Sue's Blog

クリスチャンでセクシャルマイノリティのSueのひとりごとやGay Lesbian human rightsリンク集

Dignity

2005-07-30 | 考えたこと
同性愛関連のWebをチェックしていると、必ず目にする言葉がある。

”dignity"

人はその人らしくありのままに生きる権利があり、
いかなる理由があろうとも、誰も他人の人間としての尊厳をふみにじることはできない。

たとえ教会であっても、神のもとに人間はみな平等なのだから、sexaul orientation
を理由に差別などできないと私は思う。

世界中で同性愛者の権利を主張し、同性愛者をサポートする団体が増えてきた。
それだけまだ差別や偏見が多いということの裏づけでもある。

差別、偏見に屈することなく人間としての尊厳を守り、権利を主張するために立ち上がる
多くの人がいる。

私はまだそれを見守ることしかできないでいる。
何か自分にできることはないだろうかと模索している。

保守的なクリスチャンの中で生活する私は、まだ何も言えないでいる。

私の周りにいる人からすこしずつ変えていくことなんだろうか・・・

このままだまっていれば、別段何の問題もない・・・・

でもそうしていたら何も変わらない・・・・

人間の尊厳

だまって与えられるものではなく、戦って勝ち取るものなのかもしれない。

IGLHRC

2005-07-29 | Gay, Lesbian rights
International Gay and Lesbian Human rights commission:http://www.iglhrc.org/site/iglhrc/

Mission from web site
"The mission of the International Gay and Lesbian Human Rights Commission (IGLHRC) is to secure the full enjoyment of the human rights of all people and communities subject to discrimination or abuse on the basis of sexual orientation or expression, gender identity or expression, and/or HIV status."

各国のGay, Lesbianの情報が豊富。世界中のHuman rights violationsに取り組む姿勢に感動。sexual orientationだけでなく、gender discrimination, HIVなどの問題にも取り組んでいる。

Human rights Campaign <U.S.A>

2005-07-29 | Gay, Lesbian rights
今日から趣向を変えてアメリカのゲイライツ運動に取り組む団体のWebサイトをリンクすることにした。
Human rights Campaign : http://www.hrc.org/
http://www.hrc.org/
Mission from Web site
"As America's largest gay and lesbian organization, the Human Rights Campaign provides a national voice on gay and lesbian issues".

彼らの活動は国会のロビー活動、コミュニティの草の根運動、教育や広報を通じてセクシャルマイノリティの社会的認知を高めていくこと。

ひとりで生きる

2005-07-27 | 考えたこと
これまでのブログを見るたびに、
なんかさみしい女のひとりごとになっているな~と思うけど、
それもまた自分の一部であるので、残しておこう。

一人になってみて、ようやくいろんなことに気づくなんて・・・。
ほんとにどうしようもない自分。

でもふたりでいるときは、ふたりでいることしか考えてなかったし、
もっと自分たちのあり方や生き方を話しあうことが大事だったんだな~
と思う。

結局、ふたりでいることに慣れて、お互いに一緒にいようとする努力を
怠ったたのだろう。

もしまた誰かと出会うことになったら、ふたりで一生懸命に考えようと思う。
ふたりでいるのか、それとも一人でいるのか・・・。

同性同士の結婚がいくつかの国で認められてきているけれど、結婚を望む
同性パートナーの選択の幅が広がるという意味でとても重要だと思う。

でも自分自身の行き方を考えてみて、結婚できるけど、結婚しないと
いう選択もあるよな~思ってみたりする。

お互いに一人でいるという選択もあるだろう。

残す財産もないし、残したいもののもないし・・・。
でもそれは一人で死ぬという選択だから、それなりに覚悟しなくちゃね。

一人でどうやって生きていくか・・・・・。

今を生きる

2005-07-26 | ひとりごと
自分はこれからどうやって生きていくのか。
自分がセクシャルマイノリティだということを受け入れたとき、
突然、今の生活がリアリティをもってきた。

自分を見つめて、自分の存在を受け入れられたとき、
今、この瞬間が私の人生じゃないかと気づいた。

ほんとうの自分、ありのままの自分を隠していたとき、
人と距離をおいて、傷つかないように、誰にも気づかれないように・・・
そうやっていつも自分を安全な場所においていたんだと思う。

現実の社会ではないどこか別のところに本当の自分はいる。
それは自分自身が真剣に自分の人生に向き合っていなかったということ・・・。

自分の人生に真正面から向き合ってみて、
はっきりいえるのは、今、この瞬間を生きるのが大事だということ。
どんな生き方であっても、
今を精一杯生きること=人生を楽しむことだと思う。
今のこの時以外のところに、自分も自分の人生もないのだ。

今、私は一人でアメリカにいるけど、
今は一人で生きることを思いっきり楽しもうと思う。
それが今の私に与えられた人生だと思うから。

でもパートナーがいたらもっと楽しいだろうなとちょっぴり思ったりする。

私という存在

2005-07-25 | 自分のこと
私は私であって、他の誰でもない。私という存在は私しかないのだ。

人と違う自分を隠すために自分を押し殺してきた結果、誰かに何か言われるたびに”自分自身”が揺らぐ。
人に合わせることが習い性となっていたのだろう。

そんな自分にself-efficacy(自己効力感)やself-esteem(自尊心)なんか微塵も存在しなかった。
何かをするときに自分はできるんだと思えるわけがない。自分自身が自分を信じることができるわけがない。
自尊心なんかこれっぽちもなかった。

でも今はちょっと違う。
私という存在を認めることができるようになってきた。
違うなら違うでいいじゃないか。そんな自分もありだよ。
人になんと思われようと、自分は自分なのだから・・・。

日本にいるときは、自分を隠して周りとうまく歩調を合わせ、自分と周囲とのかかわりに適当な間隔をおいておけば、
何の問題もなく生きていけた。

でもアメリカではそうはいかない。
”自分”を主張していかないとやっていけない。”自分”のことは”自分”で守らないと・・・。
人とのかかわりの中で否が応でも”自分”を見つめさせられる。
違うなら違うでいいから、自分を主張することを求められる。

自分を認めて、信じること。

そんなことがどうして今までできなかったのだろうと思う。

自分が他の人とちょっと違う存在であることを認めると、社会の方が違って見えてくる。
それは社会の方がおかしいんじゃないの?って。

マイノリティであっても生きる権利、人間の尊厳があるのだから。

セクシャルマイノリティの自分

2005-07-23 | 自分のこと
私は小さいときからなんとなく人と違うな~という感覚を持って生きてきたように思う。
今、ふり返るとそれは

ー小さいときから気になるのは女の子
ー男の子に生まれたかった

そしていつも「おとこ~」「おとこ~」とからかわれていた。

でも子どものときはそんなことを少しも気にもせず、いつもズボンをはいていた。

中学生になったとき制服がいやでいやで仕方なかったが、周りに反発するだけの強さもなく
結局、それを受け入れて、そういうものなんだということで過ごしてきた。
そして男の子を好きになるように努力もしたけど結局、彼氏なんてひとりもできなかった。
きっと私にまったくその気がなかったのだろう。

ある時、後輩から「壁が高すぎる」といわれた。
無意識に人を寄せ付けない壁をつくっていたのだろう(笑)
でも友達はいっぱいいたな~。飲み友達。
女の子といるより気が楽だった。

そうやって人との深いかかわりを避けてきた。

そんな私がある女性と知り合って一緒に暮らすようになった。
その彼女とは7年間、一緒に暮らした。ノンケの人だったけど、お互いに強く惹かれあった。
私は彼女と一生一緒に暮らしていけると信じていたし、結婚したいと強く願った。

でも結局、彼女は私が男性でないという理由で去っていった。
そのショックは大きかった。

そんな私の目の前に現れた別の女性。
その女性がいなければ、今の私はないだろう。
そんな運命的な出会いだった。
自分を見つめなおし、自分のやりたかったことをもう一度考えるきっかけになった。

そして私はアメリカへ行く決心がつき、今アメリカにいる。
そのアメリカで、人とは違うことを強烈に意識させられ、否が応でも自分とは何者かをつきつけられる。

人とは違う、セクシャルマイノリティの自分。
マイノリティであることを強く意識したとき、今まで見えなかった、見ようとしてこなかったことが
はっきりと見えるようになってきた。

自分らしく生きたいだけなんだな~

2005-07-22 | ひとりごと
クリスチャンであることと自分のセクシャリティが相容れないとずっと感じていた自分。
そして自分のセクシャリティを押し殺して過ごしてきた約1年半。

ある日、自分らしさを押し殺してとっても窮屈になっていたことに気づいた。
それはまったく自分らしくなくて、ありのままの自分でいいのではないかと思ったとたん、
とっても気持ちが軽くなって、心が自由になった。なんて気持ちいいんだろう。
私はただありのままの自分で生きたいだけなんだな~

そう思ったら、社会の偏見や差別がおかしいんじゃないのか、あたりまえの人間として生きる権利
が侵害されているんだということに気づいた。

だからこのブログを通じてクリスチャンであることと自分のセクシャリティをどのように共存させていくかを考え、
いろいろ調べていこうと思う。

私はもちろん牧師でもなんでもない。
ただ信仰を持ってこれからの人生を歩んで生きたいと思うし、なおかつ生まれ持ったこのセクシャリティも自分なのだから。

すべての人間は神様のもとではみな平等であるはず。人種、性別、年齢に関係なくみんな平等なんだ。そしてもちろん同性愛者であっても。