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「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

「戦争法」違憲訴訟 訴状(2016年6月8日提訴)[10]

2016-06-09 | 集団的自衛権

「戦争法」違憲訴訟 訴状(2016年6月8日提訴)[10]

http://ikensosyo.org/より


 カ 原告番号270 愛知県知多市

 2015年9月19日、海外で武力行使に道を開く安保法が強行採決されました。私は、国会中継を録画してみていました。多くの憲法学者が違憲と批判したにもかかわらず、また、多くの国民が反対を訴えているにもかかわらず、自公による強行は決して許されるものではありません。そもそも、あのような騒々しい中で、何も聞こえず、記録さえとれない中での採決は無効です。みている国民の多くは、何をしているのか、何を言っているのか、何を決めたのか、全くわからなかったからです。
 圧倒的多数の国民が「憲法違反」と声を上げる「戦争法案」なのに、安倍政権は、今まで70年間大切に守ってきたこの憲法をいとも簡単に解釈変更しました。全く、主人公である国民の方を向いていません。全く、国民を軽視し、バカにしています。其の後は、次から次へとおかしな事を勝手にしています。
 国民を監視し、不都合な情報を知らせない、最悪な方向に舵を大きく切りました。私達国民はないがしろにされました。主権者たる国民はこのことだけでも慰謝料を請求できると思います。

 キ 原告番号476 神戸市

 私は「イラク派兵差止裁判」の原告の一人でした。日本の平和主義が破壊の岐路に立つ今、裁判に参加しています。
 私は戦後70年間日本が戦争の名の下で「人殺し」をしなかったことを誇りとしています。それを安倍政権は「戦争法=安保法制」という法の下で軍隊という「人殺し隊」をつくり、この国や近隣諸国に住む人々を不安にしています。
 現在生きているわたしたちのみならず、まだ選挙権のない子どもたちや、その子どもたちが結婚して生まれてくるであろう子孫の未来を180度変えます。
 「戦争という武力で紛争やもめごとを解決せず、平和的に対話で解決しようとする努力」を無にする独裁者的政府に憤りを覚えます。
 精神的苦痛ははかりしれません。

 ク 原告番号529 高槻市

 「「安保関連法」案が話題になってきたころ、私は、それがどんな内容なのか確かめたくて、新聞や雑誌、書籍を購入して読みました。また、大学の先生や元自衛官、そして、戦争体験者等の講演会にも参加しました。
 いくら勉強しても、お話を聞いても、この安保法で世界が、そして、日本が平和になるとは考えられませんでした。」
 「戦争を経験した多くの先達の方々は、「二度と同じ過ちを繰り返してはならない」といっておられます。また、先の大戦で尊い命を落とされた方々もきっとそう言われていると思います。
 安倍総理、安倍内閣、そして、安保法に賛成した議員達は、もっと一人一人の命の重みを考えるべきです。
 命は一度失えば取り戻せません。いくらお金があっても、お金で買い戻すことができないのです。
 私は、この大切な「命」を脅かす、「命」を奪う「人殺し」を正当化する戦争法を絶対廃棄にしたいと思って、原告になることを決意しました。」
 「「人殺し」を正当化する戦争法があるかぎり、私は苦しみつづけます。」

 ケ 原告番号633 吹田市 被爆二世

 私の両親は、原爆投下の日に広島にいて被爆しました。その時母は「ピカドン」の光線で首に火傷を負いました。家は爆風で倒されましたが、幸い2階にいて助かりました。1階にいた小母さんは家の下敷きになって死にました。母がその時目にしたであろう、広島市内の惨状の多くを語りませんでしたが、「地獄だった」と言っていました。私は、物心ついてから「被爆二世」という言葉を知って、いつ白血病で死ぬかわからない恐怖感をもって今日まで生きてきました。結婚して子どもができた時も、子どもに放射線の影響がでないか気をもんでいました。その意味で私は、戦争被害を皮膚感覚で受け止めてきました。 この法律が実行されますと、国内外に戦争被害者が生まれることは必至です。それを思うと、この法律をそのままにしておくこと自体が私の苦痛です。

 コ 原告番号635 神戸市 戦争経験者

 昭和16年生まれ、岡山に住んでいた当時4歳でいろいろ覚えています。 空襲で、防空壕に入っていました。空が青く光っていたのをおぼえています。農家にいましたから、食べ物はありましたが、子供連れで畑の芋の茎を切り取りに来る人がいました。食べるものがなくて、子どもに乳もでないことから、当時4人ぐらい、子どもが亡くなったと聞いています。
 小学校入学の年が憲法施行の年で、入学式のときに校長先生が言ったことが今も記憶に残っています。
 「憲法で民主主義が保障された。戦争はみんな嫌いだったが、声に出していえなかった。これからは、自由にものが言える。皆さんは自由に自分の考えや意見を言える人になって下さい。」と言われました。
 戦争は恐かった。やっと戦争はないと思っていたのに、また、戦争のできる国に戻るというこんな法律、後世に残したくありません。今やらないと後悔します。腹が立って仕方がありません。この法律をなくして下さい。

(3)小結

 以上のように、戦争体験者や戦争被害者は、本「安保法制」を考えるだけで耐えがたい苦しみや怒りを覚えさせられる事実が明らかに存在し、他の一般の人々においても、程度の差はあれ、本安保法に対し耐えがたい苦痛を味わっている。このことは、やはり、戦争放棄の国から戦争の出来る国へ-内閣の暴走ともいうべき行為によって転換させられたことに対しての強い怒りと苦痛を感じている事実を示すものである。

第6 まとめ

 以上、本件「安保法制」の違憲、及び、違憲の法律を作った公務員の不法行為による原告らの平和的生存権侵害等による慰謝料請求権について詳しく展開してきた。
 裁判所に強く訴えたいことは、本件のようにソフトクーデターの如き権力の暴走で憲法がないがしろにされるとき、違憲立法審査権という憲法の番人としての権限を有する司法機関がなんら歯止めができないとすれば、三権分立の歴史的使命など空文になるのではないかという訴えである。
 行政や立法が暴走しても、それを「なすに任せ」では、甚大な被害をもたらすファシズムの猛威にさらされることになる。
 原告らは、困難な訴訟であることを自覚してもなお、どうしても訴えざるをえないとして本訴に至っている。裁判所におかれても、「苦心」「工夫」をいとわず、この憲法の危機に立ち向かわれんことを望む次第である。

(以下省略  おわり)

(ハンマー)


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