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静風徒然ブログ

心の赴くままに、鳥のように、虚無の世界!

AUショップのアフター姿勢に異議あり

2013-06-16 18:23:02 | Weblog
I-フォーンを落とし、ガラスが割れてしまった。
すぐ購入した店に駆け込んだ。
が、「こちらでは修理の取り扱いはいたしません」
「こちらへ電話をしてください」と小さな紙切れをポンと渡された。
なんだか嫌な印象を受けた。販売した店がなぜサポートをしないのか、と、  
でも喧嘩しても仕方がない。
渡されたメモを見ながらアップルサポートセンターに電話をしてみた。と
「この電話は使い方の相談にしか応じません。その他の要件の方は直接
キャリヤーに相談してください」、との音声メッセージ、
生の声でないだけに応答のしようがない。
ふてくされて、数日放置していたが、もうガラスが割れると
操作が難しくなるし、危険だ!
3日後、改めてサポートセンターに電話してみた。
同じ音声メッセージが続く、またか!と思い、切ろうとした瞬間、
「サポートセンターです」と男性の声、今度は生の声で応答できた。
2日後に故障機を引き取り、有償で修理することになった。
その間はAUの販売店で代替機を借りてください、と、

メールで
1)かならず自分でデータのバックアップをとってください、
2)I-Messageやデータを全部消去してください、
3)SIMカードは自分で取り外してください、と

本当にAUショップはこのアフターサービスシステムでいいのだろうか?
顧客満足度NO1なんて、言って欲しくはない!!
車を販売した取り扱い店が修理に持っていったら、故障の話は受け付けません。
メーカーに貴方が直接電話をし、対応してください、というようなもの。

「大変ですね、できる限りのお手伝いはこちらでも致しますから」と
いう対応姿勢は今回、微塵にも感じられない。

伴奏をするということ

2013-04-28 09:02:48 | Weblog

みんなの二胡の演奏を伴奏しながら、いつも感じる。
伴奏家が一番幸せであると、

競争がない、伴奏家はうまければうまいほど、みんなに喜んでもらえる。
二胡奏者はそうはいかない、いや俺の方が、私の方がと、
どうしても他人と自分を比べてしまう。
真心から注意しても、いささかの反発を招く。
いくばくかのライバル心に燃える。その逆にストレスも、生まれる。

他人より少しでもうまくなりたいとプロに習って
時間とお金を使い、うまくなったとしてもほんのわずかの差、

その代償として、恩師や友人との摩擦を生み、孤立してしまえば
何のための勉強なのだろう?

陽のあたる歌い手であろうとすると、必ず周囲とぶつかる。
自分のいうことを周囲が理解してくれないと、寂しくなり、ぼやく。
上手な聞き役でいれれば、みんなから尊敬されたのに、

民謡にしろ、詩吟にしろ、胡弓にしろ、
会社にしろ、家庭にしろ、みな同じ、一事が万事である。

伴奏家は歌い手以上の努力をしながら、
周囲の人の良さを引き出してやる隠れた努力が必要だ。
そして欠点をおぎない、共感を生み出さなければいけない。
自分の周囲が嬉しそうに演奏し、歌い出せば、しめたものだ。
「この人と一緒に演奏すると自分もうまくなったみたい」
といわれればしめたもの。ダンスと同じである。

隣人に光をあてる。それが伴奏家、幸せな役目である。
それに気づくだけで、幸せになれる。

たちあがれ! 日本

2013-04-13 12:34:29 | Weblog
自民党はその後、本当に変わったのだろうか?
前々回の総選挙では国民からめった叩きにあった自民党、
党利党略の裏に見え隠れしていた官僚密着政治、
土建屋との癒着、利権横行、そういう様に国民はうんざりしていた。
それでも今回、長崎で選ばれたのは、「土建屋」さんばかり、

一方、国政を任せてみた民主党はあまりにも悪過ぎた。
私の一番嫌いな小沢一郎は言うまでもなく、鳩山由紀夫や菅 直人、
田中真希子などは最悪だった。

小泉元総理がしきりに言っていた。
「構造改革だ!」と、「自民党をぶっ潰せ!」と、
そんな意気込みはまだ私には、感じられない。

今回、民主党がダメだったから、自民党に、ということになったが、
まだ政治の本質はあまり変わっていないように感じる。
願わくば私の好きな阿部総裁から「自民党をこのように変える」というお話を
もう少し聞きたかったのですが、長崎を見る限り、どうでしょうか?
土建屋利権政治は少しも解消されていない。

「たちあがれ、日本!」「俺たちが日本を洗濯する!」
龍馬のような、そんな情熱家が、日本には、いないのだろうか!!

もっと清新で情熱に燃える若手がこれからの日本をリードすべきだと思っています!
どうか党派を超えて、勇気を以て国政に挑戦して欲しい。
そして金のかからない「フェイスブック」を大いに活用した選挙戦を戦って欲しい。

利権に走る旧態の政治に懲り懲りしている有権者は今だに多いはずです。
次回の参議院選挙では「地域奉仕への姿勢」を私は一番大事にし、
応援したい、と思います。

勝海舟の「只、寂然たり」

2012-10-19 11:44:49 | Weblog
我が家の床の間の海舟書掛け軸、いつも私に問いかける。
「英雄踏破20年、今は只、寂然たり」と

古希になった私に崇高な余生を送るように語りかけてくれているみたいだ。
だがいろいろと勉強するうちに、師の言葉の裏には、
師のその後の人生の、苦脳も、感じ取れないわけではない。

平穏な寂然ではなく、  懸命に寂然たろうと、願ったのかも、と
http://www1.cncm.ne.jp/~seifu/katu2.htm


長崎だけが交流

2012-10-10 08:33:59 | Weblog

9月26日、18時よりニュー長崎ホテルで日中国交正常化40周年記念祝賀会が
開催されることになっており、私も招待されているのだが、
中国本国では式典の中止が表明された。
さて長崎総領事館はこのまま祝賀会を開催するのだろうか?
中止の連絡は今のところ来ていないが、
と、案じながら当日になったら、やはり長崎では記念祝賀会が予定通り実施された。
素晴らしいことであり、李総領事のご英断に心から敬意を表する。
私は妻の病状が回復せず、ついに参加できなかった。

また10月5日から8日までは上海師範大学から女性教授陣を招いて
日中文化交流会をすることになっており、こちらもどうなるのか?
中国政府が許可をしないということもありうる。
と、案じていたが、こちらも6名の先生方が多くの制約を乗り越えて長崎に
来てくれた。感激であった。
そして多くの長崎の女性が精魂を込めて、接待し、素晴らしい交流ができた。

日本と中国、邦同士はにらみ合っているが、長崎は特別な関係であることを
痛感する。
私たち長崎人はこのことを肝に銘じ、自分にできる最大限の交流に努めなければ
ならない。

とはいえ領土問題で中国とも、韓国とも、こじれきっている。
領土問題を曖昧にしておくことはずっとこの種の事件を起こす火種になる。
はっきり国の態度を表明して、どういう結果も甘んじて飲む、という
覚悟が必要な時になったようだ。
優柔不断が一番いけない。
本当に尖閣列島が日本の国土であるのなら毅然とした態度を国に求める。
そしてアメリカを便りにせず自力で国を守る覚悟も必要になる。
口先ばかり「竹島は日本固有の領土である」といいながら
なすすべもなく、施設を作らせ、ヘリコプター基地まである竹島の
実態を中国はほくそ笑んで見ている。
今の日本人は「何をやっても抵抗できない」と、
国を守ろうという気概はさらさらない!と、

竹島も尖閣列島もいずれは、実行支配され、占領されてしまうのは、
今の日本国民の非弱な愛国心からすれば、避けられそうにない。

総理大臣候補の政策でも「日米同盟を強化する」という人もいる。
アメリカが国益を損ねてまで中国を阻害し、日本に味方すると思うのは
滑稽な話である。まだそんな主張を続ける非弱な総理大臣を私は望まない。
自分の力で「自分の国を守る」ことが大事である。

本当に国民の総意としてそれができなければ潔く負けてやればいい。
潔く、友好的に、領土を放棄するしかない。
それならば戦争はしなくて済む。

「日本人は非弱であるが、決して争わない」ことを「誇り」にすればいい。

妻は知っている!

2012-08-16 13:06:56 | Weblog
「国民生活第一の政治」と「美辞麗句」を並べながら
秘書に土建屋から多額の不明金を集めさせていた小沢一郎、
私の一番嫌いな政治家である。
長崎県にもそれに似た金権政治家はいるが、
この種の利権をむさぼる政治家を私達選挙民は絶対に許してはならない。
地域に少しの汗をかくこともしないで組合から選出される輩も好きではないが、
私が最も嫌いなのは利権目当ての政治家である。

昨年の11月に、
こともあろうに小沢一郎の妻が支援者に綴った手紙が今、話題を呼んでいる。
以下、要約すると、便箋11枚にも及ぶ長い手紙の中で、和子夫人は、
昨年3月の東日本大震災後の小沢元代表の言動について触れ、


「このような未曾有の大災害にあって本来、政治家が真っ先に
立ち上がらなければならない筈ですが、
実は小沢は放射能が怖くて、秘書と一緒に逃げだしました。
岩手で長年お世話になった方々が一番苦しい時に、
見捨てて逃げだした小沢を見て、
岩手や日本の為になる人間ではないとわかり
離婚いたしました」と書いている。

手紙では、小沢元代表の愛人や隠し子の存在についても触れている。

8年前に隠し子の存在がわかったとき、
小沢元代表は和子夫人に謝るどころか、「いつでも離婚してやる」と言い放ち、
和子夫人は一時は自殺まで考えたとも記している。

「それでも離婚しなかったのは、小沢が政治家としていざという時には、
郷里と日本の為に役立つかもしれないのに、
私が水を差すようなことをしていいのか、という思いがあり、
私自身が我慢すればと、ずっと耐えてきました。

ところが3月11日、大震災の後、小沢の行動を見て
岩手、国の為になるどころか害になることがはっきりわかりました」

「国民の生命を守る筈の国会議員が国民を見捨てて放射能怖さに
逃げるというのです。
何十年もお世話になっている地元を見捨てて、逃げるというのです」

こうした大震災後の小沢元代表の言動がきっかけとなり、
和子夫人は昨年7月に家を出て、別居を始めた、という。
その後も現在まで別居は続いているが、
小沢事務所は「離婚の事実はない」としている。

和子夫人はこうも綴っている。

「かつてない国難の中で放射能が怖いと逃げたあげく、
お世話になった方々のご不幸を悼む気も、郷土の復興を手助けする気もなく
自分の保身の為に国政を動かそうとする。

こんな男を国政に送る手伝いをしてきたことを深く恥じています」

いつもそばにいる奥さんが話す言葉、弁解の余地はありません!!
小沢一郎のことだからマスコミにも圧力をかけ、
「これは作り話だ!敵の戦略だ」というに違いありません。

言い逃ればかりする男は嫌いです。
もっと大道を歩め!!「山岡鉄舟」や「勝海舟」のように!!
古希になったら、「惜しい!」といわれながら、後進に道を譲りなさい。
長崎にも多くの小沢門下生がいます。
お願いです。是非こんな男から巣立っていただきたい。
利権屋ばかりを擁立する自民党の体質が変わらない今こそ、
あなたがた若手の「やる気」を見させていただいています。
私は民主党は嫌いですが、野田総理は嫌いではありません。

重症病棟を見舞うとき

2012-07-28 08:48:03 | Weblog

平成24年7月26日、川棚・長崎医療センター8号病棟での慰問演奏
実は今回の慰問演奏の条件として「入所者を撮影しない」ということが
事前に約束されていたのでした。これは慰問演奏の常識です。
私も100箇所以上の施設をこれまで慰問し、入所者のプライバシーには十分注意し、入所者は後ろ向きの写真をアップするように配慮してきてきたつもりでした。

皆さんに早く報告してあげたい一心で、持参のカメラで撮影した少ない写真の中から
レポートをその日のうちにと夜遅くまで頑張り、まとめあげたのでした。
多くはいつも通り目隠しを施して、アップしたのですが、1枚だけ小さくですが
入所者の顔が見えるものが含まれていたのです。

翌日指摘を受け、慌てて自分のサイトは目隠しを施し、修正したのですが、
未修正の写真が既にほかのサイトで転載されていることがわかり、大騒ぎになりました。
多くの読者に既に見られてしまっていたのでした。

この種の重傷者が入所している施設の慰問で注意することは写真だけではありません。重症患者に音楽を聴かせるために、ベッドの移動、聞いている間の呼吸器の補助、
また終われば病室への移動、と看護婦さんのご苦労は大変なのです。
集まっているのにじっと待たせる、ということは許されません。
もちろん音楽が全員好きなわけではありません。
部屋で静かにしていたい方もいるのです。
音量をもう少し下げてください、としきりに言われる看護婦さんの気持ち、
分かってあげなければなりません。
ついつい演奏に夢中になり、マイクに近づく自分に「いけない」と叱咤したのでした。

帰り際に看護婦さんから「部屋にいてビデオでコンサートが聞けるんですよ。
、その方が泣いておられました。嬉しかった、と」と知らされて、救われました。

松尾栄次さんが書かれているブログ、実は手は使えません、口に機械をくわえて、
1字1字、われわれの10倍もの時間と労力を使って懸命に思いを綴っているのです。

下の写真は集まったみなさんに月琴を聞いていただく私、
お龍さんが龍馬伝の最終回で弾いた「算命曲」、算命とは占いのこと、
この直後に龍馬は暗殺されました。


全国のガンと闘う皆さんへ希望の光を

2012-07-26 06:57:13 | Weblog
骨肉腫と診断され、生きたいために片足を切断したが、すでに肺に転移し、
余命半年と宣告された1人の格闘家、
家族は涙にくれ、人生に絶望し、
せめて自分の人生の最後はリングの上でと最後の試合に望んだ。片足で!

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/CVlM_E2e_KY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

ところが試合のあと、何とガン細胞は消えていたのだ。
賢明に汗水を流した数ヶ月のあいだに、体中の血が湧き踊り
ガン細胞を消し去ったのだ。これが奇跡でなくて何だろう。

その串間政次さんが川棚まで駆けつけてくれることになるかも、と
泉兵衛さんから昨夜連絡が入った。
すごいことだ。これが絆だ!!


素晴らしい日本を創ろう

2012-07-14 19:09:56 | Weblog
今こそ国家再興のチャンス

長崎市は原爆で市の人口24万人(推定)のうち約14万9千人を失い、
建物は約36%が全焼または全半壊した歴史がある。
しかしその悲しみを乗り越え、市民が手を取り合って現在の美しい町並みを創生した。
私自身も被爆者の一人であり、白血球が健常者の半分しかない。

長崎に限らず広島も東京も、戦争によって都市は壊滅状態に陥ったが
日本人は奇跡の復活を遂げた。
阪神大震災にしても同じである。災害の後に国民がこぞって支援し、
住民は悲しみをこらえて懸命に復興に努力した。
そして略奪や事件はほとんどおこらず励ましあって苦難を乗り越えた。
世界の見本になった「美し国・日本」だった。

だが今回の東日本地震災害は尋常ではない。想定外の大津波だった。
でも冷静に考えれば、明日にも次の試練が襲うこともある。

ホルムス海峡が戦時下におかれ、石油が輸入できなくなるかもしれない。
それも想定外ですか? そうなったら日本中真っ暗ですよ!
石炭はもう既に枯渇している。
レアアースと同じように恐らく出炭国の独占市場になる。
風力発電の多くは落雷で停止している。
太陽熱はさらに災害に弱い。発電量も小さく課題は大きい。

さて、日本の電力はどうするのか?
今本当に日本という国を自分で守れるのは日本人の「英知」だけだ。
戦争でなくても日本を滅ぼすことは簡単なこと、
まして国民が自分で自殺するようなことは、してはならない。
どうしたら子孫へ「世界に誇れる日本」を継承できるか?

国としてのエネルギー政策を一刻も早く纏め上げなければならない。
そしてその先導を電力業界の皆さんに担って貰わなければならない。

私達一人一人が冷静になって、今賢明に、本当はどうすべきか、を
考えなければならない。
値上げも反対、節電も反対、電力会社はけしからん、ではなくて
みんな仲間じゃないか、他人が悪いのではない。

今回のような災害はいつでもやってくる。
こんなとき結束するのが日本人のいいところだったはずだ。

これからの日本のあり方をもう一度、見つめなおそう。
ここ数年日本人は「幸福ぼけ」して、福祉、生活補償ばかりを声高に叫び、
「生活保護者」の増大、「子供手当て」や「高速道路の無料化」
「農業補償」などに莫大な予算が費やされ、

一方ダムは作らせない、港湾予算は削減し、防波堤は作らせない、
防災予算を削減し河川堤防、治山工事をしない、トンネルの補強工事をしないなど、
命を守る手当てがあまりにもおろそかにされてきた。
今回の豪雨災害にしてもまさにそのつけが回ってきた。

国民もそのような福祉を叫ぶ候補者に拍手を送り、一票を投じてきた。
本当にこれでよかったのだろうか?

ちょっとした災害で堤防が壊れ、道路が寸断され、公共の施設が倒壊し、
通信手段が失われ、多くの生命が失われている現状を黙認できる状況ではない。

今回の東北大地震が日本人に教えることは多い。
そしてこの急場に国民が団結し、国民一人一人が脆弱な思想を捨て、
これからの日本国のあるべき姿に気付けば、
世界に誇れる国家に生まれ変わるチャンスになるかもしれない。
国を守る、命を守る、こつこつと働くということに目覚めなければならない。

今、日本人が気づかなければ日本国は壊滅するだろう。
国家に過度な要望のみを突きつけ、脆弱にすることは、最終的には国民が不幸になる。


日中友好はなるのか?

2012-07-12 10:47:48 | Weblog
いまや尖閣列島で日本と中国は睨み合っている。
もともと領土問題は曖昧にすればするほど、こじれるものだ。
日本人はさりとて、誰も命を落としてまで国を守ろうという人は
今はいない。口先ばかりで理屈をいうだけだ。
どうせアメリカに口を挟んで欲しい、と期待する程度であろう。
戦後周恩来が「日本に戦後補償を一切求めない」という大変大きな温情を
示してくれたことを日本人は忘れてはならない。
日中友好のため、尖閣問題を永久に領土紛争にしない協定が一日も早く
結ばれることを切望する。
竹島もそうだ。日本は譲れるところはもっと堂々と譲ってやればいい。
それで終わりにして真の友好国になることを、私は選びたい。
それが戦争を2度としないと決意した日本の唯一つの国策である。
弱虫と言われていい、世界に誇れる弱虫であれば、
本当に弱虫と言われたくなければ、自分の国土は国民が命をかけて死守すべきだ。

そんな中、長崎では十八銀行を中心に「上海クラブ」を作って、
ずっと昔から日中の友好に務めてきた。
十八銀行の地域奉仕の姿勢には本当に頭がさがる。
現役時代から私は三菱重工業にももっと長崎のために骨を折って欲しいと
願っていたのだが、それは多くの長崎人が願っていたことだった。
私はその思いに関連会社の一員として報いようと、
それなりに励んだつもりである。
写真は上海クラブが主催した「ナイトクルージング」で
来日したばかりの留学生琵琶奏者の劉丹さんを皆さんに紹介する私、
このときは留学生二胡奏者の季文馨さんもお母さんと一緒に参加、
それに留学生ヤンゴ踊り指導者の張超さんもいた。
留学生と仲良くしながら「長崎らしい観光演出」をしようと
私がもっとも励んでいた頃である。
左に座っておられるのが、もう傘寿になられるという村木さん、
いつも地域奉仕の先頭に立っておられる、
私がもっとも尊敬する長崎人です。