仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

綺麗な顔3

2012年02月28日 17時13分49秒 | Weblog
人間の記憶は不確かなものだ。
だが、ヒロムの変容のほうがそれ以上にすさまじかったのかもしれない。
マサルは気付かなかった。
目を開けることもできず小刻みに震えている男としか認識しなった。
「医者に行こうか。」
男の首が横に揺れた。
「まっ、いいや、心配だから車にのりなよ。」
マサルは抱きかかけるようにして男を軽トラの助手席に座らせた。
「家、この辺なら、後で送ってあげるよ。」
マサルはルートをかえて、市川に向かった。

マサルは「市川ボトム」からの依頼で食材を運んでいたわけではなった。
ボトムのリーダーを自称する笹川から相談があると電話があり、世田谷の配達が早めに終わったその日にボトムに向かった。
そして、男を拾った。

なんでリーダーなんて言うんだろ。
そんなに偉くないたいのかなあ。

隣の男が気になりながらマサルはふと思った。

綺麗な顔2

2012年02月24日 16時19分33秒 | Weblog
それが偶然だったら、
その偶然を支配することができたら・・・・

かつて、偶然を必然として彼らは利用した。
偶然に意味をあたえ、それを選民意識の喚起に利用した。

なぜそのことを素直に認めない。
目の前の出来事を真実として受け入れることができない。
真実だとしても・・・・

アウトサイド

魂の衰退がその存在を危うくする。
魂が涙も出ないほど、後退している。

記憶は意識的に変更されている。
無意識の力が意識的な防御を有効にする。

誰でもない自分でいたかった。

耳を当てれば心臓は動いてきた。
ほうって置くわけにもいかずに、自販機に走った。
エビアンを買った。
水を買うなんてって思ったが、買った。
男を抱えて、もう一度声をかけた。
「オイ、大丈夫か。」
切れそうな目が少しだけ開いた。
「水、飲みなよ。」

世界は静かに広がっていったのかもしれない。
闇と光は表裏一体となっている。
煩わしさは人間の認識だ。

綺麗な顔

2012年02月22日 16時44分23秒 | Weblog
針の進み方が遅かった。

さっきから十分しかたっていない。

いつもと違うコースで市川に向かっていた。

事故か・・・・
こんなところで混むわけがない。

市川ボトムへ向かう途中だった。
マサルはハザードをつけ、前の車と間隔を取り、ハンドルを切った。
軽トラは金切り声を上げながらユーターンした。

アスファルトのギザギザで顔がすりおろされた感じがした。
めまいがした。
黒い世界が拡がった。
急ブレーキの音。


マサルの目の前で男は倒れた。
というより、つまづいて転がった。
ハンドルを切って、ブレーキを踏み込んだ。
逆ハンを切った。
転倒しそうなくらい軽トラは傾いた。
が、男の前で止まった。

マサルは車を飛び降り、男に駆け寄った。
男は目を開け、微笑んだ。
そして目を閉じた。

反対車線の車から顔を出したオヤジが叫んだ。
「あんた、ひいてないんだから、歩道に寝かせとけよ。」
マサルは歩道に男を寝かせた。

軽トラを男の脇に横付けした。

「オイ、大丈夫か。」

割れ目に落ちて10

2012年02月03日 16時16分40秒 | Weblog
一度、部屋に戻った。

女は一時間半かけて化粧をした。
宝飾品と洋服を入れた紙袋をわたされた。

質屋の前で、女は袋を奪い取ると中に駆け込んだ。
値段交渉をする声が外まで聞こえた。

「これはボタンが取れてるし、これはほつれてる。これはシミがついてる。お嬢さん、無理だよ。」
「ブランドもんなんだよ。シャネルだし、ミラショーンだし、それくらいいいじゃない。ね、ね、お願い。」

女が出てきた
「なんだよー。」
女は金を財布に入れた。
「どうしようか。」


運転手はイラついていた。
そこの交差点は直進と右折はスムーズに行くのだが、人の流れが多い左折に時間がかかった。
客は運転手に文句を言った。
後ろのトラックはクラクションを長く鳴らした。

待ってもよかった。

点滅し始めた信号を見て走った。
女は遅れた。
あわてて走り出した。
横断歩道の白線の外側を走った。
渡りきる手前に排水溝のふたがあった。
ふたと道路のかすかな割れ目にパンプスのヒールがはさまった。
女は前のめりに倒れた。
それは女の一番気に入っているパンプスだった。
エナメル部分に無数の傷が入り、くろんずんでいてもはいていた。
女は車道に戻ってパンプスを引っ張った。
なかなか抜けなかった。
女は力を振り絞った。
ポキッと音がしてヒールが折れた。
女の身体は反動で車道側に倒れた。
パンプスを天にかかげるようにして仰向けに倒れた。

人並みが切れたと思った瞬間、運転手はアクセルを踏み込んだ。
運転手の目には、フッと横切る何か、残像しか見えなかった。
が、前輪が何かに乗り上げる感じがした。
ブレーキを踏んだ。
が、後輪も何かに乗り上げた。

女の胸にタクシーと乗客と運転手の四分の一の重さがかかった。
胸部が圧迫され、ろっ骨が折れた。
さらに四分の一の重さがかかった。
折れたろっ骨は女の乳房を突き破り、乳輪の外側に顔を出した。


鮮やかな鮮血が道路に流れ出した。


その鮮血は、パンプスのヒールがはさまった割れ目に落ちていった。

割れ目に落ちて9

2012年02月02日 15時08分02秒 | Weblog
「どうしよう。もう、お金ないよ。」
女は震えた。
「逃げよう。」
女は手をとった。
「まだ近くにいるかも。」
指の振動が伝わった。
「ねえ、ねえ、どうしよう。」

意味がわからなかった。

明かりもつけずに女は上着を着て、ジャンパーを投げてよこした。
共同便所の隣の非常口と書かれたドアを開けた。
船についているような鉄のはしごがあった。
女が押した。
はしごを降りた。
女は躊躇していた。
怯えながら女もはしごを降りた。
隣のアパートとの間の狭い路地を抜けて、表通りに出た。
女は辺りを見回した。

終夜営業の喫茶店で朝になるを待った。

何も聞いてはいなかった。

おとうちゃんが言ってたんだよー。
勝負に負けたら終わりだって。
おっきな運がつくのはそんなにないから、そのときに勝たなきゃだめなんだって

おとうちゃんはいつも酔っ払って、おかあちゃんを殴ってたんだよ。
おかあちゃんはそれでも我慢して仕事してたんだよ。

酔っ払うと最後におとうちゃんは言ってたよ。
負けたらな、勝負に負けたら、あとは、死ぬまで、死ぬまで我慢して生きなきゃいけないんだよ。
俺は負けちまったんだよー。はは、負けちまったんだよー。
チキショウー、つまんねえよ。つまんねえよって。

だからさ、負けたくなかったんだよ。
勝負にさ。
そりゃさあ、何でパチンコなんかで借金作るんだって、言うやつもいたよ。
でもね。でもね。勝負だったんだよ。

最初は勝ったんだよ。
スリーセブンがそろってさあ、一日に二十万、三十万になる日もあったよ。
それがさあ、一ヶ月もすると勝てなくなって、一日中うっても、出なくって。
サラ金で金を借りて、そしたら、また、出て。
いい気になって。
ヤミ金からも金を借りて、そうだよ。
ヤミ金の親父を横に座らせて、打ってたときもあったよ。
最初は勝ってたんだよねえー

負けちゃったんだねー。
わたしもつまんない時間をさあ、死ぬまで我慢しなきゃいけないんだって。
そうなんだよ。我慢しなきゃいけないんだって。

我慢しててもさあ。おかあちゃんは出て行っちゃうし、おとうちゃんは死んじゃったんだよ。

女はしゃべり疲れて寝た。