Benedeictus Iesus in sanctissimo altaris Sacramento.

いと尊き聖体の秘蹟に在し給うイエズスは、賛美せられさせ給え。

Ave Maria! 救いへの標・・・母マリアの七つの御苦しみ

2013-09-15 21:36:54 | FIDEI

Ave Maria!

救いの標・・・ 救い主イエズス・キリストの御母、原罪の汚れ無き御宿りの聖マリア、全被造物に優る女王聖マリアがかつて地上で経験した御子とともなる御苦しみの事実は、私たちの救いにおける「標」であり、重要な「徴」であります。この「徴」に秘められている玄義は今のような時代にこそ、強力な救いへの恵みをもたらしてくださいます。願わくは普及されんことを・・・。

母マリアの七つの御苦しみ(受難の主日後の金曜日、9月15日)

【解説】この金曜日は祝日というよりも、信者の敬虔が生み出したところの、聖母の御苦しみの記念日である。この日は12世紀の神秘文学で培われ、マリアの七つの御苦しみという名で、13世紀のころから「聖母マリアの下僕修道会に」よって広められた。ここに言う聖母の七つの御苦しみとは1、シメオンの預言、2、エジプトへの御避難。3、エルザレムにおけるイエズスの行方不明。34、十字架の道における御子との会合。5、十字架の下にたたずみ給う。5、イエズス十字架より降ろされ給う。7、イエズスの御埋葬である。聖母は、御子と苦しみを共にし給うた。「同感受難」のゆえに、「殉教者の元后」として崇敬される。既に中世期、聖母マリア下僕会によって、この聖母の御苦しみの祭式は行われていたが、ピオ7世教皇(1800年-23年在位)は、ナポレオンによる捕囚中におけるお苦しみと、聖母の取次ぎによって解放されたことを記念して1814年この祝日を全教会で祝うことを規定した。以前は9月の第3主日に祝われたが、1912年、聖ピオ10世教皇のとき、9月15日に祝日を移された。

ミサ聖祭(特別形式)
入祭文:
(ヨハネ19.25)イエズスの十字架の傍らには、その母と、母の姉妹と、クロパのマリアと、マグダラのマリアとが立っていた。
(ヨハネ10.26-27)イエズス、「婦人よ、あなたの子を見よ」と仰せられた。
V:願わくは聖父と聖子と聖霊とに栄えあらんことを、始めに在りし如く、今もいつも世々に至るまで。アーメン。
(ヨハネ19.25)イエズスの十字架の傍らには、その母と、母の姉妹と、クロパのマリアと、マグダラのマリアとが立っていた。。

集祷文:
神よ、シメオンの預言にしたがって御受難の時に苦しみの剣が、光栄の聖母マリアの、やさしい御心を貫いた。願わくは、御慈悲により、敬虔にその貫かれ給うたことと、御苦しみとを記念する我らに、忠実に十字架の傍らに立った諸聖人の幸いな功徳と祈りとによって、御苦難の幸せな効果を与え給わんことを。聖父なる神と共に、聖霊との一致において、世々に生きかつ治め給う神よ、アーメン。

ユディット書の朗読(13.22,23-250)

昇階誦:
聖母マリアよ、あなたは苦しみのうちに、御子、我らの救い主、イエズスの十字架の下に立ち給う。
v:神の母マリア、全宇宙も容れ得ない御者、生命の創り主は、人間となって十字架の拷問を忍び給う。
詠誦:
聖なるマリア、天の元后、地の女王は、悲哀のうちに、我らの主イエズス・キリストの十字架の下に立ち給う。
v:(哀歌1.12)道行く人々よ、立ち止まって、私の悲哀に比べうる悲哀があるかを思え。
(年中の随意ミサと、9月15日のミサにおいては)
v:アレルヤ、アレルヤ、
v:聖なるマリア、天の元后、地の女王は、悲哀のうちに、我らの主イエズス・キリストの十字架の下に立ち給う。
(復活節の随意ミサでは、昇階誦と詠誦とが次に代わる。)
アレルヤ、アレルヤ、
v:聖なるマリア、天の元后、地の女王は、悲哀のうちに、我らの主イエズス・キリストの十字架の下に立ち給う。
v:(哀歌1.12)道行く人々よ、立ち止まって、私の悲哀に比べうる悲哀があるかを思え。
(随意ミサには続誦は唱えない。)

続誦(スタバト・マーテル)
悲しみの御母は、涙にむせびつつ、御子のかかり給う十字架の下に立ち給う。
嘆き悲しむその御魂は、剣で貫かれ給う。
神の御独り子の、尊い御母は、深く悲しみ給う。
尊い御子の御苦しみを見て、慈悲深い御母は、悲しみに沈み給う。
かくも悩み給うキリストの御母を見て、ともに泣かない者があろうか。
かくも御子とともに苦しみ給うキリストの御母を見て、ともに悲しまぬ者があろうか。
御母は、御民の罪のために、イエズスが鞭打たれ、責められ給うのを見給う。
御母は、最愛の御子が、苦悶のうちに息絶え給うのを見給う。
愛の泉なる御母よ、私にも御悲しみを知らせ、ともに泣かせ給え。
神なるキリストを愛する火をわが心に燃やし、御心に相応しい者とならせ給え。
ああ御母よ、十字架に付けられ給う御子の苦悶を、私にも分かち給え。
命ある限り、あなたと共に泣き、十字架のイエズスを慰めさせ給え。
私は、十字架の下に、あなたと共に立って共に悲しもう。
童貞女のうちで最も聖なる童貞女、私をも共に悲しませ給え。
キリストの死とその苦難を私に悟らせ、その傷を覚えさせ給え。
私にも御子の傷を負わせ、その十字架と御血とで酔わせ給え。
聖なる童貞女よ、審判の日に私を守り、地獄の火より遠ざけ給え。
ああ、キリスト、私の死のとき、御母によって勝利の報いを得させ給え。
肉体は死んでも、霊魂に永福を与え給え。アメン。
(9月15日にはアレルヤを唱える。)

ヨハネによる聖福音の続誦(19.25-27)

信経

奉献文:
(エレミヤ書18.20)童貞なる神の御母よ、主の御前に立ち、我等を思い出し、神の御怒りを宥め奉るよう、とりなえ給え
密誦:
主イエズス・キリスト、我等は祈りと生贄とを捧げ奉る。御母聖マリアの、甘美な御心が貫かれたことに対して、我らの捧げる尊敬の念により、そのたえざる御取次ぎと、ともに十字架の下にいた聖人たちの取次ぎと、御死去の功徳とにより、我等にも、聖人等の報いを与え給わんことを。。聖父なる神と共に、聖霊との一致において、世々に生きかつ治め給う神よ、アーメン。

序誦:聖母マリアの序誦
聖なる主、全能の父、永遠の神よ、いつも、どこにても、主に感謝を捧げ、又、終生童貞なる聖マリアの御貫きにおいて、御身を讃え、祝し、宣言し奉ることは、実に相応しく正しい事であり、我らの義務と救いである。聖母は、聖霊の能力によって、御独り子を宿し給い、童貞性の光栄を損なうことなく、永遠の光明なる我らの主イエズス・キリストを、この世に生み給うた。彼によって、天使等は、主のみいずを誉め讃え、主天使は礼拝し、能天使は奮えおののく、天と天の力天使と、福なる熾天使は共に喜び、それを讃え奉る。願わくは、彼らの声に、我らの声をも交えさせ給え。我らは深く礼拝しつつ、こう歌うであろう。聖なるかな…

聖体拝領誦:
聖マリアの感覚は、幸いなものである。それは、主の十字架の下で、死なずしてなお殉教の報いを得た。

聖体拝領後の祈り:
主イエズス・キリスト、御母童貞聖マリアが剣で貫かれ給うたことを記念するこの日、拝領し奉った秘蹟が、慈悲により、我等にたすかりの恵みを与えんことを。聖父なる神と共に、聖霊との一致において、世々に生きかつ治め給う神よ、アーメン。 

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毎日のミサ典書 発行者:フェデリコ・バルバロ 昭和33年 ドン・ボスコ社
刊より引用