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ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

村上龍「歌うクジラ」

2019-03-22 12:12:33 | 読書のススメ
生活リズムが変わり、映画を見る時間が全くなくなってしまいました。
仕方がないので、本を読む時間を多く取るように変えています。
ということで、この数日で読んだ本についての記事を書きます。

 * * *

読んだのは村上龍のSF長編小説。
主人公が生きる世界は、今から百年以上経った未来で、人は完全な棲み分けによって管理された、日本である。
そこで父親が残したデータに、この世界を転覆させる決定的なものが含まれている、それを最上層の人間に示せ、と父親に言われる。
父親は、ある事件の冤罪に巻き込まれて、処刑されてしまった。
ぼく、「タナカアキラ」は、この世界では珍しい敬語遣いとして旅に出る。

長編小説が読みたくなって、課題図書(私の中での)だった村上龍を選び、購入した。
どれにするのか迷ったが、近未来が舞台設定だということに惹かれて、これを選んだ。
ほとんど予備知識なしに読んだので、文体や設定に戸惑ったが、例のごとく、一気に読み終わった。

▼以下はネタバレあり▼

この作品の一つの特徴は、主人公が全く意志を示さないままに物語が進行していくということだ。
近未来では完全な棲み分けが行われており、格差が問題にならなくなった。
社会的な情勢を説明する記述が多く、人々は言われるがままに生きている。
主人公も同じで、父親に言われた言づてを大事に実行していく。
そこに大きな抵抗も、意志もない。
周りに言われるがままに導かれて、旅を続けていく。

私の先入観では、こういった近未来の物語は、全てが漂白され、剥奪されても、人間の意志が問題にされる。
しかし、村上龍は一切そういう点を問題にしない。
なるようになるしかない、社会的な潮流は、個人の意志でどうにかなる問題ではない、個人に対する期待のようなものは一切ない。
そこには、人間の意志や意地のようなものに対しての諦めにも捉えられるほど、登場人物たちの内面の力を問題にしない。

だから物語にはヒーローが登場しない。
タナカアキラは、周りから敬語遣いとして奇異の目で見られる。
「こいつはすごい」という扱いを受けるが、決して世界の英雄にはならない。
終盤でヨシマツなる男と出会うが、この男に「お前が初めてこの場所にたどり着いた」と言われたが、それまでに3人もの青年が同じようにすでにたどり着いていたことが、あっさり明かされてしまう。
彼は全く特別ではない。

だが、しかし、だからこそ、この物語は、誰かの物語ではなく、誰にでも受け止める余地があるのだと思う。
最後の最後に、アキラは、もっと生きていたいということを願う。
それは、最初で最後の彼の願望であり、はっきりとした渇望だった。

物語は新出島と呼ばれる犯罪者の島から、宇宙ステーションまでの旅、要するに往来の物語の形をとる。
地球へ戻ろうとするそのポッドの中で、彼は初めて自分自身の生を生きることを願うのだ。

そこには時代がどんな時代であれ、どんな世界であれ、生きることを渇望する一人の普通の青年の姿がある。
しかし、それは村上龍が出してくれた答えではないだろう。
一つの疑問であり、一つの出発点であるかもしれない。

私たちがどんな世界を想像しようとも、創造しようとも、生きているのは私という人間であることに変わりはない。
そんな物語だ。


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