ロザムンド・ピルチャーという女性の作家を知っていますか?
じつは去年の暮れに先輩に紹介してもらうまで、この作家のことは無印だった。
多分書店では、棚に並ぶ「ロザムンドおばさん」という背表紙の名前を見かけていたのだと思う。
しかし、読んだことはなかった。
手にしたのは3冊の短編集。
イングランドの自然を背景に、主として女性の主人公が出会う、人生のもっともよい瞬間に属する物語。
どのストーリーもていねいに心の動きと人生の襞、自然が描かれていて、引き込まれるし、ハッピイエンドにはホッとする。
英国式にミルクティとクッキーでもテーブルにおいて、午後のひと時を過ごすのにもってこいの物語。
一篇を読み終えると幸せな気分に満たされる。
「人生はそんな安易なものではない」というお門違いの注釈は控えてほしい。
「浮き沈み」ということばがあるとおり、人生にはいいときもある反面、起きてほしくないことも躊躇なく起きるものだ。
また世の中、いい人ばかりとは限らない。
悪意は現存するし、極限の状況では悪魔のような行為に及ぶ場合だってあるわけだ。
だけど、頭が下がるような優しさを見せる人は確かにいるし、人生最高のとき、というのも誰にだってあるはず。
人間のダークな面に照準をあてるのも小説なら、穏やかなキラキラしたシーンに照準をあてるのも小説だろう。
長編を読んでないからわからないが、すくなくとも短編に関しては、ロザムンド・ピルチャーは後者の作家である。
人生は捨てたもんじゃない。
そう思わせてくれる物語群だ。
ちなみに「ロザムンドおばさん」の短編集は『ロザムンドおばさんの贈り物』『ロザムンドおばさんのお茶の時間』『ロザムンドおばさんの花束』の3冊が晶文社から刊行されている。
訳者は『大地の子エイラ』シリーズなどで、静謐で上質な翻訳をしてくれている中村妙子さん。
1990年にヒースロー空港での待ち時間、ふらりと入った売店で、たまたま手にした本がロザムンド・ピルチャーだったそうだ。
これまで日本では訳出されたことのない作家だが、欧米ではベストセラー作家。
飛行機の中で夢中になって読み、この作家を翻訳したいと強く思ったそうである。
93年に『婦人の友』という雑誌に、短編の訳したものを連載。
これがたちまち評判になり、その年と翌年に3冊の短編集が立て続けに出版された。
長編の『シェル・シーカーズ』は250万部のベストセラーとなったらしいから、欧米では知っていて当然の著名な作家なのだろう。
日本は英語圏ではないので、翻訳されなければ、接するチャンスもなくなる。
翻訳出版するかどうか、その選択からもれてしまえば、英語に堪能でないかぎり、読むことはないというのが現状である。
聞いたところによれば、日本語に翻訳される出版物は、英語圏全体のたったの3~7パーセントに過ぎない。
中村妙子さんと本との出会いは、読者にとっても幸運な出会いだったということになる。