文藝春秋
2012年3月 第1刷発行
547頁
21世紀の冒険小説がいま立ち現れる
アイヌの血をひく18歳のジン・カイザワ
2016年、オーストラリアのフリーマントルを出港し旱魃地域に水を供給するプロジェクトのため氷山を取りに南極海に向かう大型船「シンディーバード」に密航者として潜り込むことに成功する
帯にある冒険小説のような始まりですが、著者の意図は別のところにあることは直ににわかります
ジンは臨機応変、柔軟で優秀な青年で、密航を咎められ船長のところに連れて行かれ説明を求められるのですが言うことが違います
「このプロジェクトのことを知って夢中になり、なんとしても参加したいと思いました」
と言った後で、ダメだ、お願いでは相手は動かない、おまえは高校(ニュージーランド)で何を覚えた?、これは自己紹介ではなく演説の機会だ
「今のぼくたちの世代にどんな未来があるでしょうか? 中学でも高校でも誰もがゲームに熱を上げていました。ぼくには袋小路に思えました。閉鎖系の中での応答にすぎないゲームはつまらない。不毛でしかない、云々」
科学者でも技術者でもない自分に出来るのは、氷山プロジェクトの目撃者・報告者になることだ、と演説をぶって船に残ることを許されます
彼に要求された仕事は、厨房の手伝いと船内新聞の取材、編集、発行ですが、いずれの仕事もうまく熟すジンはやがて船内で存在感を増します
船内には様々な国籍、宗教、職業の人が乗り合わせています
価値観の違いはありますが一つのプロジェクト達成に向け互いの役割を認識し、尊重しあう
時々の仕事によって変わるリーダー
常に同じ人間がリーダーになるのではなく、時にはジンがリーダーだったりして、物事を進めるうえでのリーダーシップやチームワークの重要性を世界の縮図のような船内にみることができます
氷山の曳航に反発しているのが「アイシスト」と呼ばれる信仰集団で、プロジェクトを妨害しようとします
しかし、彼らは「グリーンナントカ」や「シーナントカ」みたく過激ではなく、あくまで平穏に精神面に訴えて
くるのです(小説の中ではかの暴力集団は既に消滅した、とあります)
アイシストのリーダー、マダムと会ったジンは彼らの文明批判にも耳を傾けます
「文明の規模を大きくしすぎたから、ものを運びすぎるのよ。その土地の範囲でまかなえばいいのに遠くのものをたくさん運びすぎる。」
「氷山とか?」
「正にね。石油を使い尽くしたら次は何ですか? 自然からどんどん遠くなって、その分だけ危なっかしくなる。だから、文明全体をもう少し冷却した方がいい。そのためには個人が心を冷やすこと。静かな生活の中に静かな喜びを見出す。氷はその象徴です。」
アボリジニの長老の話を聞いて、アイヌの血について、さらに自分の生き方についても深く考え直したジン
彼の経験と成長を通して著者は、自然への畏怖を忘れてはいけない、と読者に伝えようとしたのでしょうか
東日本大震災以前に新聞連載されていたものですが、自然を見縊っていたが為にとんでもない二次災害をひき起こした日本を予見していたように感じられます
是非!
文庫になったらw