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静風徒然ブログ

心の赴くままに、鳥のように、虚無の世界!

今や火力発電の時代ではない

2012-07-08 18:43:06 | Weblog

今回の福島火力発電所の事故以来、ノーモア原子力の声が全国的に高まっています。
たしかに我々は原子力の恐ろしさを少し甘く見ていたようです。
原爆被爆者でもある私たちが最初に声を荒らげてもいい話ではあります。
しかし一方世界中の火力発電による二酸化炭素の垂れ流しによる地球の汚染、
温暖化をこれ以上広げてはならない、という深刻な地球人の命題もまだ解決は
されていません。
原子力がだめだから、火力発電で凌ぐというのが一番悪い形ではないでしょうか。

太陽光や地熱、風力などの研究はまだまだ緒についたばかり、
とうてい代替えのエネルギーにはなり得ません。
日本人は今賢明に自分の周りを観察し、答えを出さなければいけません。

長い将来の話は別として、今国際競争力をなくしては日本人は生きてはいけません。
電力不足で工場は止まります。国民は働く場を失うことになるのです。
他人ごとのように思っているかもしれませんが、すぐ近いうちに貴方自身の問題になるのです。

原子力に代わる発電のシステムが見つかるまで、慌てず賢明に電力確保の方策を
模索するしかありません。
すくなくとも、原子力がダメだから火力というのは時代に逆行した選択だと思うのです。

原子力に関わる皆さん、どうか日本を世界一の原子力先進国に育て上げてください。
安全確保の技術さえ確立できれば、素晴らしいシステムなのです。
日本なら出来ます。自信を失わず、技術立国日本を目指してください。

電気が発明された時も、自動車が出来たときも、飛行機が空をとんだ時も、
宇宙に最初に足を運んだ時も、最初は危険だったのです。

負けずに挑んだ者しか生き残れない時代がくるのです。
決して負けてはいけません。自信をなくしてはいけません。
日本人の智恵とたゆまぬ努力で、地球を素晴らしい星にできる時がくるまで、


托鉢のご褒美

2012-07-03 16:31:22 | Weblog
少し生臭い記事が続いたので、本来の静風さんに戻ります。「平常心是道」



托鉢慰問演奏を続けていると、それが相手のためでなく、
自分を癒してくれることに気づきます。
そんないつくかのエピソードの中から、3件

その1、心障施設での出来事
精神障害者を収容する施設では、誰でも、いつでも、
ボランティアができるわけではありません。
施設長が私を面接をして、その人格、趣旨を確認してから、
患者のためになるかどうかを確認して、受諾があるわけです。
させてください、とこちらは頼むわけですが、はい、とはならないのです。

平成12年の7月、はじめて島原の山手の方の島原療育センターを訪れました。
会社からコーラスの男性をひとり連れて、妻と3人で伺ったのですが、
はじめに私の尺八、妻の胡弓にあわせて讃美歌を2曲演奏しました。
3曲目に「ウェルナーの野ばら」を唱いだしたとき、
突然1人の男性が奇声をあげ始めました。
演奏しながら困ったなあ、あまり気が乗らないのかなあ、
と心配しながら、次の曲に進みましたが、その声は大きくなったり、
小さくなったり最後まで演奏家にとっては雑音として、あまりよい印象を持たずに、
障害者へのボランティアの難しさを感じながら、1時間にわたる演奏会を終えました。

そして1人の看護婦さんに
「あの人はあまり音楽が好きではなかったようですね」と尋ねました。
そうしたら看護婦さん達が寄ってきて、
「とんでもないですよ、この人は私たちがどんなに声をかけても
もう半年以上も何も答えない、話したがらない人だったんですよ。
私たち毎日看護をしているものはみな驚きました。
あの人が嬉しそうに子供の頃を思い出して大きな声で唱っているのを見て、
信じられないほど驚いたんですよ」といわれました。

みんな子供の頃の自分が好きなんだ。
やさしかった頃の「父さんの顔」が浮かぶ。
あのころは楽しかった。
思い出せば、懐かしく、とても嬉しいんだ!!

托鉢のご褒美(その2)

2012-07-03 16:24:43 | Weblog

托鉢を続けていると、自分がいかにつまらないか、気付かされることが多い。
そんなエピソードの中から、1件

その2、妙連の滝の滝守さま

東長崎の中尾というところに「妙連の滝」というところがあります。
わたしは自分の日々の生活を見直すために、托鉢にでることがあります。
車に乗っておおかたここからここまで、と決めたら車をおりて4時間ほど
コースを托鉢して回るのです。
その日は中尾ダムのそばに車をおいて上流をめざしどんどんと歩きました。
中尾の田舎家を一軒一軒回りながら、最後に最上流の「妙連の滝」に
たどりつきました。
滝とは名ばかりの水道パイプからちょろちょろと水が滴り落ちるような滝でした。
地蔵様が何体かおられ、お賽銭が置かれていました。
私もポケットから小銭をつかみ、地蔵様の前に供え、

1曲献曲をして帰ろうとしたときです。
下の家から女の人の声がかかりました。
「お坊さん、折角ですから上がってください」と。
なにせ初めての托鉢先であり、「実は私はお坊さんでも何でもありません、
虚無僧をまねて自分の修行で回っているものですから、
草鞋を脱ぐことは出来ないのです。
せめて一曲吹かせていただきます」といって吹きました。
そして曲が終わったとき「虚無僧さん、私のお布施です」といって
お金を3000円入れて渡そうとされました。

ただお地蔵さんがいるだけのひっそりとした滝の様子から、
そんなに供物料収入があるとも思えません。
3000円といえば1週間分位の供物料収入ではないかと、感じました。

「済みません、私はサラリーマンで本当はお金に困っている訳では
ありません。お見かけするところ、
あなたはそんなに収入があるわけでもないのにこんな大金を
私に出したら明日からどうして食べるんでか?
後生ですから大事に使ってください」といって固辞しました。

そうしたら「この近くの方はあたしをのたれ死にさせるような方は
一人もおりません。どうか私の気持ちを汲んでこのお金を貰ってください」

私は考えました。
自分達はどんなに裕福になつても、まだお金を欲しがるのに、
この方はお金はぜんぜんないのに、人に施そうとする、
完全に人間が違う、いう通りにしよう、と

いまだに御礼の方法もないまま、いつか「この前の男です」といって
キチンとご挨拶のできる男になりたいものだ、と毎日考えています。

その後、退職して、普通の服装で改めてお訪ねいたしました。
そして二人で楽しく昼食を共にいたしました。


托鉢のご褒美(その3)

2012-07-03 16:23:51 | Weblog
 

その3、保育園児と遊ぶ

島原の友人から頼まれて平成12年、島原市内の白山保育園を尋ねました。
妻と「子供はむつかしかやろね」と話しながらいろいろと選曲を練りました。
「とんぼのめがね」「おおきな栗の木の下で」「七夕さま」など
何曲か練習して乗り込みました。 そしてこどもたちにいいました。
「おじさんとおばさんが1番は演奏するから静かに聞いてね、
2番からみんなが大きな声で唱うんだよ」と、

私は尺八や笛や篳篥やケーナを順々に使い、
妻は胡弓と琴を代わるがわる演奏しました。
1曲演奏が終るたびに「みんな集まれ、弾いてごらん、吹いてごらん」
といえば、行儀良く1列に並んで1人1人、
今済んだばかりの楽器に触わりました。

「さっき触った人は順番だからね、ダメですよ」というと
「ぼく、まだ触ってない」と言って泣き出す子がでる始末。

終わった時にはもう子供達は満足感で一杯でした。
帰りの入り口まで子供達が抱きついて離れませんでした。

あとから園長先生から手紙が届きました。
「尺八と琴の演奏を子供達に聴かせて本当に喜ぶんだろうか、
来て貰っても迷惑にならないだろうかと、とても心配しました。
あんなに子供達が喜ぶとは思っても居ませんでした。」とのことでした。

その1月あと、近くの島原児童館でもやろう、ということで招かれて、
学校帰りの学童たちと、同じように遊びました。

托鉢のご褒美(その4)

2012-07-03 16:22:28 | Weblog
  

その4、吉井中の感動

平成13年12月のことでした。
みぞれの降るこの冬一番の寒さでした。
私たち夫婦は佐世保市を過ぎた頃、
自動車の中からあまりの天候の悪さに、
吉井町の教育委員会の担当者に電話をかけました。
「今日はやっぱりやりますか。天候も悪いし、
お年寄りが体育館では体をこわすのでは、と心配ですが」
すると「いや吉井は大丈夫ですよ、予定通りやりましょう」
とのことで現地へまもなく着きました。

体育館はストーブと暖房を付けてはいましたが、
演奏開始と同時に消します、というのです。
体育館にはお年寄り60名と中学生200名が
ござをひいて待っていました。
さぞかし底冷えもするし足も痛かろう、と夫婦で顔を見合わせました。

「途中で中学生が我慢しきらずにざわめくやろね、短めに終わろうね」
と妻と下打ち合わせをしていよいよ演奏になりました。

何せ中学生を相手にするのは初めてでした。

「みんな、君たちの中には親と仲違いをして口も聞きたくない人が
おるかもしれんけど、みんなはいいなあ!!
私は中学生の時から父さんの会社の都合で下宿生活になって、
高校も大学も親と一緒には過ごせず一人ぽっちだった。
いつも親と一緒に暮らせる人は幸せだなあ、と思っていたよ」

「39才の時、やっぱり人間の幸せは親から ”お前を生んでよかった”
”お前のおかげで幸せな人生を終えることができた”と言って貰うことだと
気づき、都会の会社を辞めて、地元に帰ってきたんだよ。
そして女房と二人で力をあわせて、両親を天国に送ることが出来ました」と
口を切りました。

途中生徒に舞台に上がって貰い、尺八、笛、琴、胡弓の体験教室を
交えながら、1時間半におよぶ厳寒、板張り上での演奏会が終わったとき、
妻が口を切って言いました。

「みんな、有り難う!! きょうは嬉しかった!!
こんなに真剣にみんなに聞いて貰えるなんて、自分は考えてもいなかった。
最後まで真剣に聞いていただいて、本当に、有り難う!!」と。

水上 勉と般若心経

2012-07-03 16:20:04 | Weblog
水上勉著の「般若心経を読む」という本の中に一休禅師と正眼国師の
言葉がたびたび出てくる。
僧は寺にいて事業を営むのでなく、衆生にあって迷いを説き、
行脚をすべきだ、という主張がここそこで出てくる。

一休は尺八を好んで、遊行しており、「空」の象徴的存在の人であった。
また「一切空」「不生不滅」をあらわす言葉として、
正眼国師の言葉が挙げられており、とても気に入っているので紹介する。

善き分別を自慢もせず、喜びもせず、そのまま不生なり、不滅なり
往くも生滅を離れ、還えるも生滅を離れ、食をくい、茶を飲む
鳥の虚空をかけり、雲の風に任せて、さわりなく往来するが如くにして
自由、自在なり

まさに普化禅師の「明暗の偈」
明頭来也 明頭打   暗頭来也 暗頭打
四方八面来也 旋風打 虚空来也 連架打  を思い出す。

この正眼国師も長崎に来て黄檗宗崇福寺の3代、道者超元に師事し、
のちに京都妙心寺の住持となり、当時の日本の宗教界を先導した。
当時の宗教界は後水尾法皇や4代将軍家綱をはじめ、
大名が競って隠元を始めとする黄檗の禅風を学ぼうとし、
五山文化の花を咲かせた。

そんな中で、水上勉が憧れた正眼国師の「平語で説く街頭禅」の教えも
しっかり残されていたのだ。
どこに托鉢しても、誰と会っても、解りやすく「空」を説いたのだ。
まさにそれが、われわれが憧れる「街頭禅」である。
そしてそれは長崎から発信されていた、ということが嬉しい。

写真は静風作の茶杓「千宗旦の夏雲と蒲生氏郷茶杓の写し」


電力関連企業にお勤めの皆さん!

2012-07-03 13:09:27 | Weblog
電力関連企業にお勤めの皆さん、「日本国を競争力のある国に、電力不足のない国に」と
懸命にこれまで頑張ってきた皆さん、どうか今の置かれた逆境に
くじけないでください。
「もう辞めた!あほらしい、」と思わないでください。
つい最近まで石油や石炭は地球を汚す!
地球を守ろうと、原子力発電を促進してきた私達ですから、
それでなくても中東の不安定な情勢の中で万が一、
石油が輸入できなくなったら、私達はどうして国を守るのだろう。
石油価格がこれ以上高騰したら、日本の沈没は目に見えている。
原子力のおかげで私達はこれまで豊かな暮らしができてきたのですから、
だって批判するだけで私達には何もできないのですから、
私は大いに皆さんのこれまでの努力に感謝し、また今後に期待するのです。

しかし一方、原子力がわれわれの今の能力では制御できない、ということも
しっかりわかったはずです。
一刻も早く、原子力に変わる代替エネルギーが見つかるように、祈るだけです。
風力も太陽熱も今のままでは問題だらけです。
原子力が一番地球を汚さない素晴らしいエネルギー源であると信じて
国家戦略として推進してきたのですから、
制御する能力さえあれば、と悔やむばかりです。
もっともっと真剣に国民全体で代替エネルギーの開発に取り組みましょう。
そしてその皆さんにはその改革の先端を担っていただきたいのです。

自動車がはじめて道路を走ったときも、飛行機がはじめて空を飛んだときも、
多くの犠牲者を出しながら、人間は技術革新の道を歩んできたのです。
しばらくの節電、協力いたしますので、どうかよろしくお願いいたします。
どうかどうか、世間の非情さに、失意しないでください。
本当に日本を救うのはあなた方の英知です。

どう選挙に対応するか?

2012-07-03 13:08:12 | Weblog
私は小沢一郎という男が大嫌いである。
田中角栄の秘書的立場から、譲り受けてきた金権政治をいつまでも踏襲して、
今日まで金で政界を牛じってきた。
そして利権に群がる建設族を配下にして、好きなように振舞ってきた。
目つきも好きではない。
もともと民主党が大勝したときの「マニュフェスト」、
「天下り廃絶」「官僚政治から、政治主導へ」「国民生活第一」「高速道路無料化」
など寄稿の旗振りをしたのは小沢氏、だが民主党政治になってから彼が国民に見せたのは
「金権政治の醜い実態だけ、秘書のとった行動、金集めに翻弄した日々、
もう誰も同じ徹は踏まないはずなのだが、」
私には見えている。
また同じように「脱・原発」「増税・反対」「民主党はもう改革政党ではない」と
有権者が喜びそうな文言を並べて、選挙に対処する。
だまされる輩が日本国中にはびこることも、あるやもしれない。

長崎県選出の民主党議員は「私は小沢門下」と言わんばかりの顔ぶれが多かった。
本当にそうであれば、支援したくもない、どうか小沢、小沢と言わずに
長崎県民の「一票を投じた期待の声」に耳を傾けて欲しい。
本心そうでなければ、さっさと離党して、小沢党で選挙に立ち向かって欲しい。
詭弁を使わず、本音を世間に晒して欲しい。

最近福田えり子議員がFBで自分の信条をコメントし、多くのFBメンバーの賛同を得ている。
幸いに現状では彼女は離党せず、小沢党に組しないことを表明しており、好感できる。

参考までに彼女のコメントを掲載する。
何回も読み返すうちに、私の気持ちも「賛否」がはっきりしてくることだろう。
少なくとも自民党県議団が推薦している島原のKさんや、五島のTさんのような
土建屋政治家はもうこりごりだ。
公共事業の利権ばかりをあさって、県民のために尽くそうという気持ちは
さらさらない輩である。

以下福田さんのコメント、

今日の本会議で、社会保障と税の一体改革関連法案の採決がありました。
私は、そのうち、年金関連2法案と社会保障制度改革推進法案には「賛成票」を、
子ども・子育て関連法案と消費税増税法案には「反対票」を投じました。

先日の三党合意がなされたことを受け、民主・自民・公明の3党が賛成に回ることが
決まっており、衆議院における本法案の可決は、約束されたようなものでした。

そのような中で、私は、たった一週間で3党で合意された内容には、
前回ブログなどにも書かせていただいたような理由から、
納得は出来ないとの思いで、党の会議で意見を述べました。

けれど、一方では、本会議における採決となれば可決することが分かっているため、
このようなジレンマの中で、一議席をいただいている政治家として、
どうすべきが本当に国民のためになるのかを悩んでおりました。
...
その理由は、マスコミの報道でも、賛成多数による法案は可決の見込みであるとして報道されており、あとは、内閣不信任案の成立に必要な造反票が54票に達するかどうかという政局に関する報道が非常に多かったように思います。
納得は出来ないけれど反対をすることで政局的な動きが、さらに加速してしまうのではないか。

また、私が反対しても、賛成多数で成立してしまう。
それなのに反対してしまうと、今後、私の所属する厚生労働委員会で、発言力が弱まるのではないか、今、必死に取り組んでいるカネミ油症などの法案も、これまで得られてきた党内の協力が得れなくなるのではないか、結果的に政治家としての役割を果たせないことになるのではないか、などといったことが心配になりました。

しかし、この法案に反対したからといって、真に必要な法案についてまで協力しない、やらせてもらえないということ自体、人間の心情としては有り得ることだとは思いますが、命を預かっている政治家のすることとしては、おかしいことですし、そんな政治であってはいけないと思い直しました。

また、そもそも立候補した時の想いは何だったのか、
マニフェストでお約束したことは何だったのか、
何を期待されて国政に送り出していただいたのかについても、
何度も何度も振り返りましたし、そもそも自分の信条としても、
是か非かどちらかしかないだろうという思いが強くありました。
有権者の皆様にいただいた一議席ですので、様々な事情や思いが私の中であるにせよ、
それでも賛成か反対かどちらかを投じなければ、せっかく投票していただいた
長崎二区の皆様はじめ、日頃から応援していただいている国民の皆様の思いを
国会に届けられないことになってしまい、それは本当に申し訳が立たない、
国会議員としてはどうなのだろうかとの思いに至りました。

そもそも、私は政局ではなく政策を重視して、これまで活動してきましたが、
社会保障、消費税増税というものすごく重大な法案でさえ、
今回のような権力闘争、主導権争い、政局となってしまっていうこと自体が、
とても悲しいです。

こんな政治ではいけない。

その抗議の意も込め、「反対」を投じた上で、離党だ、新党だという政局的な動きに
与しないという立場でいようと思っています。

とはいえ、処分はあると思います。最悪、除名もあるかもしれません。

しかし、私は一貫して、処分があるかないか、軽いか重いかという基準で
行動を変えるつもりもありませんでしたし、処分が怖くて信念は通せません。

どんな処分でも甘んじてうけるつもりです。

もっとうまい立ち回りがあるのかもしれませんが、
仮にも、国民の皆様からの大事な想いのこもった一票をいただいたことに対する
私なりの姿勢です。

政治的には、弱い立場になってしまうかもしれませんが、
今後とも変わらず、努力してまいりますので、
皆様、引き続き、ご理解とご支援をいただければと思います。

もう終わろう!慰安婦問題

2012-05-31 18:51:31 | Weblog
   静風のホームページ  こちら

当時の朝鮮半島で発刊されていた新聞に載った慰安婦募集広告です。
韓国政府が(漢字が読めないせいかうっかり)政府HPに載せていたが...
日本から「強制じゃなくて応募だったじゃないか」と指摘されて
慌ててHPから削除した「掘り出し物」の記事です。

募集主は民間業者です。
これを全国津々浦々に拡散しましょう。
もうこんな事で時間を使うのは終わりにしましょう!




壇家のいない寺

2012-05-23 10:54:08 | Weblog
         静風のホームページ  こちら
印象的だった。「この寺には檀家は一人もいません。来られた貴方が檀家です」と
大きく門前に立て看板があった寺、山口県湯田の「龍蔵寺」、
聖福寺演奏のあと、ふと懐かしく思い出し、訪ねてみる事にした。
お寺を維持して行くことがどんなに厳しいものであるかをもう一度知りたい、と

平成24年3月9日、朝9時に自宅を発ち、7時に帰宅、10時間の旅でした。
7年前に先代住職が亡くなったとのことで、やはり少し赴きが変わっていました。
昔より少し寂しげな感じでした。
もうあの大きな縦看板は門前に無く、同じ趣旨の小さな案内板に変わっていました
聞けば、この寺は荒れ寺であったものを先代住職がいろいろと工夫され、
檀家のいないお寺を法話中心のお布施で、運営されてこられたとの話、
鐘楼だけでも2000万円を自力で建立されたり、寺の門も自力で修復されたとのこと。
見ると宿坊の瓦もきちんと新しく葺き替えられていました。
そのご住職さまが亡くなられて、法話がなくなり、今は運営が厳しくなった、と

入門料を200円頂いていました。(昔はなかったように記憶したいましたが、)
この寺には寺のあちこちに「お母さん、ありがとう」とか親子の絆の大切さを説く
句碑が並んでいました。
そしてなによりも二体のお地蔵さん「愚痴聴き地蔵さん」と「頂戴地蔵さん」、
「愚痴聴き地蔵さん」は昔買って帰り、今も私の机の前で私を見つめてくれています。
今回はお布施代わりに「無罪の七施」の刷り物10枚と「頂戴地蔵さん」を買って帰りました。
頂戴地蔵さんとは、お布施を頂戴というのではなく、
貴方の苦しみ、悲しみを私に頂戴、代わりに私の微笑を持って帰ってください、とのことでした。
すべて先代住職が考案し、来寺された方がたくさん買われていたようです。
昔ほどではありませんが、寺内はゴミ一つなく、きれいに清掃されていました。
やはりお寺は祈りの場、美しく掃き清められ、花が咲き乱れていると、癒されますね。

下は先代住職企画の作品、著書、  上の左側が「頂戴地蔵」、右側が「愚痴聴き地蔵」

ふと帰り際に気づきましたが、隣に「動物霊園」が新しく、できていました。
これも先代住職の置き土産かと、すごい方だったんだなあ!!
現在のコンセプトは「人間回復の寺」 サイトはこちら