遊月(ゆづき)の日々これ修行なり~

パワースポット研究家(おたる案内人)でセラピスト遊月のブログ
【パワースポットニッポン(VOICE)北海道担当】

中庸でいるのですよ

2024-01-03 11:17:00 | 遊月(もしくはマーレ)よりメッセージ
お正月3日目ですね。
元旦から大きな揺れがあり、昨日は大きな飛行機の事故がありました。
大丈夫、大丈夫。
そう言いながら、結構心が折れそうになっています。



「2024年はいい年になる」と、はしゃぎすぎたせいかもしれないと思ったり。
確かに、最高の出来事がある直前に、めちゃくちゃ最悪なことが起きるのは、潜在意識の定石で。
潜在意識講座で、潜在意識を使って夢が実現するために、どんな流れがあるのか、山のぼりに例えてお伝えするのですが。
その中でも同じことを伝えています。

「あと1歩で頂上でまで来たその最後の瞬間に最大の落とし穴がある。
その時に多くの人は、ああ、やっぱり無理かもしれないと絶望してしまう。
なぜなら潜在意識が、夢を叶えた新しい現実を作りたくないから。
ホメオスタシスを発動し、現状維持こそが、潜在意識の中にある最も重要ミッションだから。
なので、自分が何が起きれば最もその夢をあきらめるのか知り尽くしている潜在意識からの渾身の一撃なのだから、絶望することが起きるわけで。
だからそれをどこかで思い出し、どんなに絶望的な現実があっても、それを超えていける力を持つのもまた潜在意識なのだ。だから、それでもなお、実現することを信じることを私はやめない!と決意する。
そして同時に、どちらでも良いと執着を手放す。
ここまで歩いてきた道こそが自分のできる精いっぱいだったのだからと結果に執着しない。その心境になれた時、目の前にとんでもない素晴らしい世界が突然開けていく」

これが潜在意識の最後の最後のお試しです。
と伝えているのです。

だから今回のことも、それに近いことなのだろうとぼんやり思っています。
だけど、やっぱり現実が凄すぎて、悲しみに押しつぶれそうになり、未来に恐怖さえ感じてしまった。
はじまりにこんな出来事が連発して、ほんとうにいい年になるの?と。

昨日職場で(仕事始めでした)、普段はつけていないのですが、地震のこともあり、ずっと無音でニュースが流れていたのです。
それが突然飛行機が燃えている謎の映像が出てきて。
音が聞こえていなかったので、何が起きているのかさっぱりわからず、衝撃を受けていました。
ぶつかった飛行機が、被災されていた人たちに、救援物資を運ぶための海上保安庁のものだったと知った時、何とも言えない感情になり、久々に言いました。

神様、何してんだよ!

いや。
神様は善悪の感覚をお持ちになっておらず、すべて必要だから起こすだけ。
そうであった。取り乱してすみません。と一旦落ち着き、ならばこれは一体なぜ起きているんだろうと考えました。

帰る道々、静かに祈りました。
ご先祖様、天国のおじいちゃん、おばあちゃん、パパ、林三郎(飼っていた犬)、そして神様、仏様。
何か問題があるのでしたら、教えて下さい。反省して改善します。
どうか許してください。
そしてどうかこの国の人たちを、この世界の人たちを守ってください、助けてください。

一度唱えると、心の中が少しだけ平常に戻りました。
そこにすーっと光が差してきました。
真っ白な雪道に美しい一筋の光を見たそんな気持ちで。

「良い時も、悪い時も、常に中庸でいることが肝心なのだよ」
そんな言葉が心の中に光のようにありました。

あー、これは仏様の言葉なのかな。

確かにちょっとここ最近は、2024年はさいっこう!とはしゃいでいたなぁ。
きっと本当にいいことがたくさんあるんだろうけど、その時も、ただ感謝して、淡々と受け入れていかなければいけない。
逆にどんなに悲しいことがあっても、悲しみにとらわれてはいけない。

常に平常心。
中庸の気持ちでいることが大事なんだ。

そう考えると、本当に心が静まりました。

そして先程の言葉が仏様の言葉だとしたら、いつもの神様のような鈴の音色に似たかすかな美しいいびきで声が聞こえました。

「日々に感謝ですよ」
いつ聞いても心が洗われる美しい音色。

そうだなぁ。
私はこうして、何ごともなく普通に日々を送っていられる。
家に帰ればご飯を食べることができ、電気が通っていて、暖かいストーブのある部屋で過ごすことができる。

それが当たり前なんかじゃない。
すべてのもの、すべての存在、すべての出来事が、感謝に溢れていることなんだ。
そのことを改めて強く認識しなくてはならないんだ。
感謝だ。
ただ生きている、今ここに存在している、そして自分の周りにあるありとあらゆるものが奇跡だ。

飛行機の事故は、海上保安の方たちのほうに犠牲が出てしまい、それは悲しかったのですが、あのような映像からは、私は全く逆の恐ろしいことを想像してしまったのですが、なんと全員無事だったと言う。
それはもう奇跡です。

本当はもっと大変なことになっていた可能性があったのに、神様がものすごく守ってくれた。
そう心から思いました。

地震のほうも、確かに本当にひどい状態にはなっているけれども、阪神や、東北の時から見たら、少しはは少ない被害で済んでいる気がする。
だからきっと、全ては良い方向に動いている。
津波のことも、火災のことも、今回、多くの人たちが、かつての大震災の時のことを教訓にして動けたはずだ。
少なくても、津波警報を聞いて、たかをくくってその場にとどまることはしなかったはずだ。
みんなすぐに高台に逃げていったはず。

だから、あの悲しい大震災でなくなられた人たちの命が、こうして今につながり、人々をより良い未来につないでくれている気がする。
そう考えたら涙が出てきました。

確かに目に見える現実が辛すぎて心がくじけそうになるけれど。
そんな時こそ中庸でいようと、意識して心を落ち着けること。
悲しい方を見るのではなく、うまくいった方に視線を向けて感謝すること。

その上でつぶやくのです。
大難が小難に、小難が無難になる。
守ってくださっているすべての存在に感謝です。
今ここに生かされていることに感謝です。
大丈夫。きっと世界はこれからもっと良くなるから。



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