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母の愛は、永遠
母親の愛とは、、、。
時にはその愛が重かったり、反対に愛を感じなかったり。
愛情をかけているつもりでも、届いていなかったり、通じなかったり。
愛し方そのものがわからなかったり。
生きているこの世では、母の愛の形は様々、受け取られ方も様々。
もちろん、母子関係が良好な親子もあるわけで、、、。
そんな前置きをしつつ、今回は魂としての母の愛はただただ純粋で、永遠、というお話をします。
これは前々回の「黒い影」のお話の続きになります。
曾祖父が成仏していってすぐ、明治〜大正時代の人かな、と思える痩せ細った中年の女性の霊が現れました。
彼女は当時よく着られていたような、白地に藍色の花柄模様の入った浴衣をゆるっと着ていて、弱々しい感じでした。そして私にこう言いました。
「私にもお供物をしてください」
この時は彼女がどこの誰なのかわからなかったのですが、お供物をしてくれと言うので、牡丹餅を買ってきて、家の敷地の外にお供物とお線香をあげました。
そしてそれ以降、彼女の気配が消えたので、無事成仏できたかな、と思って日が経ちました。
それからしばらくして、ふと、彼女がどこの誰だったのか、気づきました。
それは、曾祖父の母親でした。曾祖父の母親は明治期に36歳で亡くなっていました。私がみた女性の姿は、彼女の晩年の、病に伏していた時の姿だったのです。
そんな彼女は自分の死後100年近くも息子を思い、息子が成仏するまでずっと彼に寄り添っていたのだと思ったら、母の愛は一途で永遠だなぁ、そう思ったのです。
ちなみに、女性性の愛は、“個” に向けられる傾向があります。そして、男性性の愛は、“家族” =社会=国、、、という単位にベクトルが向けられる傾向があります。
曾祖父の母親の愛は、その息子に向けられ、曾祖父の愛は後に続く子孫=家族を思う愛でした。
ということで、魂の領域では余計な感情が入り込まないので、“愛” というものがただただ一途で、純粋で、まっすぐで、そして永遠なのだなぁと思ったという、そんなお話でした。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
次回は、「最後に残るのは、愛」というお話です。
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