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君のいる場所

春も夏も秋も冬も
    昼も夜も
君がいればしあわせ

誕生日に恋の予感

2010-06-08 | family
体調が悪い時に起きた事で
書きたいことは山ほどあるのだけど

まずは・・・

先週6月5日は息子の誕生日。
ミニバスのお当番と重なってしまった為
家でのお祝は4日の夜に・・

いつもと同じよーな息子の好きなお料理とケーキ、
それとプレゼント※

※今回は洋服とおこづかい

この数年変わらないいつもの誕生日のお祝いだった

その16歳の誕生日に変化をもたらしたのが

5日に入った24時キッカリ

リョウタの元に1人の女の子から
お祝いメールが届いた。

それは高校に入りよくリョウタのお話に
出てくる『ソーマちゃん』からだった

このソーマちゃん、
付属小・中と出て、内申42
県下で1,2レベルの高校受験を失敗し
リョウタと同じクラスになった
リョウタに言わせると「チョー天才女子」

おまけに月曜日には(昨日)

「やべっこれソーマちゃんから貰っちゃった」

と手作りのケーキとクッキー

「これってどう思う?」

そう聞かれたけど安易に

「リョウタの事好きなんじゃないの?」

とも言えないので

「さぁ・・・」

と答えたけど

朝シャンをし、
いつもより18分余分に鏡の前に立っていた息子

「チョー天才女子」が彼女になってくれたら
母も嬉しいかも。

荒れていく部屋

2010-05-18 | family
高校へ入るまで
息子の部屋へは勝手に入り勝手に掃除をしていた。
(机の中も)

ところが

「あれがない」
「どこへやった」
「捨ててあった」

と何度となく抗議があり
とうとう

「俺の部屋は触るな!!」

と・・・

当たり前って言えば当たり前の事なのだけど
とにかくだらしが無い息子。

放っておいたら虫がわいてきそう・・・

ふとんだけでも干そうと久しぶりに部屋へ入ると

「キャーーーーーーー!!!」

     

どう生活したらここまでグチャグチャに出来るのかしら・・

おまけに机の上。。

#勉強はどこでやるの?

病は気から

2010-05-12 | family
年2~3回は病気で学校を休む息子

(すぐ熱を出す)

先日も、学校から電話があり

「熱は無いのですが本人が具合が悪いから
 どうしても帰りたいと言ってるので
 迎えに来てくれませんか?」

#はぁ?

おまけに学校へ行くと

「以前もこんな事があったのですか?
 高校ではお迎えって訳にはいかないので
 これからはこんなことが無い様にしてください」

#してくださいって言われても・・・

恥ずかしいやら情けないやら

それに引き換え、インフルエンザと忌引き以外は
学校を休んだことのない娘(皆勤賞)


ところが、一昨日の夕方、学校から帰ると

「具合が悪いみたい」

熱を測ると37,6度

薬を飲ませ、早く寝かせたものの

昨日の朝も熱は下がらず38.1度までに

「学校休もう」

何度言っても
「行く!!皆勤賞がもらえなくなっちゃう!!」

仕方が無いので

「学校へ行ったらすぐ早退しなさい。
 そうすれば欠席にならないから」

と最後の手段

結局すぐに早退し、病院へと。。

それでも今日は元気に登校

病は気から

兄よ。少しは妹を見習いなさい

母の日に

2010-05-10 | family
昨日は、母になって17回目の記念日

以前は、だいぶ前からカレンダーに印をつけ

#プレゼントをあげるからね

モードたっぷりの子供達も今年は知らん顔。

「とりあえず、ミニバスの中部大会進出の
 キップを貰えたからいっか」

と思っていたら

娘からはしっかり
携帯ストラップと手作りのコインケースを

いつもパンパンのお尻のポッケに入れているせいか
いつのまにか切れて落としてばかりいたストラップ

#もういくつ落とした事か!!

先日も貰ったばかりのストラップを
無くしてしまったばかり。。

ちゃんと見てくれていたんだぁ

ありがとう。

今度は絶対に落とさないよう
大事に大事に使わなくちゃ

         

         ・2つのマスコットを繋げてある

         ・コインケースはリュークとレムの刺繍入り     

* * * *

さて、我が家の長男からはというと

「おれが生きている事が毎年母へのプレゼントさ」

だって・・・・

高価な(お金のかかる)プレゼントをありがとねっ

母の面影を追って

2010-04-26 | family
土曜日にミニバスの試合が入った為
ポコンと空いた日曜日

内祝も兼ね、ホテルで会食をした


父、姉、甥、義母、主人、息子、なぜか息子の友達
娘、そして私

本来ならそこにいるはずの母がいなかった

2か月たったと言うのに

未だに母がいないと言う事の実感が沸かないまま・・

いつになったら実感って沸くのかなぁ・・

* * * * *

昨日は初夏を思わす様なお天気。

会食の後、娘とワンコを連れ公園へと
行ってきました。

写真はその時の・・


            


          


          

雨の中

2010-04-16 | family
今日も朝から冷たい雨。

新しい生活の疲れが出て来たのか
中々起きてこない息子。

何度か呼んだ後、ドアを開けると

「ダルイ・・いきたくねぇなぁ・・」

そして、雨と知ると

「送って」

と何度もせがんできた。

自転車で40分
雨の中行くのは決して楽ではないけど

あと1年は続く自転車通学

(来年の4月に移転予定)

心を鬼にして

「ダメ!頑張って行く」

と、お弁当を押し付けるように持たせ
見送った。

ガンバレ

みんな頑張っているんだからリョウタもガンバレ

* * * *

今日のお弁当は昨夜の鳥のから揚げを
酢豚風にし、
キャベツの千切りでコールスローサラダ

そして昨夜のうちに用意してあった具で
チャーハン

にしてみました。

#残り物ばっか

サクラサカズ

2010-03-16 | family
一緒に見に行った公立高校の合格発表には
リョウタの受験番号269は無く

263番から274番まで元から数字なんて
存在しないかの様に抜けていた

歓喜に叫ぶ声の横で何度も何度も確認したけど
数字は浮かび上がって来なかった

公立高校の中でも一番人気の学校

120人以上が定員オーバーだとか

最後まで志望校評価がBランクだったとか

内申点が足りなかったとか

時計を忘れたとか


『無理かなぁ・・』


なんて口では言ってたけど




頭の中の隅っこは


2人で合格を喜ぶ姿を想像し


「やればできるじゃん」

「おばあちゃんが天国から応援してくれてたんだよ」

なんて言ってる自分を思い描き

帰ったらお祝に美味しいお料理を作ろう

私学の入学金で旅行なんてのもいいなぁ

とか考え

家を出る前には
北乃きいちゃんの「サクラサク」
なんてのを聞いてたりして

まさかの合格を
まさかの不合格にすり替えていた事


掲示板を見た時に初めて気付くのかもしれない



その足で私立高校への入学手続きを済ませ
家へと帰ると

一人部屋にこもっていた



ようやく目を真っ赤にしながら出てくると


「これ捨てて」


そこには1年間勉強してきた参考書や問題集

そしてモチベーションを上げるために
壁にペタペタ貼った合格祈願のあれこれ

あちこちから

「○○高、絶対合格!!」と自分で書いた文字が見える



そしてそんな息子を見守る事しかできない


不甲斐ない親

新しい思い出

2010-03-10 | family
増えないまま取り残されていく思い出もあれば
どんどんと塗り替えられていく思い出もあります。

その新しい思い出となる
第一歩を踏みこんだ亮太のお話

日曜日、母の荷物の片付けが終わり
その足で向かったのがモバイルショップ

息子の携帯デビュー

公立高校の発表まで待とうと思ってたのですが
発表は15日、卒業式が18日

別れてしまう友達と連絡を取り合うには
短すぎると言う事で
(私立合格祝いも兼ね)携帯選び

そこで機種を決め次の日には専門店に言って契約

(結局私と同じdo○omoにしました)

帰ってきてからさぁ大変
遅い携帯デビューに舞いあがり
ずーーーーっと携帯とにらめっこ

#やっぱり受験前に与えなくて良かった・・

とりあえず親子だからとアドレスの交換

「試しにかけるね」

「あっ可愛いデコメがあるからあげるよ」

と・・・・・・・・・・


リョウタ

「俺の記念すべきケイタイデビュー
 一番最初の着信が母親かよ・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だよね。


かたづけ

2010-03-08 | family

「荷物のかたづけをやってくれないか・・」


母の生活が残る部屋にいるのが辛いのか
少し前から父に何度となく言われていた

なのにずっと延ばし延ばしにしていた姉と私

* * * *


棺に入れるものを選ぶ時
母のいつも持ち歩いていたバッグを入れようと
何気にその中を覗いた

その瞬間

心臓がグッと締め付けられ
息も出来ないほど涙が溢れ
自分でもどうにかなってしまうんじゃないかと
思うくらい号泣した事があった

それは
そのバッグの中から娘が母に宛てた手紙
私が作った帽子などが
無造作に入っていて
他には安っぽい化粧品、
いつも持ち歩いているハンカチ
スーパーのクーポン券
輪ゴム・・・・・

母の毎日があった


狂ったように泣きじゃくる私を見て姉が

「ダメ、見ちゃダメ、
 私は見ないようにしている」

と声を震わせ言った


そんな思いをするのが嫌で
姉も私も先延ばしにしていた

でも先日

父が一番辛いだろう

とblogで貰ったコメントで気付き
気持ちを踏ん張らせ昨日は母の荷物のかたづけ
(父は碁へと行ってもらった)


「形見分けとかした方がいいかな?」

と姉に聞くと

「お姉ちゃん(母の一番仲の良い妹)とか
 中ちゃん(友達)に聞いたら
 『今までいっぱい貰ったからいいよ』
 と言っていたから殆んど処分しちゃおう
 1つ1つ見るもの辛いしね」

そんな事を言っていたのにいざ荷物の整理を始めると

私「あっ、ママ※この服よく着てたよね」

※私も姉も結局最後まで「ママ」と呼んいた

姉「それ私がいらなくなってママにあげた服だよ」


私「あっこれ東京にいた時、仕事で着てた服だ」

あれもこれも見覚えのあるものはみんな
姉や私のお下がりだった

そして大事に箱に入れてあったバッグや装飾品は
姉や私、孫からのプレゼントばかりだった


始末の良い母だった




結局姉と2人で大泣きしながらのかたづけ

最後の大泣き



頑張れリョウタ!!

2010-03-03 | family
今朝、点を(「わざと」と本人は言ってた)取った

「入試」の字に新たに点を入れ

7時30分に家を出
息子を受験校まで送った

お弁当にかつ重
おやつにキットカット(きっと勝つ)
と手紙を持たせ


近づくにつれアリの様に集まってくる学生たち

「やべっみんな俺より頭が良く見える」

と言う息子に

「リョウタより腰が据えた子なんていないから大丈夫!」

背中を押して見送った

その足で学問の神様、天満宮へと合格祈願

まるで白い枝の様に結ばれたおみくじと絵馬

それを横目にちょっと奮発して105円
(ご縁がありますように!)

お賽銭を投げた

そして受験校から近い実家へと寄る


もし母が生きていたら今頃コタツにちょこんと座り

「リョウタなら大丈夫だよ」

と言ってくれていたんだろうな・・

母の声を自分の中で聞きながら
お線香をあげた

「どうかリョウタを見守っていてください。」


嬉しい涙

2010-02-19 | family
母が他界してから

母の面影を見つけた時

元気な母が出て来た夢から覚めた時

ふいに友達からお悔やみを言われた時・・・・

何かにつけずっと泣いていました

そしてその涙は胸の奥を握り潰された様な
苦しさをいつも連れて・・・



そんな苦しさから今日久しぶりに解放されました



オリンピック高橋先週の銅メダル




ではなく・・・・


(それも素晴らしかったけど)




息子の私立受験合格の発表



息子の受験した私立高校は超難関

単願者はもちろん併願者はトップを狙う
内申点(5段階9教科)40以上の子供ばかり

#息子は30そこそこ・・(-_-;)

当日1200名以上の志願者があった中
定員数はたったの240名
当然単願者から先に取るので
門はさらに砂時計の様に狭く。。。。


そんな無謀な学校を受験した息子

口には出さなかったものの

多分無理だと思っていました。

おまけにこの私立が駄目だった場合
次に受ける公立の願書も変更せざるを得ない状況で

内心とても不安でした

合格が掲示板に貼りだされる時も
息子だけ一人行かせて私は車の中で待っていた位
(怖くて・・・)

窓越しに帰ってくる息子の顔を見た時は

#無理だったか・・・・※


と。。。

車に入るなり

「受かった!!」


「ウソ?????」

「受かった」

「本当に?」

「マジで受かった」

とその時ふいに流れた涙

それは

凍てついた気持ちを解かすように
温かく流れ落ちました。



おめでとう




もう泣いてばかりいられませんね

気合いを入れ
公立高校受験へと向かう息子や
子供たちと共に頑張らなくちゃですね。


※後から聞いたら、最初結果を伝えるまで
 わざと哀しそうな顔をして、喜ぶ顔を
 こらえていたそうです。

* * *

息子の受験番号は1416
夢では無いよう携帯に残しておいたら
すぐ学校から合格証書が届きました。笑

母との別れ

2010-02-15 | family
7日の夜 母は静かに息をひきとりました


安定していると思われていた日曜日の夕方


姉からの電話

「突然血圧が下がってきちゃって
 後数時間かもだって!」

次の日受験を控えた息子を動揺させない様
主人にだけ告げそっと出かけようと玄関へ・・・

すると

姉からの2度目の電話



「間に合わなかったよ・・・」







姉があちこちへ連絡をしている時

姪が姉を呼びに病室を出た時

父が病院の駐車場へと着いた時

主治医が病室へと向かう時


母は逝きました

気まぐれな母の

母らしい逝き方だったのかもしれません




通夜 葬儀は済みましたが

母の影を残す場所はまだ辛く

思い出を語るには苦しすぎます


しばらく気持ちが落ち着くまでお休みしますね

また元気にお喋りが出来るようになるまで

母と行った鰻屋さん

2010-02-06 | family
今日は用事があり早めに病院を出た

いつもの帰り道とは反対方向を走って行く

と・・・・

通りすがりに

母と行った鰻屋さんが見えた

あれから2年も満たない今

母は鰻どころかゼリー1つ食べるのもやっと

こんな事になるって分かっていたら
あの時奮発して
もっと美味しい鰻屋さんへ行けば良かったな・・・

こんな事になるって分かっていたら

もっと温泉とか連れて行ってあげれば良かった

こんな事になるって分かっていたら