secret boots

ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

ディスタービア

2010-01-14 22:30:31 | 映画(た)
評価点:76点/2007年/アメリカ

監督:D・J・カルーソ

こんなキテレツな近所づきあいは嫌だ。

父親が事故死したことをきっかけに、ケール(シャイア・ラブーフ)は人生の行き詰まりを感じていた。
夏休み明け、宿題について問われた彼は、教師を殴ってしまう。
自宅謹慎3ヶ月の刑を言い渡されたケールは、自宅から出られない装置をつけられる。
案の定、退廃的な生活を送る彼の元に、隣に絶世の美女が越してくる。
彼女の様子が気になるケールは、近所ののぞきをはじめる。
ニュースで連続殺人事件についての報道がされる中、彼ののぞき趣味はエスカレートして……。

主人公のシャイア・ラブーフは、この映画の撮影中にスピルバーグに才能を見いだされた。
「トランスフォーマー」の主人公に抜擢されたのは、そうした経緯がある。
この映画以降も主役級の映画が決まっており、若手注目度ナンバー1の一人だ。
ちょっとかっこよくないところと、目に力があるところが、彼の魅力だろうか。

ともかくまずは彼の演技がこの映画のみどころだろう。
だからといって、決してこの映画が甘い作りの映画とはいえない。
サスペンスとしても完成度が高い。
若干のリアリティの欠如には目をつぶるとして、気楽に、安定感あるサスペンスとして楽しめるだろう。
 
▼以下はネタバレあり▼

この映画を作るに当たって、制作陣は現代の十代の部屋を徹底的にリサーチしたそうだ。
今時の子ども達がどのような部屋に住み、どんな過ごし方をしているのか、その点においては、他のどの作品よりもリアリティがあるのだろう。

それともう一つは、冒頭のくだりだ。
父親が死ぬシーンは実はこの映画の成否を分けたといっても過言ではないほど、重要なシーンだった。
父親の死が、あまりに唐突に、あまりにリアルに、あまりに悲しく描写されるために、この映画のテンションは一気にあがる。
感情移入しやすくなり、主人公を単なるティーンエイジャーではなく、悲しみを抱いた特殊な環境に置かれた青年として見ることになる。
退廃的な生活を繰り返す彼には、怒りも覚えるつつ、仕方ないかな、という思いも同時に抱いてしまう。
この冒頭がなければ、ほんとに無理矢理な映画に映っただろう。

この映画がリアリティがあるのはこの二点だけだ。
あとは全く荒唐無稽な話だ。
いきなり美女が隣に引っ越してきたり、近所に殺人鬼が住んでいたり、その美女にのぞきをしていたことがばれると、今度はその女の子が、のぞき魔の自分に恋をしたり。
かなり無理がある。
だが、それを感じさせない(いや感じるけれど)のは、やはり冒頭のシリアスなトラウマがあるからだ。

彼に感情移入しやすいのはまだ要因がある。
この映画は実質的に閉鎖性の高い映画になっている。
主人公の自宅監禁刑があるために、観客は狭い彼の世界でしか物語を体験できない。
その切り取られた現実が、いろいろなことを想像させ、かき立てる。
この映画を見ていると、実際にのぞきをしているかのような錯覚に陥るのは、その制約がきつく、そして明確だからだ。

彼に課せられたルールについて考えておこう。
彼は自宅監禁のため、自宅から出られない。
外の空気を吸えるといっても、せいぜい建物の周りの庭くらいだ。
足に固定された器具によって、外出すると警察に連絡されてしまう。
よって、近所のがきんちょにおちょくられても、負け犬の遠吠えをすることしかできない。

逆に言えば、彼の身に危険が迫れば、すぐに警察を「呼べる」状態にあるということだ。
このルールは、どちらかといえば、脚本家に課せられた制約といえる。
隣人のおやじが、殺人犯だということが早い段階でわかってしまうと、家を脱出することで、人を呼べることになる。
事実の判明は、映画の終盤でなければならない。
そこまでは「疑わしい」という状態で、引っ張るしかないのだ。
それは、多くの人がルールを知らされた時点で気づいたはずだ。
疑わしき事実を小出し小出しにして、緊迫感をあおることをしていかないと、最後まで引っ張れないし、逆に何の変化もなければ、サスペンスとしては飽きてしまう。
このぎりぎりの展開が非常にうまかった。

特に後半にある、ロニー(アーロン・ヨー)の潜入は、かなり上手に観客を誘導した。
そのため一気に緊張感が高まり、真相がわかっていてもわくわくさせる効果を発揮した。
その韓国系アメリカ人のロニーの存在はこの映画でも重要なポストだったと思う。
おっちょこちょいだが憎めない、彼のキャラクターと隣人の凶悪さとの対比が怖さを更に助長する。
展開として、あまり人を殺さずに緊張感を持続させたことも、好感が持てる。
殺人の飽和で緊迫感を出したのではなく、シナリオと演出のうまさで怖さを出したのだ。

ただ、残念なのは、切り取られた現実からかいま見える、ほかの登場人物の内面が説得力がないことだ。
母親にしても、彼女にしても、ご都合主義に見えてしまうのは、キャラクターの底が不明確だからだろう。
母親なら、家で友達に息子のことを相談するシーンを入れたり、アシュリーなら、引っ越ししてきた抜き差しならない暗さを挟んでおけばよかった。

もっといただけないのは、殺人犯のデビッド・モース。
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」から、ついにここまで墜ちたかと思って、感慨深げな殺人犯は、これ見よがしに不自然なので、イマイチだ。
「もしかしたら殺人犯じゃないかも」という余地があまりにもない。
ミスディレクションではないが、彼の行動に犯罪とは違う整合性をつけるようなミスリードをしておけば、もっと緊迫感が出ただろう。

キャラクターでいえば、ヒロインのサラ・ローマーが究極的な理想の女性だ。
何をしてもこちらのほうを向いてくれる、しかも美人、ぎりぎりまで見せるけれど、ぽろりをしない品の良さがある。
そもそも、のぞきという破廉恥きわまりない犯罪行為を行いながら、見るものに極度の不快感を与えないのは、そのモノを見せないからだろう。
人もあまり死なないし、なんと「健全なのぞき映画」だろうか。
ともかく彼女のおかげでのぞき生活とのぞき映画は数倍おもしろくなった。
逆にリアリティが著しく欠けてしまったが、それは仕方がないと目をつむろう。

この映画のMVPはなんと言っても、韓国系アメリカン人のロニーだ。
彼の明るさと、不運さがこの映画には欠かせない存在だ。
唯一彼がリアリティを保っていると言っても過言ではない。
「いるいる、こういうやつ!」と思わせる彼の明るい行動は、この映画の明をつかさどる。
お馬鹿な彼の存在と、隣に住む殺人鬼との対比がこの映画をより怖く引き立てるのだ。
憎めないけれど、腹立たしい。
一気に彼のファンになりそうだ。

テンポよく進むこの禁断の映画は、手軽に楽しめる青春スリラーだ。
のぞきをしないにしても、三ヶ月自宅謹慎処分には少しあこがれる僕だった。

(2007/12/30執筆)

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