ももちゃんの面白古代史

ももちゃんが生活科学の目で主に日本古代史解明します。新しい情報いっぱい。例えば日本の縄文時代に製鉄が行われていた根拠など

性奴隷の女性達と仏教!? 

2018-12-31 08:44:36 | 大いなるバビロン・女王の国日本・古事記・イザナミノミコト

性奴隷の女性達と仏教!?     H30・12・31
・今年のノーベル平和賞は女性の人権回復の意味で、重要な現状を提起するものだった。性の奴隷にされた女性の勇気は今後、女性の立場を正常に戻す力が与えられるきっかけを作ってくれたと嬉しい。

・女性の人権問題は人類が地球に伝来して以来の問題と言え、聖書でも男女の役目など多く書かれている。日本では古事記に出てくる日本創世の神伊弉諾と伊弉冉の神は聖書で言うアダムとイブの物語と類似している。女神イブは竜宮城(物質や快楽)から抜け出せず迎えに来た夫・伊弉諾を追い払う立場に立たされ、ほとが焼かれてウジ虫集る姿となった。一方夫・伊弉諾はタイやヒラメの舞い遊ぶ物質世界の竜宮城をやっと逃げ出し、振り返るなと言われ、やっと禊の地に辿り着き三貴神(天照大神・禊素戔嗚尊・月読みの尊)を禊から生み出し隠(亡くなった)れられた。この時の女神イザナミノミコトが物質文化の竜宮城から逃れだせなかったために、女性は神から疎外される存在になったのだろう。
・男性は聖書では「禊」と同時に「割礼」を受けるようだ。割礼とはよく知らないが、この時男≒力=体力優位に対する神との誓い=女性=弱者に対する優位性ゆえに女性を保護する立場を約束させられたと推定する。しかし男は其の点を忘れ無視し、性的欲情のコントロールが出来ずに、女性を力=レイプ等性の奴隷的な目で扱う習性が社会的に容認されるようになった。
・その最たる問題が仏教で、新興宗教などでは女性を性の奴隷として女性蔑視し、女人禁制は仏教の当然の教義とされていた。この点キリスト教=聖書では女性を尊重した扱いが定められている。女性の主は夫で夫の主はキリスト。独身女性は夫がいないからキリストが主で、その点夫の主はキリストだから誤魔化しや嘘は通らない。だが仏教では女性の主は男というような感覚だ。だからレイプや性の奴隷的扱いが平然と行われてしまう。
・そして新興仏教の多くが女性蔑視で、母が加入していた創価学会がそうだった。そのため私は苦しまされた。そして今聖書研究会の上層部の地位の人が、前に書いたように私の母を騙らい私に長い間命令していた。私は宗教を知らない故に、母の言う強さに命令され従わざるを得ない心境・状況だったが、死者は何も肉体も思考もないと聖書で知った時、死んでしまった母に命令されるのはどういうことかと、疑問を持ち続けていた。聖書でその点明らかに書かれていて、やっと自身に立ち戻れた。母の思いを研究会の教える立場の女が利用して私を操ろうとしている事が解り、神は引き寄せると書かれた聖書の真実を再認識した。と同時に自分と神との間に入り込むこの女の狡さからいかに逃れるかの課題に取り組まねばならない。仏教や新興宗教は過去の死者の思いを引きずり出し利用する。しかし聖書は其の点死者の意志などに左右される必要がない自由さを味わえる。ただルールは破らない必要がある点も、神の愛と義と公平は信じ、自分もそうあるよう心掛けたいものですね。

・私は多くの嫌な思い・疑問を持って人生を過ごしてきた。そして仏教的女性蔑視に苦しまされてきた。貴方も死者の思いに支配される必要はない事を、あなた自身が人生を生きる必要がある事を知って欲しい。この事を知ってホッとする人も何人かいると思う。この体験から得た真実を公表することでサタンの暗躍が少しでも減って明るい地上・人々の生活が戻ることを願い明らかにした。

・他人を無闇にうらやむ事はないし、自分の持ち分で、他人と争うのでなく、共に技術の向上を目標とする、皆と戦友的な生き方がいいかもね。ライバルでは嫉妬心が生れるものね!企業や集団に忠実な立場になると難しいですね!聖書では集団の場合は集団の間違いはやっぱキリストの教えに従う(聖書を学ぶ)ことが最善のようですね。

・平成最後のブログ。今読み直してみて強い自分を見てしまって。ホントは今も反省と、今後の自分と不安と。でも神を思えば、・・。困った時の神頼み・・虫がいいけど、他人への悪意は禁じ手だけど神は善意は叶えてくれる率が高いようですよ!  残念だが悪意も実現してしまうようですね。 よいお年を!!


偉大なるバビロン=女王の国の崩壊

2018-12-16 11:02:53 | 大いなるバビロン・女王の国日本・古事記・イザナミノミコト

偉大なるバビロン=女王の国の崩壊     30・12・15

・聖書はイスラエル等中近東の歴史も正確に記録した記録書=歴史書と言えるようだ。しかし聖書で取り上げていない地上がある。それが日本等アジア諸国、その中で取り上げられていない日本には重要な文化が詰まっている。私はその日本の超古代史を研究し人生を掛けた。しかしこの日本には縄文時代の古代から原始仏教という宗教が存在し、その原始仏教を引き継いだ日本の多くの行事は民間で現在も続けられている為、文化に根深く根付いて人々の心まで縛り付けている。と同時にその芸術的と言えるような建物や仏像など美しい文化が数多く残されている。

・日本語の中に「体」=「空だ」という言葉がある。この「空だ」は宗教で言う思いや感情など形とならない思い等が、どうやってか知らないがその思いが肉体の体≒「空だ」に宿って思いを実現するらしい。
・仏教のルーツとして原始仏教について動画など配信してきたが、動画に私の思いを邪魔する思いが入り込んでか?動画が上手く作動しなくなって配信できなくなった。だから誤解が生じたり色々騒ぎになっているので、自分の思いをはっきりしたくなって、ブログに書いて乗せてみた。ブログも不安定だから妨害が生じているかもしれない。・・・

・この「空だ≒体」に入り込む「思い」について今回書いてみたくなった。私は今の聖書研究会に20年程前に出会った。母にマインドコントロールされているな!?と強く思うようになった時期だった。その中で夢の中で?心の中で?約束させられた。誰だか解らない。名は言わない卑怯者の「思い」だった。未だ宗教や心・思いについて詳しく考えても居なかった頃の事、強引に「私(誰だか不明)に任せろ!」と命令された。半信半疑ながら誰に、何のことを任すのか理解しないまま「その証拠を示せ」と私は思ったつもりだった。その時、土地証書のような一枚の紙とシートのようなもので隠された汚い土地が示された。興味もない土地などいらないと思う内、嫌だと言う私から何かをまかせる権利をこの土地で横どった人?は誰なのか必ず明らかにしてくださいと神に祈った。そして最近、それが聖書研究グループだと思い至った。その時は聖書研究グループは止めた。その頃介護問題が流行り出した頃で、NPO法人を立ち上げる仲間に入り、研究会に一切関わらなく生活に追われながら過ごし、あれから20年。心に思ったことも忘れていた。

・だが年齢だから今でなければ一人での引っ越しは難しくなると知り引越した。直ぐに研究会の人との縁が出来、参加し聖書を学び始めた。社会との雑念は引越しと同時にきれいに取り払えたから、研究会の人だけとの付き合いで、気楽ではある。友達と手紙のやり取りも極力避け、聖書を学ぶよう勧めると友達も去って行った。引っ越し先で少しクラブなど加入していた事等で、嫌な思いもあったので、其処も1年足らずで引っ越した後も2度も引っ越す羽目になった。引きずられるように次々不快な事等起こり、現在地に引っ越し同じ研究会を続けたいと思ったら新たな担当者からの音沙汰もなく3か月程経過。不親切極まりない新担当者にいら立つばかり。聖書では「愛」を第一に説いているのに指導者的立場にある勉強して長いはずの新担当者は「聖書の第一義の愛」も私に示せない。こんな担当者には指導されたくない!。私の第一思考は「この人はキリスト・聖書を語る資格がない・こんな人に大好きなキリストの愛を教わるなんてとんでもない!!嫌だ」と結論した。私も結論出したら、辞めるか留まるかの交差点に立つ。しかし最初の出会いの会の女性達は紫外線でのシミなど物ともせず「神からの勲章なの!」と言ってのける素晴らしい人達だった。それを考えると聖書の勉強を続けたい気持ちに偽りはない。死ぬ時は聖書を伝えながら死にたいと以前から思っていたのだから。と、留まったが新担当者の彼女からの嫌がらせは色々続いた。何故こうして苛められるか解らないまま、その苛めに反発しながら・・・、

・最近やっと神は「引き寄せる」ことを知った。というより体感した。私は最初研究会を辞める時「誰かと約束した。その約束で私は研究会を辞めて何かをその誰かに委ねた。納得できなかったので、必ず神よ明らかにしてください」と祈った。其の20年前の祈りが今、明らかになっている事を知った。今も私にマインドコントロールが送られてくる。母の宗教が行っていたとばかり思っていたが、母は他界してもう10年、聖書では死んだら無となる、「思い」も何もなくなる。と書かれている。この教えが私を最も聖書に引き付ける強い聖句だった。母の思いはもう何もないはず。という事は母の思いを現実の誰かが引き続いて行っている事になる。それが私を研究会で指導する役目の女だった!?・・そうは思いたくない。でも続いている。私は今この研究団体に所属しているのみで殆ど知人はいない。
・先日パソコンの故障?で知人に直してもらった。彼は私の古代史が気に入らなく、パソコン・グループ内で人の前で「あんたは古代史などヤル必要がない」ような暴言を吐いた。私は「あなたに言われる筋合いはない」と返したが、パソコンについては彼を頼るしか、他にパソコンに詳しい人を知らない。彼は又、貴方はブログ閲覧者0とか数人で大して見て貰ってないのに、こんな(私のブログ)の配信しても無駄!だと平気で言う人だ、そう言われながら、そうだったのか!と気付いた。私は穏和で、その上学校の成績優秀だった故に弟の強い嫉妬(強い感情)で色々攻撃され苛められてきたことを今納得。いつも黙って引き下がっていた。
・そしてもう一つ納得。母が何故、私をそれ程に嫌い無視して来たか?女の嫉妬は無意識に私が母より評判良くなることを妨害。その母の嫉妬心は母の信仰していた創価学会の幹部に利用され、マインドコントロールで私の思考を変える暴挙を続けていた。その母が高齢になりそれでも私への妨害・マインドコントロールが続くことに,歳取ってもよくマインドコントロールなんて出来るのかなー?という疑問。母の嫉妬は母より、宗教者に引き継がれ強められていたらしいと今気づいた。マインドコントロールしているのは死んだ母ではなく、今私が関わっている勉強会の幹部の一部や教える立場の女性だったことに、やっと気が付いた。そうか20年前のあの頃の、約束を強いながら名を名乗らず、私がこの地に越してきても約束を果たさない、その男達だったことをはっきり体感した。今こそ「引き寄せる神」の聖書の真実に驚き、また魂・念力・思いという形とならない力を再認識している。だから宗教は恐ろしい。だから人間は恐ろしい。私がこの歳迄古代史で芽が出ないのは、母や弟が持った強い強い嫉妬心が宗教者に引き継がれていた事になる。
・母がここまで徹底的に私をいじめた訳ではない、嫉妬心を引き継いだ私の担当者、加えて「女王様でいなければ気が済まない人」だと組織の他の女性に聞いた。母も女王様でありたい人だった、担当者のその女は私の母の思い「女王様で居たい」を引き継いでいた。その女「女王様」になるためには自分より優れた人から盗み取り、成り済ます泥棒的女だった。私を(私は自覚無いのに目立つらしい)目の敵にして攻撃し続けた。彼女の隠れ蓑は「寄付」という行為で、団体への寄付は「現実の彼女の嫉妬心と、他人を殺しても自分が女王の座に居たいというエゴ心を覆い隠し」さらに彼女は創価学会か高島易断とかいう占い者に依頼して、金でそれらの悪意の祈りを敵=私に対し発しさせ続けている事実。寄付行為は自分の表面は聖書を信仰しているらしく外面は保てる。聖書容認の祈りをしているのだから、その裏で悪意を発する祈りをさせていても人に知られることはない。並行して金をもらった宗教者達・占い師たちは悪意の感情を私に向け、私の意向を曲げさせるマインドコントロールを行わせる。こんな得な方法を・狡さをだれが知る事が出来るだろうか。本人と金で買われた宗教者と、引き寄せられた私だけ真実を知る事が出来る。私はこの複雑な狡猾な人類・女の嫉妬にもう振り回されない。そのためブログに書き発表する大決心をした。私はずるさや嘘とは同居できない。妥協はしない。肉体の形の世の中だけではないのだから。

・人類が生まれて6000年、神が造った楽園は、人類≒蛇が出現する以前の楽園は、蛇人類に乗っ取られた。聖書ではアダムとエバの失楽園の時。そして古事記にも伊弉冉が楽園から落ちて現在に至っている。今裁きの時だと聖書は言う。いつまでエゴと狡猾さと卑猥さと不公平な、愛のない、金・そして争いとエゴ=物質重視の地球は続くのか。私は人類への期待を失った。仏教は死後の世界を解くが、聖書を信じるなら死んで人は考えも肉体も無くなる。現存の子孫の人間が過去の感情を再現しているだけ。という事か。それなら何も怖くない。今を神に恥じない人生にすればいいという事だろう。手段を択ばぬ「勝てば女王だ」という力の時代はもう終わりであり、聖書で言う「偉大なるバビロン」「女王の国」の崩壊の時。義と愛と公平や平和等の時代が早く来ることを祈るのみ。
・長くなり御免なさい。でもこれが宗教の一部のようですよ!聖書では悪霊にとりつかれないように注意し眠るな!と言ってます。眠らない訳にいかないから善良なる神に「祈りなさい」とあります。祈って悪意から守ってもらう必要があります。


信頼関係

2018-12-06 05:39:48 | 世界一巨大古墳・大仙古墳・大阪堺市・紀元前

信頼関係   H30・12・5    

・最近世界一巨大な大仙古墳(=仁徳天皇陵=5世紀頃(?))の調査結果の報告があり、円筒埴輪と葺石と周堀が確認されたと発表された。日本古代史は多くの説が飛び交い、私は日本超古代史を出土品で考えることで、推定実時代を特長的に主張しているのだけれど、その出土品を生活科の目で見て推定すると、埴輪は大仙古墳築造時代の新文化のようであり、埴輪の前の時代に葺石があったとの事と、更に未だ新技術の須恵器の技術も始まったばかりのようだから実時代は紀元前500年とか、遅くとも紀元0年前後の実時代だろうと考えるのだけれど。少なくとも秦の始皇帝時代より少し以前では?と考えます。何故なら秦の始皇帝墓には埴輪類似の馬庸などが副葬されている埴輪文化は日本にルーツがあると考えるので中国に埴輪文化が伝来して行ったと考えるので、少なくも秦の始皇帝の紀元前3世紀前後か少し前の実時代の紀元前3-4世紀に「世界一巨大な大仙古墳」は築造されたと位置付けられると思えます。
・さて古代史で信頼されるのはかなり困難なことだけれど、人間関係の信頼も難しく今私は「自分が信頼できない人」に聖書を学ばねばならない羽目に立たされた。長い事学びたくて最近やっと勉強できる状況になったのに、「聖書」とあこがれの的だった「キリストの教え」を学ぶ時に、教えてくれるのは信頼できない男。
・聖書には多くの真実が書かれている=人間の知り得ない心の問題の真実が多く書かれている。それなのに信頼できない人に教わる苦しさに、又進路を変えたくなってしまっている。その男は私とキリストの間に立ち塞がりパワハラでキリストに近寄りたい私を妨害する。
・しかし聖書では「人間は不完全だから=完全な人はキリスト以外存在しない」だから貴方自身不完全だから、お互い許し合いなさいと説かれている。確かに完全な人はいない。その通りだし、また人を許し合うからこそ楽園が来ると納得できるのだが、狡猾なずるい人は「どうせ許されるのだから、お前が許さないと楽園への道は開かれないから、お前は許さざるを得ないのだから、この程度の事は、未だお前は苛めた私を許さないから、もっと苛めてやれ、自分が勝つまで苛めてやれ」などと、優しさや譲歩を見せると図に乗るというか、悪さを辞めようとしない、他人を苦しめている事を知りつつその悪を続ける悪意の人間もいる」今その状況に私は立たされてしまった。私は聖書を勉強する以前から人間信頼関係でつまずいてきた。母との関係がそうだった「母は創価学会の信者で、私にマインドコントロールを行い創価学会の信者に仕立てたかった」マインドコントロールは勿論母ではなく創価学会の幹部の行いだが、母はそれを容認した。この辛さを体験した私の人間不信は今も癒されない。人間不信から抜け出たいと思い聖書を勉強しているのに、また今回も信頼しなければグループに居られない立場の夫婦への不信感が募るばかり。
・キリストはキリストを磔にした人達や、キリストを売ったユダをも許した。だからこそキリストを私は信頼し愛した。人類の為に身を捧げて下さった御心と現実に感謝する。でも自分がそうなれと言われれば、それは出来ない。私はいらぬ正義感で、それでは悪を蔓延らせてしまうと思う。これを聖書では高慢というのかも知れない。でも私は正義感で悪を退治したい。聖書では神に委ねよという。でも人類の歴史6000年もそれ以上も未だに悪と言われるエゴや欲や人の上に立ちたい名誉欲やら、多くの問題が解決されていない。楽園は遠い。最近はいよいよ悪がはびこっている。だから私はクリスチャンには成れないのかもしれない。

・聖書は雲の発生や雨が降る原理を科学的に何も解明されていない時代に書いている。(ヨブ記36:27・28)又ヒトゲノムの遺伝子の事もダビデは「設計図通りに人は発育する」とも詩篇139:16で詠っているという。私にはヨブ記や詩篇を読んでもこういう解説を読まないと理解できない内容だが、ダビデの時代は未だ遺伝子等の事も人は知らない情報だ。このように聖書には真実が書かれた不思議な書であることに間違いはない。貴方もぜひ勉強してみてはいかがでしょうか?!
・私の最新情報では「生活科学の目で見た日本超古代史」をやっと書き終えました。後は出版し皆さんに読んでいただきご意見を聞きたいのですが、今出版会は健康とか食の問題は注目されるのですが、超古代史は人気が無いようで、…皆さんに読んで真実の日本の超古代史を知っていただきたいと思いますが、出版の為の良いアイデア教えて下さい。自費出版は余裕がない。