モーパッサンは、日本で一番有名なフランス人と言っても言いすぎじゃない。
解説にもある様に、モーパッサンのブームはとても古く、明治30年代に第一波が訪れ、以降今日までおびただしい数の翻訳が刊行された。
特に「女の一生」に関しては、80数点の翻訳が存在するというから驚きだ。
今日紹介する「脂肪の塊/ロンドリ姉妹」という傑作編では、”脂肪の塊”を除く9篇は入手可能な他の文庫では収録されてないとあるから、余計にビンテージ級でもある。
「脂肪の塊」に関しては、数多く翻訳が成されており、詳しく説明するまでもないが、この”捨てられ娼婦”の物語は、フランスの残酷物語でもある。
以下、昔アマゾンで書いたレヴューを元に追記したので、堅苦しいかと思いますが、悪しからずです。
「マドモアゼル•フィフィ」
これを2番手に持ってきたのは全くの正解で、「脂肪の塊」とは全く逆の展開だ。
愛国心に駆られたユダヤ人娼婦のラシェルが、プロシア軍のフィフィ少尉の手荒い扱いと侮辱に耐えきれず、果物ナイフで突き刺し殺してしまう。
このチビで金髪の兵卒は、尊大かつ横暴で敗者には容赦なかった。
少尉を殺害した彼女は、教会に守られ、敵兵の捜査をくぐり抜け、まんまと逃げ切る。その後、金持ちと結婚し、崇高な貴婦人と成り上がる物語。
タダでは終わらないユダヤ人の狡猾さと強かさを見事に描いた作品ではある。
「ローズ」
常に人から愛されたいと願う自尊心の高い貴婦人が、ある一人の小間使いの娘に惹かれてしまい、心を許してしまう。
しかし、彼女は指名手配を受けてた殺人犯で、かつ男だったという笑うに笑えない話。
これは失恋か犯罪か?それとも貴重な体験か?バルザックの「サラジーヌ」を超圧縮したような展開に思わず笑ってしまう。
「散歩」
パリの商社で長年会計を務める身寄りのない一人の老人。
その日は華やかな夜の街を歩き、久々に豪勢な食事を取り、何時になく心が昂揚する。
しかし、その後娼婦にからかわれ、自らの空虚な人生と単調な孤独の暮らしに幻滅を感じてしまう。
一瞬にして暗澹とした気分が老人を襲い、呆気なく自殺する。孤独と華やかさが共存するパリの街。都会に住む老人の孤独が思いやられる。
孤独死もシンプルに描くと、芸術になるんですかね。
「ロンドリ姉妹」
これも有名な短編で、中編の傑作と言える。
"旅こそが、全人生を一望の下にはっきりと見渡せる手段なのだ"と意気込むピエールは、友人を誘いイタリア旅行に出掛ける。
列車の中で若くて美人のイタリア女と出会うが、これが全くの仏頂面で、何を聞いても無反応。それでいて差し出すものはズケズケと喰いまくる。
"典型の下衆な無学の田舎女"とタカを括ってると、お供したいと美女は言う。
ピエールは、この謎めいた官能の女に全く惹かれてしまうのだ。
旅先で3週間付き合った挙句、彼女は突然姿を消す。友人は"案の定、振られたな"と上機嫌だ。
彼は、パリに戻っても女の事が気になって仕方がない。翌年、イタリアへ行き、彼女の家を訪ねるが。当時、失恋してた彼女もピエールに恋してしまい、自宅に籠もり、彼を待ち続けてたのだ。
彼女はその後パリへ行き、そこで裕福な画家と暮らしてると言う。彼女の母親はお陰で気難しい長女を片付ける事が出来たと彼を歓迎し、次女を紹介する。
これがまたまた美人で性格もいい(笑)。ピエールは決心する。"来年また来よう、そして今度こそプロポーズするのだ"
姉に恋をし、ギリギリの所ですれ違い、妹と出会い、もっと熱い恋をする。こんな美味い話が本当にあるのだろうか。
一粒で二度美味しいとはこういう事か。男なら誰もが夢見る恋物語である。
「痙攣」
ある日の事、心臓に重い疾患を抱える少女が倒れ、そのまま死亡が確認され、地下墓場に埋葬された。
娘の指輪を盗もうと、召使が娘の指を切るが、お陰で彼女は生き返る。彼女は生きたまま埋葬されてたのだ。
悲しみに暮れてた父親は生き返った娘を見て、亡霊を振り払うが如く、手が痙攣してしまう。召使は血だらけの娘を見て、驚愕し、これまた全身が痙攣し、卒倒する。娘も指を切られたショックで神経を患う。
この不幸な父娘が病を治そうと温泉街にやって来るが、宿の主人は二人の話を聞いて、またまた痙攣しそうになる。
この短編も何だかリアリティ過ぎて、怖くもあるが、”痙攣”をオチにする所が不思議と笑える。
最後に、「脂肪の塊」をざっと紹介する。
”脂肪の塊”とあだ名された、デブ娼婦のエリザベートは、実はたった一人でプロイセンの兵士に襲いかかった”愛国心の塊”でもあった。
彼女は、馬車でルーアンを脱出する所だったが、乗客には議員夫妻や伯爵夫妻、修道女や政治運動家のコルニュテがいた。
彼らは、エリザベートの瑞々しい肉体を好奇な目で蔑視していたが、女に食事を奢ってもらい、武勇伝の話まで聞かされ、彼女の至福と乗客の愛国心は絶頂に達した。
しかし、このデブ女のツキはここまでだった。途中でプロシア軍に捕まり、監禁されてしまう。
釈放の条件はエリザベートの肉体だ。勿論、女は断るが、他の連中は目の前の売女を士官に差し出そうと画策する。
”自らの肉体を武器にし、憎むべき悍しい男たちをその愛撫で征服し、自らの貞操を犠牲にし、復讐を果たそうじゃないか”と説得するも、女は首を縦に振らない。
そこで修道女の出番だ。”どんな行為であれ、動機が純粋であれば、神は赦して下さるわ”
信仰深い娼婦の心が揺れた。伯爵が優しく説得すると、エリザベートは簡単に折れ、士官と一夜を共にした。
その時、一同が沸き返った。”あの売女が落ちたぞ、あのザマだ”
一夜明け、女は気後れした様子で一同に近づくも、今度は彼らが彼女を無視し、距離をおく。
エリザベートは憤りを覚えた。しかし、コルニュテだけは物思いに沈んでいた。
紳士淑女ぶった腹黒い連中は、女が用意したご馳走を喰い漁ったにも拘らず、用が済むと汚物の様に女を打ち捨てたのだ。
女は張り詰めたロープが切れ、怒りがこみ上げ、涙が溢れ出した。連中は自ら用意した弁当を食べ、女に差し出す素振りすら見せない。
コルニュテは連中へのあてつけとして、”ラ•マルセイエーズ”を歌った。これは、失われた尊厳を奪い返す復讐と勇気と自由の歌だったが、女の涙は止まらない。
”合法的な夫婦愛は、自由放縦な愛を常に見下す”
普仏戦争で敗北したフランスの失われた尊厳とブルジョワの腐敗した様を、そして淫売と化したフランスを見事に描いた。
仏文学の短編の中でも、最高の傑作と言えるだろうか。
この7編以外にも、超短編が4つ収められてる。それぞれに個性と意外性があり、全く病み付きになる。
だから、フランス文学はやめられない。
本を読まない私ですが
読んでみたいと思いました
有難うございます
花袋は日本の自然主義の作家ですが、かなり影響を受けているようですね。
日本の自然主義は違った方向に向かってしまいましたが。
僕もこの短編集、読んでみたくなりました。
私も基本、本を読まない方(いや読めない)ですが、フランス文学になると妙にハマってしまいます。
ネタバレそのままみたいなレビューですが、参考にしてもらって有り難いです。
シリアスな喜悲劇をスケッチの様に鮮やかに描くフランス文学には、どうも惹きつけられます。
コメント有り難うです。
実にシンプルで感傷的だ
華やかなパリの街並みと
孤独な老人の自殺
色合いが非常に対照的で美しい
フランスという国は潔しすぎるのかな
フランスが生み出した自由の女神が
淫売と化した様は少し酷だけど
これも現実なんだよな
まるで、”真夜中の訪問者”を見てるような錯覚に陥りました(ウヌボレ)。
フランス文学に馴染んだお陰で、高等数学にも違和感なく馴染む事が出来ました(自惚れ)。
でもこの短編集は、軽いノリのお笑い風ですから、ビコさんでもストレスなく読めると思います。
私は「ロンドリ姉妹」がお気に入りです。男からしたら、夢のような恋物語ですね。
でも自由の女神をアメリカに贈るべきではなかった。女神はフランス文学の為にあるものですから。
この短編集はすごく笑えそう
モーパッサンってお笑いのセンスあるんだ
放送作家としてデビューしてたら、もっと大金持ちになりもっと長生きしてたのかな
フランス文学といっても、人間の喜悲劇を描いたものが多いですから、当然笑える話は出てきます。
日本人は、どうしても純文学を堅苦しく考えてしまうんでしょうね。気持ち察します。