ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

年内最終のみるみるの会を開催しました

2013-12-23 10:41:34 | 対話型鑑賞
年内最終のみるみるの会を開催しました


年内最終のみるみるの会の報告です。
前回の実践での生徒の感想を報告すると伝えていましたが、学期末で整理がつかず、新年を迎えてからの報告にさせていただきたいと思います。
今回は、21日に浜田市世界子ども美術館で行った定例の実践報告です。
ナビは私、春日でした。様子は画像をご覧ください。
作品は当館のコレクションである橋本明治氏の息子さんである弘安氏の作品で行いました。
参加者はみるみる会員3名とこのスタイルの鑑賞が大好きな中学女子が1名の計4名でスタートしました。途中で親子連れが仲間入りしましたが、これまた途中で退席されました。
では、報告に入ります。

この作品は壁面右手に掲げられ、左手にも弘安氏の大作が展示されています。左手の作品は10月のみるみるの会で取り上げられたものです。その時には今回扱う作品は展示されていなかったので、この作品でやろうと思いました。
タイトルは「息子」です。
小学生高学年か中学1年生くらいの男の子が画面のやや右寄りに大きな鉢植えのサボテンを背に腕を組んでこちらを向いて立っています。サボテンの横には角ばったテーブルがあり、小ぶりのサボテンやパキラなどの果肉植物がプランターや鉢植えにされて載せられています。テーブルの下にはハムスターを飼うときに使うようなかごが半分のぞいています。残り半分は彼の足で隠れています。テーブルの後ろはグランドのような乳褐色の砂地が広がり、テーブルの天板に並ぶような位置から遠景として木立が描かれています。この木立はこんもりとした木々と点々と針葉樹と思われる木々が描かれ、手前のテーブルに載せられた果肉植物と同化しています。この木立は遠くにあるのか低く描かれており、その上に、淡い黄味がかった空が広がっています。彼の立つ位置からやや左上に小さ目なオレンジがかった赤い丸、あたかも太陽のようなものが描かれ、全体が淡いグリーンを基調とした画面に小さいながらも異彩を放つ存在です。
まず、みんなでじっくり見ました。
最初の発言者は中学生です。人物の肌の色に緑色が使われているのに違和感がないことに不思議な感じを受けると話しました。次々に手が挙がり、見えているものについて発言がありました。テーブルに載っている観葉植物と背景の木立の関係、少年の後ろにあるサボテンと少年の関係、描かれているものは少年と関係のあるもの(彼のコレクション、彼の趣味)といった意見から、いや、少年を描きたかった父(多分絵描き)がその辺にあるものを並べ、その前に彼を立たせて描いたのだという意見、ここまでのところで、テーブルの下のかごについての言及がありませんでしたので、もっとみているものでまだ、発言されていないものはないかと促そうとしたときに、ハムスターのかごが話題に出ました。このかごについても、もうハムスターは死んでしまった。とか、いや、夜行性だから今は藁の下で寝ているなど、相反する意見も出ました。しかし、対話を繰り返すうちに描かれているものは、彼(少年)と無関係なものではなさそうという方向に進んだように思います。
そして、彼と関係のあるものを周りに描きながらも、彼がそれに対して背を向けているということは、彼が自立しようとしているのではないか。子どもの世界からの自立、思春期に差し掛かった少年の自立心が、目線や腕組みから読み取れるという発言が出、背景の赤い丸にも話題が及んでいきました。
赤い丸はどう見ても太陽です。そして父性の象徴でもあります。再び、中学生が太陽は植物にとってなくてはならない存在で、それに、お父さん(太陽が)だったら、少年を見守っているし、少年はお父さんに感謝はしているけど、反抗して、大人になろうとしている。と語ってくれました。彼女が赤い丸を何に見立てているのかがあいまいだったので、植物にとっての恵みの存在なのか、少年にとっての父という存在で、感謝の対象であり、自立の対象なのか、どっちとして語っているのかをパラフレーズしながら確認しました。彼女も語りながら整理しきれていない面もあったようで、ナビがパラフレーズして聞き返すことで考えが整理され、どちらの意味も持つ(ダブルミーニング)であることが確認され、ここでまた、参加者の考えが深まって行ったように思います。
この後も発言は繰り返され、30分があっという間に経過しました。語る内容が同意形成されているように感じたので、少し早い気もしましたが、1作品で30分語れば十分かと思いましたので、終了としました。
しかし、皆、話したいことがまだまだあったようで、いつまでも絵の前から離れず、自分の思いを思い思いに語っていました。こんな風に、対話が終わった後も近くの人と話が尽きないというのが作品とじっくり対話できた証拠ではないかと私は思っています。まだまだ話したい。こんな風にみえない?ここはどう?と、作品との対話を飽くことなく続けることの楽しさが味わえたなら、この鑑賞活動は成功したと言えるのではないかと思います。
この作品の隣に掛けてある作品の男の子(1歳くらい)がこの成長した彼ではないかと私は思っています。そして、画面全体を覆うオレンジの色調が「少年」の赤い丸ではないかと思います。この2作が並べて掛けてあることにも意味があるのではないかと思います。
この後、会員で反省会をしました。
話題はパラフレーズでした。今回の参加者は中学生がいるものの、彼女は作品に対して自分の読み取りができるので、大人と対等にやりあえます。あとの参加者は皆美術関係者ですから、みる目を持っているので、発言が長くなります。根拠も示しながら話してくれるのであまり確認も必要ありませんから、ざっくりとパラフレーズしました。しかし、ざっくりすぎて意味を取り違えているといけないので、そこの確認は忘れないようにしました。皆、私のざっくりパラフレーズに異を唱えることなく対話が進んだので、短い時間でしたが濃密な会話が繰り返されたのではないかと思います。ざっくりパラフレーズするにはやはり経験というか、ナビの回数が必要だと思います。何度も経験を重ねることで、話す人の話したいこと伝えたいことが聞き取れるようになると思います。話し手と同じ気持ちになって作品がみれるようになってくると思います。ナビが自分の思いや考えを消し、話し手に寄り添うことができるようになると、話し手の言わんとすることを掴むことができるように思います。今回の作品は私にとっても初見で、情報もタイトルしかありませんでしたが、皆さんの発言に耳を傾けて聴くことで、作品に深く入り込めたと思いました。
また、参加者の感想を聞きたいと思います。

以上で、年内の活動報告は終わりです。次回は年明けとなります。

皆さん、よいお年をお迎えください。来年もみるみるの会をよろしくお願いいたします。
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冬の日本海のうねる波・波・波・・・

2013-12-15 13:16:22 | 対話型鑑賞
冬の日本海のうねる波・波・波・・・


久しぶりのブログ更新です。
山口の研究会の後
11月29日(金)(株)日本文教出版より「みる・考える・話す・聴く」の教科書資料集発刊
11月30日(土)広島大学付属東雲小・中学校教育研究会に参加
12月3日(火)出雲市中部ブロック造形部会 授業公開 開催 鑑賞作品 松本竣介「立てる像」
12月8日(日)京都造形芸術大学 ACOPに向けてのオーディション参観
並びに「みる・考える・話す・聴く」の教科書資料集発刊に伴う3月開催のセミナーMTG
12月10日(火)神門幼稚園にて「お話の会」開催 鑑賞作品 三沢厚彦「ライオン」
以上の活動を行ってきました。
週末の13日(金)には益田で来年度の中国造形教育研究大会にあわせての「学び研」のMTGがあります。
また、21日(土)には年内最終の「みるみるの会」を浜田市世界こども美術館で開催する予定です。
こうして慌ただしく年の瀬を迎えることになりそうです。

では、今回は画像はないのですが、本校で実践した、松本竣介の「立てる像」の報告を行いたいと思います。
前回のブログでの報告も浜田での県教研の実践で、作品も同じもの、対象学年も3年生でした。授業形態や生徒、ナビも異なると、発言内容も違ってくるので、その違いも感じ取ってもらうのもよいかと思います。今回の報告は、常体で記述します。

 私はこの鑑賞を行うときには、同じ日に同じ学年で総てのクラスを対象に実践することにしている。12月3日は授業公開を5時間目に計画していたので、5時間目のクラスを2組で、午前中に1組、2組で行った。クラスが違うと発言内容が異なる。出てくる話題の順番も違う。読み取りにも違いが出る。しかし、時間をかけていくとおおよそ「戦中か戦後」で、「空襲で焼き払われた街を見ている」という意見が大半を占め、握りしめた手を見て「何かを決意している」が、眼に力なく「呆然としている」という相反する読み取りが生まれ、生徒の間にも葛藤が生じる。
 今回はタイミングをはかってこの男性は「耳が聴こえない」という情報を与えた。VTSでは作品タイトルや作家名、その他作品にまつわる情報を与えないこととしているが、ACOPではその対応を変化させ、情報を与えることでさらに作品の読み取りが深まるのであれば、タイミングを見計らって積極的に情報を与える方向にシフトしている。そのやりとりの現場に立ち会う中で、情報を与えることに価値があると私も認めたので、私の鑑賞でも、情報を与える方向で進めている。
「耳が聴こえない」という情報を手にした生徒たちは、一瞬、波を打ったように静まりかえる。そして彼の境遇について様々に思いを巡らせる。中学3年生になった生徒たちは、「耳が聴こえない」若者は戦争に行かれないことを知っている。戦争に行かれないことは、この当時の若者にとって幸運ではなく、不幸であることも知っている。また、耳が聴こえない状況で戦争のただ中にいることはどんなに恐ろしいことであるかも想像できる。生徒たちの中に様々な思いが渦巻く・・・。対話が終わり、語り合いの後、その思いをワークシートに静かに、熱く綴っていくシャーペンの音が教室に響き渡る・・・。

 生徒の記述については次回に掲載しようと思う。

 今回の実践で、確実だったことは、情報を与えた方が、読み取りが深まると言うことである。

 また、最後に、この絵を描いた作家「松本竣介」は松江の松本家に婿養子となり、松江の寺に眠っていることをから「島根ゆかりの作家」であることも伝えた。生徒は作品と作家により親近感を持ったようであった。昨春生誕100周年記念展が県立美術館で開催されたことも伝えると、TVのCMで流れていたことを思い出した生徒も多数いた。パネルに入れたその回顧展のポスターを教室前面に掲げると、授業が終わった後に人だかりができた。それほどに、生徒の心に残る「名作」であると、私は思う・・・。

 どうか、中学生を教えている美術の先生方、3年生の2学期にこの作品を生徒と一緒にみて、語り合って欲しいと思います。生徒たちの忘れられない1枚となるはずです。そして、その語り合いは先生方の心の財産になることだと思います。
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10月の県教研大会 授業者からのレポートです

2013-12-02 12:38:16 | 対話型鑑賞
10月25日に島根県教育研究大会 浜田大会が開催されました。その報告を以前に行いましたが、会員である授業者からの報告を掲載します。
「美術通信」という通信を生徒向けに発信してされているようで、授業後の思いが綴られています。生徒の感想も載せられているので、そのまま掲載します。

美術科通信                  H25.10

3-1の皆さんありがとう!!
 10月25日金曜日の研究発表会ではお疲れ様でした。私もとても緊張していましたが、皆さんとO先生のおかげさまで、素晴らしい授業になりました。
 この発表は、私が一中へきたときから私に課せられた使命でした。しかし、研究会のための授業はしたくないと思っていました。みんなのためにできることをやればよいと思っていました。正直、あなたたちが自分の一年後がみえなくていい加減な生活を過ごした頃は、どうしたら美術の授業が楽しくなるだろうかと悩んだ時期もありました。ですが、美術の授業を他の学年でする気持ちは全くありませんでした。あなたたちの「友達思いの優しさ」「失敗してもきちんと話を聴く素直さ」「豊かな感じる力」を信じていたからです。 そして、当日も期待通りの素晴らしい姿を見せてくれました。
◎じっくり作品を見て意見を付箋紙に書く姿。
 たくさんの先生方が、「いろいろ感じてそれを意見としてたくさん書けますね。」と褒めてくださいました。体調が悪くなった人もいましたが最後までよく授業に参加しました。
◎全体で集まった時、すばやく移動できました。
 みんなのやる気が伝わってきました。素晴らしくて、心の中で感謝していました。
◎全体で話合いをしたときに、友達の意見をよく聴いていました。
 友達の意見から、「それについてどう思う?」「付け加えなどありませんか?」友達の意見を聴かなければ答えられないこともしっかり考え答えてくれました。友達を大切にしている姿をみてもらうことができました。
◎疑問に思っていたことを、そのままにせず出してくれました。
 後半、M君が「(立っている人の)目がおかしい。(不自然だ)」と言ってくれたおかげで、もう一度立つ人の表情について考えることができました。彼は、7月の授業(クリスティーナの世界)の時も、「足が痛いと言っとる。」とつぶやいていました。素晴らしい感性をしています。彼の発言で、この作者の思いへもう一度みんなが深く気持ちを寄せることができました。そこからがすごかったです。「悲しい表情」「戦争の跡から失ったものが大きくて悲しい」「戦争で物も家族も失って何かを求めている」「ふるさとの田舎を出発するからふるさとを眺めている」「戦争の爪あとが残る中、平和を求めている」この最後には、余りにすごくてどう言ってよいのか言葉を探しきれませんでした。この時に、みんなのすばらしさを素直に褒めればよかったと後悔しています。
 たくさんの先生方が、どの生徒も一生けんめいがんばっていましたね。素晴らしい生徒さんがたくさんですね。美術で最も大事な感性を見失っていませんね。と褒めてくださいました。
 私も、たくさんの作品を皆さんと観て(心で観ようとすること)きてよかったと思いました。そして、あなたたち自身、一つの作品でいろいろなメッセージを感じ、読み取る力を育ててきたということです。あなたたちの感じ読み取ったことは、自分の心をゆり動かす力となります。そして、その意見を発言することは、社会をよりよく変えていく力になるのです。
 だから、美術や音楽(芸術)は必要なのです。政治や宗教とは違った視点で、一個人が社会への提言をしているのです。私たちは、そんな力を9年間の義務教育で育ててきたのです。 
 私にとっても、たくさんのことを学ばせてもらいました。みんなとあと半年一緒に学んでいきますが、一生忘れることのない3年間です。
 みなさん、O先生、本当に、たくさんのエネルギーと思いやりをありがとう。

『立てる像』1942年 作者 松本俊介 をみんなで観て・・・。
(表記は生徒の記述のままを掲載しています。)
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○戦争の後で、何もなくなった。途方にくれている自分。足下の地面を暗くして、戦争の爆弾で焦げた感を出した。木が枯れていたり、地面に赤いところがあったり、汚れていたりするから、結構大きな戦争があったんだと思う。『戦争の跡』

○自分の心の中を表している。周りのはい景がくらくて薄汚れているのは、戦争で追った心の傷を表していて、遠くを見つめているのは、戦争で家族を失い、その家族のことを思い出しているから。作者は、家族がいないさみしさをこの自画像に描いた。天国にいる家族にがんばるよと言う思いを込めて描いた。

○戦後の昭和で家族を亡くして、お金もない田舎の男の子が道路に立っている。お金がないため靴もなく寒い季節の中、サンダルを履いている。制服を着ているので、だいたい高校生ぐらいではないかと思う。この少年は、家族を亡くして、一人で生きていくしかなくてとても悲しくて、さみしいのではないか。

○悲しい自分 高校を卒業して、どこかえたびたつから思い出の街での写真をとった。

○戦争で焼けて変わってしまって自分の街を眺め、喪失感にひたっている。自分の姿を描こうとしたのではないか。また、この人はもうすぐ学校を卒業するか何かで自分の街を離れるのではないかと思う。だから、変わってしまった街をみて、明るかった頃の街の雰囲気を思い出し、同時に自分の街を離れるさみしさ。(もしかしたら不安)を感じている自分を表そうとしたのだと思う。

○何かを探し求めるような自分を表そうとした。家族や物を失い、自分が一人になった悲しさを表そうとした。戦争の悲惨さを表そうとした。

○戦争とかで壊れた街を自分が直そうと思っている、勇敢な感じを表そうとした。
戦争とかで壊れた街をどうやって直せば、いいのか分からずに困っている自分を表そうとした。自分の故郷から旅立つ前に、眺めて街に感謝している感じを表そうとした。

○さみしい気持ちやつらい気持ちをみんなに知ってほしかった。いつまでもこの街を大切していたい。街がなくなりそうで、こわい。自分がまだ生きていることを見てほしい。

○ひさんな町を背景にすることによって、自分が経験したこととか、じぶんが見た物が心に残っているような感じがする。だから、見た物や体験したことを大切にする人だと思った。

○戦争え家などの自分の大切なものがなくなってしまい、絶望的な様子。戦争の悲惨さを表情で表していて、戦争のない平和を求めている。家や家族を失い、平和の大切さを改めて分かったこと。

○もう二度と戦争をして欲しくないという感じの様子。戦争がなく平和を願っている感じ。

○こどく。

○戦争の被害にあい、いろんな物を失ったが、自分自身は見失うまいと強く自分に言いつけている瞬間だと思う。遠くの焼けてボロボロであろう景色を見て、たとえその場所を通しつらい気分になろうとも、決して目的を見失うことがないようにと静かにたたずんですべてを思い返し、思い描いている様子。

○町の色や暗さや人物の表情を見てここに、何か起こったんじゃないかということを見ている人に伝えようとしてこの絵を描いたのかなと思った。遠近法を使っていて、男の子を強調して表していると思った。色が暗い感じなのは、この町が焼け焦げている色なのかと思った。なので、戦争の気がして、その悲しさなどを書いているのかと思った。

○自分いがいの人に暗く悲しい思いをしてもらいたくなかった。昔の自分をいろいろな人に、昔に自分が体験したことをしってもらいたかった。

※ この考えの基となる気づきや根拠は、全体での対話型鑑賞の前に4人の小グループで、「聞こえる音」「見えたこと」「気付いたこと・考えたこと」という三項目について意見を伝え合う場を設けている中で発表したり、また、全体での対話型鑑賞を終えた後、「表したかった自分を表現するために工夫している点」をワークシートの中で書いている。

11月29日付で、日本文教出版から京都造形芸術大学とのコラボレーションで「みる・考える・話す・聴く」の鑑賞資料が発刊されました。美術科担当の先生方のお手元にもそのうち届くと思います。その中でも松本竣介の「立てる像」の実践の一部が掲載されています。ご覧になってください。この作品は中学三年生の進路決定を控える時期に鑑賞するととても深い読み取りができます。竣介の静かだけれど、熱い想いが子どもたちの心を打つのだと思います。中学校の先生方は、ぜひ、この作品で鑑賞の授業を行ってみてください。感動すること間違いない!!です。私も明日、期末テストの終わった3年生3クラス、実践予定です。どんな話を聞かせてくれるのか、とても楽しみです。
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