goo blog サービス終了のお知らせ 

 三     九

いつも ありがとう

さみしいね。

2017-06-08 14:23:44 | 愉快な仲間

6月6日、亡くなった、義弟(弟)の百か日を迎えました。

「四十九日での納骨はあまりにも寂しい」と義妹(嫁)ちゃんは百か日で納骨を決めていました。

家にそのままお骨を置いておきたいと思っても、初盆も来ますしね、

寂しくなりますが、落ち着くところに収めるのが一番いいのかもしれないですね。 

いよいよ本当に お別れなのです。

 

6日、予報ではずっと 雨マーク、雨の日のお墓はあまりにも悲しいですね。

皆、心配していましたが、幸い 雨にならず、

曇りのお天気で、暑くもなく寒くもなく、弟のお骨は無事お墓の中へ収められました。

先に逝った 弟の三人目の息子、そして両親と並んで収められました。

久しぶりの再会を喜んだでしょうかね。

皆 仲良く過ごすことでしょうね。

 

私たちが弟の家に遊びに行った時 

ガオーのおじちゃんは大きなトラの縫いぐるみを持ち出してきて、孫たちと遊ばせてくれました。

何がしかガオー(トラの縫いぐるみ)も寂しそうでしたね。

6日朝早く、出かける前に庭のお花をアレンジしてお供えさせていただきました。

 

今年のお盆は初盆で、精霊船の事も考えなくてはいけません、

町内の方々がお世話をして下さいますので、

我が家の父さんと福岡の弟と、嫁ちゃんと 息子2人、自治会長さん始め、数人の方々にご挨拶に行って 

初盆の準備も順調に話が進んだようで、嫁ちゃんと甥っ子2人は安心していました。

6日の夜は1泊して 弟の事を偲びながらも 楽しい夜を過ごしました。

 

弟へ

残された家族の安泰を見守りなされませ。

そして、どうぞ安らかにお眠り下さいね。

合掌 

 

ありがとうございました。

 

 

 

 


埼玉に行ってきました。

2017-05-28 16:44:43 | 愉快な仲間

埼玉に住む弟の一人娘、姪っ子の結婚式に8歳年上の姉と2人行ってきました。

結婚式はいいですね。 

ディズニーランドのホテルで、

男性軍はきりりと正装して、女性群は素敵におめかしして、久しぶりに会える親族、

皆うれしい笑顔。

結婚式は ほ~~~んと  いいですねー。

み~~~んな うれしい、楽しい いい顔して久しぶりの再会を喜びました。 

埼玉には私のもう一人の姉も住んでいて、姉の所に4泊5日お世話になってきました。

久しぶりに会う甥っ子、姪っ子に温かいおもてなしで歓迎してもらって、

美味しい物食べに甥っ子夫婦に連れて行って貰ったり、たくさんのお土産頂いて、 

楽しい日々を過ごしてきました。

このお礼は長崎でー。

長崎に是非遊びにおいでねーと約束してきました。

 

父さんは 一人長崎でお留守番。

鬼はいないし、 のんびりして・・・・・・・・・・いるかと思ったら 

鬼がいないと・・・・・・・・・なーんて言っていました。

 飛行場迄、迎えに来てくれた父さんは

少し・・・スマートになったような。

私はと言うと、

連日、美味しい物  頂いてふっくら、    こら   こら   ダイエットしなくてはねー。

 

 


愉快な仲間・・・

2017-04-17 22:19:49 | 愉快な仲間

「ガオーのおじちゃん」 と言うだけで、わが家の孫たちは、じいちゃんの弟の事だと分かるのです。

ガオーのおじちゃんの家に遊びに行くと おじちゃんは等身大のトラのぬいぐるみを出して遊ばせてくれました。

大きな本物そっくりのトラは動物園の檻の中で横たわっているような姿をしています。

自分達より大きなトラのぬいぐるみを

孫たちは 最初は怖がっていましたが、 

怖くないとわかったら、跨って馬乗りしたり、パンチしたり、又 引きずったり、背負ったりして大きなトラのぬいぐるみと一緒に遊んでいました。

近くの浜に潮干狩りに・・・・・

おじちゃんはバケツの中に貝堀道具、マテ貝用の塩など入れて、貝堀りグッズを何人分も準備してくれていました。

おじちゃんはいつもにこにことして我が家の孫達を大歓迎してくれました。

もうこれから、何度遊びに行っても おじちゃんと会うことができないんですね。

 

 

お医者さんからはかなり厳しい状況を告げられていたのですが、

奇跡が起こりますように・・・・・奇跡を・・・・・と家族みんな願い続けながらも、

弟の辛い状況を目の当たりにする、悲しい現実もありました。

 

弟(義弟)が亡くなったのは 平成29年2月28日

福岡の弟夫婦と私は、1ヶ月間、家に帰っていない弟を「おかえりなさい」と迎える為に一足先に家に帰りました。

 

お正月過ぎという事もあり、

床の間には中国の紅梅の大きな掛け軸が掛かっていました。

取り外さないといけないですね。

後には、父さんと私、車遍路で四国八十八箇所を巡っての御朱印で作られた掛け軸を掛けました。

二軸共とも 父さんと私から  日頃の感謝の気持ちでプレゼントしたものでした。

 お布団は・・・   お布団は・・・  弟が使っていたであろう布団に綺麗なカバーをかけて

弟の帰りを待ちました。

 

 

変わり果てた弟は、病院から自宅へ。

薄茶色の芝生  草はなく相変わらず綺麗な庭です。

自分のお気に入りの場所、手入れの行き届いた五葉松の傍、畳1枚ほどの平たい庭石が置いてあります。

その石に腰掛け、庭を眺めながら、ゆっくりのんびりタバコをのめる弟の憩いの場所だったのです。

そこを横に弟は、お縁からお家の中へと運び込まれました。

 

訃報を聞きつけた人々がお参りに来てくださいました。

嫁ちゃんは15年ほど前、建てた自分達の家で ゆっくり過ごさせたいと、

28日夜 仮通夜を自宅で。

ほとんど病院の待合室での生活で、

悲しみ疲れ果てた嫁ちゃんが弟の枕元に お布団を敷きそっと横になる姿が余計に悲しいものでした。

 

3月1日 本通夜を 近くの斎場で、弟の人柄を忍ばせますね。

たくさんの方、本当にたくさんの方々が駆けつけて下さいました。

おじちゃんにかわいがって貰った 甥っ子、姪っ子、我が家の長男、長女の家族も集まりました。

孫たちもガオーおじちゃんに「ありがとう」とお別れにきました。

 

東北に住む我が家の次男は 1、2,3日とお休みを貰って 遠いこともあり一人だけ来ました。

お通夜の夜は斎場が近いので 弔問客が少なくなる、夜10時位になると弟を自宅へ連れて帰ることにしていました。

もう一晩、皆と一緒に過ごせてよかったのです。

嫁ちゃんはその夜も 弟の傍にお布団敷き 一緒に横になります。

 

黄泉の国へと旅立つ弟に 持たせてあげたい物を 嫁ちゃんと二人の息子が準備します。

タバコが 好きで止められなかったのですね。 

あれほど止めてほしいと願っていたけれど

棺の中にはたくさん持たせてあげたいといくつもタバコを用意していました。 

焼酎、背広、大好きだったチョコレート 頂いた、たくさんのお花、

 我が家の次男の家族が「ガオーのおじちゃんが元気になりすように」と願って折った虹色の千羽鶴も一緒に。 

 

私は 弟に 持たせてあげたい物の一つに般若心経の写経をしてほしいと皆に提案しました。

半紙と筆ペンを用意して 「字が上手下手 気にしないで、気持ち一筆でもいいので書いてね」と。

極楽浄土へ 迷うことなく行けますように この方はたくさんの人々の為に良い行いをされた人です。

私達が保証します、そんな気持ちですね。

残された親族からのお守りになれば・・・ そんな願いと思いからの提案でした  

皆で書いた、半紙4枚の般若心経の写経を三つ折りにしたのを、白紙の半紙に包んで、棺の中に収めさせて頂きました。 

 

お葬式は3月2日 午後1時から

地域的に 朝の内に火葬されるのです。

嫁ちゃんは喪服を着ます。

一人の姪っ子が髪を整えてくれました。

私は着物の着付け担当です。

その日は夕方まで着ていなくてはいけないので 念入りに着付けをします。

 

朝9時出棺です。

その前にお坊さんが来て お経を唱えてくださいます。

その日の朝は雨が降りましたね なみだ雨です。

でもその後は 陽がさし、 

朝7時過ぎでしたね。 

誰かが「虹が出てるーーー」と叫びました。

僅かな時に消える虹を見たいが為に、私は裸足で飛び出してしまいました。

西の空に 大きな 大きな虹が架かっていたんです。

弟を極楽へと、何方かお迎え来て下さっていたんでしょうかね。 

 

霊柩車に乗った弟は元いた職場と両親と住んでいた場所を廻って

火葬場へ・・・・・・・・・・・。

 

お葬式にはたくさんのお花、籠盛り、を頂き、たくさんの方々が参列してくださいました。

まだ 今でも 弟が この世にいないのが 信じられないのですが、

一七忌 二七忌 三七忌 四七忌 五七忌 六七忌  七七忌 四十九日を迎えます。

にこにことした遺影を前に、弟にいいお導きがありますように・・・・・と

七日毎にお線香をあげに車を走らせました。

 

嫁ちゃんは少しづつ元気になっているように見受けられますが、

自宅にお参りに来て下さる方がいたりとか、

まだ、仕事をしていて突然の不幸だったので、

いろんな書類が送ってきたり、書いて出したり、

「頭が回らないんですよ・・・」と

人が亡くなるというのは色々手続きがあって悲しんでいる間がないようですね。

 本当に寂しく悲しくなるのはこれからなのでしょうね。

 

初孫も出来たので今年の五月頃からじいちゃんとばあちゃんと一緒に暮らそう  そのような計画もあったようです。

甥っ子たちは、5月の連休頃、お引越しして 一緒に住むような段取りをしてくれるようです。

大きなお家で嫁ちゃんの一人暮らしは寂しいですから、 

私たちは一安心です。

 

3兄弟 一番最初の海外旅行、行きたい先候補は イタリアでした。

でも、実現できたのは、香港、マカオ、ドイツ、スイス、フランス、台湾 国内も 行きましたね。

3夫婦 6人で 飲んで 食べて 笑って とっても楽しい 楽しい 旅でした。

よく 行く先々のツアーの方々から、

「兄弟3人、 それも嫁さん3人一緒の旅行いいですねー」とお声を頂きました、

6人での楽しい時間は台湾旅行が最後となりました。

 

福岡の弟が「いつか絶対イタリア行こう・・・」と言っています。

 きっと、又、いつの日か、いつの日か、 イタリア行 計画立ててくれることでしょう。

その時は弟(写真)も嫁ちゃんも勿論一緒です。 

実現できますように・・・・・・。

 

平成29年 1月 楽しい台湾旅行から帰って 10日後の出来事で、

それから1ヶ月後、主人の末弟の悲しい死でした。

お彼岸にお寺参りの時、近所の方に会いました。

「身内を亡くした様に悲しい」と涙して下さった方もいました。

 

私は長男の主人と結婚して 両親の住む町と離れていて暮らしていました。

弟達が同居することになり、

介護認定4の認知症の母と頑固者の父と両方とも亡くなる3ヶ月前まで、一緒に生活してくれました。

楽しいことも 又 それ以上の辛いことも みんな 弟と嫁ちゃんで受け止めてくれてのでした。

40数年、たくさんの関わりがあって、感謝を言葉にするとまだまだ書きたりないほどです。

誰にでも分け隔てなく優しく、とっても素晴らしかった弟との縁に感謝し、

ありがとう、ありがとうの気持ちを添えて ほんの一部綴らせて頂きました。

 

陽春院廣篤清岳居士

残された私たちは 

貴方の事を、春になれば思いだし 夏になっても思いだし 秋になっても思いだし 冬になっても思いだし、

生涯忘れることなく、決して忘れることはないでしょう。

残された貴方の家族 、特に初孫ちゃんと甥っ子のお嫁ちゃん  これからも、 私達はそっと見守っていきたいと思います。

どうぞ    残された家族の安泰をお守りなされませ。

どうぞ、安らかに   お眠りください。

ありがとうございました  貴方とご縁がありました事を心より感謝しております。

 

 

追記

昨日、七七忌  四十九日の法要を無事終えることが出来ました。

甥っ子、姪っ子達、我が家の孫達もみんな集まった事に

「おじちゃんが喜んでくれる」と嫁ちゃんはたいそう喜んでくれました。

我が家の次男は遠くて来れないですね。

lovely長崎の息子なんで、本当は来たかったでしょうね。

 

写真は我が家の庭に今咲いているお花です、

エリカ、ラナンキュラス、クリスマスローズ、ストック、撫子、金魚草、都忘れ、シンビジューム、

斑入りギボウシ、アジュカ、カランコエ(福岡の弟から貰った花も一緒に)

 

小さくても一輪でも 自分で育てたお花を飾るのが好きな私は、

弟に喜んで貰えるようにと頑張ってアレンジして

仏前に供えさせて貰いました。

 

 

話が重複したり、前後したりの文章で

読みづらい所も多々あったことと思います。

ご訪問頂き、最後まで目を通して下さいまして、ありがとうございました。

心より感謝申し上げます。

 


愉快な仲間・・

2017-03-31 20:58:28 | 愉快な仲間

お正月、お盆、春と秋のお彼岸  その他数日、夫の両親が亡くなってからも 日帰り、又、お泊まりで 良くお世話になりました。

義弟(弟)は車のエンジンの音が家の前で止まるのを聞きつけ

「おかえりぃー」とニコニコしていつも出迎えてくれました。

その優しい弟の姿をもう二度と見る事が出来ないのです。

 

2月25日、弟のかわいい初孫ちゃんの初節句のお祝いを無事済ませ、

午後の面会時間に間に合うように急いで病院へ駆けつけ、眠ったままの弟に楽しい節句の祝いの席だった事を報告しました。

その日は私達も、福岡の弟達もそれぞれ家路に着きました。

 

そして、27日の午後7時頃  甥っ子から危篤の知らせ

私はいつでも運転できるようにアルコールを禁止していましたが、

前日の26日は2人ともアルコールを飲んでいた(私も)のです。

連絡のきた、この日は飲んでなくて本当によかった・・・のです。

荷物を急いで取り纏め  私の運転で2時間程の道程を走りましたね。

病院に着いたのは午後9時回っていました。

ICU室に通して貰い弟に声かけますね。

「姉ちゃんと兄ちゃんが会いに来たよ」

福岡の弟夫婦が着いたのは深夜12時過ぎていましたね。

その時もICU室に入れてもらって  

悲しく皆だんだん言葉少なく  ただ穏やかな顔をして横たわる弟の両手、両足、顔をそれぞれがさすってあげるのでした。

次の面会は深夜3時頃と言われ、皆、待合室で少し横になります。

午前3時の面会の後、「次は6時頃ですね」と言われていたのですが、

6時前でした。 心拍の乱れる様子から看護師さんには死期が近い事がわかるのでしょう

「皆さん中へお入りください」と 弟が横たわるベットの周りに椅子を用意して下さっていました。

 

救急車で搬送されてから約1ヶ月  

弟は初孫の節句の祝いまでは頑張ってくれていたのでしょうか、

お祝いを済ませた3日後の朝

2月28日 朝 7時 頃でしたね。

弟の嫁ちゃん、2人の息子、福岡の弟夫婦、そして私達の見守る中、

心拍0ーーーーー少し脈打って     0ーーーーー

穏やかな顔をして横たわっている弟の姿は何も変わってない

「エッ?   どういう事?」信じられないそんな思いでした。

 

弟は、とうとう天国への階段を登り始めたのです。

弟の額に嫁ちゃんが自分の額を重ね「お父さんありがとう、ありがとうね」とつぶやく姿が忘れられません。

 

「痛かったねー」「しんどかったねー」「きつかったねー」

「悲しいよー」「寂しくなるよー」「ありがとうー」「ありがとう」「ありがとうね」

「嫁ちゃんの事は心配しなくていいからね、これからもずーと仲良くしていくからね」

みんなは手足に触れながら代わる代わるそして弟の耳元で言葉をかけるのでした。

 

ベットの枕元にはICU室に入室できない、幼い初孫ちゃんの写真。

そして虹色に綴じられた千羽鶴

東北に住む、我が家の次男の家族が「遠くてお見舞いに行けないから」と

息子と嫁ちゃんと、3年生のはーちゃんと、年中さんのちーちゃんと、2才のすーちゃん、

皆でせっせと、おじちゃんの回復を願って折り鶴を折って送り届けてくれたのでした。

千羽鶴も悲しく見えます・・・。


愉快な仲間・

2017-03-23 15:04:19 | 愉快な仲間

病院へ日帰り そして 危機を感じるときは義弟(弟)の家に一泊を何度か繰り返し、

穏やかな顔をして横たわる弟の表情を見ながら 奇跡を本当に奇跡願いながら、あちこちさすり、ツボを押し

それでも回復の兆しがなかなか見えず しばらく経つと、毎回、行く度に黒い式服を車の隅に準備して行く 自分達に悲しさを覚えながら・・・・・。

弟には 待望の初孫が生まれて もうすぐ八か月になろうとするのかわいい女の子がいます。

これから ゆっくり、初孫との貴重な時間を共にし成長を見守り楽しみが 訪れるという矢先でした。

2月25日は弟が元気な頃、 初孫の初節句の祝いを嫁ちゃんとの 両家で食事会をしようと 会場を予約していたようです。

 

2月24,25日とお見舞いに行った 私達と福岡弟夫婦は弟の家へ 泊る予定でいました。

甥っ子の父親が思いもよらない 危篤な状態で お祝いをしようか 止めようか随分迷ったけど、孫の節句の祝いを したほうが おやじさんはきっと喜んでくれるはずと、

24日の夜 病院から弟の家に一泊するつもりで帰った私達を追いかけ、

甥っ子は 「おやじの為と俺の子供の為に一緒に節句の祝いの席に 出席してほしい」というのでした。

私たちは喜んで 出席させて貰うことにしました。

 

25日 初孫ちゃんの節句当日 お祝いの席には 嫁ちゃんのおばあちゃん ご両親 お姉さんの家族   

こちらは弟の嫁ちゃん 主人公のパパママ そして おじちゃん(パパの弟) 

私達4人を加えて全部で16人で節句の祝いの始まりです。

「ここに喜んで にこにこして出席するはずのおやじの姿が見られなくて・・・・」

甥っ子の始まりの挨拶では皆 涙なしではおれませんでしたね。

我が家の主人も親戚代表で一言挨拶 夫も涙でした。

でも 「今日は 弟のかわいい初孫の お祝いの席 俺はお祝いに 長崎ぶらぶら節をうたう」と

夫は「お前も応援せろ」と私に言って 歌い始めました。

途中ですね 私も 孫ちゃんの為に 夫の横に立って 歌いましたよ。

♪ なが~さ~き~めいぶ~うつ  はたあげ~ ぼんまつ~り~♪  

すると 福岡の弟も俺も歌うと 祝いの歌を歌いました。

弟のかわいい初孫ちゃんのこれからの成長を 私達も一緒に 楽しみにさせてくださいね。

そんな 願いを込めながら 楽しい 一日になりました。 

お祝い終了後 急いで 次の面会の時間に間に合うように 病院へ急ぎ

 無事節句のお祝いを済ませたことを弟に報告しました。


愉快な仲間

2017-03-08 11:00:36 | 愉快な仲間

2017年 1月18日~21日 兄弟ペアー 6人 愉快な仲間 最後の台湾旅行になりました。

10日後の朝 1月31日 寝床での義弟の様子に気付いた義妹。

 救急車で30ほど離れた総合病院へ搬送され

ICU室に運ばれた時は右頭部は腫れている状態で検査の結果右脳はほぼ真っ白

かなりの危篤状態だったそうです。 

その日の内に手術をし それでも頭の腫れのピークはまだ、 まだまだ腫れてくる

そのような説明を受けました。

1日4回、30分間の面会時間 手のツボ 足のツボを 押しに押しまくり さすりにさすって 変わりばんこに声掛けし、それでも 

義弟に 「痛いよー、、皆で俺の手と脚 触りまくって 何やってんだよー」兎に角、何でもいい、反応を示して・・・・・。

何一つ 声も出すこともなく、痛がる様子もなく 穏やかな 穏やかな表情をしていました。

 

ある日突然、ふと目を覚ます・・・・・覚ましてほしい・・・・・、皆して 一途な希望を持っていました。

手入れの行き届いた、義弟の家の庭の芝生には 草が 一本も生えていないのです。

いつ行っても 綺麗な芝生です。

私は 庭の様子を語りかけました。

「ゆっくり眠ったら、早く目を覚ますのよー、貴方の自慢の庭、芝生に草が生えてくるよー」

春芽時で 根が動き出している、芝桜の事、 白とピンクのクリスマスローズの事 、

そして まだまだ 貴方にはたくさんのお礼を言わないといけないと・・・・・。 

 

 

 

 


神様 助けて・・・・・

2017-02-03 23:02:37 | 愉快な仲間

2年ほど前から3兄弟 子育ても終了し、 順調に年を重ね、海外旅行を楽しもうと、

真ん中の弟 がテキパキと 段取りを立ててくれるお蔭で

 香港 マカオ、  ドイツ スイス フランス 

そして ほんのつい最近 

前日の1月17日は 福岡に住む 真ん中の弟の家で 出発前の 前夜祭。

そして翌日

1月18日~21日迄 台湾旅行へ行ってきました。

3兄弟 妻3人 食べました 飲みました 笑いました。

お土産もたくさん買いました、楽しい楽しい台湾旅行。

末の弟は たくさんの思い出を収めようと ビデオをずっと撮っていました。

 

その10日後 思いもかけない出来事が・・・・・・・・・。

1月31日 朝 7時22分 甥っ子から 「お父さんが 脳梗塞で病院に運ばれたーーーーー」

40分には家を出ました。

車で2時間ほど離れた 病院へ着くと かなり重症の弟との面会となりました。

手術をしないと命が危ない・・・・・

3時間ほどの手術を終え まだ まだ 予断のできない状態なのです。

弟の人柄ですね、30数人の親戚 友人 知人、心配して病院に来て下さいました。

私たちは 福岡の義弟妹と 一緒に一泊して 1日一時帰宅しました。 

 

今日 3日 節分  憔悴しきっている 弟嫁ちゃんに 恵方巻きを作って持って行きました。

一緒に頑張ろう。 

「あーーーーよーーーーーう 寝とったばい」と言って眼を覚ましてくれる事を祈ろう。

 

縁あって義理の弟妹と長年 お付き合いをさせて頂いて ずっと見ていました。 

認知症の母と 頑固な父と 一緒に住んでくれていました。

義弟達の3人目の子供の悲しい出来事、

辛い悲しい経験もたくさんして、

それでも、たくさん たくさん 本当に誰にでも優しく、 たくさんの徳を積まれ生活してこられた 立派なご夫婦なのです。

私は この家族に たくさんの 幸せがありますようにーーーーーといつも願っていました。

義弟は64歳 半年ほど前 初孫が生まれ そろそろ 仕事を辞めて孫の守りをしようという矢先でした。

 

あ~あ無情 義妹の悲しむ姿がとてもかわいそうなんです。

神様ーーーーーーー助けてくださーい。

 

義弟に声かけました。 

いつ遊びに行っても、庭の芝生が草一本なくきれいなのです

「今少し 休んで 目を覚ましてね、貴方のするは まだまだ たくさんあるからねー」

「じいちゃんとばあちゃんの姿が見えたら まだまだそちらに行けないって言うのよ」

「こちらで 皆が待っているんだからね」

義姉ちゃんは怖い人だねー と目を覚ましてちょうだい。

義弟は まだまだ 世のため 人の為に活躍してくれる人なのです。

そんな貴重な人なのです。

神様 神様 八百万の神様 どうか 義弟に お力をーーーーーそして  お助けくださーーーーーい

お願いしまーす。


感謝の気持ちを添えて

2016-06-04 11:22:35 | 愉快な仲間
3人の子供の連れ合いの実家に。

お中元、お歳暮と 1年に2度 お互い「元気ですか?」と、孫の話を、短い会話ですが、

婿ちゃん、嫁ちゃんのご両親の最新の様子を伺えるいい機会です。

娘の旦那さん 2人の息子の嫁さんを産んで下さったご両親です。

今までも、これからも 娘達、息子達の家族がお世話になる事と思います。

「ありがとうございます」を形は小さくても てんこ盛りの私の気持ちを添えて贈らせてもらっています。




2株の苗をを昨年求めて植えていたら今年はたくさんの花が咲いて庭を和合わせてくれています。

ブルーサルビアの花です。

花言葉は・・・「尊敬 家族愛」いいですね

活動開始

2016-05-21 13:03:03 | 愉快な仲間
私にとって初めての婦人会の総会も無事終了しました。

1年の過ぎるのが早いこと 先代よりズーと引き継がれて来た 婦人会 今では平均年齢を出してみると

老人会と言っても可笑しくないですよ。

年間行事は先ず これから活動活発になるゴキブリさん。

☆ゴキブリさんのの喜ぶ美味しい団子作りをして 会員さんに配ります。

☆会員の皆さんと一緒にちょっと贅沢 お外でのお食事会

☆市民大清掃の日 公民館の掃除

☆自治会での精霊流し お疲れさん会のお手伝い

☆健やか支援を頂き 脳トレ、筋力UP 公民館で軽い体操教室

☆新年会

☆婦人会の総会で締めとなり

又新しく活動開始ですね。

今年 会長として2度目の春になります。

高齢化していく会員ですが、若い人を誘っても余り・・・いやー全く

興味を示してくれない 会員が増えないですね。

そして 忙しいからと 役員になり手が無い 殆ど同じメンバーでの活動となりますね。

現在、婦人会会員数は29名


今日第一回目の行事で ゴキブリさんの喜ぶ美味しいホウ酸団子作りをしました。

作りながらいろんな話が出て沢山笑いましたね。

この笑いが身体に脳にとってもいいと信じてまたこの1年楽しく頑張りましょう







春のお彼岸

2016-03-22 20:49:05 | 愉快な仲間
義弟、末の夫婦の待ってくれる 父さんの実家で 平成28年 3月19日20日と 春のお彼岸 又又 甘えて 一泊で お墓参りに行ってきました。

福岡の弟夫婦も来て 仲良し3兄弟夫婦 久々集まって賑やか 賑やか

テーブルの上には 義弟とかわいい義妹ちゃんの温かい おもてなしがズラリと並んでいます。


乾杯のビールから始まって、近況報告 今年はどちらも待望の孫の顔が見れると嬉しい話が聞けました。

末の義弟のところは8月 福岡の方は10月と ファミリーが増えるのはとっても嬉しいニュースです。

なってったって 孫は宝 宝の話をするのだからみんないい顔になりますね。

めでたし めでたし よかった よかった うれしいねー。


亡くなった父ちゃん(舅) 母ちゃん(姑)との たくさんの思い出話に花が咲きましたよ。

3兄弟は貧しい中にも一生懸命育ててもらった頃の苦労話。

3嫁も生前関わりのあったたくさん たくさんの出来事を 「こわーい時もありましたよ」と大笑いしながらでした。

楽しい宴会は続き、我が家の旦那さんは早々に出来上がって 宴会も半ばで横になって眠りに入ってしまいました。


宴会終了は深夜3時半、お片付けして

明日はお墓参り いやいや実は今日だけどね。「おやすみー」



春のお彼岸、ワイワイガヤガヤとお墓参りツアーみたいです。

コップに新しい水を注ぎ お花の水換え、お線香あげ、縁を頂きみんな元気に仲良く過ごせる事に感謝し、

一族の安泰をお守りいただきます様 手を合わせます。


私の実家のお墓も同じ境内にありますので、みんな一緒にお線香をあげてくれるのです。

有り難く嬉しく思います。感謝です。

お墓参りが終わってお寺では主人と私の両家の先祖代々の供養と私の妹の戒名を細い短冊の和紙に書いて頂きます。

施餓鬼供養のお米代と万年講のお代を収め 檀家さんのみなさんの手作りの美味しい精進料理をお寺さんで頂きます。

私達、春と秋のお彼岸の恒例になってきましたね。

お寺では懐かしい人にもよく会います。


たくさん笑って、楽しい時を過ごしてきましたよ。

写真は先日作った餡でお土産におはぎ・・・ぼた餅を作りました。

どうぞ召し上がれ。