11月23日に津久井城(神奈川県相模原市)の発掘調査現地説明会に行って来ました。
発掘現場は城坂曲輪群5号曲輪(県立津久井湖城山公園里山広場)、インターネットの新聞記事には「虎口や土塁を発見」とあり、期待大での参加です(`_´)ゞ
戴いた資料によると、城坂曲輪群5号曲輪は平成24年から調査をしていて、2つの地業面が検出され、盛土の裾に葺石をした遺構や石敷き遺構を確認しているとの事です。
また、16世紀代の陶磁器やかわらけなどの遺物も出土したとの事です。
今回の発掘現場です。
説明板が白トビして読めないので、それぞれの場所に説明を入れてあります (> <)
※赤線で囲んだ階段状の遺構(スロープ)のみ、追加で書き込んでいます。
地業面が2つあります。
「金属製品出土地点」から出土した遺物は、「飾り金具?」として最後の写真に小さくですが写っていますので見てください(^^;
〇土塁状の高まり
虎口の南側には、土塁状の高まりが確認されています。
この土塁状の高まりは、土を盛らず、山の斜面(礫混じり粘土層)を削り残すことで築いており、東西方向にやや弓なりに南へ曲がって伸びています。
土塁状の南斜面には、山石と川原石が全面に検出され、部分的に石積みを施していることが確認されました。
一方、石敷きの通路に接する北斜面では、石積みを確認することができませんでしたが、基底部付近には段が設けられ、また土留のための石が縁取るように敷かれており、これら縁石の内部には径約4cmの丸い川原石が、敷き詰められていました。
〇石敷きの通路
虎口は、曲輪の出入口のことを指し、敵から攻め込まれないように様々な形状で築かれています。この虎口を構成する遺構のひとつとして、調査地である5号曲輪から上段の曲輪へつながると想定される石敷きの通路が検出されました。通路は段切り造成して掘り下げられ、西から東へ進むにしたがってスロープ状に浅くなっています。通路には礫が敷き詰められており、その通路を区分する山石が縁取るように敷かれていることがわかります。
※石敷きの通路幅は約1.8メートル。
※階段状(スロープ状)の遺構は、固く締まった土で地山(黄色い土)が出ていない。
推定通路を赤線で示してみました(^^;
出土遺物の鉄釉小皿、16世紀後半の製品で美濃産と考えられる、との事です。
「高台があって珍しいんですよ~」と担当の方がケースから出して見せてくれました(^^)
小皿の裏側なんてなかなか見れないですよね?
ちなみに左側に小さく写っている「飾り金具?」、筒状の金銅製なんですが用途は不明だそうです、んっ~なんでしょう(?_?)
遺物は第1事業面からの出土で、虎口や通路からは遺物は発見されていないとの事でした。
城門に関する遺構(礎石や柱穴)は見つかっていないようですが、「発掘区画を設けてさらに確認したい」、との事ですので今後新たな発見があるかもしれませんね。
ちなみにここの発掘調査は、平成22年から「津久井城市民調査グループ」として、相模原市民の方も一緒になり調査をしてるそうです。
地元の皆さんも熱心に担当者の方に質問されていて、非常に関心が高いんだなあ~と感じました(^^*)
発掘担当の方には、私のつまらない質問にも丁寧に答えて頂き、また地元の方とも少しの間ですがお話をさせて頂きました、本当にありがとうございました <(_ _)>
自宅を出発するのが遅くなり説明会は途中からの参加でしたが、また機会があれば是非参加させて頂きたいと思う見学会でした。
※土塁状の高まり・石敷きの通路の解説は、一部を除き現地説明会の配布資料より引用致しました。