緑には、東京しかない

千葉県の東京寄りに住んでいる私「緑」が大好きな東京の散策写真のブログを作ります!!!

12月の日本橋:江戸橋を通り抜けて日本橋南詰めへ

2012年12月12日 12時58分16秒 | 中央区全域・銀座


2011年11月22日に東京証券取引所グループと大阪証券取引所は、対等の精神で経営統合することを発表しました。統合により、世界第3位の規模の市場となる見込みです。新しい取引所の名前は「日本取引所グループ(仮称)」となり、東証は2012年1月1日に株式会社大阪証券取引所に吸収合併され、解散予定となっています。




日本の証券業務機能の中枢を大阪に移すという考え方からなのか、新しい証券取引所の本社は大阪となることがほぼ確定しています。場所的には大阪証券取引所が設置されている北浜が有力でしょうか。東日本大震災の発生から約2年が経つにつれて、いよいよ首都機能分散の話が現実味を帯びてきました。




東京証券取引所脇から撮影した日本橋川です。この上流に江戸橋・日本橋・常盤橋が架橋されています。日本橋川の上に建設されている首都高速6号向島線の高架橋の存在が目立ちます。




東京証券取引所の北側に伸びている通りを西へ向かって散策し、江戸橋南交差点へ向かいます。この通り沿いでは再開発工事が至る場所で実施されていて、上の写真の右側に写っている真新しい建物は2009年6月に竣工した「日本橋兜町M-SUQUARE」です。




通りの両側にはオフィスビルが密集していて、谷底を散策している気分です。




緩やかな左カーブの先には戦前に建てられた雰囲気のビルが見えてきました。この場所にはかつて渋沢栄一の邸宅が建てられていたのですが、その後に屋敷は取り壊されて東京証券取引所の付属施設として昭和3年(1928年)9月にこのビルが竣工しました。現在は貸ビルとして使用されています。




緩やかなカーブの先には首都高速都心環状線の高架橋が見えました。高架橋の下を通り抜けて先へ進みます。




高架橋を抜けた先に「江戸橋南交差点」が見えてきました。




「江戸橋南交差点」で通りは昭和通りと交差しています。この交差点周辺も日本橋郵便局や野村證券本社ビルなど金融街の街並みが続いています。江戸橋のほぼ上空には首都高速道路江戸橋ジャンクションがあり、交通の要衝にもなっています。昭和通りを跨ぐ歩道橋が設置されているので、登っていきます。




この界隈は「中央区の日本橋一丁目地区」となっていますが、昭和3年(1928年)より昭和48年(1973年)までは現在の中央区日本橋、昭和通りを中心としたほぼ東半分を(日本橋)江戸橋、中央通りを中心としたほぼ西半分を(日本橋)通としていたのです。




歩道橋の上から撮影した昭和通りと江戸橋です。17世紀に大船町(後に本船町)と本材木町の間の日本橋川に架けられました。当初の位置は現在より下流にあり、すぐ東脇を楓川が縦貫していました。橋名の由来は、隣の日本橋との連想から命名されたとする説の外、都市化以前の江戸中心部が この周辺だったのではないかと推測する説があります。




ズームで撮影してみると、一つ上流側に架橋されている日本橋と比較すると、橋の幅が大変長く大規模であることがわかります。1875年に石橋に、1901年には鉄橋へ改架されていて、昭和2年 (1927年)には昭和通り開通に伴い現在地に架け直されました。




歩道橋の上から南側を撮影してみました。




江戸橋の脇には首都高速都心環状線の江戸橋入口のゲートが設置されていました。江戸橋上空にある江戸橋ジャンクションは都心環状線から1号上野線・6号向島線が分岐しているなど大規模な分岐点となっています。




江戸橋南交差点から野村證券本社ビルの脇の通りを通り抜けていきます。




しばらく歩いていくと・・・。




中央通りの「日本橋南詰め」に出ることができました。次回の記事では中央通りを北へ向かって散策し、日本橋、三越百貨店日本橋本店、三井本館ビルなどを散策していきます。




江戸橋の一つ上流側に架けられている日本橋を次回は散策していきます。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 12月の日本橋:地下鉄東西... | トップ | 12月の日本橋:日本橋南詰... »
最新の画像もっと見る

中央区全域・銀座」カテゴリの最新記事