サラ☆の物語な毎日とハル文庫

『森は生きている』の作者、サムイル・マルシャークについて

 

 日本ではサムイル・マルシャークと言っても、

『森は生きている』という岩波少年文庫に入っている本を大好きという人でない限り、

「だあれ?」ということになるんじゃなかろうか。

 

『森は生きている』という本自体が、

図書館の棚にあってもなかなか手にとってもらえない、

読まれなくなった児童文学なのではないかと、心配している。

あんなに面白い、素敵な本なのに。

読後は幸福感の満たされるし。

今の子供にはどうよ、という懸念など振り払って、積極的に読ませたい。

 

サムイル・マルシャークはユダヤ人であり、ロシアではとても有名な児童文学作家だ。

 

といっても、天才詩人として人生をスタートしたマルシャークは

「私は自分が児童文学作家になるなどとは思ってもみなかった」と回想している。

しかし、「一時的な避難所」だった児童文学に長きに渡って携わることとなり、

マルシャークの「文学歴において、もっとも成功した領域になった」ということらしい。

 

晩年のマルシャークは世界的に有名な児童文学作家だった。

「ソ連では、誰もが小さい頃からマルシャークの名前を知っていた。

たどだとしい筆跡で、宛先に『モスクワのマルシャークさま』とだけ書かれた

子供の手紙でも、すぐにちゃんと届いた」

と、マルシャークの秘書をつとめた人が書いている。

 

「70歳近くになっても、児童文学作家マルシャークは、まったく衰えを見せなかった。

1956年、私が秘書としてやってきたころのマルシャークは、

体格のよい初老の男性だった。

マルシャークの仕事ぶりに私は心底驚いた。

机から離れることなく、まさに朝から晩まで書いていたのだ。

中断するのは、電話のベルが鳴ったり(ほとんどいつも自分で電話をとった)、

文学関係者の訪問があったりするときだけだった。

いや、その客との時間でさえ、マルシャークは仕事をし続けていたのである。

自分の詩を朗読し、その場で必要と思えば直しつつ、推敲していた。

そして、その詩が完璧になるまで、また仕事を続けた」

(以上、『カスチョール』第25号 マルシャーク生誕120年記念特集より引用)

 

『森は生きている』を書いたのは、第二次世界大戦の真っ只中。

独ソ戦の最中に、さらにレニングラードが900日間ドイツ軍によって包囲されていた1943年のことだ。

マルシャーク、56歳。

そのときに、マルシャークが家族に当てた手紙が残っている。

カスチョールの会が発行する田中泰子さんの講演録

『森は生きている! マルシャークのメッセージ』という小冊子の中に

紹介されているので、引用する。

(田中泰子さんは、大阪外国語大学名誉教授)

 

☆「どんどん仕事をしている。睡眠時間はあまりとれない。

新聞の仕事と新しい詩集『バラードと敵』だ。

それに昔話にもとづいた長編の戯曲『森は生きている(12の月)』を書いている。

もう3分の2は書き上げた。

…前線の勝利はうれしいね。

レニングラードの包囲を打ち破ったというのは、なんとすばらしいことだろう!

…毎日朝から晩まで働きづめだ。

近々2週間ほどクレムリン病院かサナトリウムに入る予定だ。

だが、このことはママに言うなよ。心配させるだけだから。ただの過労さ。」

(息子への手紙 1943年1月23日)

 

☆「仕事を精力的に続けている。

戯曲『森は生きている(12の月)』はほぼ出来上がった。うまくいったと思う。

ただ、まだ終生したり、付け加えたりしなければならない。

数日間前線へ行ってきた。

…なんとすばらしい若者たちだ。隊所属の通信兵たち数人と話をした。

もう一編通信兵のことを書こうと思っている。

この人たちは敵の砲火の下をかいくぐりながら兵隊さんたちに手紙を届けるのだ。

そのことをつつましく、何の気取りもなく話してくれた。

すごく怖いこともあると、率直に認めながら…」

(妻と息子へ 1943年2月19日)

 

☆「…2日前にやっと私の芝居の演出家が決まった。

『プーシキン』などを演出したスタニーツィンだ。

…音楽はショスタコーヴィチが担当する。…」

(妻と息子への手紙 1943年6月18日)

 

戦争の真っ只中にありながら、戦火のすぐ近くにいながら、

『森は生きている』のような透明感のある、

自然の息遣いが聞こえそうな、ユーモアや智恵の飛び交う物語を書いている。

それはすごいことじゃないかなと思うのだ。

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