ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

R元年 島根県造形教育研究会夏季研修会~レポート~をお届けします(2019,8,5開催)

2019-10-13 21:11:05 | 対話型鑑賞
R元年 島根県造形教育研究会夏季研修会 ~レポート~     
日にち 8月5日(月)
時間 10:30~15:30
場所 石見美術館多目的ギャラリー
講師 福 のり子(京都造形芸術大学教授 同アート・コミュニケーション研究センター所長)
   三重野 優希(京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター講師)
   廣田 理紗(島根県立石見美術館主任学芸員)

 今回の研修会は福先生の講義はもちろんのこと、対話型鑑賞会が設けてあることが、私にとって大きな楽しみだった。なぜなら、授業で対話型鑑賞を行っているが「上手くいかない」と感じることが増えてきたからだ。なぜ、上手くいかないのだろう。それが今の私の悩みだったので、この度の研修会で何かヒントがつかめるのではないかと期待して参加した。研修会は以下の流れで行われた。

 1,講義「生きのびるために」(福 のり子)
 2.対話型鑑賞会(ナビゲーター:三重野優希)鑑賞作品:「カラカラ帝」
 3.アートカード研修(廣田 理沙)

 その中で、2.対話型鑑賞会についてレポートする。
 「カラカラ帝」は私が最初に対話型鑑賞を体験したときの作品だ。その時のナビゲーターは福先生だった。鑑賞者の発言が絡み合って、他者の発言からインスピレーションを受けて、さらに深い思考につながっていく。カラカラ帝のことは知らなくても、その内面や心情をありありと想像してしまう。カラカラ帝の頭が、ぐっと立体的に見える…。「これはすごい!この方法で生徒と鑑賞したい!」と思った。それから何度も対話型鑑賞を行っている。しかし、「上手くいかない」と感じることが多くなった。
 今回の鑑賞会は、全体的に発言が続かなかったり、一人の発言が長かったりと、時間ばかりが過ぎる印象だった。こういうことは、自分自身がナビゲーターになった時もよく起こる。勇気を出して発言してくれた生徒の言葉がつながっていかない。そういう時の鑑賞は、読み取りの浅い、印象に残らない鑑賞になる。「なぜそうなるのか」が私の今の悩んでいるところだ。最初は「何が見えますか?」という投げかけから、鑑賞者の発言が多かった目に注目した。次は顔の右半分と左半分とに注目して、次に傷に話題が移って…鑑賞者は、決して見ていなかったわけではないし、消極的だったわけではない。ただ、それなりに経験を積んだ大人なので、それぞれに独特の言い回しがあり、発言の真意がつかみにくいなと思った。また、年齢層も幅広く、年配の方が発言されると、全体的に「そうだよな。」とわかったような気持ちになったような気がした。この研修会での対話型鑑賞の時間は40分間だったので、三重野先生は、30分経ったところでまとめに入ろうとされた。私もそうするだろうと思う。しかし、福先生は、「まだ、全部見ていない!」「口はどんな口?」「耳のことも話題になってない、髪も、髭も!」と厳しく言われた。そして、「目のあたりが、とかではなくて、どこがどうだから、こう見えるという、根拠をはっきり言って」ということを何度か言われた。そのナビをみながら、「そうか、自分も鑑賞者の発言を分かったつもりになって、きちんと求めていないな」ということが分かった。また、「作品の細部まで、全部見て、話題にしたかという確認を怠っていたかもしれない」と思った。福先生は、「そういうことをきちんと話題にしていくことで、一つ一つが鑑賞者の頭にインプットされていく。」と話された。それが、「作品を深く考える」ことにつながっていくのだ。中学校では、なかなか発言が出ないことが多い。やっと出た発言を「勇気を出して発言してくれた生徒」に対する遠慮から、ソフトにふんわり扱ってはいなかっただろうかと反省した。また、「この人が自分の上司だったら?」という投げかけがあり、「ついていくか?ついていかないか?」という二者択一を迫られたときに、鑑賞者は作品を鑑賞するということが初めて自分ごととして考えられ、多くの挙手につながった。このように、ナビゲーションには、作品鑑賞を自分ごとにできる問いかけが必要であることを痛感した。
 「眉間のしわが意志が強そうに見える。目標に向かって無理難題を言われそうなので、ついていきたくない。」など、それぞれが、見えることを根拠にしてその人物像を解釈していた。私は「ついていきたい」方で発言した。「いろいろな負の感情があっても、それを強い意志で隠して、みんなをひっぱるなんて、力のある人だと思う。」と。福先生は「でも、負の感情は見えるんでしょ?隠せてないやん。」と言われた。「う…、たしかに…。」(というか、そこまで突っ込まれる!?)と思ったが、このような問いかけこそが、鑑賞者の意識していない矛盾する思考を気づかせるきっかけとなり、作品とさらに深く対話することを促す。だから、私は、なぜ自分は、「隠して」と思ったのだろうと自問した。鑑賞者の気がつかないうちに「主体的に作品をみる」ことができる仕掛けとしての発問をすることができるようになることが大切だということ、そして、問い返されることで、さらに考えることができることにも気がついた。問い返した時に、すぐに反応はないかもしれないが、頭の中では必死に考えている。
 後半は、福先生がナビをされ、ぐいぐいひっぱっていかれる感じだった。福先生のようなナビは自分にはできないと思う。しかしそれは、「私にはナビゲーションはできない」ということではない。福先生のナビから学んだことは、作品の細部まで見て、話題にしたかという確認を行うこと、鑑賞者の発言を分かったつもりにならないで、問い返しを行うこと、鑑賞者が作品を主体的にみるための仕掛けとしての発問を考えること、である。以上のことを心がけて、二学期の対話型鑑賞を実践していきたい。
(文責:中嶋 寛子)
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「安部朱美ふたたび」安来市加納美術館での対話型鑑賞会②(2019,8,24開催)

2019-10-05 23:45:46 | 対話型鑑賞
安来市加納美術館 特別展「安部朱美ふたたび」-明日へのまなざし―
鑑賞作品 創作人形「二十四の瞳 出席をとります」 2013年 安部朱美
参加者 一般 5名  みるみる会員 1名   ナビゲーター 房野伸枝

 私は安部朱美さんの創作人形を拝見するのは初めてで、創作人形を対象に鑑賞会を行うのも初めてでした。会場にはたくさんの人形が展示してあり、どの作品も非常に細やかに人物のポーズ、表情、シュチュエーションが表現されて、見ごたえのあるものばかり。「いろり端」「アイスキャンディー屋」「魚屋さん」など、昭和初期の風物も多く、どれもどこか懐かしく、特に70代以上の方にはかつて経験したような、まるで自分も人形たちの中に入り込んでいけるような感覚があったのではないでしょうか。その日の来館者は年配の方が多かったのですが、昔を懐かしんで、「あの頃はこうだった」「懐かしいねぇ」などなど、自然に近くの人と言葉を交わしながら見ておられる方が多かったのがとても印象的でした。これは他の展覧会ではあまり見られない様子です。それだけ、身近で、心に訴える作品だったのだと思います。

 その中で、「二十四の瞳」をテーマにした人形群がありました。<壷井 栄>作の映画化もされた小説を題材にした作品です。物語はこのようなあらすじです。「昭和3年、小豆島の分教場に女学校を卒業したばかりの若い「おなご先生」大石先生が赴任してきた。島民も子どもたちもまだ着物姿の時代、洋服を着て颯爽と自転車で勤務する大石先生。始めは不審を抱いていた保護者も、子どもたちに慕われる先生を受け入れていく。1年生12人の子どもたちと大石先生との温かい交流。けれど、戦争がみんなの生活を引き裂いていく。戦後、大石先生はかつての教え子との同窓会で、その後の子どもたちの苦労、戦死した子どもたちのことを知る。戦争で失明した磯吉が1年生の時の記念写真を指差しながら、あの頃の一人ひとりの位置を示す。脳裏には楽しい思い出の中の子どもたちが映り、みんなは涙をこらえきれなかった・・・。」児童文学でありながら「反戦」というテーマが根底にある奥深い物語です。


 
 展示室には、大石先生と子どもたちの出会いの場面「出席をとります」、子どもたちと遊ぶ「汽車ごっこ」、みんなで歌を歌っている「歌声は浜辺に響いて」、ケガをした先生を見舞おうと8キロの道を歩いて行き、先生の家でうどんをごちそうになった場面の「おいしいうどん」、その時に撮った記念写真の様子「記念写真」がありました。どれも作品中には「戦争」というモチーフは見当たりません。先生と子どもたちとのほのぼのとした、楽しげで温かい場面の作品です。



 その中で私は「出席をとります」を選びました。この作品は、子どもたちの表情、視線、ポーズから、<今、この瞬間に誰の名前を呼ばれたのか?>ということがわかるような表現がされています。言葉で説明されなくても子どもの様子をよく観察すれば、根拠を示して見つけることができそうです。初めて対話型鑑賞に参加される年配の方にも、ナビゲーターの投げかけ次第で、クイズのように探求心をくすぐられるのでは、と感じました。黒板に書かれた「4月5日」「いちねんせい おめでとう」「おおいし ひさこ せんせい」から、入学式の日の教室での場面であること、出席簿には、名前のほか、子どもたちが教えてくれる「あだな」まで書かれていたり、机の中には教科書やお弁当まで入っていたりと、たくさんの発見ができそうです。そして何より、12体の人形は子どもたちの性格をありありと表現していて、他の作品のそれぞれの場面でも、どの子が誰なのか、ちゃんと共通して表現しているのです。鑑賞中、出席をとるために名前を呼ばれた子がわかった後は、そうした一人ひとりの子どもについて、見つけたことから解釈を引き出そうと考えました。

 ただ、始めから最後までナビゲーションで迷ったのは、小説や作家のテーマである「反戦」について、どう引き出そうか、情報をどう与えるべきだろうか、ということでした。「対話型鑑賞」では、見えていることから、それを根拠に対話を進めるというルールがあります。<京都造形芸術大学のACOP>や<みるみるの会>では鑑賞中にある程度情報を加えて、解釈を深めるという手法も取ります。今回の作品では「反戦」はとても大事なテーマです。けれども、目の前の作品そのものからはそれは感じられない…。迷った挙句、「二十四の瞳」の内容を知っている鑑賞者からそう言う話題が提供されれば、取り上げようと考えましたが、この場では出なかったので私も「戦争」については触れることはしませんでした。

 反省会では「反戦」については、鑑賞の最後に伝えることで、この純朴で温かい子どもたちの様子と戦争という悲劇とのギャップをより感じ、戦争と平和について考えることができるのでは、というアドバイスをいただきました。確かにそうです!私のナビはいつもオープンエンド過ぎて、ちょっと物足りなさが残る、というのがいつもの反省点なのですが、今回もそうなってしまいました。
 ナビゲーションの最後に「これは皆さんがお話してくださったように『二十四の瞳』の最初の場面です。12人の子どもたちはお互いによく知っている間柄で、和気あいあいと温かい教室の様子を表現していますが、実は、物語では、のちに戦争で亡くなった子がいたり、大変な苦労をしたり、戦争で失明をしたり、ということが描かれています。そのことを踏まえてこれらの作品をみると、また違った見方ができるのではないでしょうか。」と付け加えることができれば、その後の作品の見方も深まったはずです。加納名誉館長さんが「安部さんの作品は、ただ懐かしいというだけではなく、過去を踏まえて、今を考えてほしいという作家のメッセージが込められているのです。」と教えてくださいました。そうした深い解釈まで引き出せるような鑑賞会にし、鑑賞者の満足につなげていくには、もう一押しの「そこからどう思う?」につなげるスキルを身につけなくてはと感じました。



 さて、これを読んで、画像を見た皆さんは、出席をとる場面で名前を呼ばれたのはどの子だと思いましたか?鑑賞会では、最初、後ろの列で手を挙げている子、という意見が出ました。手を挙げて返事をしているところだと。ナビゲーターが「周りの子の様子もよく見てください」と促し、よくよく見ると・・・。その子は前の子を指差して何か話しています。周りの子の視線も、後ろから2番目の指差されている子に注がれています。指差されている子は、手を腿の上でスリスリ、もじもじ、かかとが上がってつま先立ち、貧乏ゆすりをしているのかもしれません。困ったような顔をして、バツが悪そうに肩をすぼめています。そんな様子から「この男の子は恥ずかしがり屋で、はっきり返答がしにくい内気な子」という意見が出ました。前に座っている女の子も指差されている子に何か話しかけているよう・・・。「早く返事をしたら」と心配しているのかも。そんな周りの子どもたちの様子から、「名前を呼ばれたけれど、恥ずかしくて返事ができず、もじもじしている場面」だということが鑑賞者に共有されました。ナビゲーターが「周りの子どもたちはどんな気持ちだと思いますか?返事ができない子をバカにしているような感じがしますか?」と投げかけると、「みんな、やさしく微笑んでいて、仲良しな感じがする」「返事ができない子の隣の男の子と、その前の赤い着物の子はまっすぐ先生を見て話を聞いている。顔もきりっとして笑ったりしていないので、しっかり者のまじめな子だ」などなど、一人ひとりの性格まで見取ることができました。



 一般的には「人形」には愛玩用、かわいらしい、というイメージもありますが、安部朱美さんのこれらの創作人形はそれぞれに深いテーマを内包しており、見る人に多くのことを語りかけてくる芸術作品だと感じました。一見、微笑ましく思えるこの表情の向こうには、奥深い感情が秘められているように思います。それは、戦争にまつわる複雑な感情ではないでしょうか?
 初めての人形での対話型鑑賞会でしたが、本当にたくさんの発見がありました。参加してくださった皆さま、たくさんの示唆を与えてくださった加納名誉館長様、本当にありがとうございました。

<アンケートより>
〇参加者
50代女性:1名  70代女性:1名  80代 女性:1名、男性:1名 計4名
〇参加について
・参加しようと思って来た 1名     ・会場で知って参加した  3名
〇参加してみて   楽しかった  4名   また参加したい  1名
〇感想
・今の世代に人形を通して心をくみとってほしい。
・夏休みも終わるが、子どもたちに参加させたいです。
・思い出して、「本当だったなあ」と勉強になった。

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「安部朱美ふたたび」 安来市加納美術館での対話型鑑賞会(2019,8,24開催)

2019-09-22 08:48:07 | 対話型鑑賞
特別展 安部朱美ふたたび ~明日へのまなざし~
島根安来市加納美術館 8月24日(土)14:00~

初回の対話型鑑賞会 14:00~
鑑賞作品 或る夏の日
ナビゲーター:春日美由紀



 今回の鑑賞作品は画像からも分かるように、夏の縁側で切ったスイカを食べている人々の群像です。像は淡い色で彩色されているので、手に持ったり、頬ばったりしているスイカの赤く熟した色が際立ちます。私の過去の記憶ともリンクするこの作品を皆さんと共有したいと考えました。
 最初、時間になっても、積極的に参加しようとする方の姿はなく、会場にいた複数のグループに向けて、鑑賞会への参加を呼びかけました。ギャラリー・トークとは違って、参加者が話さないといけないというのは、大人にとってはハードルが高いようです。前回の県立美術館での実践でも感じましたが、大人は人前で「何かを話す」ということへの抵抗感が強いように今回も思いました。
 鑑賞作品をアナウンスし、半ば強引に、「面白くなかったら、途中でやめても構わない」ことや「みて感じたことを、自由に話してくださるだけでよい」ことを伝えたところ、バラバラと10名くらいの方が作品の前に集まってくださいました。
 いつもなら対話型鑑賞のやり方を説明してから始めるのですが、集まってくださった参加者の皆さんを逃したくなかったので、難しい講釈はせずに、「まずはじっくり作品を鑑賞してください。」と声をかけました。「すでにみた方も、もう一度、この作品をよくみてくださいね。」と再度みてもらうように促しました。
 ほどよい時間の経過を見計らって、「みて、感じたことや、思ったことをなんでもいいので、話してください。」と声をかけました。このタイミングで、房野会員が椅子を配り、座るように促してくれたのは助かりました。作品が少し低い位置に展示されているので、立っていると、後ろの方の人には作品がみえづらいからです。皆さんが着席されるのを待って再開しました。



鑑賞会の流れ◆ナビゲーター ●参加者
◆自由に「感じたことや、思ったこと」を話してもらう。※①
●お爺さんに注目して「こんなお爺さんがいた。懐かしい。」
●全体像から「こんな風にスイカを食べたよねえ。今はもう食べられないけど…。」※②
●「スイカの種を飛ばしながら食べた。今はもうそんなことができる場所がない。」
●昔のスイカは種が多くて食べるのが大変だった。現在は品種改良もあって種が少ない。現代の子どもは、スイカの種がうまく吐き出せないよ。
●お爺さんの隣の男性をみて「ご近所さんが野良仕事帰り通りかかった。お爺さんが、スイカ食べていけ。って言って、スイカをごちそうになっているところ。幼馴染じゃないかな。」
●時刻は夕方。昔は、夕ご飯の前に、水分を取って、疲れをいやしてから、夕ご飯を食べた。スイカは水分補給。みんな食べているから、この後、夕ご飯を食べる。
●だから、お爺さんの隣の人も、野良仕事帰り。首にタオルを巻いている。

◆話しやすい雰囲気ができてきたので、表現されている人物の関係を訊ねてみた※③
●家族、でも、近所の子どもや親せきの子もいると思う。お爺さんの隣もご近所さん。

◆詳細に人間関係をみていく流れにならない。概観して終わる感じ。
 そこで、さらに、人物の置かれている位置について考えてもらうことにする。※④
●偉い人が一番前にいて、一番後ろにお嫁さんが控えている。お婆さんも真ん中で控えめ。団扇で、みんなを扇いでいる。お婆さんのスイカはお皿に乗せられている。でも、手を付けていない。後で、足りなかった孫に食べさせるのでは?
●真ん中あたりに板状のものがあり、そこにスイカが並べられているのをみて、「昔はまな板でスイカを切って、お盆なんかに乗せずに、そのまま出した。そのまな板がある。」「まな板は、切った物が滑って落ちないように、縁がついていた。このまな板にもそれがある。」※⑤
●一番奥にお嫁さんがいて、赤ちゃんをみている。
◆赤ちゃんは、男の子?女の子?
●青い掛物を掛けているから、男の子。髪も短い。
◆この家の二人目の男の子ですかね?男の子一人しかいないみたいなんだけど?
●この男の子の持っているスイカが大きい。跡取りだ。昔は、男の子が先に取った。一番いいところを跡取りが取った。そこに違和感もなかった。そんなものだと思っていた。現在とは違って…。

「参加者の皆さんが懐かしさを感じる作品を共にみられてよかったです。私もこの作品と同じような思い出があるので、今日は皆さんと一緒にこの作品を鑑賞することができてよかったです。」と、話して締めくくりました。(対話時間約20分)



振り返り
まず、※①~⑤について
※①発言に対して「どこからそう思ったのか?」と始めから細かく追及すると、発言が消極的になってしまわないか、危惧したため。
※②「食べられない」について、「食べられない」と話した意味について。「できない」と感じたのはなぜか?こんな風に食べられる「庭」や「スペース」がなくなった。とのこと。
※③子どもはどういう関係の集まりなのかを考えてほしいと思ったが、人間関係を詳細にみていこうとするより、自分の思いついたことを話したい空気感が強かった。
※④人物の並び方に注目することで、昭和の家の在り方みたいなものが話題にあがるとよいと考えた。
※⑤縁側に腰掛ける人たちとお婆さんの間に板状のものがあり、何なのか不思議に思っていたが、「まな板」ということが分かった。縁のあるまな板らしい。
房野会員より
※③の投げかけが「秀逸だった。」とのコメントを頂いた。こちらとしては、話題があちこちする中、どうしたら、みんなで「一つのことについて語りあえるか」という悩みながらの投げかけだった。

 今回の作品は、「古き良き昭和」を彷彿とさせる作品だったが、「懐かしい」「こんな時代があったよね」で終わらず、「失ってしまったもの」は元には戻らず、失ってしまった後を、私たちはどう生きていくのかということについても考えていけたらよかったのですが、そこまで深めることができませんでした。話しやすい雰囲気ができてきたころに、ナビが「どこから?」「そこから?」を意識的に問いかけるギア・チェンジが※③のところあたりでできていたら、深まったのではないかと反省するところです。
 半ば強引な誘い掛けに応じていただき、たくさんの発言をしてくださった参加者のみなさまに感謝します。ありがとうございました。
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85回記念東光展 巡回島根展での対話型鑑賞会の様子②をお伝えします(2019.8.3開催)

2019-09-01 16:30:35 | 対話型鑑賞
85回記念東光展 巡回島根展
島根県立美術館 ギャラリー 8月3日(土)14:00~

2回目の対話型鑑賞会 14:30~
鑑賞作品 本田年男:リバイバル(文部科学大臣賞)
ナビゲーター:春日美由紀


 今回の鑑賞作品は画像からも分かるように、映画にまつわるモチーフが描かれた作品で、タイトルも「リバイバル」です。描かれているものは一見分かりやすそうですが、では、作品をどのように読み解いていくのかと考えると、謎な部分もあります。1回目で「対話型鑑賞」とはどのような鑑賞なのかがおおむね分かった鑑賞者の皆さんから、どんな意見が出てくるのか、楽しみに始めました。



対話の流れ
◆背景に3人の人物の頭部と思われるものがみえる。一番向かって右端は男性。
◆右に描かれた文字情報から「チャールズ・ブロンソン」「ヘンリー・フォンダ」「クラウディア・カルディナーレ」から西部劇(映画)にまつわるものが描かれている。
◆真ん中の機械は映写機。周囲に描かれているものから、一瞬に中学生時代にタイムスリップした気持ち。まさにタイトル通り「ノスタルジア」である。
◆文字が多い。大きく背面に描かれた「WEST」や「チャールズ・ブロンソン」「ヘンリー・フォンダ」「クラウディア・カルディナーレ」の名前、また、映写機の脇には映画の撮影に使うカチンコがあり、その中にも多くの文字が描かれている。そして、左下あたりにあるのは映画のパンフレットではないか?また、映写機が載せられている台のようなものにも文字が半分切れているが描かれているように思う。
◆お線香の煙のようなものがみえる。白っぽく、画面を覆っている。暗い部屋に明かりが差し込んで部屋の塵や埃がそのように白っぽくみえているのではないか?だから部屋は暗いと思う。
◆映写機の下部にオレンジ色がある。そこだけが明るい色で目に付く。
◆映写機の右側の後ろにある物は何だろう?カゴのようにも見えるが…。まさか蛸壺ではないだろう。
◆カウボーイが使う馬の鞍か、それに付いているもの。カウボーイは馬に乗るから。
◆カウベル。牛の首から下げる。帯状のものはチロリアンテープ。カウボーイだから、牛(カウ)で、カウボーイ。カウベルを描くことで、カウボーイを暗示している。
◆水か飲み物を入れて携帯できるもの。牛を連れて遠くまで行くので、飲み物は必要だと思うので。

◆映写機があるが、ここは映写室ではないのではないか?古い映画館で、今はこんな映写機ではないから、この映写機はもう使われていないと思う。
◆扱っている映画が古いから、古い映画館だと思う。
◆映写機が載せられている台のようなものも古い。
◆使われている色からも古さを感じる。
◆この台にくっついているこれらの物(丸や三角の形状のものが5つある)が何なのか気になる。コードをつなぐ端子なのか?映写機とつなげるものか?真ん中のものは鍵穴のようにみえる。両端のものが何か分からない。映写機と関わりのある物だろ思う。
◆古い映画館で、この映画を映しているのでは?後ろに描かれているのがその映画。背景の絵はポスターにしては大きすぎるから。
◆この映写機は、とても古くて、博物館入りとか、お蔵入りとかしていて、何かの展示の際に引き出されて、映写機そのものがみている画像が背景に映っているのでは?映画は光を映すものなので、モヤモヤっとした夢の中。それはもしかしたら、かつての映写技師さんの夢なのかもしれない。映画が斜陽になって、映画館がつぶされるときに、おじいさんになった映写技師に夢を託されて、自分が映してきた世界を映し出しているのではないか?



ふりかえり
●知らない者同士の集まりの中で自分の考えたことを発言するのは、大人の方だからこそ勇気がいるのかなと感じました。続けての2回目だったのですが、挙手はパラパラとで、「もっと他に意見はありませんか?」と繰り返し、繰り返しプッシュしました。
●ひとつのものについて皆で話したいとフォーカシングしても、自分が気になることについて話すことが多かったので、話題があちこちしても気にせず、時折、こちらで意見を集約して確認しながら進めていきました。
●誰もが、西部劇、映画、古い、映画館などをみえたものから想像されていたので、さらに詳細にみていきながら、この作品からなにが伝わってくるのかについて考えていきたかったのですが、時間切れになりました。
●最後に発言してくださった方が、この作品にまつわる物語を紡いでくださり、多くの方が共感されていたようなので、そのお話で会を締めくくることにしました。
●1回目のナビゲーターだった金谷会員からは「挑戦的なナビゲートだった。」という感想をもらいました。また、疑問が出ても「考えておいてください。」と疑問をその場で追及してしまわずに取り置きすることや、「どこから?」と確認することについて「軽重」をつけていた。との意見があり、私としては、より多くの鑑賞者に発言の機会を与えたいと考えていたので、細かく突っ込んで確認し過ぎないこと、疑問もその場その場で解決できないものもあるので、取り置きしておいて、結び付けながら考えていけるようになるとよいと考えていたことを伝えました。
●1~2作品と続けて鑑賞会を行いました。1回目に多くの方が参加してくださっていて、2回目には離れていかれるパターンが多いのですが、今回は人数にほぼ変動がなく、事後の感想も感触がよかったので、最初にナビゲーターを務めてくれた金谷会員の進め方が好印象だったので、続けての参加が多かったのだと感謝します。参加してくださった皆様方、ありがとうございました。




対話型鑑賞会参加者の事後アンケートから(回答者7名)
男性(2名)女性(5名)
年齢層 20代(3名)40代(1名)60代(2名)※1名無回答
参加しようと思ってきた(3名)会場で知って参加した(4名)
楽しかった(6名)まあまあ楽しかった(1名)

感想から
◆学生の時以来の対話型鑑賞を体験しました。絵の知識がなくとも美術の世界に楽しく入ることができる鑑賞法だということを改めて感じました。
◆分野は違いますが、書道の授業でもやってみたいと思いました。
◆人によって見方・感じ方が違っていて、見ていて面白かったです。
◆自分とは違う感じ方を聞いて、新しい発見があり、色んな情景が浮かぶような気がして、作品をじっくりみることができて楽しかった。
◆いろんな人の意見もきけて楽しかったです。ありがとうございました。色んな見方と年齢に違いがあるので、見方も変わってくるんだなと思いました。
◆参加者の様々な視点からの意見が聞けてとても面白いです。よい企画だと思います。
◆色々な見方が聞けて楽しかった。作者の思いもあわせて聞いてみたかった。
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85回記念東光展 巡回島根展での対話型鑑賞会の様子をお伝えします(2019,8,3開催)

2019-08-26 11:41:39 | 対話型鑑賞
85回記念東光展 巡回島根展
島根県立美術館 ギャラリー 8月3日(土)14:00~14:30

鑑賞作品 佐藤 哲:JAZZMAN
ナビゲーター:金谷直美


 今回、第1回目の鑑賞作品は、楽器を手にした二人の男性が描かれた作品で、タイトルもずばり「JAZZMAN」です。今にも音楽が聞こえてきそう、けれども何だかちょっと不思議な感じもするこの作品を、鑑賞者のみなさんはどうみて、どんなことを感じられるのか、そんなことをたくさんお話しして頂けるといいなと思いました。
 まずは対話型鑑賞について、みるみるの会の代表の春日会員の説明後、鑑賞会がスタートしました。


<鑑賞会より>
・まるで、作品の中からジャズが聞こえてきそう。静止画なのに、動画のように動きと音が伝わってくる。 
・二人の男性の後ろにポスターが貼ってある。ポスターだけれども、その中のトランペットの人と3人でセッションをしているみたい。
・青い服の人は、ドレッドヘアで、若く見える。後ろのポスターの人は大御所のようで、大御所から若手へ引き継がれる感じ。
・左の人の服の白さとウッドベースの弦の白さから、スカッと上につき上がる感じがする。
・ポスターや床などにピンクや黄色が使われている所から、ジャズはジャズでも、明るい感じのジャズだと思う。
・青い服の男性の目線が気になる。焦点が定まらず考え事をしているみたい。演奏中というよりも、練習中、音合わせかな。
・右隅に、ドラムらしきものが見える。ドラムのメンバーを待っているのかもしれない。
・ポスターが貼ってあったり、赤い椅子も安っぽいし、床もリノリュウムみたいだから、ここはステージではなく、スタジオかも。
・まだ誰も言っていないけれど、この人たちは黒人だと思う。アメリカのジャズの本場を描いたのでは。
・ポスターに7月20日とあり、これも伝えたかったのでは。
・トランペットを吹く人のポスターに3本のラインがある。またベースも白い弦が3本。3人トリオを示しているのでは。
・ベースとギターの弦をのばすと、十字架のようにみえる。これにも何か意味があるのかも。


<ふりかえり>
・対話型鑑賞が初めてという方も多くいらしたのですが、少しずつ手を挙げてお話しをしてくださってうれしかったです。
・鑑賞会の中で、「他の人の意見を聞いていたら、みえ方が変わってきた!」とおっしゃった方がおられました。これぞ、対話型鑑賞の面白みだなあと思いました。
・作品をみて、感じたことや発見したことをどんどん話して頂きたいと思い、「このことで、他に意見や発見はありませんか?」とみなさんに投げかけました。ふり返ってみると、もっと具体的に問いかければ、もっと意見や発見を言いやすかったり、考えるきっかけになったりしたのではないかと思います。例えば「若いって、何歳位ですかね?皆さん、何歳くらいだと思われますか?」とか、「ジャズって、どんな感じの?明るい感じ?落ち着いた感じ?では、それはどこからそう思いました?」など。ナビ(ナビゲーター)としての、言葉のやり取り(問いかけ)のポケットを増やして、鑑賞者のみなさんがもっと話したくなるような鑑賞会にしたいと思いました。
・「JAZZMAN」には、黒人男性が描かれていました。ですが、はっきりと言葉として出てきたのは鑑賞会の終盤でした。ふり返りの中で、春日さんから次のような指摘がありました。「当然そうだと思っていることは、人は触れない(言葉にしない)。見えているけれど、言葉になっていないことを、あえて触れる(言葉にする)ことができるようにするのも、ナビの役目」とのこと。ふり返ると、ドレッドヘアが話題にあがったときや、白い服の話が出たときなど、ナビが人種について問いかけるチャンスはありました。そこから、ここはどの国だろうか?とか、(作者は)なぜ彼らを描いたのだろう?とか考えることもできたと思います。また、鑑賞者のみなさんに「そんな当たり前と思っていたことを、言ってもいいんだ」と思ってもらえれば、より発言がしやすい鑑賞会になったかもしれません。ふり返りを通して、鑑賞会を豊かに楽しくするナビのポケットが一つ増えたように思いました。


 実をいうと、私は県立美術館で、本物の作品の前でナビをするのは初めてでした。ですので、楽しくナビをしよう!と思いながらも、どこか緊張していて「話してもらえなかったら、どうしよう」とか、いくぶん妙な感じになっておりましたが、鑑賞者のみなさんが話してくださり、この「JAZZMAN」という素敵な作品を、一緒に鑑賞することができてよかったです(対話型鑑賞は、話さないと始まりませんので)。
 また、このような貴重な機会をいただいたことにも、感謝しております。関係のみなさま方、参加してくださったみなさま、ありがとうございました。
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