒で豪華な逸品。高価な「遠眼鏡」を手に
することはステータスの象徴で二人は裕福な商家の女性。特に注目したのは二人の襦袢。右の若人の襦
袢も左の年上の襦袢も「絞り」で手の込んだ高価な装い。(左側の人の手元、右側の人の襟元、どちら

山口県立萩美術館蔵「なくてななくせ 遠眼鏡」                    2024.1.3
の紅い襦袢にも白い斑点模様。絞りではないかと装いの細部に着目。「襦袢」について詳しく教えてほ
しいと、ファシリテーターは鑑賞者へ依頼した。)
⑦襦袢は着物の下に着る。襦袢にも手の込んだ装いから、二人は裕福な立場にある。
⑧二人は親子かもしれないが、姉妹や姪と叔母の可能性も。年齢差は離れていない。左の人に眉が見え
ないことからも既婚で年長。顔や目に注目すると右側の人の方が若い。(「二人の関係性」について複
数の推論が挙がった。この時点で小まとめが必要。傘を持つ年長者と遠眼鏡を手にする若人の対比は共
通していて、ここでパラフレーズすることで焦点化を試みることができた。さらに「二人は何をしてい
るのか」と問う流れができた。詳細は後述。)
⑨左端の傘に注目。背景は明るく、雨は降っていない。この傘は若い女性が「遠眼鏡」で覗き見する姿
を隠すため。裕福な婦人が「遠眼鏡」を覗く姿は世間から「はしたない」と憚られる行為で、その様子
を隠すために傘は用いられているのではないか。(傘に関する新説。省みると「二人は何をしているか/
何を見ているか」と問い、次の話題へと焦点化するポイントだったと思う。ファシリテーターの実践と
しては充分ではなかったが、この度は鑑賞者同士で自ずと次々に話題が展開されていった。)
⑩右側の人は「遠眼鏡」でかっこいい人を探している。左の年上女性は母親で、「遠眼鏡」を覗く娘に
助言。例えば遠くに見える男性の身なりなどから家柄や身分等を見極めようと品定めしていて、傘はそ
の様子を他者から見られないように隠すために手にしている。一方で、背景の明るさから陽ざしの強さ
を感じるため、傘は陽ざしを遮る役割も担うのでは。カメラで撮影する体験から推測するが、周りは暗
い方がレンズ越しの像を見やすいので、この傘も「遠眼鏡」で遠方の像がよく見えるように同様の役割
をするのではないか。(左上の傘には、二つの役割があるという話。今まで画中の傘について考えたこ
とが無かったファシリテーターは、鑑賞者の一人として感銘。)
⑪明るい背景の光沢は雲母刷で非常に贅沢な版画。傘が見えるので屋外。陽ざしを避ける日傘は密かに
覗くためのアイテムにもなる。背景に「なくてななくせ」と文字(傘に両方の意味合い。題名「なくて
ななくせ」どんなに癖の無さそうな人でも誰にでも少なくとも七つは癖があるとういう意。「そのこと
に関連して何か考えたことはないか」「どんな癖か」と焦点化できたか。情報提供は焦点化への布石に
なると思うところ。)
⑫望遠鏡の先が下を向いているので小高いところから覗いている。天体観測などの学術的な目的とは異
なる意図で、先ほどの話題のように「はしたない」と憚られるような覗き見行為を描いている。(改め
て「なくてななくせ」の題名にコネクトできた場面。「七癖の一つ、どんなことが描かれているのでし
ょうか」等。)
⑬同業者の二人。例えば遊女同士。お羽黒で眉がないメイク。左上の女性は身請けを済ませた先輩遊女
で、「遠眼鏡」を覗いている若い後輩は身請け前。遊女は身請け先が決まると借金もなくなり働かなく
てもいい立場になれるので、二人は「遠眼鏡」越しに真剣に探している。左の先輩遊女の視線は右の若
い遊女に向けられていて、身請けしてもらうなら、どんな人がいいか等の助言を行っている。(関係性
の新しい仮説。今後の人生が左右されるような真剣さは、どこから感じるかを問うてみた。)
⑭浮世絵あるあるかもだが、表情が真顔で、真剣さを感じる。(「浮世絵あるある」の意味について根
拠や詳細を問うことで顔の造作や表情の特徴など、表現の様式等について詳しく聞けた可能性も。顔の
様子から人生をかけた真剣さをも感じられるという話)
⑮右側の人の頭の上にリボンが画面のなかで目立つ。「遠眼鏡」の先に見つけた!というフラグのよう
。マンガ「ハナカッパ」の頭上で花が咲く状況みたい。勢いがある。(見つけた喜びの高揚感を漫画の
ようにリボンで表していると。真剣な表情と漫画的な要素が話題になったと小まとめすべきか。ここで
画面に描かれている全てが話題になった)
《ふりかえり》 
自評の後、参加者からの気づきを伺う。自評:二人の関係性について複数の見解が出たことが嬉しい
。傘について実は自分一人で見ていた時は意識していなかったが、複数の見方が話題になり、この作品
の重要なアイテムと認識するようになった。そして、背景に雲母刷の技法が使われているなど版画なら
ではの話題もあり、鑑賞者の発言から充実した展開になった。
・浮世絵での鑑賞を中学生と試みたことは無かったので、今後、挑戦してみたい。
・「角隠し」などの詳しい話を鑑賞者に振った展開が良かったが、意図的か。

山口県立萩美術館蔵「なくてななくせ 遠眼鏡」                    2024.1.3
ファシリテーターの自分より詳しいに違いないと考え、ファシリテーターが解説するより面白い話に
なると考えた。
事実「襦袢」の生地が手の込んだ絞りでないかという鑑賞者の発言によって高価な意匠が焦点化され
たように感じる。しかし、ファシリテーターはより戦略的に働きかけられるといい。例えば「絞りの襦
袢から想像できることは、どのようなことか」と尋ねることで焦点化できた可能性もある。既に「裕福
な商家の女性二人」というキーワードも出ているなかでコネクトできた。絵の着物が「絞りの襦袢」な
のか否かは謎の側面もあるが、着物の細やかな意匠に注目する視点に感激した。ただ、中高生で「絞り
」等の着物生地を認識できる人が不在の場合も想定できる。授業等で実物の和装資料を見せる機会を設
けるのも、おもしろいのではないかと考える。
・「二人の関係性」への問いは鑑賞者の発言から端を発したが、その後、様々な展開があったので、も
う少し小まとめを入れることで「二人の関係性」に関する話題がより明快に焦点化された可能性も考え
られる。
まさに、ご指摘の通り。そこで、この度のレポートを提出する際に以下のように整理を試みた。
☆「二人の関係性」について、複数の仮説(1)~(3)が話題になった。
(1)裕福な商家の母娘。かっこいい男の人を見つけようと望遠鏡を覗く娘に母がアレコレ助言を
囁く。
(2)あるいは姉妹か、姪と叔母など。①にも通じる関係性。
(3)同業の先輩遊女(身請け済)が後輩遊女(身請けしてくれそうな人を探索)へ助言。
(1)~(3)の(共通点):年長者が若い女性の方を見て何かしら話しかけている。
 問Ⅰ 「二人の関係性は?」の問いから出た話題を(共通点)で小まとめし、次につなげる。
 問Ⅱ 「遠眼鏡で何を見ているのか。」と話題を整理し、展開する計画で臨みたい。
 問Ⅲ 「どんな話をしているのか。」という問いから、根拠を尋ねるパターンもあるだろう。
この度は問Ⅰ~Ⅲの推論が鑑賞者リレーで次々に展開された一方で、ファシリ無用のお任せコースにな
った。しかし、以前よりパラフレーズが短くなった点が良かったという感想もいただけた。例えば、小
さな手と大きな顔の話題が出た時に「表現について話題が出ました。」と返したところなど。大首絵等
の情報提供の是非についてはTPOを課題にしたい。雲母刷の話が出た時、発言者をはじめとする鑑賞者
に詳しく尋ね、技法へ話題を広げても良かったか。状況によって掘り下げる方向性を操縦できるように
したい。
《おわりに》
事前の打ち合わせでは「二人の関係性」と「何を見ているのか」の話題で展開できないかと想定した
が、実際にどのような話が出るかを充分に予想できていなかった。オンライン前日に約10分間、10名程
度の高校生に絵を見せると「傘が見える」「右側の人が持っている棒の先は眼の近くにあるので天体望
遠鏡?」「浮気調査をしている」等の回答が出てヒントになったが、要点を見出せずにいた。オンライ
ン鑑賞会の翌週、別の高校生18名と約30分間、鑑賞を試みた際、オンライン鑑賞会と重なる話題展開の
要素を幾つか見出すことができた。鑑賞者の集団が異なると話題展開は変わるが、話の要所に共通項目
はあると考える。中高生など美術鑑賞の経験値が少なめの集団に対しては、ファシリテーターからの働
きかけ(小まとめや問いかけ)が作品への理解を促す可能性が大きいと考えるので、整理して吟味した
い。
今回のオンライン鑑賞会では、背景の明るさから太陽光が連想され、「遠眼鏡」の視線の先には魅力
的な異性がいて品定めをしているという仮説が明快に話題になった。傘について、光を遮る物理的な役
割と社会的な心理面に注目した役割の両面が出たことで豊かな解釈になった。鑑賞者の鋭い着眼点から
次々に話題が展開し、絵のなかの二人のおしゃべりが聞こえてくるような25分になった。複数の視点で
鑑賞する楽しさを改めて感じ、参加者の推論の数々に心から感謝するひとときだった。物見遊山が好き
な私にとって「遠眼鏡」は気になる絵だが、さらに魅力と親しみが増し、新たに見つけた謎も探ってみ
たくなった。