ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

安来市加納美術館 画家加納莞蕾 大回顧展での対話型鑑賞会の様子②をお届けします(2019,4,28開催)

2019-05-19 06:56:08 | 対話型鑑賞
4月28日(日)安来市加納美術館
特別企画展 平和運動開始70年「加納莞蕾大回顧展」
対話型鑑賞会「みるみるとみてみる」 鑑賞作品「暁靄(あさもや)」1947年
ナビゲーター 春日美由紀

 1作品目の「かくれんぼと魚」に続いての鑑賞です。参加してくださったのは1作品目の時に参加してくださったご夫婦と思われる男女のペアでした。1作品目の鑑賞が楽しかったのか、声をかけると、男性の方が積極的に動いてくださいました。
 細かく描写されている作品で、アクリルガラスで保護されているので照明の関係もあり、やや光ってみえるので、近くによってじっくりとみていただきました。1作品目の鑑賞でやり方も少しは分かっていただけているかと思いましたが、「作品をみられて感じられたこと、思われたこと、考えたこと、何でもいいので、気付かれたことをお話しいただけると・・・。」と始めました。
 男性が「真ん中が明るくて、希望。手前の梅は老木で、戦争で働き手がいなくなってしまったので、頑張らないといけないということで、花が咲いている。鳥は子どもで、老人と子どもが戦後、頑張っていかないといけないということを表している。」
と、キャプションに書かれたことや、制作年代も参考にしながら話してくれました。
 「鳥が子どもだと思ったのは?」と訊ねると「体が小さい。作家自身の子どもという訳ではなくて、子どもを象徴している。」と話され、「真ん中が明るくて希望とおっしゃいましたが、明るい方へ行くのですかね?」と問い直したら「明るい未来が待っている。という感じかな?」と答えられました。「手前の老木と枝にとまった鳥との間が明るくて、でも、そこに何も描かれていない空間がある、老人と子どもの間の世代が抜け落ちていて、でも、そこが明るいということはどういうことなのでしょうか?」と再度尋ねたところ、「なるほど。そうかも知れない。抜け落ちているけど、決して無駄ではない。戦争で戦って亡くなった方たちの死も無駄ではなかったということなのかな。」と語られました。
 このやり取りを静かに聞いていた妻と思われる方が、「真ん中の明るいところに奥行きを感じる。梅は花がポツポツ付いていて、これから咲く、生命力?そういうものを感じる。」と話されました。「奥行きを感じるのはどこから?」と訊ねると「手前がしっかり描かれている、奥の枝はぼんやりとしか描かれていないところからかな。」と答えてくださいました。「花はいっぱい咲いているのではなくて、この絵のようにポツポツと咲いているのが良いですか?」と訊き返すと「つぼみがいっぱいで、これから咲くという方が期待感があって好きです。」と言われました。
 また、男性が作品の向かって右側にある枝を指しながら、「この枝だけは若い。茶色いから、若い枝。その枝にも花が咲いている。」と、花が咲いていることに込められた思いのようなものをつなげてくれました。

 女性が、「この作品はリアルに描かれていて分かりやすい。写真で撮った一場面のように精密に描かれていて・・・。」と話すと、男性が「想像でしょう?こんな場面はないよ。」と、画面構成について話題が移っていきました。そして、1作品目から2作品目までの制作年代に13年の間があることから「13年間でこの人の芸風が変化している。」とも語られました。そこで「先ほど、想像でしょうとおっしゃいましたが、本当に、こんなに運よく鳥が二羽、こんな風に枝にはとまらないと思いますね。」とナビも鑑賞者の一人としての見解を話させていただきました。すると男性が「老木の梅の描写は写真みたいにリアル。複雑に絡み合っていて混乱を表している。戦争中の混乱。そこにも花が咲く。戦争も無駄ではなかった。という意味かな?でも、なぜ、雀なのだろう?鳩ではないのか?ツバメじゃないのか」と語られました。一般の参加者がこの2名だけだったので、「私は雀がしっくりくるというか、梅だと鶯が一般的だけど、それだと高尚すぎるというか、この絵に合わない。雀のような庶民的な鳥の方が、この作家自身の市井を大事にした生き方に合う気がする。」と私も話させてもらいました。
 この時、この美術館の理事で加納莞蕾の孫にあたる方が鑑賞者として参加しておられ、「雀には実は訳があるのです。」と言われたので、「ネタバレは最後に。」とお願いして、雀がとまっている数、「二羽」について話題にしました。「梅の咲くころはまだ寒さが厳しいので、二羽が身を寄せ合っているような、温かさを感じる。」と、金谷さんが話され、「きょうだい?」「一羽が前を向いていて、もう一羽は横を向いて、前を向いている方に話しかけているみたい。」「どちらも前を向いているよりも、こちらの方がしっくりくる。このポジションがいい!!」と女性が話され「考えて描いている?」と男性が訊いたので、思わず「そうじゃないですか?私だったら、絶対に考えて描く。数も向きも!」と言ってしまいました。そこで、しまったと思って、「でも、一羽じゃない、三羽でもない、二羽なのは?」と問い直しました。そうすると女性が「三羽だともう一羽は別のところにとまっている気がする。だから、やっぱり、この枝には二羽がしっくりくる。」と言い、男性が「惹きつけられる。」と語られました。「真ん中を明るくして何も描かず、その先に雀が二羽描き、そこに目が行くように画面を構成したのでしょうね?」とまとめました。そして、この時に、孫である鑑賞者が「靄が立ち込めた日はお天気が良くなるんですよね。そんなことも想像して描いているのかな。また、雀は幼鳥のようなので、さあ行きますよ。そうね。飛びますよ!と、声をかけあっているのかも?」と話され、「梅には鶯が一般的だけど、本当にそれだと高尚すぎる気がします。」とも語られました。
 そろそろ予定していた30分を迎えるころになったので、ナビ自身がこの作品を鑑賞作品に選んだ理由について「この作品をみた時に、洋画なのですけど、どこかに日本画的な要素があり、この後、莞蕾さんが、書画、日本画を描いていくことを示唆している作品なのではないかと思い、皆さんと一緒に鑑賞したいと思いました。キャプションや制作年も手掛かりにしながらたくさんのメッセージをいただいたような気がします。それは、やはり、皆さんがしっかりと作品をみてくださったからでもありますが、作品に力があるから、私たちはそのメッセージをしっかりと受け取ることができるのだと改めて思いました。ご参加いただきありがとうございました。」と話して締めくくりました。
 そして、その後、お孫さんから「雀にしたのは、この作品は近所にある布部小学校の講堂にかけてあって、子どもにも分かりやすい作品。で、雀は豊作の象徴で、この辺りは農村で雀は稲穂をついばむことから、雀が来るほどに実れよと言う願いが込められていて、それで、雀なのですよ。」とネタバレしていただき、「これは、とてもよくみてきた作品なのですが、それでも、今回も新たな発見や気づきがあり、よかったなと思いました。そして、作品をみるだけなのだけど、(作家が)伝えたい思いが伝わるのだなと、思いました。」と締めくくっていただきました。

ふりかえり
みるみるの会メンバー金谷さんから
Q雀の数を「一羽でもなく、三羽でもなく、二羽?」と訊ねたのが秀逸。「三羽は考えなかった。」どうしたら、そういう「訊き返し」ができるのか?
A「二羽」が問題なので、「一羽でもなく、三羽でも、四羽でも、・・・十羽でも・・・なく、二羽、ということの例示として挙げただけ。二羽の意味についてより強調させるための数として挙げた。」と考えた。
Q画面の真ん中が明るく抜けていることと、働き手などの真ん中の世代が抜け落ちていることを結び付けた訊き返しは、どうだったのか?
Aこれについては、「男性がそこに気付いていないので、結び付けて訊き返すことで、気付いていただいて、彼の手柄にしていただこうと。」そう考えて伝えた。

千葉さんから(加納美術館理事:加納莞蕾の孫)
〇オープンエンドな問い。それに徹されている。

ナビ自身
 1作品目に続いて、同じ鑑賞メンバーでの鑑賞となり、親和的な雰囲気の中で対話が進んだことが、より話しやすさを醸していたように思います。男女のカップルはおそらくご夫婦だと思うのです。ご一緒に鑑賞に来られるくらいなので、仲はよいのだと思うのですが、互いに主張はそれぞれしっかりされる感じで、相手の意見に流されることなくご自分の意見を話してくださったので、少ないメンバーでしたが、実りの多い豊かな時間になったと思います。
 対話型鑑賞の実践を繰り返すたびに、作品に対するリスペクトが増します。作家が精魂込めて制作し、時代を経てもなお評価されるものであるということはどういうことなのかということがつくづくと分かります。これからも多くの作品を皆さんとともに語り合いながら鑑賞していきたいと思います。
 貴重な時間を設定してくださった加納美術館の皆様に感謝します。ありがとうございました。


【みるみるの会からのお知らせ】

安来市加納美術館
平和運動開始70年 画家加納莞蕾 大回顧展 
関連イベント 対話型鑑賞会「みるみるとみてみる?」
6月2日(日)13:30~15:00(予定)

みるみるの会メンバーとともに、豊かな時間を過ごしてみませんか?
6月2日加納美術館でお待ちしております。

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安来市加納美術館 画家加納莞蕾 大回顧展での対話型鑑賞会の様子をお届けします(2019,4,28開催)

2019-05-12 19:46:05 | 対話型鑑賞
 みるみるの会の金谷です。4月28日に安来市加納美術館 特別企画展 平和運動開始70年「加納莞蕾大回顧展」の関連プログラム 対話型鑑賞会「みるみるとみてみる」でナビゲーター(ナビ)をさせていただきました。鑑賞会の様子をお伝えします。 



<浜田にゆかりのある作品がずらりと並ぶA展示室(一部)>

日時:平成31年4月28日 13:30~14:00
場所:安来市加納美術館
作品:「かくれんぼと魚」加納莞蕾 1934年
ナビゲーター:金谷直美  参加者:4名

 今回の大回顧展は5章(5つの展示室)からなり、それぞれの部屋をめぐる中で加納莞蕾さんの作品はもちろん、莞蕾さんの思いに触れることができる展覧会となっています。美術館スタッフの方によると、今回展示されている作品の多くは地道な調査によって新たに発見され、洗浄や修復を経て今回初お披露目となったとのこと。莞蕾さんの作品を多くの方に知っていただきたい!という美術館の方の思いを胸に、どんな作品があるのだろうかとワクワクしながら会場を巡りました。

 本展での「みるみるとみてみる」は第1回目ということで、第1章「洋画家加納莞蕾」と銘打たれたA室の作品を鑑賞することにしました。その中でも、柱か何かの陰からひょっこりと子どもが顔を出している、かわいいようなでも何だか不思議な感じのする「かくれんぼと魚」を鑑賞することにしました。


 じっくりと作品をみていただいた後で、気づいたこと等話し始めていただきました。「場所がよくわからない」「前にあるのは魚らしいけど、後ろにあるものは一体何?」「右側の黄色い入れ物に入っているのは?」と、話し始めると謎だらけ!
 「後ろにあるのも魚では?よく見ると目やえらがある」「前にある魚は並べてあるみたいだけど、後ろの魚は頭を上にして立てて入れてある。魚をこんな風に入れないのでは?」「黄色い入れ物に入っているのは色や形から、アボカドではないか」「いやいや制作年(1934年)から考えたら、アボカドはないのでは。イワシとかの小魚じゃないかな」「場所もよく分からないけど、地面の境にあるはずの水平な線もない。子どもの横にある縦の線も斜めになっていて何だかすっきりしない」等々と、新たな謎や「もしかしたら」といった会話がたくさん交わされました。
 その中でも画面中央より左にあるのは長ネギだろう、それもモリモリっと新鮮な感じがするということについては、意見が一致したように思います。

 どんどん話していただきながら、それを聞いてどう思うか、そこからどう考えるかを繰り返すなかで、「描きたいものを表すために、いくつかの視点を組み合わせて描いているのではないか」「手前の魚のように描く力はあるのだけれど、後ろの魚まで同じように描いたら描きたいものがぼやけてしまうのでは」「やっぱり描きたかったのは、あの子じゃないかな」「イエローオーカーが右の入れ物、手前のトロ箱、そして子どもの服に使われている。色の配置としても緑との補色が考えられている。ただリアルに描くのではなく、作家の意図がある」等々、はじめに不思議と思っていた色や形には作者の意図があるのではないかという話につながっていきました。
 そして、この場所や黄色い服の子どもにも話題がつながっていきました。「もしかしたら、ここは作家のアトリエでは?ちょうどこのころ静物画も描いている(鑑賞者の斜め後ろの壁に展示中の「静物」)。ネギもあるし」「子どもが幽霊みたい。目が塗りつぶされているから」「口がへの字に結ばれている」「もしかしたら、キャンバスの裏からこちらをのぞいているのでは」「『おとーさーん、遊んでー』とか聞こえてきそう」といった子どもの声までも想像したところで約30分となり、鑑賞会を締めくくりました。

<「静物」1930年代>

 参加された方から、「楽しかった」「見方がどんどん変わっていって面白かった」というお声を頂きうれしかったです。私自身も、始める前と終わってからはこの作品の見方が随分変わりました。私は朝まだ早い市場の一角か、ヤミ市みたいなところに子どもが潜り込んで遊んでいるのかなぁ、でも何かしっくりこないところがあるな、といった感じがありました。今回、語られたアトリエ説も面白くて、この作品がもっと好きになりました。それと、鑑賞会では名前が出てこなくて言えなかったのですが、右の黄色い入れ物に入っているのは「アーティチョーク」ではないかと密かに思っています。変化のある緑色と、つぼみの先のとがった感じがピッタリだと思ったのです。1930年代にアーティチョークは無いよなぁと我ながら思うのですが(2019年の今も食べたことはありません)。
 このように作品から発見したことや感じたことを、どんどん言っても大丈夫!どんどん意見を言いたくなるようなあたたかくて安心な場を、これからも提供出来たらと思っています。しかし、そのような場も参加してくださる方がいないと始まりません。今回の鑑賞会に参加してくださった、ご夫婦と思われるお二人の方への感謝の気持ちでいっぱいです(実は鑑賞会が始まる際にちょうどA室にいらしたのでお声がけし、半ば強引に参加していただいていたのでした)。貴重なお時間をいただき、なおかつたくさんお話しいただけたこと感謝しています。ありがとうございました。

 時に愉快に、時にじっくりと、あたたかな雰囲気の中で、参加してくださるみなさんと一緒に作品を味わうことができますように、これからもナビゲーターの力を磨いていきたいと思います。
あなたも、みるみるメンバーと一緒におしゃべりしながら作品を楽しんでみませんか。


【みるみるの会からのお知らせ】

安来市加納美術館
平和運動開始70年 画家加納莞蕾 大回顧展 
関連イベント 対話型鑑賞会「みるみるとみてみる?」
6月2日(日)13:30~15:00(予定)

みるみるの会メンバーとともに、楽しく作品を味わってみませんか?
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加納美術館「愛しき島根」での対話型鑑賞会②の様子をお届けします(2019,3,31開催)

2019-05-05 20:20:19 | 対話型鑑賞
みるみるの会の金谷です。
3月31日に安来市加納美術館 企画展「木工芸作家 細田育宏+染織作家 細田和子 愛しき島根」の関連イベント
対話型鑑賞会でナビゲーター(ナビ)をさせていただきました。鑑賞会の様子をお伝えします。

日時:平成31年3月31日 13:30~14:00
場所:安来市加納美術館
作品:「千年桜」細田和子 2011年
ナビゲーター:金谷直美  参加者:4~10名

 「幽霊みたい」「もぐらがみえる」「キリンがおる」「恐竜だ」と様々な見立てが鑑賞者の方からあげられました。確かに、作品に近づいてみると、大変細やかに描き込まれたところや薄ぼんやりと描かれたところが、動物などいろいろなものにみえました。これはナビとしての反省ですが「そんな風にみえるんだ!すごいなぁ!面白いなぁ!」と思いつつ、はっきりと「もぐらはどこ?」「キリンはどっち向いてるの?」など、詳しく聞くことをしませんでした。自分のどこかに「桜」の話をしていかなきゃ!時間も限られているし…という焦りがあったように思います。

 鑑賞会後のふり返りでも、これらの場面が話題となりました。動物などの見立てが出た際に、詳細な確認があれば、鑑賞者全員がどこに何がいるか共有することができる。動物などの形がみえることについて、どう思うのかを鑑賞者に投げかけることで、もっと豊かに作品を味わうことができるのではないか。もっと、鑑賞者の話に耳を傾ける必要がある。と、いう意見を聞きながら、「鑑賞者ファースト」のつもりでいたのに、いつの間にか「自分(ナビ)ファースト」になっていたなぁと反省しました。
 もしも、「鑑賞者ファースト」で、動物などの見立てについてじっくり確認しながら鑑賞をしたら、「えっ、こんなふうにみていたの!」「おぉ、すごく細かくみてるんだ!」等々、同じものをみていても視点や見方に違いがあることを感じたり、「どんな見方もしてもいいんだ」という安心感や面白さを共有したりできたのではないかと思います。動物などがみえる!ということを共有した後で「これらのことから、どう思いますか?」「どんなことを考えますか?」と鑑賞者のみなさんに問いかけたら、「色々な生き物が、この木を作っている」「恐竜の時代からこの桜はあったのかもしれない」「枯れそうな桜なのに、命を感じる」など桜の中に流れている命や時間のことに話題が繋がっていったかもしれません。想像するだけでも、わくわくします。我ながら惜しいことをしました。

 と、ここまで読むと「一体どんな作品だったの?」と思われるかもしれません。鑑賞会の作品を選ぶために、事前に二部屋ある企画展示室を巡りました。そして「千年桜」の前で、この作品は何か心惹かれるなぁ、たくさん話ができそう、楽しみだなぁと思いました。はっきりとした感じの中央の幹とぼんやりとした花といった、それぞれの描き方の違いから現実と夢のようだなぁ、幹はどっしりしているけれど枝は流れるような曲線だなぁ、などと思いながら、いくつもの対照的なものが一つの作品をつくり上げていて面白いと感じました。また、対照的といえば、幹は生きているのか枯れているのかよくわからないけど、花はまるで輝いているようでとても生き生きとしている、花がこの桜の命を象徴しているのかもしれないとも思い、対話の中でこんな話ができたらいいなと思いながら鑑賞会に臨みました。
 ですが、私の中の「こんな話ができたらいいな!」という思いが強すぎて、今回の鑑賞会ではナビファーストになってしまいました。自分の思いをちょっと脇に置いておくことができたら、もっとみなさんの思いを素直に受け止め、対話の場をもっとホットにできたのではないかと思いました。そのような中でも、一緒に作品をみて、お話しをしてくださったみなさん、ありがとうございました。

 時に愉快に時にじっくりと、あたたかな雰囲気の中で、参加してくださるみなさんと一緒に作品を味わうことができるように、これからもナビゲーターとしての力をあげていきたいと思います。また、作品の前でお会いできたらうれしいです。


<みるみるの会からのお知らせ>

安来市加納美術館
平和運動開始70年 画家加納莞蕾 大回顧展 
関連イベント 対話型鑑賞会「みるみるとみてみる?」
6月2日(日)13:30~15:00(予定)

みるみるの会メンバーとともに、楽しく作品を味わってみませんか?
6月2日加納美術館でお待ちしております。
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「まちとアートと古い家と」での対話型鑑賞ワークショップの様子をお伝えします②(2019,3,24開催)

2019-04-27 17:26:50 | 対話型鑑賞
みるみるの会の金谷です。3月24日に松江市の村松邸にて、高嶋敏展 福井一尊 二人展(ゲスト石上城行)「まちとアートと古い家と」の鑑賞ワークショップでナビゲーター(ナビ)をさせていただきました。ナビのふり返りを中心にお伝えします。


日時:平成31年3月24日 14:30~15:15
場所:登録有形文化財 村松邸(島根県松江市新雑賀町)
 ナビゲーター:金谷直美  参加者:4名

 みるみるの会について少し紹介をさせていただいた後、鑑賞会をはじめました。
 この「まちとアートと古い家と」では、3つの部屋それぞれに高嶋さん、福井さん、石上さんの作品が展示してあります。はじめに、入り口に近い部屋の石上さんの作品からスタートしました。

〇 1つ目の部屋 石上さんの作品「記憶の景色―山―」2018年 他  
<ナビとして、作者にどうつなぐ?つながない?それとも?>

 早い時点で、この作品(3点)はこの展示に合わせて作ったのか、それとも既に作られたものを組み合わせて展示しているのか?という問いが参加者からありました。それを一緒に考えたいという思いと、作者に聞いてみたいという思いが自分の中に両方あり、思わず作者である石上さんに「どうなのですか?」と聞いてしまいました(この部屋での鑑賞の最後、一区切りついた後にお話しいただきました)。今思うと「なんでやねん!違うやろ!」と自分に強く突っ込みたいのですが、とっさにそう判断していました。改めて考えると、作品のどこからそう思ったのか(問いが生まれたのか)、もう一度作品をよく見て、色や形など目にみえる事実を丁寧に出していき、それらをもとに話す中で、参加者一人一人の中に「~かもしれない」というところまで行けたのではないか。その上で、「お時間があれば、鑑賞会後に作者にそっと聞いてみるのもいいですね」と一区切りつけることもできたのではないかと思いました。

〇 2つ目の部屋 福井さんの作品「freedom」2018年 他 
<鑑賞者の思いを汲むことの大切さを感じた一間>


 形も色も大きさも様々な作品が部屋中に展示してあり、とても不思議な空間なのですが、じわじわと病みつきになるような一間(お庭も見えます)です。
 「和室の落ち着いた色合いと蛍光色の奇抜な色合いなのに、見慣れたのかもしれないが、なぜが馴染んでくる」「もしかすると、着物の金襴緞子や長襦袢にもかなり派手な色が使われていた、それらが和室に掛けてあるような感じもする。日本人のDNAの中に何かしらつながるものがある感じ」という意見や、「子どものころ使っていた蛍光ペンの様に色が立ち上がってくる感じ」といった、色からイメージが広がるようなお話がありました。その中から、ふとガラス瓶に糸が入った作品に目が留まり、話題が移っていきました。ナビとしては、ガラス瓶や中に入っている糸の色合いを近くでじっくり見ていただきたい、また糸が瓶の外に垂らしてあるものにも気づいてほしいとの思いから「この部屋の中に瓶はいくつあるのでしょうね」と、声をかけてみましたが空振りでした。もっと直接的に「瓶に近づいて見てみませんか」など言えばよかったです。空振りと言えば、この部屋に入った際に「たくさんの作品があるので、気になるものを何か選んでそこから話してみましょうか」と提案したのですが、鑑賞者のみなさんの関心とずれていたようでこちらも空振りでした。
 鑑賞者の興味や関心よりも、ナビ自身の思いで引っ張っていこうとしてもうまくいかないし、そうかと言って発言を待ちすぎていてもテンポが悪くなり停滞する(それ以前に、話したくなるようにナビが繋げていないなぁと反省)、ナビとして鑑賞者のみなさんの思いを汲むことの大切さや、その難しさを感じながら「次こそは!」と最後の部屋に移動しました。

〇 3つ目の部屋 高嶋さんの作品「小泉八雲へのオマージュ」2016年 他
<追体験・体感する鑑賞>

 「(お茶室の)炉として切ってあるところに、(壺があり)水が張ってある。本来、火があるところに水がある」「よく見ようと覗き込むけど、よく見えなくてもどかしい」などと話しながら、暗い部屋の真ん中の炉の中にある壺の水に浮かぶ写真を、5~6人で頭をつきあわせるように眺めました。作者の高嶋さんから、今回の作品は小泉八雲をテーマにしているとのお話しがありました。見えなくてもどかしい感じや、見ようとして覗き込む、至近距離で見ようとすることは、じつは作品を通して小泉八雲がやっていたこと、感じていたであろうことを追体験しているというお話もありました。八雲がはじめて怪談を聞いたのも松江のお寺であったというお話もありました。まさに暗い部屋で車座になっている私たちは、八雲も体験したかもしれない百物語の場と重なるかもしれない、今回は3つの部屋で作品を鑑賞し話す中で、古代から明治などの「昔」と「今」をそれぞれの部屋で行き来するような体験もできたのではないでしょうか、と言って鑑賞会をしめくくりました。

 参加された方から「楽しかった」「どんどん見方が変わっていった」というお声をいただきました。鑑賞会を楽しんでいただけたようで、ほっとしました。私自身としましては、参加のみなさんがもっと発言しやすいように、ナビとしてもう少し場をあたためることができたらよかったなぁ。また、なるほど!というご意見がたくさんありましたので、もっと話をつなげて深めることができたら、より豊かな時間にすることができたのになぁ。と反省しながら、もっとナビとしての力を高めようと思いました。至らぬところの多い私ではありますが、これからも精進いたしますので、また作品の前でお会いしましょう。ご参加いただき、ありがとうございました!
 主催の「どこでもミュージアム研究所」のみなさま、鑑賞ワークショップという貴重なお時間を頂きまして、たいへんありがとうございました。ぜひ、また「みるみるの会」にお声がけくださいね!一緒に楽しく豊かな時間をつくっていきましょう。


【みるみるの会からのお知らせ】

安来市加納美術館「特別企画展 平和運動開始70年 画家加納莞蕾大回顧展」で対話型鑑賞会を予定しています。
1回目 4月28日(日)13:30~
2回目 6月2日(日)13:30~
ご来館、お待ちしております
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安来市加納美術館「愛しき島根」での対話型鑑賞会の様子をお届けします(2019,3,31開催)

2019-04-09 22:00:32 | 対話型鑑賞

愛しき島根 細田育宏+細田和子 
加納美術館 2019年3月31日(日)14:00~
鑑賞作品:木精の祭典 細田育宏作
ファシリテーター:春日美由紀
鑑賞者:4名(うち1名はみるみるメンバー)


 前回の鑑賞会の時から気になっていた作品だったので皆さんと鑑賞したいと考えていました。鑑賞者の皆さんも気心の知れた方ばかりだったのでどんな意見が飛び出るか期待感MAXでした。また、タイトルは「木精の祭典」と表示されており、キャプションには「貝」をイメージしたとあるので、それらを読んで鑑賞したとして、どんな意見が出てくるのかも楽しみでした。


 最初に、「ラッパ」みたい。という発言があり、「春を感じさせるような音が聴こえてきそう。」と続きました。ラッパは外形から、春は「木で作られている」ところから温かみを感じるというところと、曲線の柔らかさから「春」を感じたと話されました。ラッパで楽しい音楽を奏でて、春を祝うような「祭典」とタイトルとも関連付けた発言になりました。また、ベルの部分と思われる当たりの木目が音が外に広がって行くような形状であることも語られました。
そして音楽つながりで「マンドリンみたい。」という発言が続きました。マンドリンをイメージしたのはやはり外形からで、細長く伸びた部分がネックで、丸みのある形が「抱きかかえたい」気持ちにさせると話されました。同様に「マンドリン」に賛同する発言がありました。やはり形状からその楽器を連想するようです。しかしキャプションには「貝」とあるので、「どこが貝なのだろうと疑問に感じる。」とも発言されました。
 皆さんが外形から楽器を連想されているようだったので、「視点を変えて、外形以外の形から何か感じるものはないか」と視点をシフトする促しをしました。そうすると美術館関係者で展示にも携わった方から「この作品はとても重たいです。大人が2~3人で抱えないと動かせないような重さがあって、それを彫っていかれたと思うのですけど、この真ん中の穴は、渦巻いていて奥までよく見えなくて、どうしてこんな穴があるんだろう?」という疑問が出されました。作家の存在は意識されているので「穴は勝手にできたのではなくて、何か意図があって作家が彫ったのだと思いますから、そこを考えてみましょう。」と促しました。「重くて硬い木だから彫るのも大変だったと思います。だから、無理な形はできないのではないかと思うのです。木の気持ちを聴いて彫っていったらこの形になったのではないのかなあ。」という発言になり、「木の気持ちを聴いて?」とファシリテーターが復唱すると「だから、ああ、耳か?渦巻きのような穴は耳?」そして「タイトルが木精とあるので、木精はやはり木の真ん中に宿るものだと思うのでその声を聴いて彫っていったらこの形ができたのではないかと思います。」とつながっていきました。

 曲線と直線が融合したフォルムには「木目の美しさを引き立たせる効果がある」や、丸みの部分には「赤ちゃんを抱っこしたときのお尻のような柔らかさを感じる」などの発言も出てきました。できるものなら「触りたい。」「すべすべしてみたい。」などとも語られたので、先の美術館関係者に「この美術館の所蔵作品なので、触ってもよい作品にしてはどうですか?」とファシリテーターが要求してみたところ「考えてみます。」との回答。「視覚に障がいのある方が触って鑑賞するという試みもなされている美術館があるので、ぜひ、前向きに検討してほしい。」と依頼しました。
 抽象形の木彫作品でタイトルやキャプションも参考にしながら限られた人数ではあったのですが、逆に気兼ねのない会話ができたために、途中からファシリテーターも鑑賞者の一人として楽しく鑑賞できました。
 「木の精の声を聴いてこの形が生まれた」というのが今回の作品鑑賞の収穫だったと思います。鑑賞に参加してくださった皆様に感謝します。ありがとうございました。

振り返り(鑑賞会の参加者から)
○彫刻は難しかったけど、最初に「ラッパ」発言があって、入りやすかったです。発言しやすくなりました。自分だけで鑑賞していたら絶対にできないことで、他者と一緒に鑑賞することの意味は大きいと感じました。
○注目してみてほしいところをファシリテーターにあらかじめ提示していただけると話しやすくなるのかなと感じます。大人は「変なこと」や「間違っているのではないか?」と思われるは嫌だから発言しないと思うから、焦点化してもらうと話しやすくなるのかなと思います。

みるみるメンバー(金谷さんから)
○テンポがよく、話しやすい雰囲気でした。返し(パラフレーズ)が端的。訊き返されることでまた考えることができるファシリテートでした。

自己の反省
○後半はファシリテーターとしてではなく、一人の鑑賞者として他の4名の方と思い思いのことを語り合っていました。それが是か非かは意見の分かれるところでしょうが、全員で5名の鑑賞会で気心も知れている方たちばかりだったので、ファシリテートの必要性を感じなくなって、最低限のパラフレーズとサマライズを時折はさむだけで会話がどんどん進んでいきました。それはとても楽しいひと時でした。
○鑑賞会を行うことで来館者数増につながることがベストなのですが、なかなか実績は上がりません。しかし、美術館理事が「次回展でも楽しみにしています。」とおっしゃってくださっているので、引き続き加納美術館で対話型鑑賞会を続けていただきたいと思います。興味を持たれた方は、次回展のチラシ等を参照にご来館いただけると幸いです。


安来市加納美術館の次回展「特別企画展 平和運動開始70年 画家加納莞蕾大回顧展」でも対話型鑑賞会を予定しています。

1回目 4月28日(日)13:30~
2回目 6月2日(日)13:30~
ご来館、お待ちしております。
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