村岡花子さんは、戦前戦後を通してすぐれた英米児童文学を翻訳し、日本に紹介した児童文学者です。
あの『赤毛のアン』をカナダの女性宣教師から託されて、日本語に訳して紹介したのも村岡花子さん。
『赤毛のアン』シリーズのほかにも、数々の家庭小説ともいえる児童・青春文学を訳出しておられます。
その村岡花子さんが、長男の道雄さんを5歳で失くして悲しみにくれるなかで、立ち直るきっかけとなったのが、このマーク・トウェーンの『王子と乞食』だった…
というエピソードを、「赤毛のアン」の展覧会で読んだ記憶があります。
「じつに3カ月半ぶりの読書だった。本を読む気力すら失っていたのである。まる2日間、寝食を忘れて『ザ・プリンス・アンド・ザ・ポーパー』に没頭した。
読み終えたとき、啓示にも似た閃きが走った。
『…誇るべき男の子をもたぬ悲しみの母ではありますけれど、一度燃やされた尊い母性の火を、感傷の涙で消し去ろうとは決して思いません。高く、高く、その炉火をかかげて、世に在る人の子たちのために、道を照らすことこそ私の願いです…』
…神が定めた運命に従おう、自分の子は失ったけれど、日本中の子どもたちのために上質の家庭小説を翻訳しよう。」
村岡花子さんは、そんなふうに思ったそうです。
(『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』村岡恵理著・マガジンハウスより)
この『ザ・プリンス・アンド・ザ・ポーパー』は『王子と乞食』として、昭和2年に平凡社の世界家庭文学大系シリーズの2巻として刊行されました。
昭和7年に、新しく手を入れて岩波文庫の1冊として出版。
さらに昭和33年に再び筆を入れて改訂版を出しています。
「私の最上の努力がここにこめられていることを敢て宣言したいところであります」と村上花子さんは文庫のあとがきで書いています。
この本が、村岡花子さんの翻訳家としての記念すべきスタートとなりました。
村岡花子というと『赤毛のアン』ですが、『王子と乞食』は、女史の渾身の思いがこめられた訳業なのです。
だから、面白くないはずがな~い!!
いまこの本は、おびただしい本の中に埋もれてしまっている印象がありますが、ディケンズの『オリバー・ツイスト』にまさるとも劣らない、はらはらドキドキの面白本です。
読まれないのは、なんとももったいにゃい。
ただ、読むには多少の読書力がいるのです。
だから、本を読みなれた子なら、すぐに物語世界にどっぷりつかれるけれど、読書体験の少ない子は、ダイジェスト版でないとなかなかついていけないかもしれません。
しかし、読書経験豊かな大人は、間違いなく楽しめます。
いまいちど岩波文庫版の『王子と乞食』を読んでみてください。
豊かな読書の時間を過ごせることを、このサラ☆が保証します。
(サラ☆の保証じゃ頼りないかも? そんなことはありませんよ。)
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