2025/3/29 My 9e story 僕の恋人は60歳 1話
還暦と言ってもいいのだけど、口当たりがいいので60歳と言っている。
僕は大学卒業後、社会に出てもう5年目だ。
学校の成績は悪くはなかったけど、
とにかく今の会社の仕事は難しい。
入社して3カ月は実習で工場で過ごし、それから先輩について営業の実習。
営業2か月ではろくな結果は出ない。
でもその結果僕は営業課に配属され飛び込みで販売することになった。
入社5年目のまだ若僧だ。
先輩がやっていたように僕は買い手リストを作り
無駄に歩き回らないようにした。
その暑い日、僕はどこでどう間違えたのか住宅街を歩いていた。
カバンの中のペットボトルはとっくにカラカラなのに
自動販売機はどこにもなかった。
学生さん、と突然呼ばれた。
僕? キョロキョロして声の主を探した。
バンバンと音がして大きな門のある家の窓に人がいるのを見つけた。
その人が窓をたたいていた。
そして中に入りなさいと言った。
僕は開いていた門の中に入った。
玄関の戸が開き、若い女性が出て来た。
そして「あなた死にそうな顔して」と言い、手真似で上がりなさいと言った。
彼女に連れて行かれて涼しい台所に行った。
椅子をひかれ座れと言われた。
大きなビールジョッキに氷とジュースが入っているのが置かれて
飲みなさいと言われた。
僕は一息でジュースを飲みほした。
その人が冷たい水をジョッキに入れてくれて
さらに僕は音をたててその水も飲んでしまった。
それから僕は椅子の背もたれに寄りかかり目を閉じた。
耳の奥で蝉が鳴いていた。
大丈夫と人の声がした。
目を開けると青いストライプのワンピースを着た人が僕を見ていた。
僕はすいませんと唇を動かした。
どこの学生と聞かれた。
僕はもう学生じゃないんですと言い、ポケットに入れた社員証を見せた。
営業なんですが、どうも道を間違えたようで。
河島工業って会社に行く予定だったのですが。
河島工業ですって?
とその女性が言った。
ご存知ですか? と僕。
河島工業はうちよと言った。
でも、とっくに倒産してないわ。
僕はドッと疲れが出て、椅子から落ちそうになった。
ずいぶん古いリストを参考にしているのねっと女性はテーブルの上を見つめて
言った。
でもまあ、当時はかなり大きかったし・・・・
女性は黙りこんだ。
この裏手はまだ家なんかなくて工場があったの。
女性は彼女の父が倒産させてしまった会社のことを思った。
父で3代目だった河島工業。
でも、高額の不渡り手形を受け取って、あっというまに窮地に陥り
その結果、半年もたたないうちに倒産に追い込まれた。
父は頑張ったわと懐かしそうにも女性は言った。
ビジネスって言うのは先見の明よ。
自分の会社がこれからどう発展するか社員でもよく見極めることが大事なのよ。
僕はうちの会社はどうだろうと思わず自問してしまった。
それから僕は立ち上がった。
女性が白い紙を渡してきた。
ここへ行ってごらんなさい。
河島より大きくなっているしと言った。
紙には村瀬産業とその住所が印刷されていた。
僕は遅れにあせっていたので、お礼を言って家を出た。
その住所はここからかなり離れていたので
明日にまわした。
会社に戻ってから女性の名前を聞いてなかったことに気がついた。
河島って苗字だけは確かだ。
翌日早朝出勤して村瀬産業を検索した。
確かにこれまで僕がコンタクトしたどの企業より大きかった。
出かけようとして、思い出した。
あの女性がアポねと言った。 アポとりなさいと言ったのだ。
僕はどうアポにつなげるかわからないので
とりあえず、自己紹介として会社名をいい営業に伺いたいと言った。
しばらくして営業部長という人にまわされた。
僕は会社の紹介をし、売り込みたいいくつかの商品の話をした。
会ってくれることになって、でもアポは来週の火曜日だった。
僕は絶対に売り込みを成功させると力んだ。
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僕の恋人は60歳 2話
僕は村瀬産業に8分前に入った。
受付で名刺を渡し、村瀬部長とアポがあると言った。
5分もしないで部長の秘書という男性が降りてきて
僕は会議室に案内された。。
一見大きな、うちの会社よりずっと大きい会社だった。
でも、後でわかったのだけど、このりっぱな建物の上2階だけが村瀬産業だった。
そして生産部は東京にはないことを後で知った。
若僧の僕だけど、かなりいい線でこの交渉を進めた。
そして契約書の話にまでなってから
僕は会社の上司である杉下部長に話した。
杉下部長はこの契約を僕が詰めたことに驚いた。
どうやってこの会社と接触したか経由を聞かれた。
僕はパソコンでリサーチしただけ話した。
村瀬産業はうちの会社が入り込めなかった企業なんだと後から聞いた。
契約書の時は僕はついて行くだけだった。
杉下部長と他数人が行った。
契約も終り、少し気が楽になった僕はあの女性に会いに行った。
会社を早めに出てお礼のお菓子を買ってから彼女の家に回った。
玄関の大きな門が閉まっていて、僕は呼び鈴を押してみた。
鳴らなかった。
そこで数メートル横の木戸を押してみると開いたので
そこから中に入ってみた。
ガラスの玄関の戸をたたいた。
誰もいない。
留守?と思ったけどもう一度戸をたたいた。
奥でハーイという女性の声がした。
どなた、玄関先で再び声がした。
僕です。 須永です。 先日はお世話になりましたと言った。
ああという声がして、歩く音と、鍵を開ける音
そして先日の女性がいた。
同じ青いワンピースだったけど、白い軽そうなカーディガンらしきものを
羽織っていた。
もうそう暑くはなく、秋だった。
僕は彼女にお礼の大きいな箱をまず渡した。
まあ、なにこれと彼女は言った。
僕はおかげで村瀬産業に納品できることになったことの
かなりの詳細を離した。
彼女はそれはよかったと言ったけど、顔はそんなに浮かなかった。
おあがりなさいと言われて、今度はリビングに案内された。
彼女が水や、アイスコーヒーやジュースを運んできた。
大き目のグラスが3-4個適当に並べられた。
お好きなのを召し上がれと言われて、僕はまず水を飲んでから
アイスコーヒーをコップにそそいだ。
その間、彼女はコーヒーカップを持ってきた。
中にはホットコーヒーが入っていた。
そしてこの箱は会社から?と聞かれた。
僕は僕からですと答えた。
会社の仕事なんだからあなたがやることじゃないわと言った。
僕はちょっと下を見た。
それから正面を向いて、あなたの名前は一切だしませんでしたと言った。
彼女がそうなんだとつぶやいた。それで
僕は彼女が村瀬産業を教えてくれたのは何か考えがあってだったと感じた。
それからすいません、まだお名前を伺ってなくて
と彼女に名前を聞いた。
河村よ、
すいません、下の名前は?
私は河村福子、創業者のひ孫よと言った。
創業者は私の祖父の父。 順調に行っていれば私がお婿さんでももらって
4代目だったってことかしら。
すいません、何が悪いかよくわからないままに僕はすいませんを繰り返してしまった。
それから福子さんが、ちょうどいいわ、夕飯食べて行ったらと言った。
僕は迷っていると、
ウナギをいただいたの。 私大好きじゃないから誰かにあげようと思ったけど
あなたが食べてくださるならちょうどいいわ
と言うのだった。
僕は台所について行った。
ウナギの包みを出して、どうすればいいの?と僕に預けた。
私、料理ってほとんどやったことなくて、こんなのも面倒でと言うと
悪いけど作ってくださる?
と言うのだった。
僕はウナギの食べかたを読んで、湯煎とあったけど、電子レンジで温めて
福子さんが出したご飯の上に置いた。
福子さんはその間にサラダを作り、買ったという漬物も出してくれた。
サラダは野菜の他に果実も入っていた。
果実は洋ナシとリンゴ、バナナなんかで
小さくカットしてあった。
ドレッシングはレモンとオリーブ油と白コショウだった。
初めて食べたサラダだった。
でも割と好きだった。
自分でも作ってみようと思ったくらいだ。
福子さんが隠し味にほんの少量の砂糖が入っていると言った。
福子さんはウナギを食べながら、これ、パンにサンドもできそうね
って言っていた。
食後にコーヒーをリビングで出してくれた。
それから、飲むと言ってフランスのコニャックも出してくれた。
僕は9時過ぎに福子さんの家を出た。
なんかすごく初めてと言っていいような珍しい経験をした日だった。