「宰、もう帰りましょう。」
「もう少し、もう少しでわかるような気がするんだ。」
「何をお考えなんですか。」
「それはね、ほんとうの意味さ。」
「ほんとの意味って・・・・。」
「奈美江さん、あなたが死ぬ時、誰があなたのことを信じてくれると思う。」
「どういうことですか。」
「生は一瞬で、死、つまりね。闇は永遠なんだよ。」
「ですから、宰は死を超えるほどの生への衝動と教えてくださったのではないのですか。」
「僕はね、ヒントを出しただけさ。彼らが勝手に作り上げたのさ。僕の理論だって、元はといえば受け売りでしかないよ。」
「何をおっしゃるんですか。」
「でもねえ。見えてきそうなんだよ。僕は虚無の中にいたつもりだったけど、それは頭の中で考え出したものでしかなかったんだよ。」
奈美江は執行部に報告することはなかった。偶然が彼らを近づけた。その日は雨だった。市内を車で移動していた奈美江はその大きな川の近くの交差点にクロスする歩道橋の下でゴミを物色している男を見た。背の高さ、頭の形、動きのぎこちなさ、宰としての造られたヒロムではなく、そのままのヒロムを奈美江はよく知らなかった。だが気になった。車が走り出して、直ぐに、奈美江は車を止めるように言った。車道の左隅に車を止めて、その男を観察した。モジャモジャの頭髪、長い鬚、汚れたシャツ、ところどころ穴の開いた作業服、宰を想像するのは難しかった。それでも気になった。
「少し歩くわ。先に戻って。」
そういうと車を降りた。彼女の部下、彼女の名古屋支部長、昇格に当って帯同した部下が傘を手渡した。それは、まだ、武闘派が名古屋支部に常駐する前のことだった。
嫌悪感を感じながら、足が男に向かった。男は奈美江に気付かなかった。二メートルくらい離れたところで男を凝視した。男は、チラ、チラという感じで奈美江を見た。手を止めて男は奈美江のほうに向き直り、スッと立った。奈美江の目を男も見た。
「宰。」
「奈美江さん。」
「宰なんですね、」
奈美江はヒロムに近づいた。突然、異臭を感じた。死者の臭い。夏の日になくなった曽祖父の死体から立ち上った臭い。その臭いに似た臭いが奈美江の鼻を直撃した。一メートルを残して、奈美江は立ち止まった。思わずハンカチを取り出し、鼻を押さえた。
「臭い。」
「すみません。宰の前で。」
「違うよ。僕の臭いだよ。」
解っていたがそうはいえなかった。
「時々、自分の臭いで吐きそうになるよ。」
「そんな。」
「僕を探してたの。」
一瞬時間が止まった。
「は、ハイ。」
「そう、嬉しいよ。」
会話が始まった。奈美江は臭いになれることができなかった。
「もう少し、もう少しでわかるような気がするんだ。」
「何をお考えなんですか。」
「それはね、ほんとうの意味さ。」
「ほんとの意味って・・・・。」
「奈美江さん、あなたが死ぬ時、誰があなたのことを信じてくれると思う。」
「どういうことですか。」
「生は一瞬で、死、つまりね。闇は永遠なんだよ。」
「ですから、宰は死を超えるほどの生への衝動と教えてくださったのではないのですか。」
「僕はね、ヒントを出しただけさ。彼らが勝手に作り上げたのさ。僕の理論だって、元はといえば受け売りでしかないよ。」
「何をおっしゃるんですか。」
「でもねえ。見えてきそうなんだよ。僕は虚無の中にいたつもりだったけど、それは頭の中で考え出したものでしかなかったんだよ。」
奈美江は執行部に報告することはなかった。偶然が彼らを近づけた。その日は雨だった。市内を車で移動していた奈美江はその大きな川の近くの交差点にクロスする歩道橋の下でゴミを物色している男を見た。背の高さ、頭の形、動きのぎこちなさ、宰としての造られたヒロムではなく、そのままのヒロムを奈美江はよく知らなかった。だが気になった。車が走り出して、直ぐに、奈美江は車を止めるように言った。車道の左隅に車を止めて、その男を観察した。モジャモジャの頭髪、長い鬚、汚れたシャツ、ところどころ穴の開いた作業服、宰を想像するのは難しかった。それでも気になった。
「少し歩くわ。先に戻って。」
そういうと車を降りた。彼女の部下、彼女の名古屋支部長、昇格に当って帯同した部下が傘を手渡した。それは、まだ、武闘派が名古屋支部に常駐する前のことだった。
嫌悪感を感じながら、足が男に向かった。男は奈美江に気付かなかった。二メートルくらい離れたところで男を凝視した。男は、チラ、チラという感じで奈美江を見た。手を止めて男は奈美江のほうに向き直り、スッと立った。奈美江の目を男も見た。
「宰。」
「奈美江さん。」
「宰なんですね、」
奈美江はヒロムに近づいた。突然、異臭を感じた。死者の臭い。夏の日になくなった曽祖父の死体から立ち上った臭い。その臭いに似た臭いが奈美江の鼻を直撃した。一メートルを残して、奈美江は立ち止まった。思わずハンカチを取り出し、鼻を押さえた。
「臭い。」
「すみません。宰の前で。」
「違うよ。僕の臭いだよ。」
解っていたがそうはいえなかった。
「時々、自分の臭いで吐きそうになるよ。」
「そんな。」
「僕を探してたの。」
一瞬時間が止まった。
「は、ハイ。」
「そう、嬉しいよ。」
会話が始まった。奈美江は臭いになれることができなかった。