母の膵臓癌日記

膵臓癌を宣告された母の毎日を綴る

つかの間の元気

2009年10月24日 23時41分11秒 | 日記
10月22日(木)
午前中両親は二人で近くの医院にインフルエンザの接種に行き、帰って昼食をとってから母は自分の部屋で休む。
母が寝て父と私が居間で二人になったときに
「年内かもしれないっていうのは知っていたのか?」と父が私に訊く。
昨日弟が父に知らせた母の余命のことだ。私が黙ってうなずくと
「N也(兄)も?…そうか、知らなかったのは俺だけか。」と言い
「それでN也が旅行、旅行ってあせってたんだな。何をそんなに急いでいるんだと思ってたんだよ。」
10月の初めに兄が計画して家族で河口湖に一泊旅行をした。両親は母の病状がもう少し落ち着いてから、と希望したのだが
早く行かないと行けなくなると弟が兄に言い半ば無理やり連れて行ったのだ。
「先に逝かれるとは思わなかったな。俺のほうが先に逝きたいよ。」
「そんなこと…パパさんはどこも悪いところがないんだから、ママさんの分も元気で長生きしないと。」
父は何も答えずじっと何かを考えている。

最初に母の癌の深刻さを知ったとき、これを父に知らせるべきかどうか迷った。
いまどきインターネットで調べれば病気の詳しい情報が簡単に手に入るので、パソコンを使う人には余命も知れてしまうが
両親はもちろんパソコンなどいじったこともなく膵臓癌の予後の悪さはわかっていなかった。
母に身の回りの世話を頼りきっている父に母の余命を知らせたときのショックの強さを思うと、いきなりはどうかと思う。
「父のほうから訊いてきたら話そう。」と弟が言い、私も賛成した。
父が昨日弟に問う気になったのは、母の衰弱ぶりが目に余り、さすがに良くないほうに向かっていると感じたからだろう。
それでも「あと何年」と、年単位で尋ねたらしい。
しかし多少の覚悟はできていたからか、思ったより表面的には冷静に受け止めているように見えて安心した。

夕食には母の好きな鰤のあらと大根の煮物、わかめときゅうりの酢の物を作り階下に持っていく。
その後弟から電話があり、母がまだ日常生活ができるうちにもう一度親子で旅行をするという計画を相談する。

旅行の話をするために階下に下りると母は
「今日のおかずは私の大好きなものばかりだったのに食べられないの」と母が言う。
「もう固形物は飲み込めないのよ。お粥みたいに柔らかい物しかのどを通らないの。せっかく作ってくれたのにごめんね。」
好きなものならなんとか食べられるのでは、と願って鰤大根は圧力鍋でごく柔らかく煮たのだがそれもだめだった。
お粥、豆腐、ヨーグルト、アイスクリームのように離乳食のようなものしか食べられないのだ。

母に旅行の話を持ちかけてみると
「今はものが食べられないからとても旅行に行く気になれない。行っても楽しめないと思う。」と言う。
「そりゃ食べられないのは辛いと思うけど、食事の時間以外は痛みがあるわけじゃないんだから楽しいことをかんがえようよ。
悪いことばかり考えてるとそれがストレスになって免疫が落ちちゃうのよ。」
「それはそうねえ…。」母は素直にうなずく。
「じゃ、大正琴でもやろうかしら。ちょっと出してみる?」
えっいま?と私は思う。夜の8時を過ぎている。しかしせっかく母が何かをやる気になっているのでうん、やってみてと同意する。
「でもね、だいぶ忘れちゃってるのよ。指も動かないし。」
などと言いながら母はいそいそと大正琴を食卓のテーブルに置き、奏で始める。

何曲かをつっかえたり途中テンポが遅くなったりしながら弾く表情は久しぶりに見る生き生きした笑顔で
私も合わせて歌ったり、そこはこうじゃないの?と口をはさんだりしていっとき母が病気であることを忘れる。
ちょっと弾いてごらん。えー指がわからないよ。大丈夫よ私も間違えてるから。
私が代わって大正琴をいじると、弦のはじき方や楽譜の見方をそばで教える。

また母にもどって一曲弾き終えると、われに返ったように
「ちょっと疲れちゃったみたい。」と言う。
「いっぱい弾いたからね。そろそろ寝ようね。」と私が言うとうなずいて寝室へ向かう。
しかし思いがけなく見られた「病気でない母」が嬉しくて、私はしばらく大正琴の前に座って母の表情を思い出していた。

最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はじめまして (shiny)
2009-10-25 11:47:53
りりぃさん、はじめまして!
つい先日からおじゃまさせていただいてます。
お母様を精一杯お世話されているご様子、頭が下がります。

私も母を看取ったばかりですが、"食べられない"というのは本人も周りもほんとうに辛いですね…。
私の母の場合ですが、固形物が食べられなくなってからも、野菜スープをミキサーにかけたものと、ジューサーで作った新鮮な野菜&果物ジュースなら飲めていました。
あと、玄米スープというものもあります。既製品もありますが、私はこちらのサイトを見ながら作りました。(URLに入れておきました)
固形物でなくても「身体にいいもの」を摂れているというだけでも患者は安心するみたいです。
りりぃさんがお母様を心配されてるご様子を見ていて、私も母に少しでもごはんを食べてほしくて毎日やきもきしていたことを思いだし、いてもたってもいられなくて…。おせっかいでごめんなさい。
お母様のお口に合うものがみつかると良いですね。
りりぃさんもお体大切になさってくださいね。
返信する
はじめまして (みぃ)
2009-10-26 14:42:38
はじめまして、今日は。
以前から拝見させて頂いておりました。

私の父親も現在、手術が出来ないまま膵臓癌と闘病し7ヶ月が過ぎようとしております。
抗がん剤治療も2クール目に入りましたが、やはり食欲不振と鬱症状に苦しんでおります。
抗がん剤2クール目に入る前に担当医から今後の治療方針をどうするか?で、当人を含め家族間でも話し合いを重ねましたが、結局父親の意志を尊重し今に至っております。

私の父は7ヶ月の間に16kgも体重が落ちてしまい、体調も日・一日と違い様々です。
一番辛いのは当人だと解ってはいるものの、周りの家族も色々と気を病み辛く切ない思いをしております。

事情や状況は違えど、同じ病気の家族を持つ者としてブログを拝見させて頂いておりました。
私は父の病気が解ってから一度、精神のバランスを崩してしまい心療内科のお世話になってしまった経緯が在ります。

何もお役に立てる様な情報や気の利いたコメントは出来ませんが、りりぃさんも何卒お体だけは十分にご慈愛下さいます様に・・・
今のお母様の元気な時間が少しでも増えます様に陰ながらお祈りしております。

・・・乱文につき読みづらき事、失礼致しました。







返信する
こんばんは (りりぃ。)
2009-10-27 01:30:26
shinyさん
なるほどなるほど。体に良さそうでとても美味しそうなスープですね^^
母にはもちろん私も飲んでみたい!早速玄米を買ってきました。
明日作ってみますね。
いい情報をありがとうございました。とても嬉しかったです♪

みぃさん
7ヶ月で16kg痩せて欝症状…
ご本人の辛さとご家族の心労はどんなにか、と思います。
みぃさんも精神のバランスを崩してしまうほどお父様に気持ちが寄り添われていたのですね。
お父様の抗がん剤治療がうまくいって、症状が良くなるようお祈りします。
みぃさんもどうぞお体にお気をつけて。お互い頑張りましょうね
返信する