ニューヨークのカラ売り専業ファンド、パンゲア&カンパニーが東京事務所を開設。狙いを定めたのは、病院買収に邁進する巨大医療グループ、架空売上げの疑いがあるシロアリ駆除会社、タックス・ヘイブンを悪用して高額な美術品取引を行う総合商社絵画部。パンゲアの追及で窮地に追い込まれた企業は、何とか株価を吊り上げ、逆襲しようと画策するが―。金融市場に蠢く男たちの息詰まる攻防戦を、気鋭の経済小説家が活写!
トニーの眉間には、エアバックを売り物にした新型バイクに試乗し、ハンドル操作を誤って電柱に衝突したときにできた傷がある。トニーは、「このエアバックは糞の役にも立たねえ!」と憤慨し、その会社の株を空売りした。
乗っ取りか否かは別として、警備サービスのセコムはこの方式で医療の分野に進出している。同社は、将来、株式会社も病院経営ができると踏んで、経営破綻した旧・倉本記念病院(船橋市)の土地・建物を買収し、「セコム千葉病院」の名称で開業しようとしたが、地元医師会が反対し、厚生労働省も認めなかったため、「セコムメディック病院」へ変更を余儀なくされたことがある。
聖ヨハネ友愛病院は、首都圏きっての名門病院だ。
患者だけでなく、若手医師や看護師の研修希望も殺到している。
「日本の医療は、医者の犠牲的精神の上に成り立ってるからな。特に若手の勤務医は安月給で家畜並みに酷使されている。聖ヨハネの30代前半の医者なんて、月の残業が平均95時間らしい。」
「夜間の当直ってあるだろ?普通の病院は1晩3万円とか当直料を払って済ませてる。ところが労基署は、これは勤務の延長だから、時間外勤務として払えという。そうするとどんなに安くしても時給1万になる」
「その東堂メディカルだが、株価が2800円でずいぶん高いじゃねえか」
「負債と純資産の合計が5000億超あるが、そのうち短期の借入金が2300億円、長期の借入金が450億円、自己資本比率は8%しかない」
北川の両目が、強い光を帯びる。
空売りの獲物を見つけたときの目だ。
「急成長しているから、証券市場は有望株と見ているようだが、銀行筋にあたった感じじゃあ、各行とも、かなり慎重な見方をしてるぜ」
「まあ大型医療機器の値段なんて、あってないようなもんらしいがな」
「確かに、3割、4割引なんてあたり前で、正価で払う奴は馬鹿だという話は聞くな」
人工透析患者は、一度透析をはじめると、死ぬまで週に3回程度通ってくるので、安定的な収入源になる。費用は月に40万ほどかかるが、患者は身体障害者手帳1級となるので、負担は1万円程度で済む。一方、病院の儲けは年間約500万円にもなる。
日本には30万人以上の透析患者がいる。人口の高齢化にともない、毎年約5千人ずつ増えており、病院や製薬メーカーにとっては、有望市場だ。
東堂グループでは「研究費」という名目で患者一人につき300万円程度の手数料を支払って、病棟数が限られている大学病院から透析患者を買い、糖尿病の患者を診察するときは、必ず腎機能の検査をして、人工透析が必要な患者を取りこぼさないように徹底している。
「診療報酬担保か・・・。いよいよ断末魔だな」
産婦人科は出産事故が多く、訴訟リスクの高い診療科だ。
国は、通常の分娩にかかわって発生した脳性麻痺については、医療機関に過失がなくても3000万を補償する制度を設けている。
小児科は、投薬量も少なく、大きな検査もないので、利益が上がらない。親に対する説明や夜間の急患も多く、手間ばかりかかるので、撤退する病院が少なくない。
日本の医療法では、入院施設を持たないか、持っていても19床以下の医療機関を「診療所(クリニック)」と呼び、20床以上の入院施設があれば「病院」と呼ぶ。
入院患者の一日あたりの診療報酬は、政府の医療費抑制方針の下、2003年から従来の積み上げ方式に代えて、DPC(診断群分類別包括評価)方式になり、何人の医師が診察しても一日の診察報酬は変わらない。
「やっぱり日本はディリジェンス(勤勉)とプレシジョン(緻密さ)の国だな」
「外国人相手の医療はすごく儲かるんだそうだ。当然、非保険診療で、どこの病院でも保険の診療報酬の2,3倍を請求しているらしい」
(信用の買いも、急増している)
キーボードを叩き、緑(売り)とピンク(買い)の折れ線グラフで信用取引の残高推移が表示されているページを開くと、この日になって緑とピンクが逆転し、ピンクが多くなっていた。
プライムブローカーであるモルガン・スタンレーの担当者を呼び出した。
売買注文を執行したる、空売りのための株式を調達したりする。
「東堂メディカルがストップ高で、信用買いも恐ろしく増えているんだけど、誰が買っているか分かるか?」
「JPIS:日本公的年金運用基金が大量の買い注文を入れています」
「ファッキング・バスタード!(この糞ったれの、腐れ野郎!)
「JPISに比べたら、あんたたちのファンドなんか、ゴミだよ、ゴミ!
踏み潰してやるから!」
これが女か?北川とトニーは、相手の言葉の汚さに呆れ、話す気も失せる。
「入院が2週間を超えると、一日あたりの加算額が450点(4,500円)から192点に下がって、30日を超えると加算額がなくなります。90日を超えると、報酬自体が下がります」
3,850円!何が起きたんだ?
分足の下にある、信用売りの残高を示す水色の棒グラフが、急激に短くなっていた。
「空売りが手仕舞われてるぞ!」
「これは、『踏み上げ』が起きているじゃないか!」
「眼底は、人間の体の中で、直接血管が見える唯一の場所なんです。ですからここに動脈硬化があると、身体全体の血管に動脈硬化が起きている可能性があるんです」
「・・・ノルウェーのオイルファンドから日立30万株の引き合い?ちょっと待って」
オイルファンドは、石油セクターからの税収を財源とするノルウェー政府の投資ファンドで、欧州最大の年金基金だ。
約3億年前の超大陸「パンゲア」
空売り屋特有の粘着質な光を宿している。
社長が本業に集中していないのは、会社が傾きはじめるサインだ。
空売り屋が狙うのは、そうした将来株価が下がりそうな企業だ。
空売り屋に必要な資質は、高い知性、偏執狂的な集中力、粘着性な性格、旺盛な独立心と反骨精神、そして人の意見に惑わされず真実を追い求めるガッツだ。
アサンテは、新宿区に本社を置くシロアリ駆除業者で、社長はサニックスの創業者の兄である。
毎年の純利益が2~14億円出ているのに、キャッシュフローが20~30億円のマイナスになっていた。理由は企業買収代金の支払いだ。
「シロアリの害が強く認識されたのは、阪神・淡路大震災がきっかけなんだな」
「あれで6千人以上が亡くなったんだが、倒壊した建物の8割にシロアリの被害があったんだ」
「死んだのは、主に圧死と焼死だが、両方とも建物の倒壊が原因だ」
シロアリは木だけでなく、鉄筋コンクリートやブロックも食い荒らす。アメリカカンザイシロアリは米国に移民した日本人が、帰国したときに家具にくっついてやってきた外来種である。
「清澄白河から門前仲町までの一帯は深川と呼ばれてて、江戸時代は漁村だったんだ」
「深川は東京湾で採れるあさりを炊き込んだご飯が名物で、深川飯とか深川丼と呼ばれている」
発行株数の0.2%以上の空売りを行った場合、東証に報告する必要がある。
自社株買いをやると、その分現預金と自己資本が減るので、企業体力にはマイナスに働く。
証券取引等監視委員会・SESCは金融庁の審議会等の一つで、霞ヶ関の中央合同庁舎第7号館にオフィスを構え、約400人の体制で証券市場を監視している。
「減損処理は非資金取引(資金が動かない会計処理)ですから、資金繰りに影響は与えないじゃないですか」
美術品は「3Dビジネス」と呼ばれ、death(死)、divorce(離婚)、debt(借金)をきっかけに、取引が動く。
「3Dリスト」は、国内外の著名人の死亡、離婚、借金に関するニュースを集めたもので、これを手がかりに見込み客にコンタクトする。
「買い手は、税務署なんかに面倒くさいことを言われたくないんで、取引はオフショアでお願いしたいと言ってます。」
オフショアの直訳は「海外」だが、こういう場では税金のかからないタックス・ヘイブンを意味する。
ディスクレイマー:免責事項
「『蓬(よもぎ)』っていうのは、香りが邪気を払うと信じられてて、日本人は昔から、5月5日の端午の節句に飾ったり、食べたりしてたんだ。万葉集や新古今和歌集でも詠まれているぜ」
「ゴッホは生前まったく評価されず、37歳で死んでいるし、セザンヌもちょっとは評価されたのは、晩年の5年くらいだし・・・天才画家ってのは、悲劇の人生を送るようにできてるのかねえ」
「そうですね・・・命を削って描いたからこそ、魂が宿って、人の心を打つのかもしれませんね」
ヴェネツィア・ビエンナーレ
「ニウエ?」
「ニュージーランドの北東に位置する太平洋の国で、タックス・ヘイブンです。人口は、確か1,500人くらいだったと思います」
トニーの眉間には、エアバックを売り物にした新型バイクに試乗し、ハンドル操作を誤って電柱に衝突したときにできた傷がある。トニーは、「このエアバックは糞の役にも立たねえ!」と憤慨し、その会社の株を空売りした。
乗っ取りか否かは別として、警備サービスのセコムはこの方式で医療の分野に進出している。同社は、将来、株式会社も病院経営ができると踏んで、経営破綻した旧・倉本記念病院(船橋市)の土地・建物を買収し、「セコム千葉病院」の名称で開業しようとしたが、地元医師会が反対し、厚生労働省も認めなかったため、「セコムメディック病院」へ変更を余儀なくされたことがある。
聖ヨハネ友愛病院は、首都圏きっての名門病院だ。
患者だけでなく、若手医師や看護師の研修希望も殺到している。
「日本の医療は、医者の犠牲的精神の上に成り立ってるからな。特に若手の勤務医は安月給で家畜並みに酷使されている。聖ヨハネの30代前半の医者なんて、月の残業が平均95時間らしい。」
「夜間の当直ってあるだろ?普通の病院は1晩3万円とか当直料を払って済ませてる。ところが労基署は、これは勤務の延長だから、時間外勤務として払えという。そうするとどんなに安くしても時給1万になる」
「その東堂メディカルだが、株価が2800円でずいぶん高いじゃねえか」
「負債と純資産の合計が5000億超あるが、そのうち短期の借入金が2300億円、長期の借入金が450億円、自己資本比率は8%しかない」
北川の両目が、強い光を帯びる。
空売りの獲物を見つけたときの目だ。
「急成長しているから、証券市場は有望株と見ているようだが、銀行筋にあたった感じじゃあ、各行とも、かなり慎重な見方をしてるぜ」
「まあ大型医療機器の値段なんて、あってないようなもんらしいがな」
「確かに、3割、4割引なんてあたり前で、正価で払う奴は馬鹿だという話は聞くな」
人工透析患者は、一度透析をはじめると、死ぬまで週に3回程度通ってくるので、安定的な収入源になる。費用は月に40万ほどかかるが、患者は身体障害者手帳1級となるので、負担は1万円程度で済む。一方、病院の儲けは年間約500万円にもなる。
日本には30万人以上の透析患者がいる。人口の高齢化にともない、毎年約5千人ずつ増えており、病院や製薬メーカーにとっては、有望市場だ。
東堂グループでは「研究費」という名目で患者一人につき300万円程度の手数料を支払って、病棟数が限られている大学病院から透析患者を買い、糖尿病の患者を診察するときは、必ず腎機能の検査をして、人工透析が必要な患者を取りこぼさないように徹底している。
「診療報酬担保か・・・。いよいよ断末魔だな」
産婦人科は出産事故が多く、訴訟リスクの高い診療科だ。
国は、通常の分娩にかかわって発生した脳性麻痺については、医療機関に過失がなくても3000万を補償する制度を設けている。
小児科は、投薬量も少なく、大きな検査もないので、利益が上がらない。親に対する説明や夜間の急患も多く、手間ばかりかかるので、撤退する病院が少なくない。
日本の医療法では、入院施設を持たないか、持っていても19床以下の医療機関を「診療所(クリニック)」と呼び、20床以上の入院施設があれば「病院」と呼ぶ。
入院患者の一日あたりの診療報酬は、政府の医療費抑制方針の下、2003年から従来の積み上げ方式に代えて、DPC(診断群分類別包括評価)方式になり、何人の医師が診察しても一日の診察報酬は変わらない。
「やっぱり日本はディリジェンス(勤勉)とプレシジョン(緻密さ)の国だな」
「外国人相手の医療はすごく儲かるんだそうだ。当然、非保険診療で、どこの病院でも保険の診療報酬の2,3倍を請求しているらしい」
(信用の買いも、急増している)
キーボードを叩き、緑(売り)とピンク(買い)の折れ線グラフで信用取引の残高推移が表示されているページを開くと、この日になって緑とピンクが逆転し、ピンクが多くなっていた。
プライムブローカーであるモルガン・スタンレーの担当者を呼び出した。
売買注文を執行したる、空売りのための株式を調達したりする。
「東堂メディカルがストップ高で、信用買いも恐ろしく増えているんだけど、誰が買っているか分かるか?」
「JPIS:日本公的年金運用基金が大量の買い注文を入れています」
「ファッキング・バスタード!(この糞ったれの、腐れ野郎!)
「JPISに比べたら、あんたたちのファンドなんか、ゴミだよ、ゴミ!
踏み潰してやるから!」
これが女か?北川とトニーは、相手の言葉の汚さに呆れ、話す気も失せる。
「入院が2週間を超えると、一日あたりの加算額が450点(4,500円)から192点に下がって、30日を超えると加算額がなくなります。90日を超えると、報酬自体が下がります」
3,850円!何が起きたんだ?
分足の下にある、信用売りの残高を示す水色の棒グラフが、急激に短くなっていた。
「空売りが手仕舞われてるぞ!」
「これは、『踏み上げ』が起きているじゃないか!」
「眼底は、人間の体の中で、直接血管が見える唯一の場所なんです。ですからここに動脈硬化があると、身体全体の血管に動脈硬化が起きている可能性があるんです」
「・・・ノルウェーのオイルファンドから日立30万株の引き合い?ちょっと待って」
オイルファンドは、石油セクターからの税収を財源とするノルウェー政府の投資ファンドで、欧州最大の年金基金だ。
約3億年前の超大陸「パンゲア」
空売り屋特有の粘着質な光を宿している。
社長が本業に集中していないのは、会社が傾きはじめるサインだ。
空売り屋が狙うのは、そうした将来株価が下がりそうな企業だ。
空売り屋に必要な資質は、高い知性、偏執狂的な集中力、粘着性な性格、旺盛な独立心と反骨精神、そして人の意見に惑わされず真実を追い求めるガッツだ。
アサンテは、新宿区に本社を置くシロアリ駆除業者で、社長はサニックスの創業者の兄である。
毎年の純利益が2~14億円出ているのに、キャッシュフローが20~30億円のマイナスになっていた。理由は企業買収代金の支払いだ。
「シロアリの害が強く認識されたのは、阪神・淡路大震災がきっかけなんだな」
「あれで6千人以上が亡くなったんだが、倒壊した建物の8割にシロアリの被害があったんだ」
「死んだのは、主に圧死と焼死だが、両方とも建物の倒壊が原因だ」
シロアリは木だけでなく、鉄筋コンクリートやブロックも食い荒らす。アメリカカンザイシロアリは米国に移民した日本人が、帰国したときに家具にくっついてやってきた外来種である。
「清澄白河から門前仲町までの一帯は深川と呼ばれてて、江戸時代は漁村だったんだ」
「深川は東京湾で採れるあさりを炊き込んだご飯が名物で、深川飯とか深川丼と呼ばれている」
発行株数の0.2%以上の空売りを行った場合、東証に報告する必要がある。
自社株買いをやると、その分現預金と自己資本が減るので、企業体力にはマイナスに働く。
証券取引等監視委員会・SESCは金融庁の審議会等の一つで、霞ヶ関の中央合同庁舎第7号館にオフィスを構え、約400人の体制で証券市場を監視している。
「減損処理は非資金取引(資金が動かない会計処理)ですから、資金繰りに影響は与えないじゃないですか」
美術品は「3Dビジネス」と呼ばれ、death(死)、divorce(離婚)、debt(借金)をきっかけに、取引が動く。
「3Dリスト」は、国内外の著名人の死亡、離婚、借金に関するニュースを集めたもので、これを手がかりに見込み客にコンタクトする。
「買い手は、税務署なんかに面倒くさいことを言われたくないんで、取引はオフショアでお願いしたいと言ってます。」
オフショアの直訳は「海外」だが、こういう場では税金のかからないタックス・ヘイブンを意味する。
ディスクレイマー:免責事項
「『蓬(よもぎ)』っていうのは、香りが邪気を払うと信じられてて、日本人は昔から、5月5日の端午の節句に飾ったり、食べたりしてたんだ。万葉集や新古今和歌集でも詠まれているぜ」
「ゴッホは生前まったく評価されず、37歳で死んでいるし、セザンヌもちょっとは評価されたのは、晩年の5年くらいだし・・・天才画家ってのは、悲劇の人生を送るようにできてるのかねえ」
「そうですね・・・命を削って描いたからこそ、魂が宿って、人の心を打つのかもしれませんね」
ヴェネツィア・ビエンナーレ
「ニウエ?」
「ニュージーランドの北東に位置する太平洋の国で、タックス・ヘイブンです。人口は、確か1,500人くらいだったと思います」