ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

オンラインみるみる1月例会を開催しました

2021-01-31 09:54:36 | 対話型鑑賞


みるみるの会 1月例会(オンライン開催) レポート 
日時:1月23日(土) レポーター:春日美由紀
13:30~ Zoom接続確認・打ち合わせ(津室・春日)
14:20~14:50実践 15:00~15:40振り返り
作品:「開かれた聖書のある静物」ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1885年)ヴァン・ゴッホ美術館
ナビゲーター:春日美由紀
進行・ホスト:津室        
参加者:7名
(みるみる会員4名,春日紹介1名,津室紹介1名,ACOP道場を運営しているCさん)

発言の流れ
・ロウソク・燭台・本の右頁横にある帯状のものはナイフの柄?
・帯状の物は本を留めるものか。表紙の縁にも金具がみえる。重厚な本。
・本について 絵が描かれている➡図鑑・百科事典
・小さな本について
・背景、薄暗い中にも窓のような物がみえる
・中央の燭台の後ろにもう1本何か棒のようなものが立っている
・ロウソクの火が消えていることから、時刻は昼間?➡やっぱり夜➡物理的な明るさではない
・二つの本から不安定さ、危うさを感じる
・本は古い、放置されている、しばらく使われていない、それどころではない。
・貧しくて、飢饉で、食べるものが無くて、お腹がすいている。
・時刻は夜、薄暗い背景の中に人影、本を読んでいた人が、一旦席を離れた。
・背景の四角いものは額、絵を描きたいと思った人が、絵を描くための参考資料から調べ物をして、メモを取っているのが下の小さな本のようなもので、手帳。
・テーブルが岩のようにみえる。テーブルだけど、古くて、クロスは汚れている、普段はあまり使われていなくて、こっそり調べ物をするための場所。

チャットに書かれた振り返り
Tさん: カーソルでのポインティングの際,「ポインティングさせてもらったところで,間違いないですか?」と発言者に丁寧に確認されていたのが良かったと思います。安心感がありました。
Kさん: みれば見るほど、不思議な作品でした。ポインティングが分かりやすかったです。
Uさん: 個人的にディスクリプションが難しいなと感じました。なぜだろうと気になっています。
Cさん: かすがさんの声がとっても聞き取りやすい。マウスカーソルが大きく、ポインティングが見やすかった。見えているものに関するディスクリプションを丁寧に進めることで、その後も丁寧にディスクプリションを進める流れができて、鑑賞の取っ掛かりがつかみやすかったです
Tさん:Uさんが画面に近づかれているようすを見逃さず,「(送った画像が)小さくてすみません。」と声をかけられているのが,参加者をよく見られているなと感心しました。ゆとりのなせるわざ。
Nさん: 細部へのフォーカスとほどよい俯瞰を取り混ぜてのナビで、バランスよくみることへ誘ってもらって、考えやすくなりました。
Mさん: ご指名いただいて発言しやすかったです。通信環境が悪いせいか、皆様にご心配おかけしてしまったのですが、たくさんのお話が聞けて、良い時間になりました
Tさん: 作品について,使い込まれてよれた手帖の中身が気になります。発言にあったように,大きな本に対して,小さな自己を感じさせられました。併せて表紙の文字も。
Cさん: 開かれた聖書のある静物 画家 : フィンセント・ファン・ゴッホ(作品情報)
Uさん: マウスポイント、オンラインならではで分かりやすかったです。
Nさん: 文字の読めない人のために挿絵があったと思います。仏教でも同じように。
Tさん: 聖書は文字ばかりというのは,やっぱりぼくの思い込みなんですね・・・。あぶないあぶない
Nさん: スムーズにいくよりも揺さぶられたことでワクワク感が増しました。
Uさん: 今の聖書のお話はファシリテーターとして我慢されたというのは、勉強になりました。多分すぐに食いついてしまいそうです。(笑)
Tさん: Uさんに同感です!
Uさん: 対比!キーワードとして覚えたいと思います。Cさん有難うございます。
Nさん: 深い作品ですね。
Tさん: ほんとうにゴッホとは思いませんでした。サインのVでもしや?とは思ったのですが・・・。

今回はポインティングについての振り返りをしたいと思います。
 アンダーラインを引いたところは、ポインティングに関する記述です。画像を各自がみながら鑑賞を進めていくのですが、ポインティングはリアルの時より簡単にできるので安易に使いがちです。別のオンライン鑑賞会でもしばしば話題になるので、今回は、ポインティングについて考えてみました。
 今回の実践で初めてカーソルを大きくしてみました。指示しているところが分かりやすいのではないかと考えたからです。Cさんが分かりやすかったと書いてくださっているので、良かったのかな、と思います。詳細に描かれている作品ほど、カーソルが大きく、先端が確認されやすい矢印がやはりよいのではないかと思います。
オンタイムの時には鑑賞者の発言に合わせてカーソルを動かしたのですが、後から動画を見ると、少し動かしすぎてうるさく感じました。動かすことも自制する必要があると感じました。また、指し示していない時にはカーソルは枠外に出しておく方がよいとも感じました。作品上に無造作に置かれているのはよくないと思いました。話題になっていない所に置かれていても、矢の先が何らかのメッセージを発しているように感じはしないかという危惧からです。鑑賞者は発言者の意見を聴きながらも自分の思考は止めていない(みたいところをみながら考えている)と思うので、その思考の妨げになるようなカーソルの無造作な放置と余計なポインティングは控えるべきだと考えました。皆さんはいかがお考えでしょうか?
オンラインでの鑑賞会においてナビの配慮事項が一つ増えたような気がします。便利さの奥に潜む危うさを乗り越えて、ナビのスキルをブラッシュアップしたいです。
また、初ナビ作品だったので、解釈の構築が手探りでした。行きつ戻りつしているところがあるので、この作品で場数を踏みながら思考が積みあがるナビをめざします。
メンバーと距離を超えて参加してくださった皆様に感謝します。ありがとうございました。
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オンラインみるみるの会 第1回目を開催しました

2020-12-27 17:09:01 | 対話型鑑賞


みるみるの会 12月例会(オンライン開催) レポート
津室和彦
日時:12月12日(土)
13:30~ Zoom接続確認・打ち合わせ
14:20~14:50実践
作品:「アトリエの芸術家」  19世紀初頭 テオドール・ジェリコー(帰属)
ナビゲーター:津室
進行:房野さん         
ホスト:春日さん
参加者:上記3名の他7名 計10名 (みるみる会員1名,津室紹介の2名,春日さん紹介の3名,ACOP道場を運営しているちょなんさんの10名でした。
 みるみるの会として,第1回目のオンライン例会でした。オンライン鑑賞会を数多く経験しているメンバーの春日さん,房野さん,さらにはACOP道場を運営しているちょなんさんや全国の多様な方々を鑑賞者として迎え,ナビをさせていただく大変貴重な機会となりました。
 何度やっても反省点だらけのナビゲーションですが,今回もまた大いに凹みました。だからこそ挑戦しがいがあるのですが・・・。
 作品の特性とナビの方向性,オンラインならではのナビの留意点についてなど,考えたことを述べます。
① 鑑賞者firstというナビとしての姿勢
② 作品の情報とその扱い 
③ オンライン開催におけるナビの留意点

① 鑑賞者firstというナビとしての姿勢
一番の反省は,鑑賞者の思考を第一に,全員の思考を丁寧に問い,理解していこうとするナビの姿勢です。今回,私は,描かれた人物について早い段階で「作家の自画像でしょうか,それともモデルを描いたものでしょうか。」と絞って問うてしまいました。参加者9名の中には,ほかの考えもあるという前提に立ち,もっと広く考えを引き出す必要がありました。「二つの見方が示されましたが,ほかの意見はありませんか。」とまずは問うべきでした。ナビとしては,この二項対立をきっかけにしてさらに深くみて,考えてもらえるのではないかとそのとき考えていました。しかし,いきなりナビが二項を示すことはその後の思考に大きく影響を与えるという認識が必要で,これは甘い対応と言わざるを得ません。9名全員の発言を待ったり,自画像・モデル・それ以外の可能性を語ってもらえるよう粘り強く働きかけたりするべきだったと思います。その結果として,皆さんの思考が二項に絞られた場合であれば,そこを踏まえてナビが問いを発することはあり得るのでしょうが。
解釈の多様性を保障するには,発言として発現した言葉以外の可能性,参加者の内言を活性化させ発言につないでいかなければいけません。これはつまり,鑑賞者firstでナビをするということで,ナビとしての根本的な心構えにやはりつながります。
今回は,鑑賞者の力量の高さによって,その後自画像・様々な可能性のあるモデルと多様な考えが共有されましたが,これはナビゲーションによるものではなかったかもしれません。
出てきた考えをまとめてみます。
○作家自身を描いている
・人物の周りにあるものが,パレット,石膏像,髑髏などであり,画家という生業を表している 髑髏やデスマスクのような石膏像はヴァニタス画的
・壁と天井の境目の造作や椅子以外の家具等もないことから,屋根裏部屋などのアトリエではないか
・頑張っているけど売れない画家である自分を自虐的に描いているので,虚ろで生気が感じられない メランコリック
○モデルである
・画家にしては服装が整いすぎている 画家なら作業に適した服装だろう
・こちらにまっすぐ目を向け正対しているところから,友人等描き手と近しい人物だろう
・表情が怖いことと裕福そうな服装から,(借金等の)取り立て屋ではないか
・服装が整っていることと,筋肉質な体から,出征前の兵士ではないか
・兵士だとしたら,髑髏や苦悶しているようなマスクは,死を連想させる また,手前左の像は軍神マルスではないか
・現存している人物ではなく,例えば後ろの髑髏に肉付けを施したような,死者の生前の姿を描いているのではないかとも考えられる
② 作品の情報とその扱い
タイトルから読み取れるように,一応は画家の自画像であるという位置づけです。しかし,展覧会カタログの解説によるとモデルと作者が一致するかどうかは研究者の間でも様々な議論があり,見解は一致していないということです。
情報として示すならば,鑑賞者が作中の人物について様々に語り,膠着状態になったときに,「タイトルからは自画像と読めますが,研究者の間でも意見が分かれていて,みなさんと同じように惑わされる作品なのですね。さらに,作者についても,サインの研究などから所蔵しているルーブル美術館では,『テオドール・ジェリコー(帰属)』という表現としています。」と伝えればよかったと思っています。
③ オンライン開催におけるナビの留意点
 鑑賞者firstの姿勢は,オンラインという鑑賞会の形態でも大切です。対面との大きな違いは,参加者の表情がリアルには見られないことで,このことを踏まえた注意が必要です。使用している機器や環境によって,ある人の顔は見えるけれどある人は見えないという状況が生じます。環境設定は致し方ないとして,ここでもなるべく見落とさない工夫や配慮は大切であると感じました。誰かの話を聞きながら同時にパソコンの操作をして,ほかの参加者の表情を読み取ることは大変難しいです。けれでも,自分の環境設定と,ナビゲーションの進行状況の中で,リアルの場と同様に鑑賞者に気を配ることができるようになる心構えが必要だと感じました。    
また,今回ナビゲーターとして,共有している画像を,拡大・復元・書き込みによるポインティングなどいじりすぎてしまい,鑑賞者を不快にさせてしまったと反省しています。自分が鑑賞者として関わったオンライン研修でもこのようなもどかしさを体験済みだったにも関わらず,初めてネット上で集う人たちに対しての余計な配慮が先に立ち,過剰な操作をしてしまいました。
美術館での実物を前にしてのナビや,プロジェクター等で大きく映している場合を想定してみると,自ずとわかる問題でした。このような場合,鑑賞者は各自好きなタイミングで作品に寄ったり離れたりしますし,気になる部分を注視することもあります。つまり,同じ場にはいますが,鑑賞者の行動はあくまで自由なのです。
ところが,オンラインで共有している者が操作をすると,鑑賞者の操作とかぶってしまい,鑑賞者にとって不自由になる,それで快適な鑑賞ができなくなってしまうのですね。皆さんにご指摘いただいたように,ナビの操作はポインターで示すか作品の半分程度を大まかに示す位にとどめておいた方がよさそうです。また,「拡大しますね。」などの声かけをしてから操作すれば,鑑賞者も構えができてよいというアドバイスもいただきました。
日頃,勤務先の小学生といっしょに対話型鑑賞を行うときには,大型のタッチセンサー式液晶ディスプレイに画像を映しています。これはA1サイズくらいには作品を示せますが,細部は拡大した方がよいこともあるので,発言に合わせてナビがピンチで拡大・縮小を行います。ただし,全体像が見える状態にその都度戻しています。この場合は,鑑賞者はその場に集まってはいても,作品はバーチャルなので,リアルな美術館での鑑賞とオンラインとの中間のようなイメージです。子供たちは,拡大してほしければ「大きくして」戻してほしければ「元にもどして」とナビに伝えます。このことから考えてみても,やはり,みることの主役は鑑賞者なのだと,当たり前の事ですが,わかります。

 自分を振り返り,次に生かす対策と努力が必要だと,今回も学ばせてもらいました。オンライン開催などの環境の変化はあれど,鑑賞者firstをとにかく肝に銘じ,そこをベースに臨機応変に対応しなければなりません。もともとギャラリーでも投影画像でもオンラインでも,鑑賞は生き物なので,基本姿勢を大切にしていきたいと思います。
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11月28日実践のオンラインACOPレポートです

2020-12-06 20:06:48 | 対話型鑑賞

オンラインACOP(11)レポート
レポート:Art Communication in Shimane みるみるの会 房野伸枝

日 時:11月28日(土)13:30~Zoom接続確認  14:00~実践
進 行:りゅうちゃん   サポート:まっつんさん         
参加者:8名

房野が担当した鑑賞作品についてレポートします。

2作品目:「春」 2027年 ベン・シャーン 作
マゾナイト・テンペラ   43.2×76.2cm
Albright-Knox Art Gallery, Buffalo, NY.
画像はこちらから(https://www.albrightknox.org/artworks/rca19482-spring)
ナビゲーター:ふさの

 私はオンラインでナビをするのは初めてでしたので、今回は以下の点を心がけました。
① 共有する作品はオンラインに適した容量であること。
鑑賞者がツールを使って拡大してみる時に、ぼやけたりしないで細部を確認することができるように。図版が小さすぎたり、ページをまたいでの印刷は中央にラインが入るため不適。ネット上に出回っているものは画素数が低いものが多く、拡大に耐えられないため。
② 著作権の問題をクリアすること。
オンラインとはいえ、閉じたグループでの鑑賞会なので問題なし。一応、今回は教育使用に限って許可のある所蔵先からダウンロードして使用した。
③ 30分という時間内に深い解釈までたどり着きたい。事前にできる限り多くの要素を見つけておき、自分なりの解釈も持っておく。ただし、鑑賞者の発言を大切に、鑑賞者ファーストで対話を深めていくことを心がける。メンバーは経験者ばかりなので、パラフレイズは少なめに、リンキングに努めたい。

 ベン・シャーンは私の大好きな画家で、いつか対話型鑑賞をやってみたいと温めてきた作品がいくつかあります。その中で「春」を選んだのは、なぜ、手にしている花が「アザミ」なのか?親密にみえる男女なのに、幸せそうに見えないのはなぜか?先も手前もどこに続いているのか分からない2つの道、その狭間で寝転んでいる男女、2人で縄跳びをする二人の男女(子ども?)、青い服と赤い服の人物(アメリカの共和党と民主党?)などなど、謎や対照的なモチーフがあり、様々な解釈ができそうだと考えたからです。

実際の鑑賞では、個々のモチーフから感じる違和感から、これは現実的な場所や場面を描いたのではなく、様々なイメージを象徴的に描いているということを共有できました。前半、女性の手にしている花がアザミなのかカーネーションなのか、アザミなら毒がある、男性の顔色が悪いのはその毒のせいでは、狂気じみた笑いをしているのは毒で男性をどうにかしようとしている、など花の種類によって解釈が変わりそうだったので、「この花はアザミである」「春に咲く花である」ということをナビから伝えました。その後は、私がディスクリプションしていたことを鑑賞者が次々と発見されました。「中央の人物が、不自然にずっと続く柵フェンスに囲まれていることで、囚われているようにみえる」など、私の想定外の意見もあり、とても刺激的でした。以下は主な鑑賞者の発言です。
・アザミはスコットランドの国花である。手前の男女の青い服、赤い服は、最近アメリカ大統領選挙でよくメディアに流れた共和党、民主党を象徴する色に見える。これらのことから政治的な意味があるのでは?
・遠近感のあるだだっ広い公園のような空間でずっと続く長いフェンスに囲まれている所にいる男女は何らかの閉塞感を、道で遊ぶ男女は自由を象徴しているようにみえる。
・作者のベン シャーン(サインが見える)は移民で、自由の国アメリカに来たものの、フェンスの中に囚われているような心情をもち続けて、そこから逃れられなかったのでは。
・両側のずっと続く先の見えない道は永遠に続いているよう。赤い服、青い服は男女を象徴している色で、赤い服の女性は男性側に歩み寄ろうとしているが、受け入れられていない。ジェンダー差別などの象徴では。フェンスの向こうでは男女が手を取り合って遊んでいて、自由に行き来している。
・フェンスがずっと続いているのは、社会的、政治的問題が続いていることを象徴している。手前と奥に男女が対比的に描かれているのは現実と理想、現在と未来や過去を描いている。

春を象徴するアザミには鋭いとトゲがあり、それを手にするためには痛みを伴うと私は考えます。アザミは「自由」の象徴でもあり、それを得るには痛みを伴うということではないでしょうか。 柵や道が社会的、政治的な課題を象徴し、道で手を取り合って遊ぶ男女がそれを乗り越えた理想として描かれているのかもしれません。皆さんの意見を聞きながら、さらにこの絵が訴えている現実にある多くの課題を感じました。
ナビとしては、ビデオを見返すとかなりパラフレイズが多く、もっとテンポよく進めたら、後半の解釈の時間に時間をかけることができたのに、と反省しています。鑑賞者からは「アザミがこの作品の重要な要素 であれば、もっと早くタイトルとともに明らかにするとよかった」「短時間に深い解釈までナビゲートするためには、焦点化を早めずに(今回は手前の男女に注目させたタイミング)多くのことを見つけてから、リンキングするほうが良かったのではないか」というご意見をいただきました。確かにそうです。今回、目標の③は達成ならず・・・次に生かしたいと思います。
初体験のオンラインナビでしたが、テクニカルなサポート、タイムキープなど、ちょなんさん、まっつんさん、りゅうちゃんをはじめ皆さんに温かくサポートしていただき本当にありがとうございました。オンラインに慣れるべく、精進します。今後もよろしくお願いします。
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オンラインACOP№10 参加レポート

2020-11-02 13:19:44 | 対話型鑑賞


オンラインACOPに参加した房野さんからのレポートです。

報告者:Art Communication in Shimane みるみるの会 房野伸枝

日時:10月17日(土)13:30~Zoom接続確認  14:00~実践
進行:まっつんさん   サポート:みっしーさん         
参加者:8名

1作品目:「霊峰石鎚(れいほういしづち)」 紙本着色屏風 明治時代 制作年不明  
長谷川 竹友(はせがわ ちくゆう)作
ナビゲーター:ゆきんこさん  
  
2作品目:「りんごの天体観測」モノクロ写真  2014年  鈴木 康広(すずき やすひろ) 作
ナビゲーター:カスガさん

オンラインACOPは今回で10回目、私は2回目の参加です。今回のナビゲーターのカスガさんとゆきんこさんは2011年、京都造形芸術大学でのVTSJ受講で私もご一緒したお二人です。今回、タッグを組んでナビをされるとのことで大いに期待して鑑賞に臨みました。お二人でシークエンスを組んでの作品選び・・・1作品目はたくさんの修験者が切り立った岩山に登っている様子の屏風、2作品目は一見宇宙のような、(私は初見で深海のマリンスノーのようだと感じました)抽象的な写真でした。作品を続けて観ることで、それぞれの鑑賞に影響を及ぼし合うことも考慮した上で選んでいるのですから、二つの作品にどんな共通のテーマがあるのかと考えるのも楽しみでした。

ゆきんこさんのナビは一人ひとりのコメントを「面白い意見ですね」「それは初めて聞く意見です」と返しながらのパラフレイズが印象的で、フレンドリーで発言者に安心感を与えていると感じました。作品に描かれた人物はとても小さい上にたくさん描かれており、それらを拡大したり、作品上に線を描いて丸で囲んだりすることが、焦点化にとても効果的でした。鑑賞者が人物に注目した後、後ろの山に視点を移して、視点を変えて話を進めたことで、二つの山の高さの違いや、後ろの山にも白く点々と続く人物らしい列の発見を促しました。後半でナビが、モチーフとなった山が実在の愛媛県の石鎚山であるという情報を与え、視点に広がりを持たせたり、情報提供したりするタイミングが絶妙で短時間に多くの見方と深化を進めていたのを見習いたいと思いました。
また、この作品では、オンライン鑑賞の利点として画像をズームしてよく観ることができるという実感を得ました。なにしろ美術館ではガラスケースに阻まれて、屏風などに細かく描かれているモチーフを近づいてよく観ることが難しいからです。オンラインではナビが拡大して提示・焦点化することもできるし、鑑賞者が画像の拡大率を自由に変えながらみることもできます。実物を前にして対面で鑑賞する臨場感も魅力的ですが、オンラインに向く作品もあるのかな、と感じました。

カスガさんのナビは、抽象的で情報量の少ない作品をどう扱うのかが非常に興味深かったです!
前半、見えているものを根拠に様々な意見が出ました。「宇宙」「雪」「神秘的」「マグマのようなものをモノクロにしているのでは」「望遠鏡でのぞいた星や銀河にも見えるし、顕微鏡でのぞいたシャーレの微生物のようにも見える。マクロとミクロのどちらにも見える」などなど・・・。ナビが「これはリンゴのクローズアップのモノクロ写真」であるという情報を的確なタイミングで与えたことで、それまで黒を黒としてとらえていた我々の目に新たな視野がぱあっと開けました。中には私のように「これは、写真のネガの方なのでは?黒い汚れなどが白く反転することで、美しい星に見えるのでは。」とネガポジ逆の意見もありましたが、そこは、さすがカスガさん。きちんと「これはネガではありません」と正しつつも、「でも、おもしろいですね。汚かったものを、こうすることで美しく見せるという…」という意味付けをしてくれました。
作品のタイトルが「りんごの天体観測」であると告げた後はそれまでの様々な発言のエッセンスが重層的に意味となっていくのを感じました。「リンゴだけどリンゴに見えない」「モノクロにすることで色というノイズが消えて、美しいものに昇華させることができる」「人は色に左右される」「神は細部に宿る」「超越した神のような存在を二つの作品の共通項として感じる」「リンゴは誰しも触ったことがあるが、天体は大きすぎて触れることができない。遠くにあるから不可思議に感じるけれど、身近なものにもこんなに神秘さを感じることができるということに気付かされる」「宇宙のビッグバンとリンゴがマクロとミクロに通じている」「2つの作品を通じて、人間のしんせいが山にも天体にもあるという普遍的なものを感じる」など。
ナビが常にカーソルを動かしながら小さな点をポインティングしていたので今どこについて語っているのかが良くわかりました。言葉で『しんせい』といったところを「神聖」なのか、「心性」なのかを確認されていたので、(この場合、どちらの意味も込めていたとのことでしたが、)単語一つひとつを聞き逃さず、大事に扱うことがとても大切だと思いました。
最後の締めの「広大な宇宙から、手のひらに乗るリンゴに着地したところで終わりにしたいと思います。」というカスガさんの言葉が短くも全ての意見を集約していて、気持ちよかったです!

それにしても、オンライン上のチャットに参加者の皆さんがふりかえりのコメントを載せておられますが、短時間に言葉を選んで書き込んでおられることに感心します。私は時間切れで書き込み途中に中断してしまい、失礼いたしました。ゆきんこさん、カスガさん、お疲れさまでした。2つの作品を選ぶ際にナビのお二人が共通のテーマでシークエンスを組んでおられましたが、その内容も順番も鑑賞が深まるように仕組まれていて、本当にすごいと思います!1作目は多くの具象的なモチーフを読み解くことで自然への畏敬や神聖を感じさせ、2作目は情報の少ない抽象的な作品ありながら、対話を重ね多くの解釈が出たところへ、絶妙なタイミングで情報を与えられ、その度に新たな視点が浮上していきました。1作目との共通項を感じながら、さらに深められるような仕掛けが施され、2つの作品が響き合い、短時間で充実の鑑賞会でした。それはお二人のナビの力量に因るところが大きかったと思います。今回も学びの多い時間でした。ありがとうございました。

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オンラインACOP記念すべき10回目のナビを務めました!!

2020-10-22 21:20:27 | 対話型鑑賞


ACOPを通じてつながる、実践を通して学ぶ(第10回)
2020.10.17(土)14:00~17:00
1回目 ナビゲーター:鈴木有紀
鑑賞作品:「霊峰石鎚」長谷川竹友
2回目 ナビゲーター:春日美由紀
鑑賞作品:「りんごの天体観測」鈴木康広

 作品は画像にあるようにモノクロ。一体これは何なのか?何にみえるのか?問いを投げた。以下は発言されたものを順に記す。ナビゲーターのパラフレーズやサマライズは省略。

 ・宇宙にみえた。けど、よくみていたら雪原に雪が舞うところにみえてきた。
 ・光の届かない深海の闇に舞うマリンスノーと海底から巻き上がったチリ。
 ・きれいだな。最初「なんだろう?」と思っていたけど・・・。皆さんの話を聞いて、美しいものにみえてきた。
 ・モノクロ写真、マグマとか、太陽のコロナ、噴出しているもののモノクロ写真。赤とか炎を感じる色がある。
  色を無くしてみる、別のものにみえてくるかもしれないという、実験をしたのじゃないか。
 ・天体望遠鏡から見た天体。円の縁が左下にある。ひとつひとつに芯がある。星のまたたきのようにみえる。でも、マクロじゃなくて顕微鏡からみたシャーレの中のカビ。振れ幅が大きい。どっちにもみえるな。
 ・絵なのか?写真なのか?たぶん写真。油ハネ。点々が油で、もやっとしているのが水蒸気。そういうのにみえてきて、でも、そんなんじゃ無いよな?水蒸気爆発?撮られ方が意図されているような。実験的な・・・。
 「写真です。」「色があるものをあえてモノクロにしている。」「黒だから黒とは限らない。」情報提供
 ・白黒写真を考えていた。白黒にすることによって永遠を閉じ込める。ここに永遠がある。
 ・写真ということは、ネガのほうだったりすると、白黒逆になる。全く正反対にみえる。もともとの色とは違う。白黒逆になってくる。黒い点々の汚れが、宇宙の天体にみえたりする。
「ネガポジ逆じゃないです。」情報提供
 ・似たような写真を前にみたことがあって、果物のようなものを接写してモノクロにしてるのかな?と思ってみていた。果物だとしたら、自然なので、自然が描いたもの。宇宙だったり、星々、にみえるんじゃないか?
「ちょなんさん、作品を知っていらっしゃるようなので、この作品のタイトルはりんごの天体観測です。」情報提供
 ・白と黒の黒がかかってる感じの模様、フチがリンゴの形にもみえて、でも、こんなにリンゴに点々があるのか?と思ったときに、いやいや違うだろう・・・。と、私の経験を超えた。リンゴにみえないというか不思議。
 ・リンゴって結構ブツブツがある。マジマジみてないので、マジマジみてみたい気になりました。身近なものをよくみてみたい気になりました。
 ・シークエンス、裏テーマを考えながらみていた。どんなものにも宇宙的な存在感、神が宿る的な、みえかたによって感じるものがあるのだなって・・・。
 ・リンゴ、信じがたい。リンゴに付いた虫食いや農薬の跡のようにみえるが、それ以前に、窓ガラスについた泥のポツポツ、汚れ、のようにみえて、カラーでみたら汚らしいものが、モノクロにするときれいにみえる。
 ・モノクロにするってことで、色からの情報がなくなるとみえ方が変わってくる。
 ・みせかたによっては、こういう風にみえるんだなって。
 ・色っていうノイズが入らないことによってちょっとみえ方が変わってくるのだなっていう・・・。色からの情報に結構左右される・・・。
 ・リンゴと天体ってことで、リンゴは誰しも手にすることができるし食べたこともある。結構身近。でも天体ってすごく遠くて誰も触ったことがない、触れない、大きすぎて触ることもできない、大きさも小さいリンゴと限りなく大きい天体、遠くにあるから神秘性とか不可思議を感じるけど、身近なリンゴの中にそれがあることに、生まれてきて十数年、今さらながらに、感じるっていうか・・・。
 ・みている(作品)が天体だとして、その中の1個に地球があって、その地球をアップしていくと誰かの掌の中にリンゴがあって、そのリンゴの中の天体をアップしていくとまたリンゴがあって、って、ずっとループしていそうで面白いな、って。
 ・同時に、同じようなことを思っていて、リンゴがビッグバンだったら、ってことで、さっきの自分のみ方ともつながってくるのだけど、マクロとミクロの、リンゴと宇宙のビッグバンがひとつのリンゴ。神が宿るようなものがあってと考えると、さっきシークエンスってことで、さっきの作品とつながってきて、面白いなって思った。
 ・神が宿る?神の宿り方?人間の神聖・心性だと思うのだけど、神が宿っていると感じる人間の心性みたいなものがリンゴにあって、さっきの山にもあって、その天体にもある。普遍的なものを感じてとても面白い。
 ・1作目は分かりやすい人が登りにくい険しい山とか、仏さま、という分かりやすいアイテムだったけど、そういう神聖なものに比べて、リンゴ、身近なものに神聖、本当はあった、宿っていたかもしれないのに、忘れてしまった、全然こちらが意識していない、こちらの受け手次第で、神聖さを感じることができるのだなあって、この作品をみて、皆さんのお話をきいて、考えさせられた。

 作品解説
一見、銀河や星を写した天体写真のようであるが、いきなり種を明かしてしまうと、実はこのイメージはりんごの表面である。
 ある時、作者はりんごの表面の模様が宇宙に似ていることを発見し、作品化を思い立つ。無数のりんごから、宇宙に見える個体を慎重に選び、デジタルカメラで撮影。撮影データはモノクロに変換し、ほんの少しコントラストを調整する以外の加工は行わない。修正によってりんごを宇宙のイメージに近付けることは容易だが、元のりんごそのままの姿であることが作品の肝となる。 画面の端に少し現れている曲線が作品を読み解くヒントとなっているが、ほとんどの鑑賞者はりんごだとは気が付かないという。だからこそ、「宇宙」と「りんご」という、あまりにかけ離れたイメージが結びついた時、脳が喜び、そこに笑いや感動が生まれる。固定観念にしばられて、平板になってしまいがちな私たちの生活に、造形の楽しさと発見の喜びとを教えてくれるアート作品である。
りんごの天体観測 鈴木 康広 形forme(日本文教出版) 3 16 号 P 10 -11写真・サイズ可変

 日文から「形forme」が送られてきて、何気なくページをめくっていて眼に留まった作品です。これは対話型鑑賞に使えるなと即座に思いました。愛媛県美術館が対話型鑑賞の他教科応用の研究を進めていて、学芸員の鈴木さんから理科に応用できる作品はないかと相談されたときに、一も二もなくこの作品を推薦しました。使用にあたっては、日文経由でご本人にも許可を得ています。
 今回は作品解説、まあ、この解説も日文の誰かが鈴木氏への取材をもとに書いたものなので、その人の一つの解釈であると捉えますが、それを超えて、神なるものの存在とりんご、宇宙を結び付けて考えるに至ったのは、ひとえにシークエンスのなせる業でしょう。
 今回のナビの鈴木さんと私は事前に打ち合わせをして、2作品のテーマを設定しました。コロナ禍にある中、自粛を強いられていた私たちにとって、旅に出ることは希望になりました。「旅」といってもただの旅じゃない旅をコンセプトに四国は愛媛ゆかりの修行旅「石鎚山」を1作品目に、そして、今後、人類の夢が実現するかもしれない宇宙旅行を彷彿とさせる「りんごの天体観測」を2作品目に配して挑むことにしました。共通のテーマは「旅」だったはずなのですが、ナビゲーターの矮小な思惑をはるかに超えて、話は神の域にまで達しました。これも鑑賞者の作品を読み解く力と作品の持つ力に負うところが大きいです。
 また、今回は情報提供のタイミングを自分の中の課題としていました。「写真であること」「りんごであること」をどのタイミングで鑑賞者に提供するとよいのか?私は普段はあまり情報提供をしないのですが、今回は裏テーマもあるし、写真と気付かれた時に、何を写したものかは「あれでもない」「これでもない」という堂々巡りにならないためにも必要だと考えていたからです。しかし、その時がいつなのか?その時を図るのが今回の私の誰にも言わなかったけれど、大きなチャレンジでした。そのことについては、皆さんのコメントから概ね好意的な評価言をいただいたようなので、チャレンジは成功したのかな?と思います。情報を出すタイミングを図りながらナビをするという姿勢も大事なスキルかな?と今日の鑑賞会で感じました。
 最後に鑑賞者の皆様の発言の中にはもっと突っ込んで訊きたいこともあったのですが、30分という尺と裏テーマについて考えていただくことを想定した際、やや確認に欠け、性急になった感は否めませんが、当初の目的以上の成果を得ることができた鑑賞会になりました。シークエンスを組んで鑑賞をしようと持ち掛けてくださった鈴木さんに感謝します。
 とても濃密で深い鑑賞会になりました。ありがとうございました。
 なお、レポートをまとめる際に、動画が大変に有効でした。ホストのみっし~~さんや進行役のまっつんさん、メインホストのちょなんさんに深く感謝します。
最後に「みんなで開こうオンラインACOP!!」バンザイ!!再会!!!
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