ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

安来市加納美術館 対話型鑑賞会 午後の部レポート

2022-05-21 13:43:28 | 対話型鑑賞

島根県安来市加納美術館 対話型鑑賞会 2022.5.7.Sat 13:30~

参加者:みるみるメンバー:佐川さん、正田さん、嶽野さん、津室さん

一般参加者:2名 安来市加納美術館館長:千葉さん 合計 7名

ファシリテーター:春日美由紀

 

安来市加納美術館から依頼を受けて、対話型鑑賞会を対面で久々に開催しました。

11時からの会は津室さんが担当し、13時半からの会は春日が担当しました。

みるみるメンバーがGW中にもかかわらず午前も午後も参加してくれました。

会場におられた一般の来場者の方(2名)にも声をかけて参加していただきました。

 

1作品目「42匹の鮎」

鑑賞の流れ K)は鑑賞者 F)はファシリテーター ※はファシリテーターの気づきなど

F)じっくりみていただいたようなので、いかがですか?

※一般の参加者を指名する。みるみるメンバーが先に発言してしまって、一般の方が気後れしないように。

K)墨の濃淡で泳いでいる勢いを感じます。

F)生命感ですかね。

  ※ちなみに何にみえていますか?

K)魚です。

  ※魚であると確認する。自明の理かもしれないが、話題にされていないため。

F)ほかに?

  ※もう一人の方を当てる。

K)同じです。

F)同じを、言ってもらってよいですか?

  ※「同じです」と言って、話してもらうと「同じ」ことはないので、敢えて、話していただく。

K)色んな向きの魚がいて、上からみているもの、横向きのもの、その姿は、じっくり観察して描いたようで、あたかもそこにいるかのように感じる。すごい描写力。

F)あたかもそこにあるかのよう・・・。描き方に注目してみてくれている。

F)ほかに?

K)餌もどき(小石)を投げ入れて、魚が集まってくるのを楽しんだことがある。その時みたい。こんなに魚が集まってくるって、餌があるからじゃないかと思う。私は小石を投げて遊んだけど・・・。

F)この真ん中への魚の集まり方に注目して、餌に集まってきているのでは?と考えてくれました。

F)ほかに?

K)群れの中に、ちょっと異質な魚が3匹いる。群れの動きに逆らうような向きに泳いでいる。それが何でなのかな?と、思っている。

F)何でだと思いますか?

K)全部が同じ方向を向いていると面白くないから、画家が意図的に向きの違う魚を描いた、のか、魚の中に群れるのが嫌なのがいたのか?どっちなのか?

F)これは、どっちかによって、かなり作品の見え方が違ってくる気がしますけど、みなさんどうですか?

  ※全体に問いを広げることで、問いを共有し、考えるきっかけになると考えたため。

K)鮎は友釣りって言うのがあって、縄張り意識が強いから、敵が入ってきたと思わせて襲い掛かってくるのを引っかけて釣るのだけど、だとしたら、縄張りから追い出されたとも考えられる。特に左の一匹は中心から外に向かっているので、攻撃されて逃げているのでは?

F)なるほど、キャプションにも鮎って書かれていますから、皆さん、鮎だと思ってみてらっしゃると思うのですが、鮎の習性で、争いに負けた鮎が逃げ出している、しっぽを巻いて逃げているみたいな?という意見も出ました。

  ※キャプションを使って「情報」を共有する。描かれている魚は「鮎」であること。

F)そもそも群れない魚なのに、集まっている理由って無いですかね?どなたか魚の習性に詳しい方いらっしゃいませんか?

 ※産卵のための生殖活動とか出るかな?と期待する。そうなると、また、作品の見え方が変わってくると期待。

K)平和を希求した莞蕾さんが、魚の姿に人の姿をなぞらえているのでは?脚色もあるのではないか?

F)平和を求めて集まってくる同士を魚になぞらえて例えたって、ことですかね?この絵は一瞬を写真のようにパシャリと写したものを再現したのではなく、じっくり観察してみえてきたものを描いた、リアルより、リアリティーがある、より本物らしい、さっき、どなたかが仰った、「あたかも~~かのような」そういう見え方をするような描き方、それが、莞蕾さんの生き方を映し出しているようだ、ということですね。

 ※パラフレーズ兼サマライズで、発展的解釈を促す。

F)それを聴いて、いかがですか?

K)42っていうのが気になっている

F)キャプションを読むと、近隣のお宅が42件あるってことで、ご近所さんってことで莞蕾さんは、42匹描いたって、そこには書いてありますね。でも、だとしても、42件の在り様って写真に撮れるわけじゃないから、莞蕾さんのふだんの観察によって、鮎の姿を借りて表現されているともとれるかな?

 ※タイトルに続いてキャプションの情報をかいつまんで伝えて共有する。

K)そしたら、やっぱり、これはこの人っぽい、とか、そんな全部じゃなくても、あるのかな?と思う。

F)だとしたら?そう思ってみてみると?

 ※あとで出てくる「追い質問」

K)そう思って見ると、やっぱり、何かやろうとすると「よし、よし、よし」という人や「何?何?」とか、「いや、うちは無理・・・。」みたいな、うちの夫の田舎でも何かやろうって言うと、みんなでやるって感じだけど、そこでも緩やかな結合みたいな、それぞれの立ち位置で参加するみたいな・・・。

F)という、お話が出ていますが、それを聞かれて、どうですか?

K)人とか何かを鮎に見立てているのかな?とは思う。餌が中心にあるなら、もっと最短で近づくと思うけど、そうではなく、緩やかに集まっているので、人間的なものを表現しているのかな?と思う。

F)魚が群れているってみてきたけど、鮎が鮎じゃなくて、人だったりとか、ご近所さんの家庭だったりとか、と被せてみているのかな?って思うのだけど、それって、緩やかな結合、でも、適度な距離を保ちつつ、「やりましょう」って言ったときに集まる、集まり方もそれぞれ、ポジションがある、みたいなのを鮎の姿を借りて見せてくれているんじゃないのかな?っていう、お話をしてくださっているのではないかと思うのですが・・・。

F)いかがですか?

 ※ずっと発言のなかった参加者に発言を促す。終了時間までに全員に作品解釈について話してほしいため。

K)隣に飾ってある「愛」の字に鮎の集まりがみえてきて・・・。

F)ほうほう、なるほど、どのあたりですか?

K)この辺りが、※と、ポインティングしながら鮎のどのあたりが「愛」の字にみえるのかを説明してくださる。

F)作品の並べ方の妙ですね。これが「愛」が「鮎」にみえてくる。

F)ここに愛がある。どんな愛なんですか?

K)鮎の集まりの中にも人類の愛、平和があるって、なんか、突拍子もないことを言ってしまいました。

F)いや、いや、いや、普遍的なものって身近なところにもあるって言うか、身近なものがだんだん大きくなっていくって言うか、この身近な地で平和を希求した莞蕾さんの生きざまみたいなものもお話してくださっているのかな?って思います。神は細部に宿るといいますが、細部に宿ったものが大きな愛になっていくっていうことにつながるのかなあ、って、なんかすごい壮大な話になって、「鮎」ってどっか「愛」って言葉も似てますし、「ひゃー、がんばって泳いでくれたまえ」って、ちょっと声をかけたくなるようだな、ってみなさんと、みてこられたのかな?って思います。ありがとうございました。

 

2作品目「もくれん」を鑑賞しましたが、みるみるメンバーのみでしたので、レポートは省略します。

 

遠方から鑑賞会に参加してくれたので、帰りの時間もあり、十分な振り返りの時間が取れませんでした。

そのため、全体での「振り返り」とはせず、話題になったことを記載します。

 

・初参加の方、言いたそうだった。

・初参加の方で、後で指名されて話した人の方が、よく話していた。

・「ということは?」と追加して質問された。「追い質問」はドキッとする。でも、答えられたら満足感につながる。

・「追い質問」をタイミングよく使うと、もっと考えるきっかけになる。

 

ファシリテーター自身の振り返り(つれづれなるままに・・・。)

  最初はチラシにも採用されている牡丹の作品を鑑賞しようと考えていたのですが、一般の方に参加の声掛けをしたら、「2階をみてから参加する」と返答されたので、これは、チャンスを逃してはいけないと思い、2階にある作品から鑑賞することに急遽変更しました。2階に上がり、一般の方を誘いました。午前中に津室さんが「松」が描かれた大作で鑑賞していたので、何にするか悩みました。2作品目が「花」なので、「花」つながりもよいが、構図的に「鮎」に心惹かれていたので、軸の「鮎」にするか額の「鮎」にするか一瞬迷いましたが、額の方が作品が大きいので、そちらにしました。

  鮎は鮎でしかないのですが、その鮎を皆さんがどうみるのか興味がありました。最初は描かれ方からの「生命感」や「描写力」のすばらしさが話題になり、その中で向きの異なる異質な鮎の存在を発見し、それが画家の意図なのか鮎自身の意思なのか?という問いに、鮎の持つ「縄張り意識」の発言から、一気に鮎の習性に人間社会の縮図を重ねるような見方に展開していきました。

  そのことが、莞蕾さんの平和運動ともリンクし、何かを成すときの人の在り様、積極的な人、何となく流れで参加する人、無理だと思って引く人、そのような姿を鮎の群れに重ねていくことで、深い解釈につながっていったように思います。

  特に最後に隣の「愛」の書と関連付けた見方は秀逸で、美術館の展示の妙でもありますが、「鮎」に「愛」を重ね、莞蕾さんの「平和希求」にもつながったと感じました。

  流れの中で必死に泳ぐ「鮎」の姿を思わず「がんばれ!」と応援したくなるような、そんな鑑賞が皆さんと一緒だからできたと思いました。

  墨画の鑑賞に初挑戦でしたが、どんなジャンルの作品でも対話できる手ごたえを感じました。

  そして、やっぱり、対面はいいですね。「あ」「うん」の呼吸で鑑賞できる!!

 

  お声をかけてくださった安来市加納美術館に感謝します。

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安来市加納美術館で久々に対面での鑑賞会を開催しました。

2022-05-16 09:59:46 | 対話型鑑賞

GWもクライマックスの5月7日(土)に安来市加納美術館で久々に対面での対話型鑑賞会を開催しました。

午前の部と午後の部の2部構成で行いました。

今回は、午前の部担当の津室さんからのレポートです。

 

島根県安来市加納美術館 対話型鑑賞会 2022.5.7.Sat 11:00~

参加者:みるみるメンバー:春日さん,佐川さん,正田さん,嶽野さん

一般参加者:2名 安来市加納美術館館長:千葉さん 合計 7名

ファシリテーター:津室和彦

鑑賞作品:「かくれんぼと魚」 油彩  1934 安来市加納美術館蔵    

         「屏風 松濤」    墨彩画 1972 個人蔵

 

みるみるメンバーに加え,会場におられた一般の来場者の方(2名)にも声をかけて参加していただきました。

  久しぶりの美術館での鑑賞会だったので,オンラインではなくリアルだからこそ再認識した自分に足りなかったファシリテーションの心がけを中心に振り返りを先に述べ,その後1つめの鑑賞の概要を述べます。

 

1 ゲストファーストの姿勢の大切さ

①鑑賞に参加してよかったと思ってもらえるように

勇気を出して,初めてのこのような鑑賞の場に参加された方が,参加して良かった・楽しかったというお気持ちで帰られるように心がけたいと思います。  

そのため,最初の発言は挙手ではなく,敢えて初参加の方を指名して話してもらうことが有効だと学びました。実際は,私が挙手を求めたため,鑑賞会慣れしたみるみるの会のメンバーが先に発言し,その後一般参加の方の発言したいようなそぶりをみとって,ファシリテーターがふっていくという流れとなりました。

初めて参加される方は,自分の発言が起点となってその後の対話が積み重ねられていくと,自分の見方や考え方が認められ,一緒にみたメンバーのひとりとして他の人の鑑賞に貢献できたという達成感を得られるのではないかと考えるからです。参加して下さった時点で,他者と話し合いながら鑑賞することにある程度の構えをもって臨んでいると考えると,その姿勢を信じて「しっかりみられていましたが,何か気づきはありますか。」「第一印象は,いかがですか。」と積極的に発言を求めるような配慮があったらよかったと思いました。

②ゲストや鑑賞者の表情をみとる

  初参加の方,特に一般来館者の方に入ってもらうとき,鑑賞者の表情がよく見える位置にファシリテーターが立たなければいけませんでした。発言したい様子や考えている様子,人の発言に反応している様子など,さまざまな鑑賞者のありようをみとるためです。

  初見の1分間少々の間も,対話がつづいている間も,鑑賞者の表情に常に気を配り,機と気を捉えて発言を促すことが肝要だと強く感じました。この点は,リモートに慣れると,画面上の挙手に従って指名する癖がついてしまい,ライブでの感覚が鈍くなってしまっているのではないかと少し恐ろしくも感じました。このような今日的な留意点も,新たに生じてきたので,より慎重に鑑賞者をみる姿勢が大切だと思いました。もちろん,ゲストの方が,楽しそうに身振り手振りで語ってくださったときは,ファシリテーターとして,とても嬉しくやりがいを感じることができました。

 

2 場に応じて活かしてこその「情報」

①まずは作品そのものをみる

  美術館等普通の鑑賞の場では,題名やキャプションが掲示してあります。音声解説を聴いている来館者もいます。わざわざその展覧会に足を運ぶ来館者は,作家や展覧会について,あらかじめ何らか興味を持っている人が一般的です。そのような会場で鑑賞する場合のファシリテーターとしての構えについて考える良い機会となりました。

  私は,今まで,どちらかというとVTS的に作品そのものを素直な目でみて,話し合うことにウェイトを置いていたかもしれません。あくまでも,その場で一緒にみた人々で,その作品の意味や価値を語り合うのが重要だと考えていたのです。

情報が既に掲示されてはいますが,まずは「この作品」という極力先入観をもたれないよう配慮した入りで,鑑賞をスタートしました。 

②タイトルやキャプションなどの情報について鑑賞者が触れたら

  対話の過程でタイトルやキャプション,さらには既知の作家や作品の情報について触れる発言があったら,「なるほど,そう書いてありますね。」「そうなんですね。」と発言を認めることが第一だと思います。来館者にとって,展覧会等の掲示物は,いわば正解のようなものだったり,頼りになるオーソリティの言葉であったりするからです。(タイトルをつけた主体者や研究もその時点でのものであるなどの問題は置いておくとしても)また,高名な作品や作家の場合,「知っている」人も多いからです。現に掲示してあるものや知っていることを,無いことにして扱うのは,心情的にも不自然だと思うからです。

③情報を得て,改めてみんなで作品をみる

  従って,鑑賞の流れの中で鑑賞者がこのような情報に触れてきた場合,それを認めた上で,「今までみなさんで話し合ってきたことと,そのこと(情報)をあわせると,さらにどんなことが考えられますか。」「そこから,どう思いますか。」「このタイトルは,みなさんにとってしっくりきていますか。」などというふうに,その先に発展する可能性があると思えるようになりました。もしかしたら,新たな見方が始まるチャンスなのかもしれません。

  情報は,ファシリテーターが,ここぞというタイミングで意図的に示すことも考えられます。例えば,3で報告しています「かくれんぼと魚」では,鑑賞者の発言からは「かくれんぼ」というワードは出てきませんでした。「楽しそうではない。」という発言や「暗い感じ」などが続いたときに,「題名はかくれんぼですが,かくれんぼのような楽しい感じはしないのですね。」とゆさぶることもできたかもしれません。そうすることで,もう一度人物や周囲をしっかりみることにつながったのではないかと思うのです。そして,幼くて人見知りな子どもならではの不安が表れているとみてとったならば,その幼さ自体を愛おしく思う作者の心情も想像できたかもしれません。鑑賞者の中に「なんで?」と疑問や葛藤が起こっているような状態のときこそ,ファシリテーターの出る場だったのだなと思います。実は私自身,鑑賞会が始まる前にひとりで作品をみたとき,かくれんぼしているにしては少し不穏な作品だなと感じていたのです。そういう自身の感覚も皆さんの発言の流れとともに俯瞰的にみて,機を捉えられればよかったのにと反省するばかりです。

情報も含め社会的・知的な内容はもちろん,最終的には本来個人的な,感覚や感情まで同じ場にいる鑑賞者で共有できたらすばらしいと思います。そのために,ファシリテーターが対話の流れを慎重に読み,鑑賞者の表情をみとり,臨機応変に情報を活かすことが大切なのだと改めて実感できた機会でした。このあたりは,同日午後に行われた春日さんの実践で具現化されていたように思います。春日さんのファシリテーション記録をご覧ください。

 

3 「かくれんぼと魚」 鑑賞のおおまかな流れ

○魚や野菜がたくさんある

・一家族で使うには多いネギがあることから,慶事などの集まりごとのための食材ではないか

 ・漁村や農村では,豊漁やたくさん収穫したとき,お裾分けをする慣習もある そういう古き良き場面か

○女の子らしき人物がこちらを見ている

   ・あまり楽しそうな表情ではない 目尻や口角は下がっている

  ・壁かふすまかなにかの陰からおそるおそる覗いている

  ・来客が大勢いたり,宴の準備に大わらわだったりする大人達の様子を見て,人見知りの幼い女の子は,出て来られずにいるのではないか

○周りや奥が暗い⇔魚やネギにはスポットが当たったよう

   ・この時代の台所は家の北側の方にあり,明かり少ない 煙出しからのわずかな明かりか,もしくは照明器具があっても,せいぜい裸電球 

○足下は土間(煮炊きを行う「くど」)ではないか

   ・アンバーであることから,土間

   ・くどが,たたきのように土間になっているのは,作品の当時の家では普通のことではないか

  ○薄暗いくどのような場所で自然の恵みのような豊かな食材にスポットが当たっている一方,人見知りしているのか不安なのか,物陰からそっと覗くような女の子に対する作者の気持ちも感じられる作品ではないか

 

  リアルで,しかも一般の来館者の方も含めての鑑賞会は,とても楽しくかつ勉強になりました。マスク着用で少しの伝え合いにくさは感じるものの,あの場の肌で感じる空気感は,やっぱりいいものです。

貴重な場を提供していただきました安来市加納美術館,参加してくださったみなさんに感謝したいと思います。

 

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腕試し鑑賞会 2人目のレポートです!!

2022-04-17 11:12:58 | 対話型鑑賞

京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センターが主催する2021年度大学生と学ぶ対話型鑑賞ファシリテーション講座の受講生のお二人目が、みるみるの会で腕試しファシリテーションされたレポートが届きました。

ご覧ください。※作品画像は検索してください。

 

21年度ファシリテーション講座生〔吉澤〕みるみるの会での腕試しレポート

令和4年3月12日20時スタート

ファシリテーター:吉澤 鑑賞者:みるみるの会 5名 21年度講座生 2名

鑑賞作品名 『 枝 』 作家名 マルク・シャガール 制作年 1956年

 

描かれているモチーフ

浮かぶように伸び、寄り添う二人の人物(花嫁・花婿) ・ 花瓶に生けた花束 ・ 赤白黄色の円の中に描かれた動物と人のような存在 ・ 枝についた花々 ・ 鳥たち(3羽) ・ パリと思はれる街の風景 ・ 背景の青い色彩 ・ 背景色に同化した女性の横顔と花束を持って体をそらした人物 

 

□鑑賞者  〇ファシリテーター

【鑑賞の流れ】

 

□ X形の構図 と 細長く傾く二人の人物の描写

□ 着ているものの様相から結婚式の場面

□ 二人の人物の印象 (暗い)

□ 背景色に同化した女性の横顔(はにかむ)花束を持って体をそらした人物(喜び)

  ―2人の人との関係性(心情)

□ 結婚式の場面 花瓶の花束や枝からの花々から喜ばしい印象

□ 花瓶に生けた花束 (現実感)

□ 花瓶に生けた花束と枝についた花々の対比 (萎れていくものと鮮やかなもの)

〇 花・背景・人物 どこからどう見えているのか 〔ディスクリプションを深める〕

□ 街の風景の橋を通して2人の背景とのつながり

□ 赤白黄色の円(太陽のような明るい存在)背景にある月(夜)― 時の対比と共存

□ 赤白黄色の円の中に描かれた動物と人のような存在―目玉焼き―卵―鳥との関係性

□ 二人の人物と共に鳥が対―卵―新しい命―三羽目の小さい鳥―よい兆しと円の中に

↓ 描かれた動物―未来への安定、一方で二人の視線が見つめあってはいない不思議さ

〇 街の風景と二人の関係性は、どうですか

□ 二人の人物の目線や子供を予見させるような鳥や象徴的な円の存在から未来への喜び、

↓ 不安、現実と向き合う覚悟これらをふまえての意見

□ 背景の暗さからの花々の明るさなのか、花々の明るさからの背景の暗さなのか、どち

  らで考えていいのか悩む

□ 結婚の理想と現実を象徴する背景

 

□ 二人の若さと厳しい現実と夢の世界

 

【 振り返り アドバイス 】

◎ 鑑賞に向く作品であった、意見で見え方が変わる

◎ 第一印象から「気になるところは」ときかれるとビックリするので広くきくと良い。

  パラフレーズの一部が良かった。

◎ パラフレーズはしっかりしているとも受け取れるけども、太陽に「熱」を感じていた

  のに「力強い」に変わり、「山羊」を「獣」に変わるとニュアンスがズレてファシリ

  テーターの誘導につながる。

◎ パリの地名を「都」に変換して違和感があるので、聞いた意味はあるのか? 

返答〇 花の都を「花」としてつながりやすいと考え言い換えた。

◎ 最初の段階で「この部分に対して他の方はいかがですか?」は見るところが狭くなる

  ので、より皆さんの今見ているところを聞き出していったほうがスムーズに進められ

  る。

◎ サマライズを後半の時間配分の中でもう少し早くに入れられると、今までの意見をま

  とめやすい。

◎ 鑑賞者の発言していたところから急に別の部分のモチーフに対しての見え方を問われ 

  ると困る。

 

【 春日から 】

◎ ファシリテーターが話続けていると、沈黙の時間が無い。それは鑑賞者が静かに黙

  って考える時間を担保していないということである。ファシリテーターは沈黙を恐

  れないこと。 

◎ 鑑賞者の発言にフラットであることは重要であるが、ファシリテーターも鑑賞者な

  ので、鑑賞者の意見についての「驚き」や「感嘆」の反応はストレートに出てもよ

  いのではないか?その方が、鑑賞者がノッて話せるようになるのではないか。

◎ ファシリテーターのパラフレーズは鑑賞者の発言の中でどの部分が必要かを取捨選

  択することで、鑑賞者がじっくりと考え、話せる時間が確保できるようになる。

     

【 ファシリテーターの振り返り 】

外部の方と初めてのファシリテーターをしてみてやはり緊張していて鑑賞者の話が聞き

取れていないことがあった。「聴く」ことの意味を再度考えてみるべきだと思う。このことを含めて、再度、ファシリテーターにチャレンジしたい。

 

****************************************

 

21年度ファシリテーション講座生(吉澤)みるみるの会腕試しレポート 2回目

令和4年3月19日20時スタート

ファシリテーター:吉澤 鑑賞者:みるみるの会:6名 21年度受講生:2名

鑑賞作品名 『 枝 』 作家名 マルク・シャガール 制作年 1956年

 

描かれているモチーフ

上記同上

 

□鑑賞者 〇ファシリテーター

【鑑賞の流れ】

 

□ 2人の人物のウエディングドレスと赤いジャケット衣装と長く伸びて傾き浮かんで

↓ いる(不思議さ)

□ 右下の花瓶の花束 特にカスミソウと思われる花の白さが印象的

□ 花瓶の花束と枝からの花々との赤色のつながり 白いカスミソウは対角線で左上の

↓ 円の中の白色とのつながり(色彩の関係性)

 

□ 新郎のジャケット衣装の違和感から考えられる解釈(ダンスの場面)

□〇 新郎新婦の表情や目線が周りの花々と比較(幸福感が無い)

↓ 

□ 背景の色彩の青色と月の印象(夜)(悲しみを湛えている)パリの街の風景と二人

↓ の関係性背景の青色と比較して赤白黄色の円 (二人の未来への希望の象徴)

□〇 二人の目線と背景の青色と花瓶の花束の萎れた花色との関係性(過去)

□ 背景の青色の濃淡(暗さ)それに同化した女性の横顔と反った姿の人物 これらの

↓ 構図と存在(不思議さ)

〇 二人の人物との関係性は?□ まだそこまでは考えていません

□ 男性のズボン柄(道化師)と背景の反った人物・女性の横顔とウエディングドレス

↓ の女性人物の関係性(対照的な位置)(未来と過去)

□ 二人の人物から左側枝からの花々(未来)右側花瓶の花束萎れた花がある(過去)

↓ 背景のパリの街の風景と女性との関係性・花瓶の花束と男性との関係性

□ 花瓶の花束(色彩)からの男性女性の関係性と赤白黄色の円が左側の未来に位置し

↓ ている事と色彩の繋がり

□ 過去にとらわれている男性と未来へ連れ出そうする女性 

〇 背景の鳥たちのディスクリプション

□ 鳥たちと二人の関係性が(祝福されているような明るい未来)

〇 赤白黄色の円の中に描かれたもののディスクリプション 

□ 円の中の黄色が花瓶の花束の中に描かれた小さい黄色とのつながり

↓ 太陽や目玉焼きのようにも感じられて、中に描かれた人物や動物から二人の子供を感じる

□ 赤白黄色の円から玉子―生命―子供―誕生―生活と明るい未来を連想する

〇 今での意見をまとめて鑑賞会を終える

 

【 振り返り アドバイス 】

◎ 丁寧に聞いてくれている、色彩についてのフレーミングが良かった。

◎ 意見を引き出されていたので鑑賞を楽しめた。

◎ 新郎新婦の見え方が今までと違ってきて、踊りや未来や過去といった皆さん意見が

  楽しめた。

◎ ファシリテーターが鑑賞者の意見で出ていないところをコネクトしていた。(月→

  夜→過去)

◎ 青い鳥として見えていない人もいる、つまり一部の意見で見えているものを断定し

  ない方がよい。

◎ 最後に鑑賞者に画面全体を通しての意見を引き出せたら、ファシリテーターがまと

  めに入りやすい。

◎ 人物から背景に話の促しがあった際に、左側が未来・右側が過去という話題になっ

  ていたのに補足がないまま背景全体としての見え方の話題にしたので、つなげ方と

  して強引さを感じた。

 

【 春日から 】

◎ 2週続けてファシリテーションすることで、変化(成長)が感じられた。

◎ フォーカシングが無かったので、作品をどのようにみてきたかの意見が痕跡とし

  て残っていないから、まとめに困るのだと思う。

◎ 丁寧に拾うのは悪いことではないが、くどすぎるので、今まで出ていないトピック

  のみを拾って繋げる。無駄な時間が省ける。

◎ ある解釈について、他の鑑賞者に「ほかの方はどうですか?」と問うのは多様な見

  方を担保するのに有効な手段ではあるが、すべてのものに対してやることはどうな

  のか?を考えながらやる。コンセプトを意識する。

◎ 上記と逆。ひとつのものに対して、一つの解釈で「よし」としないこと。あえて異

  なる見方を出させることで、見え方や解釈が拡がることを意識しておく。

◎ 場数を踏むと、場に慣れ、無駄な緊張が無くなるので、このような体験は積極的に

  行うとよい。

  

【 ファシリテーターの振り返り 】

2回ファシリテーターとして実施し、皆さんの意見を必死に聴こうとしていたが文脈をしっかりと把握できていなかった。ただそこからもう一つ大切な要素について気づきを得ることができた。それは、鑑賞者の意見を自分も含めて他の鑑賞者も聞き取れているか、この視点を持つことがよりききとる事につながるのではないかということだ。より鑑賞者目線になってファシリテーションをしていくことが大切ではないかと授業で学んだことを再度気づかせてもらえる機会になった。

いつも練習会を開いているメンバーとは違うことで、鑑賞の見え方の違いや意見の文脈の違いから、今までにない解釈やそこから生まれる繋がりや結びつきがあったことで、当初考えていたコンセプトがより作品を考えうる意味に近づけることができたように思えた。

 

皆様との対話型鑑賞をさせていただく貴重な機会を、ありがとうございました。

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京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センター主催の対話型鑑賞ファシリテーション講座の受講者が「腕試し鑑賞会」でファシリテーターを務めたレポートです!!

2022-04-09 12:52:06 | 対話型鑑賞

京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センターではオンラインで対話型鑑賞のファシリテーション講座を一昨年前から開催し、多くの方々に受講いただいています。昨年度からはFBグループフォーラムを立ち上げ、受講者と参加学生との交流や、また、受講者同士で鑑賞者としてファシリテーターとしてのブラッシュアップに努めていただけるようzoomでオンライン練習会を開催しています。

その受講者のファシリテーションの腕試しの場として、みるみるの会での鑑賞会を企画しました。

鑑賞会は3月12日(土)と19日(土)の2回行いました。ファシリテーターは1回目が吉澤さん、佐藤さん、2回目が吉澤さん、貞岡さんでした。

1回目の佐藤さんからレポートが届いていますので、ご紹介します。

みるみるの会 3月例会(オンライン開催) レポート

佐藤芳哉

日時:2022年3月12日(土)

21:15~22:00 実践

作品:《ビキニの3つのスフィンクス》1947年、諸橋近代美術館蔵

作者:サルバドール・ダリ(1904-1989, スペイン)

作品画像URL:https://www.salvador-dali.org/en/artwork/catalogue-raisonne-paintings/obra/629/the-three-sphinxes-of-bikini?paraulaClau=Bikini

 

ファシリテーター:佐藤 ホスト・講師・進行:春日さん

参加者:上記2名の他5名 計7名 (みるみる会員3名,ACOP2021受講生2名)

 

作品選定の理由

原爆をテーマとした作品で、「戦争」や「放射能」というメタなテーマを語り得る作品と思い、3.11の翌日という日程や「ウクライナ報道」が話題になっている時事的な性格からこの作品を選定し、メタな領域での社会問題を語れるかチャレンジしようと思った。

 

  1. 鑑賞の流れ

 

録音データ:https://morohashi.box.com/s/c6ocmlm451p85katytn1shtu8hn23al7

 

フ・・・ファシリテーター

ア〜カ・・・鑑賞者の意見(6名)

自・・・鑑賞者自身

他・・・他の鑑賞者

※適宜、リンキングしながらのパラフレーズはしているが、その部分は割愛

 

①〈まずは鑑賞者4名から第一印象などを聞く〉

【鑑賞者から出た要素(発言順)】

ア)手前に巨大な首だけの後頭部。

ア)首の付け根には赤い血溜まり。

 ↘︎フ)プッシュ・・・地面の下は?

  ↘︎自)・・・地面に首から下が埋まっているよう。

イ)遠くにも巨大な後頭部。

イ)遠くの後頭部を境に左に穏やかな山々。

イ)遠くの後頭部を境に右に険しい山々。

ウ)後頭部のように見える穴の空いた1本の木。

エ)手前と奥の後頭部はモクモクとした雲のよう。

 ↘︎自)解釈・・・おどろおどろしい感じの雲。

エ)前後の後頭部と対比的な木。2本の木が合体しているようにも見える。

エ)不穏な空。

 ↘︎自)解釈・・・雲と空から不吉な感じ。

  ↘︎フ)プッシュ・・・どこから不吉さ?

   ↘︎自)・・・キノコ雲のような人工的な感じと地震前のような不気味な色味の空。

 

②〈後頭部のように見えているのかの確認と留保、後頭部に見えている部分へのフォーカス〉

【鑑賞者からの意見(発言順)】

ウ)原爆のキノコ雲のよう。

 ↘︎自:理由・・・人為的な雲の印象と首のような立ち上がり方から。

ウ)2つになっている木は、長崎にある被曝した木ともよく似ている。

 ↘︎フ)プッシュ・・・どんな木?

  ↘︎自)・・・長崎の神社にある原爆の影響で幹が二つに裂かれた楠の木。

イ)木の間が抜けていることから空虚さや命の危険さを感じる。

イ)人の頭もキノコ雲だと思うと、怖いなと感じる。

 ↘︎自)メタ化・・・ちょうどプーチン大統領が核兵器の使用を(ウクライナ問題で)チラつかせている。恐ろしい核兵器を使うのは人間だなと。

イ)後頭部の表情も気になる。

 ↘︎自)解釈・・・向こうを見ていて表情は見えないが兵器のことを考えるといい顔はしていない  

と連想できる。そういうところからも不穏さや不気味さを感じる。

エ)荒涼とした大地、こういうところで核実験をしていたのかなと思う。

 ↘︎自)理由・・・アメリカでのアリゾナや海での水爆実験ともリンクする。

エ)原爆、水爆実験は放射能が出て自然界にダメージはあるから、木が描かれているのではないか。

エ)後頭部は少し俯き加減だから、悔いているようにも思える。

エ)頭に(キノコ雲を)抱えているようにも見えるし、脳みそにも見えなくもない。

 ↘︎自)解釈・・・核兵器を作り出したのも、使うと決めたのも、そしてそれを後悔するのも人。そういったいろんな意味で、顔をみせないで、観る人に考えさせようとしているのではないか。

 

 

③〈キノコ雲の話が続いたので、みんながキノコ雲に見えているかの確認と留保〉

【鑑賞者からの意見(発言順)】

ア)キノコ雲にも見えるが、部分だけで見ると頭の部分や木の部分など、違和感を感じないほどリアルに描かれている。それを俯瞰して見た時に不吉さや有り得なさを感じる。

 ↘︎自)解釈・・・「木を見て森を見ず」ではないが、部分的にだけ見ていると本当のことを見失ってしまうというような警鐘を鳴らしているように感じる。

  ↘︎フ)プッシュ・・・部分と全体、作品の見方そのものにもメッセージがある?

   ↘︎自)メタ化・・・ウクライナ問題にしても、ウクライナの言い分もロシアの言い分もそれぞれは理解できるけど、全体を俯瞰するととんでもないことが起きている。そういった事象は色々なとこにあるのでは。

オ)木は真ん中がないから皮膚のようにも見えてきた。真ん中がないから骨抜きみたい。

オ)手前の頭は煙が上がっているように見えて、空の色味と地面の色味が似ている。

オ)原爆によって巻き上げられた大地の結果がこの首になっているのではないか。

 ↘︎自)解釈・・・要するにこの首が犠牲者のように感じる。

 

④〈背景の話が徐々に出てきたので、背景にフォーカス〉

フ)これまでに出ていた背景の話(サマライズ)・・・荒涼とした大地、不吉な色味の空、なだらかな山険しい山、何かが巻き上げられた後、核実験に適した場所

【鑑賞者からの意見(発言順)】

ア)右から光が差していて影が長い

 ↘︎自)解釈・・・夕方の黄昏時ではないか。

ア)奥には黒い雲

 ↘︎自)これから嵐が来るのかもしれない。

イ)黄色っぽい雲が気になる。

 ↘︎自)解釈・・・砂嵐であったり火山の噴火に近いような、原爆水爆のような、ふつうではない天変地異のようなことが起きたからこんな色になったのではないか。

イ)大地だけでなく空も荒涼としていて不穏な感じがする。

 ↘︎フ)プッシュ・・・空の色はキノコ雲などによって変化した?

  ↘︎自)・・・そう。もっと爽やかな空でも良いのにと思う。

エ)砂が巻き上がって飛散して黄色くなったようにも思える。

 ↘︎自)解釈・・・何かのきっかけで自然に影響が出て嵐が来たり雨が降ったりするのではないかと考えさせられる。

エ)手前の頭の根元の赤と白の線が気になる。

 ↘︎自)問題提起・・・導火線じゃないと思うけど、何を意味しているのか気になる。

ウ)後頭部の右側は荒涼としてて、左側は豊かな感じがする。

ウ)頭の影は1つだけど木の影は2つあることが気になる。

 ↘︎自)解釈・・・1つの木が爆風で真ん中が抜けたのかもしれないが、ここでは2本の木(幹)があって、それは寄り添って倒れていない。だけど人の頭は1つで、手前の首元には赤いところがある。

  ↘︎自)メタ化・・・人間は賢い頭で核爆弾まで考え出したけど、結局自分を傷つけてしまい、協力をしないことでさらに自らを傷つけてしまっている。一方で自然界は傷つけられてもお互い協力し助け合って、なんとか立ち直ろうとしている。だから、今は荒涼とした状態だけど今後再生するような明るい展望もあるかもしれない。

エ)奥の小さな頭は、手前の頭と比べても真後ろから描かれている。

 ↘︎自)解釈・・・険しい山を背負っているよう。

  ↘︎自)メタ化・・・左側の山は穏やかなのに、人間の愚かさゆえに、自ら険しい山を選んで進んで、荒涼としたものしか生み出さないのではないか。一方、自然は人間に抗議することもできないが、痛めつけられても支え合いながら穏やかに生きていくことができる。人間の叡智が何の役にも立たず戦争などを生み出してしまう人間の愚かさを自然に嘲笑われているような気になる。

オ)色味から空と大地がつながっているような感じがする。

 ↘︎自)解釈・・・(原爆の)巻き上げる力によって天地がひっくり返るとしたら、赤い血溜まりからは血の雨が降り、脆い木の幹は重さに耐えきれず落ちてしまう。

  ↘︎フ)リンキング・・・天変地異という話もあったが、天地がひっくり返るほどの大きな力を感じられている。

カ)3つの頭はそれぞれの地域を表しているように感じる。

 ↘︎自)解釈・・・奥は山のところ、真ん中は原爆が落とされたけどなんとか緑が残ったところ、手前は最近の砂漠での紛争を表しており、まだ起きたばかりで生々しいので赤いものが残っている。その手前にも黒いところがあるから、紛争地域のような場所がさらに手前にもあるのではないか。

 

⑤〈3つの後頭部について関係性が指摘されたので、3つの後頭部の関係性にフォーカス〉

フ)これまでに出ていた後頭部の話(サマライズ)・・・人工物と自然物、荒涼さと豊かさ、人と木といった対比、3つとも似た形。

【鑑賞者からの意見(発言順)】

ア)自然と人間という対比がある。

 ↘︎自)解釈・・・自然と人間を対比するとこからヨーロッパ的な考え方を感じる。この作者はヨーロッパの人と思う。

エ)3つであることに意味はあまり感じない。原爆だとしても日本に2発落とされただけで3ではない。遠近感を表すために3つ描いたのかもしれない。

エ)奥にあるものが未来ではなく過去として捉える(カ)さんの意見が面白かった。

 ↘︎自)解釈・・・どんなに過ちを繰り返しても、人間の愚かさゆえに、この先も過ちを繰り返すということが手前の黒い影で表されているように感じる。

  ↘︎自)メタ化・・・人間の救われない愚かさの悲劇を感じる。

 

⑥〈まとめ〉

フ)俯瞰してみると本当のことが見えてくる教訓的なメッセージという話も(ア)さんからあったが、私たちは原爆がもたらした凄惨な歴史を俯瞰できる立場にいるにも関わらず、画面の手前、私たちの未来であったり今この瞬間にも黒い影が落ちている。

核兵器が過ちであると知っているにも関わらず、それを手放せず、核兵器がもたらす暗い影が私たちにはいつも迫っている。それは今まさに問題となっているウクライナ情勢とも深く関わっているように感じる。

 

⑦〈最後に言い残したことがないか確認〉

【鑑賞者からの意見(発言順)】

オ)頭が描かれていることから、本当に大事な過去は穏やかな自然な部分ではないかと感じた。

 ↘︎自)解釈・・・自然が荒涼とした部分と対比されていることからも「核爆弾」の核が人間の「核心」としても表されているような気がする。

 

⑧〈エンディング〉

フ)顔の見えない頭が見つめているものは「核爆弾」であるかもしれないし、それが人間の「核心」であるかもしれない。ここに自然や木が描かれていることに、この作品に少しでも救いがあることを願いたい。

 

  1. 振り返り

〈鑑賞者講評〉

【良かった点】

・落ち着いてゆっくりとしたファシリ。

・鑑賞が深まっていくことを実感できた。

・プッシュが良かった。

・ファシリが喋りすぎていないことが良かった。

・フォーカスの流れが自然で構成的だった。

・適宜サマライズされていた。

【改善点】

・後頭部のフォーカシングではもう少し話を広げられたかもしれない。

・鑑賞者が序盤に気になっていたところ(赤い部分)をスルーするのではなく、他の鑑賞者にも聞いてみると良かったかもしれない。

・ウクライナ問題と核兵器の話が一緒くたになっており、戸惑った。

 

〈講師講評〉

【良かった点】

・口数が普段よりも少なく、鑑賞者主体の鑑賞になっていた。

・見ていく順番も良かった。

・「もうちょっと話したかった」という感想が出たことは、塩梅で、必ずしも悪いことではなく、発言を促す意味では良い点でもある。

【改善点】

・背景のフォーカスがざっくりとしていたので、もう少し「空」や「山」など整理して進めれば、行ったり来たりせずに話を進めることができ、最後に全体をしっかりと踏まえて考えることができたのではないか。

 

  1. ファシリテーターの振り返り

【良かった点】

・鑑賞会の直前に、喋りすぎないようにとの指導があったこともあり、思っていたよりも自身の口数を少なくして進行することができた。(鑑賞者主体)

・後頭部やキノコ雲など、重要な要素については意識的に鑑賞者全員に留保し、共通認識をつくることができた。(共通理解)

・ウクライナ問題などの時事ネタを意識していたので、その問題についても一緒に考えることができ良かった。(メタ化)

【改善点】

・一方で、振り返り動画を視聴するともう少しファシリの発言は無駄を省くことができたように思う。(喋りすぎ)

・「不穏さ」など、もう少しプッシュすべき箇所が散見された。(プッシュ不足)

・赤い部分の解釈がほとんど出来ていなかった。(プッシュ不足)

・木の幹が半透明になっている点について発見されなかった。(フォーカス不足)

・背景のフォーカスに移る際、これまでに小出しに出ていた背景の話はサマライズしていたが直前までフォーカスしていた後頭部についてのサマライズが抜けていた。(サマライズ不足)

・後半、メタな話が増えるほどにファシリの発言が中立性を欠いた感想に近づいていていたので注意が必要。(中立性の欠如)

 

  1. 総評

今回の鑑賞会は概ね好評で、テンポや鑑賞の進行構成、鑑賞深度は良かったように思う。一方でファシリテーターというよりも鑑賞者自身の鑑賞力の高さでメタ化した鑑賞に進んでいる部分が大きい鑑賞会でもあったので、今後この作品を鑑賞慣れしていない人と行う際などは、もう少しサマライズやコネクトを意識しないといけないだろう。特に今回のようにざっくりと背景のフォーカスをしてしまうと、既に出ている意見の言い直しであったり、視点が複数箇所にバラけて、作品全体を踏まえたまとめにうまく辿り着けない可能性がある。

また、「戦争」や「原子力」「自然破壊」「科学至上主義」など、社会問題に関連する事項も意見として出てきやすい作品であるために、「プッシュ」を丁寧に活用して、意識的に作品を鑑賞者の意見に紐づけていかないとならないだろう。

本作を今後も様々な鑑賞者と実践し、引き続き研鑽に努めたい。

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2月の研修会レポート 第2弾です!

2022-03-13 10:21:08 | 対話型鑑賞

オンラインみるみる 2月研修会

レポート:Art Communication in Shimane みるみるの会 房野伸枝

 

日時:2月5日(土)13:00~Zoom接続確認  13:30~16:30鑑賞会・研修

講師:京都芸術大学 アートコミュニケーション研究センター 研究員 春日美由紀 

参加者:みるみる会員6名 一般の方 3名 計9名

ファシリテーター:房野

 

<鑑賞の流れ> 【 】鑑賞者が語った内容・要素  (ファ)ファシリテーターのコメント

 

【季節】・五月初夏 

【場所】・日本の田舎の村・里山

【描かれているモチーフ】・子供・大人・乗り物・道・建物・田圃・製材所

(ディスクリプション概ね発言される)

               ↓

(ファ)『線路や道沿いについて・人について見てみましょう』(フォーカシング)

               ↓

【時代背景に関するディスクリプション】・舗装されていない道他

【人の営みに関するディスクリプション】・天秤棒で何かを運んでいる人・ポスト(通信)・製材所・酒蔵・井戸など

(二つのディスクリプションとそれに付随する感想が交互に繰り返される)

               ↓

(ファ)『芽吹いている春の様子、田植え・鯉のぼりの勢いよく泳ぐ様子・木材を列車で運び出す様子など、勢いがある・活気づいていると言う印象を言ってもらいました。(小まとめ)             ↓

(ファ)『少し昔の風景と言うことでしたが、今の私たちの生活と比べて何か感じられることがありますか?(話題の転換とフォーカシング)』

          ↓

「丁寧な生活の営み」という解釈

「鳥の目で記録が残されている」という解釈

「郷愁の意図」という解釈

 (ファ)途中で様々なスピードで移動する乗り物と時代の変化という解釈を言及する

               ↓

(ファ)『今にない風景をここにとどめる、郷愁の気持ちを込めて俯瞰して里山の様子を記録として残している。(解釈のまとめ)

(ファ)『メインストリートは線路の向こうにも道が続いていますが、そこについてはどうですか?』(発言が少なかった画面上部の山林について見ることを促す)

               ↓

・木の描かれ方から人工林という解釈。そこから、山から切り出した木を運び出す林業の道と商売をする道が交差しているようだ。 

               ↓

(ファ)「里山に暮らす日人々の生活」「道沿いに見えるいろいろなテクノロジーの発展」さらに「そういう当時の様子をとどめたいという作者の思いもあったのかな」5月の爽やかな勢いのある絵を皆さんと鑑賞することができました。ありがとうございました。

 

<ファシリテーターの振り返り>

前半たくさんのモチーフをしっかり出してもらってそれをつなげていこうとしたのだが、散らばってしまい、つなげることができなかった。強引に文明のテクノロジーの速さの変化などに持っていこうとしたのが反省点です。

 

<鑑賞者から>

・「線路や道をみましょう」「人をみましょう」と視点を絞ったのはなぜか?

(ファ)道沿いに様々なモチーフが見て取れることと、道はどこへつながって人や物を運ぶのか、ということに気づいてほしかった。

人に注目させたのは、人の移動の速さの変化に注目してほしかったが、自分で言ってしまって、まずかったな、と思った。

もう一つ強引だったのは山を切り開いて線路を作ったのは、自然破壊などにもつながる、と考えていたことから、明るい、活気のある面ばかりではなく、別の視点も出るといいと思ったから。多角的な視点の種を蒔いたつもりが、回収できずに終わってしまった。

・当時の人々の生活を読み取るという点で、社会の授業でも取り入れられそうな題材だと思った。

・「今の生活と比べてみましょう」という投げかけで、さらによく見ることにつながったのが良かった。

(ファ)「郷愁」というキーワードが(鑑賞者から)出たのが嬉しかった。また、「こいのぼり」という今も変わらないものと、今は失われたものについて時代を比べてみたいと思ったが、うまくつなげられなかった。。

 

<春日さんの講評>

〇今回はフォーカシングが多かった。流れの中で自然にフォーカスしたところと、フォーカスに必然がなく、なぜ、今ここ?という場面も多々あった。フォーカスする前にはその時の話題の小まとめをしてから、「こんなことが出ていましたね、じゃ、ここを見てみましょうか。」という流れでいくとよい。サマライズ(小まとめ)してからフォーカスしたほうが整理される。コンセプトを聞いた後には、ファシリが投げかけたものの理由がわかったが、鑑賞中にはファシリが自分のコンセプトに寄って行こうとしていたことに違和感があった。ファシリが自分のコンセプトにつなげていきたい気持ちが強すぎた。鑑賞者に耳を傾けて、今、鑑賞者が見たいところはどこか、と考えていたかどうか。鑑賞者の誰も語っていないことをファシリが出してしまうのはよくない。

〇ファシリも鑑賞者の一人なので、見解を述べるのはいいが、「皆さんの話を聞いていると、私もこう見えてきました」という言い方のほうがよい。鑑賞者の意見をファシリが気づいてほしいことにすり替えていなかったか。「移動の速さの変化」に気付いてほしいなら「歩いている人、自転車に乗っている人、荷車を引いている人、列車も走っていますね。これから気づくことはありますか?」という投げかけで「速さが違う」と、鑑賞者から出るならよい。「察しの良いわからずや」になるべき。

〇ファシリが「水彩画であるという意見に対してどう返したらよいか迷った」といったことに対して「ペン画でとても細かく描いていること、水彩画で描かれていることの意味」など、発言者に聞き返してもよいのでは。

〇たくさんいい意見が出ていたから、全部をディスクリプションしていなくても、コンセプトにたどりつけたのでは。ファシリが全部、要素を回収したくて、最後にまた最初の道の話をしたりして、もったいなかった。そうではなくて、クライマックスはもっと盛り上げて、概観してこの作品から何を受けとれるのかを考えるべき。終末をみんなで盛り上げて「それはどういうことなのか」を考えていくほうがよい。

〇「郷愁」「絵の具が新しそうだから最近書いたのでは」「鳥の目線で描ける?そうまでして描いたのはなぜ?」など、後半で語られると、ただの記録ではないということにつながった。

〇「昔の出来事を今、思い出して描いている」ことを考えてもらうほうが「今は失われたもの」「あの頃はよかった」「もう戻れない。悔やんでも取り戻せない。」「人間の哀しさ。」「文明に走ってしまった。」などにつなげられたのでは。ファシリが最後どう終わるかイメージを持てていたかが大切。

 

<ファシリテーターの今後の課題>

この作品は、実際に本物を展示室で数人で見るには小さいですが、デバイス上で各自が拡大してじっくり細部まで鑑賞できるというオンライン向きの作品でもあることがわかりました。また、子どもから大人まで、幅広い世代で鑑賞でき、たくさんの発見やそれから導ける解釈にも深いものが引き出せる本当に素敵な作品だと思います。今回はつい、欲張って「あれもこれも」とファシリが自分本位に進めようとしてしまったのが最大の反省点です。鑑賞者本位で進めることを忘れずに、コンセプトは胸に秘めながらも常に鑑賞者に公平でありたいと思います。

 

春日さんのレクチャーを聞いてからの鑑賞会でしたので、ディスクリプションやコンセプトの大切さを意識しながら進めることができました。その上で自分のファシリの癖も露見し、恥ずかしながらも次への目標が見えてきたのは大きな収穫です。ご協力いただいた皆さん、本当にありがとうございました。

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