仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

もう一度、確かめていい?Ⅱ

2008年09月30日 11時57分28秒 | Weblog
言葉が多い会話は沈黙にも似ていた。それを二人は気付いていた。
「仁のこと・・・・・。」
アキコは言いかけて言葉を飲みこんだ。
「ヒデオ、そっちに行っていい。」
アキコがヒデオの隣に座ると、ヒデオはテーブルを押してスペースを拡げた。パイプベッドにもたれていたヒデオの左肩にアキコが頭を預けた。
「ねえ、どうして臭いのことわかったの?。」
「うん・・・・。」
沈黙。アキコは身体を起こすとターキーのグラスを取り、一息で飲み干した。
「ほんとはね。そんなこといいの。」
グラスを置いて、ヒデオの方に向き直った。ヒデオはジンのグラスを持って、透明な視線でテーブルの先を見ていた。アキコは待った。ヒデオはゆっくりとジンのグラスを口元に運び、ゆっくりと飲み干した。ヒデオがグラスを置くと、アキコはヒデオのベルトに手を掛けた。ベルトを外し、タートルネックのシャツを胸まで上げた。ヒデオの筋肉質の左胸に右手をあてた。ヒデオはその手を両手で包み、身体を起こした。アキコの掌から、ヒデオの心臓の鼓動が伝わった。
「ヒデオがいるね。ここにヒデオがいるね。」
ヒデオがアキコの肩に右手を掛けた。
「待って。」
アキコは手を離すと振り向いた。背中のファスナーに手を掛けようとするとヒデオがその手を押さえ、ファスナーを降ろした。アキコは立ち上がった。ヒデオも立ち上がり、ワンピースを肩から外した。脱皮するようにアキコの肌が露出した。ヒデオはブラのホックを取り、パンストを下げた。足元まで行くとアキコは足を上げた。ヒデオの頭が太腿の裏側に当たった。アキコはヒデオの手を踏まないようにヒデオのほうに向き直った。ヒデオの脇に手を入れ、ヒデオを立たせるとタートルネックのシャツを脱がせた。ベルトの外れているズボンは簡単に落ちた。もう一度、ヒデオの左胸に右手を当てた。ヒデオの右手を取り、自分の胸に導いた。お互いの鼓動を、速さの違う鼓動を感じあった。
「ヒデオ。」
アキコの目から涙がこぼれた。
「どうしたんだろう。なんか、悲しくて・・・」
ヒデオはアキコの腕を取り、ゆっくりと下げた。アキコの身体を抱きしめた。
「前はね。言葉に変えなくてもよかったの。でもね。いまは、言葉に変えないと不安なの。」
アキコがヒデオの胸に手を当てた。少し力を入れた。二人の身体は触れるか、触れないかの微妙な距離をとった。ヒデオは手を離し、掌を拡げた。すこし戻して、柔らかいボールを持つような形にした。アキコの肌に触れるか、触れないかの感触でボディータッチを、そう、「ベース」が始まったころのボディータッチを肩の裏から始めた。背中からゆっくりと腰を落としながら。アキコの腰にしがみついているようなパンティーに両方の親指をかけて、開き、親指以外の指が腿の両脇を這うように足元まで下ろした。アキコは左足を上げ、そして、右足を上げた。ヒデオの掌は今度は、下から、上に、アキコの身体の正面を肌のかすかな感触を確かめるように移動した。太腿のところで掌は止まり、波を描くように上から下、下から上に、前から後ろ、後ろから前とアキコを確かめた。
「ヒデオ、ヒデオ、ここにいるよね。私と一緒だよね。」
アキコはヒデオの頭を、やはり、ヒデオと同じ掌の形で、触れた。ヒデオの耳を掌で包んだ。次の動きが、アキコの意図が、わかっているかのようにヒデオは立ち上がった。今度はアキコが身体を沈めた。ヒデオのビキニパンツを下げた。ヒデオ自身は勃起していなかった。
「どうしたの。」
「うん。」
ヒデオの優しい目がアキコを見ていた。アキコも、そのことが不自然なことのようには思えなかった。立ち膝のアキコの前にヒデオも座った。目が合った。ヒデオが目を閉じた。アキコはヒデオの膝の上に手をのせ、口づけた。優しく吸い、唇を開いた。舌先を絡めた。アキコは唇を離すと、ヒデオの乳首を吸った。乳首の周りを舌先で舐め、キッスして、また、乳首を吸った。両方の乳首を同じように、愛撫した。そして、筋肉質の引き締まった腹にキッスした。モジャモジャの中でヒデオ自身はまだ、可愛かった。アキコは包むようにヒデオ自身を握った。フニャフニャだった。小さな頭がアキコの手の中から覗いていた。
「キッスしていい。」
ヒデオの優しい瞳をアキコは見た。ヒデオは肯いた。アキコは割れ目にチョンとキスをした。唇を頭に当て、滑らせるように口に含んだ。ヒデオの鼓動が唇から感じられた。ヒデオ自身はアキコの口の中で膨らんだ。アキコはゆっくりと唇を滑らせた。

もう一度、確かめていい?

2008年09月29日 13時38分11秒 | Weblog
 アキコはヒデオがいつもと違うと感じていた。言葉が多かった。あんなことを言葉に出すことはなかった。仁のことが・・・・・。二人は共通のショックを受けていた。
 五反田のヒデオの部屋は一度、一階から二階に引越しただけで同じ場所にあった。部屋の前でアキコを降ろし、ヒデオは車を駐車場に入れに行った。アキコは郵便受けから鍵を取り出し、部屋に入った。広いとはけして言えない部屋。が、機能的に整理された部屋。アキコは靴を脱いで、自分部屋ではけしてしないのだが、ヒデオの自作の靴箱の開いているところに入れた。ドアの横のスイッチをいれて、部屋を明るくした。階段を一つ飛ばしで駆け上がるヒデオの足音がした。アキコはドアを開けた。ヒデオはアキコを見た。アキコも笑顔でヒデオを見ていた。ヒデオが玄関に入るとアキコは一歩ひいて待った。スニーカーを脱ぎ、下駄箱にいれ、ガラ袋にくるまった洗濯ものを洗濯用のケースに入れると明日用の着替えをその横のカラーボックスにから取り、ガラ袋に入れた。あまりにスムーズに進む、その光景を、けして、初めてというわけではなかったが、アキコは見とれた。ヒデオはハッとアキコに気付き振り向いた。
「座っていてよ。」
「ヒデオ、凄いね。」
「なにが・・。」
「ううん。」
アキコは振り向くと、奥の部屋のテーブルの前に座った。ヒデオはグラスを二つ持ち、さらに、ターキーとジンのボトルを指の間に挟んでアキコの座っているテーブルに運んだ。ヒデオがテーブルに置くと、アキコがポツンと言った。
「あたしって気が利かないね。」
返事はないがヒデオは笑顔でアキコと見ていた。
「ヒデオ、どうして、こんなに綺麗にしていられるの。」
「職業病かな。」
冗談ぽくヒデオが言った。
「オレの親方、年寄りでさ、凄くうるさかったんだよ。道具の整理とかさー。掃除とかさ。最初は説明なしに汚いと殴られた。車の荷台とかさ、どの道具がどこにあるのがいいか。わかんないときでもできてないと殴るんだよ。それが染み付いて、部屋もこんなのになっちゃった。」
「そう、仕事場は綺麗にできるけど・・・・自分の部屋までは無理ね、私は。」
ヒデオはアキコのグラスにターキーを自分のグラスにジンを注いだ。
「氷、いる。」
そういうが早いか、ヒデオは立ち上がっていた。アキコは酒造会社のマークの入ったグラスを見ていた。氷を丼に入れ、柿の種をパンメーカーのマークの入ったさらに盛り、ヒデオが来た。
「ヒデオ、今日よく話すね。」
アキコがそう言うとヒデオの表情が曇った。
氷をグラスに落とし、何も言わず二人はグラスを鳴らした、柔らかい微笑を添えながら。

ほんとに誰でもいいのⅣ

2008年09月26日 16時14分19秒 | Weblog
ヒデオは環七に出る前に少し悩んだ。が、いつもどおり環七を右折した。ヒデオがポツンと言った。
「臭いだめなんだ。」
「なーに。」
「さっき、はっきりわかったよ。」
「何がわかったの。」
「自分に着いた臭いがさ、だめなんだよ。」
「臭いー・・・。」
しばらく沈黙。
「ほらっ、さっき、石鹸変えたじゃん。」
「石鹸・・・・」
「アキコの臭いは気にならないんだよ。」
「私の臭い・・・・」
「自分にさあ、なんか香料の臭いとか着くと起たなくなるんだよ。」
「えっ。」
「今日、なんか、変でさぁ。直ぐ、起っちゃうんだよ。」
「なにいってるのよー。でも、変ね。自分の身体の臭いって3秒位すると慣れちゃうのに・・・」
しばらく沈黙が続いた。
くすくす笑いながらアキコが言った。
「ヒデオ、私のこと、女だと思ってないんでしょ。」
「そんなことないよ。」
「だって、今みたいな事、好きな女の子に言える?。」
「好きってー・・・。」
ヒデオはしばらく考えた。
「よくわからないけど。アキコのことは好きだよ。」
「バカッ。」
しばらく沈黙。
「不思議ね。「ベース」がなかったら、ヒデオとこうしていることはなかったわよね。」
「ああそうだね。」
「あのころの「ベース」の感覚だと男とか、女って感覚なったわ。セクスもセクスって感じじゃなくて・・・、一緒になれるって感じだったもの。誰とでもよかったわ。隣にいる誰かでほんとによかった。」
「セクスって・・・・。」
「なーに。」
「今日、アキコといっしょなりたいな。」
「いいよ。前みたいに乱暴にしなければね。」
ヒデオは一瞬、戸惑い、アキコの肩を抱いた。
アキコはヒデオの腿に手を添えた。

ほんとに誰でもいいのⅢ

2008年09月25日 16時08分49秒 | Weblog
アキコはヒデオの後ろに回って、ヒデオの肩にバスタオルをかけた。後ろから抱きかかえるようにして、そっと体を沈めた。横から覗き込むようにしてヒデオ自身を見た。ヒデオが動かないように手で支えながら体をヒデオの正面に移動した。指を一本づつくわえながらヒデオ自身を隠す手を取り除いた。
「私ね。はじめてなのよ。だいたい大きくなっているでしょ。あの時って・・・、だから、今みたいに段々、大きくなるのをみたのはじめてなの。ふふっ、かわいい。あんなに小さかったのがこんなになるんだ。」
「止せよぉ。」
とヒデオは言ったがされるがままにしていた。アキコはヒデオ自身の頭にキッスをした。ヒデオの髪の毛にたまった水滴が体を伝って下腹まで流れてきた。
「頭、拭いて。」
優しく言った。ヒデオの両手はタオルに奪われ、下半身は無防備になった。アキコは両手でヒデオ自身を握った。力を入れすぎなように気を付けながら、右手で頭を包み込んで、左手で支え、ゆっくりと回転させた。頭を拭き終わったヒデオはタオルを放り投げ、アキコの頭にそっと手を押せた。
「男の人って不思議ね。私、外科の救急にいたのよ。交通事故で背骨をやられて意識のない人がね。運ばれてきたことがあったの。フォー、フォーって変な息していて、腿にも鉄板が食い込んでいたわ。ズボンが邪魔だって先生が言って、切除しろって・・・鋏とナイフで切ったのよぉ。そしたら、その人のが大きくなっていて。私たち、びっくりしたの。でも、笑ちゃった。クスクスね。自分の命が危ないかもしれないのに大きくなっているんだって。フフフッ、かわいいな。ムクッ、ムクッて・・・。」
そう言うと右手をずらして、パクッとくわえた。ヒデオの身体がビクッと震えた。ヒデオはアキコの身体から鼻腔に入り込む香料の臭いが気になった。自身は萎えることはなかった。アキコはパッと口を離すと、また、人差し指でパシッとはじいていった。
「ヒデオの部屋に行ってからしよう。」
「おいー。」
そういいながらもヒデオは優しい笑顔でアキコの顎の下に手を這わせ、ゆっくりと立たせると唇にキッスをした。
 ヒデオはガラ袋から着替えを取り出し、サッと着替えた。脱いだ汚れ物も手際よくたたみガラ袋にくるんだ。アキコは、小さなバッグにブラとパンティーを詰め込み、部屋の鴨居に掛かった洋服を選んでいた。
「車回すよ。」
ヒデオは言い、部屋を出た。アキコは、もう一度、バッグの中を確かめ、柑橘系のオーディコロンを小瓶に分けて入れた。車の音がした。アキコは一番手前のワンピースを着て玄関を出た。車に付いたところで、鍵をかけてないことに気付き、ヒデオに手を合わせ、部屋に戻った。小走りでアキコが戻り、ヒデオの部屋に向かった。

ほんとに誰でもいいのⅡ

2008年09月24日 15時39分15秒 | Weblog
そう言うとアキコはヒデオをそっと抱いた。耳にキッスするとヒデオのタートルネックのシャツを腰から引き上げた。頭のところまで引っ張って、顔が隠れたところで手を離した。
「フガ。」
と視界を遮られたヒデオが鼻を鳴らした。自分で続きを脱ごうとしているとアキコがヒデオの作業ズボンのベルトに手を掛けた。スッとズボンを脱がすと、ヒデオ自身がビキニパンツの上に顔をのぞかしていた。
「フフっ。」
とアキコは笑った。手に絡まったシャツをとろうとしているヒデオのパンツにアキコは手を掛けた。今度はゆっくりとパンツを下げた。ヒデオ自身が露わになった。アキコは人差し指でヒデオ自身をピンと弾いた。
「ウッ。」
ヒデオが呻いた。
「何考えているのよ。」
冗談ぽく言いながらアキコが続けた。
「入ってよー。」
とヒデオを押した。
シャワー室はヒデオの行くコインシャワーより一回り小さいくらいだった。隅の三角コーナーにはいろんな種類の石鹸やシャンプーが積まれていた。これを全部使い分けるのか・・・・とヒデオは思った。一番取りやすいところにあるシャンプーを取って洗い始めた。シャンプーの香料の臭いがきつかった。石鹸の香料もきつかった。自身は一瞬で萎えた。石鹸を落としてアコーデオン式のドアを開けるとアキコが裸でバスタオルを持っていた。ヒデオの頭に被せて、一言。
「アラッ。」
そう言うとヒデオの肩をポンと叩いて、シャワールームに消えた。ヒデオは赤面した。ヒデオはタオルを腰に巻いたまま、台所でアキコが出てくるのを待った。ドアが開いた。
「ねえ、後ろのバスタオルとってー。」
アキコが甘い声を出した。今度はヒデオがアキコにバスタオルを被せた。アキコから立ち上る石鹸の香料の臭いは気にならなかった。
「アキコ、臭いのしない石鹸ない。」
「どうして?。」
「なんか・・・。」
「あるけど、手洗い用のしかないよ。」
「それでいいよ。」
アキコが流し台から石鹸を取って手渡すとバスタオルを落とすようにして再びシャワー室に入った。アキコは下着をつけて、窓を開け、涼んだ。
「ふうー。」
ヒデオがドアを開けた。アキコはまた、バスタオルをもって立ち上がった。ヒデオは化粧も落ちて、薄い顔になったアキコが下着だけでバスタオルを持ってくるのを見た。ヒデオ自身が反応した。アキコも立ち止まった。ヒデオはアキコの胸の辺りを、アキコはヒデオ自身を見ていた。ヒデオ自身が徐々に大きくなっていった。アキコが噴きだした。
「なんだよー。」
ヒデオが思わず吼えた。
「だって、おかしいんだもん。」
「何が?。」
アキコはヒデオ自身を指差した。ヒデオはハッとして、自身が勃起しているのに気付き、手で覆った。

ほんとに誰でもいいの

2008年09月22日 16時56分10秒 | Weblog
 車の中は静かだった。
「マサミ、何の仕事してるんだろ?。」
アキコが独り言のようにつぶやいた。ヒデオは何も言わなかった。しばらくしてやはり独り言のようにヒデオが言った。
「女の肉体労働かな。」
「なーに、それ。」
「なんでもない。」
また、沈黙が始まった。目黒通りから環七に入ったところで、
「解った。」
アキコが突然、叫んだ。おぼどろいたヒデオのハンドルがぶれた。隣の車に思い切りクラクションを鳴らされた。
「なんだよ、急に、」
ヒデオが叫んだ。
「なんでもない。」
また、沈黙した。
「仁に会わなくてよかったの?」
返事がなった。
「ねえ、仁に会いたかったんじゃないの?。」
「おまえは?。」
「うん。」
沈黙。
「ヒデオ、今日、お風呂は・・・・」
「まだだよ。」
「どうする?。」
「オレはコインシャワーでもいいけどアキコは・・・・」
そうこうしているうちにアキコのアパートに着いた。
「上がる?。シャワーだけだけどあるよ。」
アキコの部屋にはトイレほどの大きさのシャワー室があった。
「車、小学校の前なら止められるよ。」
「止めてくるよ。」
アキコは部屋に入り、玄関に散乱した靴を片付けた。アキコの部屋はヒデオの部屋に比べたら雑然としているようにも思えるがそれなりに整ってはいた。時折、時間がなく、着替えた洋服が床に落ちていたりはするのだが。その日も床にはブラウスとスラックス、ブラ等が落ちていた。アキコはそれらを拾い上げ、押入れに詰め込んだ。アキコの部屋にはテーブルはなく、床にすのこを敷いて、テーブルクロスをかけてあった。が、小学生が使うような勉強机は窓際にあり、医学書や看護に関する本がのっていた。六畳くらいはあるのだろうが、衣装ケースと整理ダンスが壁面を占拠し、動くスペースは限られていた。ノックの音がした。
「はい。」
ドアを開けると真新しいガラ袋を持ったヒデオがいた。
「上がって。」
「こんな時間でもシャワー使えるの?。」
「大丈夫よ。みんな、使っているもの。」
シャワー室は台所の横のトイレと並んであった。当然、服を脱ぐのは台所と言うことになった。台所と六畳を仕切るガラス戸は外されていた。ヒデオはなぜか照れくさかった。
「一緒には入れないから、ヒデオ、先に入って。」
そういいながら、アキコは、服を脱ぎだした。ブラウスのボタンを外していたアキコが振り向きヒデオに近づいた。
「電気は・・・こっちね。」
ヒデオはマサミからの連想が後を引いているのか、反応するヒデオ自身を感じていた。後ろからアキコに抱きついた。ヒャーとアキコが跳ねた。
「何するのよー。」
けして、拒否をするという感じではなかった。クルっと振り向くとおどけた表情で言った。
「シャワーを浴びてからにしよう。」

微笑みは涙より悲しくてⅢ

2008年09月19日 13時24分30秒 | Weblog
車に乗ると密室の中でさらに臭いがきつくなった。ヒデオは表通りから一つ裏の通りに入って、銭湯を探した。特殊浴場ばかりが立ち並ぶその地区で半分諦めていたのだが、裏通りの一番端に長い煙突が見えた。ヒデオは番台で小さな石鹸とシャンプー、タオルを買った。服を脱いでいると、番台のオヤジがニヤニヤしながらヒデオのほうを見ているのに気づいた。ヒデオは睨んだ。オヤジは目をそらした。湯船に入る前にお湯をジャバジャバかけて、直に石鹸を身体につけて、タオルで擦りまくった。小さなシャンプーはすべて絞り出し、指を立ててかきむしった。周りに客が余りいなかったので湯船から直接、お湯を汲み、体を流した。ローションの独特な臭いが消えた。湯船に入り、余った石鹸でもう一度、身体を洗った。
 ヒデオはその日の現場が終わると必ず着替えた。靴も現場用の地下足袋からスニーカーに履き替えた。その日は監督にせかされて、着替えていなかった。新しいタートルネックのシャツに着替え、作業ズボンも履き替えた。汚れたシャツをガラ袋に入れようとして名刺が落ちた。お嬢の名前が書いてあった。
「にしなゆみこ」ひらがなが妙に生々しかった。慌てて拾い、新しいシャツのポケットに入れた。どうして勃起しなかったんだろう・・・・一番、不思議だったのはヒデオだった。特殊浴場は初めてだった。緊張していた。服を脱がされるところから、頭の中は性的な興奮状態にあった。それを悟られないように平静を装っていた。興奮は高まる一方だった。でも、勃起しなかった。
 ローションの臭いはすっかり取れていた。車に乗って走り出すと頭の中で「にしなゆみこ」の名刺がちらついた。それと同時に先ほどの行為がよみがえった。ぬるっとした感触の中のお嬢の肌の柔らかさやふくらみ、指先の微妙なタッチ、それが皮膚感としてよみがえってきた。ヒデオ自身が突然、勃起した。他のことを考えて鎮めようと思うのだが、自身は痛いほど勃起していた。さらに「にしなゆみこ」のさまざまな行為がやはり皮膚感としてヒデオを攻め立てた。運転どころではなかった。ヒデオは車を道路わきに止め、ズボンのジッパーを下げた。ヒデオ自身を握った。後にも先にもそんなことははじめてだった。
 マサミの臭いが記憶を呼び起こた。・・臭いがだめなのか・・・オレは・・
ヒデオがそう思ったのもつかの間、今度は、記憶が逆に作用した。記憶がヒデオ自身を勃起させた。ヒデオはマサミが二人と言った意味も理解した。隣に座っているマサミ、マサミの裸体が頭の中をよぎった。ヒデオは想像をかき消すように頭をブルブルっと振った。
「どうしたの。」
アキコが聞いた。
「なんでもない。」
マサミも一瞬、驚いた顔になった。それでも直ぐに優しい微笑みにも戻り、ヒデオを見た。ヒデオはドキッとした。
「仁は殴るのか。?」
ヒデオはマサミから視線をそらしながら、聞いた。再び、驚いた表情をしたマサミが答えた。
「ううん、殴らないわ。それに一緒に寝てくれるし、頭も撫でてくれるわ。」
「そうか。」
ヒデオは別れた両親のことを思い出していた。と言うよりも、一連の想像が仁と父親をダブらせた。マサミの返事がヒデオを安心させた。
 焼きうどんの皿がからになったときヒデオが立った。
「行くか。」
そういうと二人も肯き、席を立った。
 ヒデオの車にアキコとヒデオが乗ろうとしたとき、マサミが叫んだ。
「秀ちゃん!」
髪を金髪に染めたミニスカートの女が車をさけるように道路の反対側を通り過ぎようとしていた。女はビクンと首をすくめ、振り向いた。マサミは駆け寄り、何か話していた。しばらくして、女は笑顔で手を振り、ヒデオたちに会釈をして立ち去った。マサミはやはり微笑みながらヒデオたちのほうに戻ってきた。
「今度、三人で遊ぼって、約束しちゃった。」
ヒデオはアキコの顔を見た。アキコも苦しそうな笑顔をマサミに向けていた。二人は別れの挨拶をして車に乗った。マサミは車が角を曲がり、見えなくなるまで手を振っていた。

微笑みは涙より悲しくてⅡ

2008年09月17日 17時44分12秒 | Weblog
 三人はしばらく無言で焼きうどんを頬張った。ミサキのローション系の臭いがヒデオに妙な記憶を思い出させた。
 ヒデオが関わった家の棟上げ式の日のことだった。施主は少ないが皆で分けてくれと監督に祝儀を出した。監督はそれを配分することなくポケットに入れた。式が終わり、ヒデオは日雇と片付けをしていた。最後に監督に報告に行くと、日雇に封筒の日当を渡し、日雇労働者特別保険に印紙を貼り終わった監督が声を掛けてきた。祝い酒のせいか機嫌がよく、これから付き合えと言われた。いつもなら断るのだが、親方が譲ってくれた現場の監督なのでそんなわけに行かず、ビール一杯のヒデオが運転をして川崎に繰り出した。監督は行きつけの店があるらしく、道案内はスムースだった。店の裏の駐車場に車を入れて、玄関、玄関と言いたくなるような
造りの門をくぐると監督が三万円を手渡して、残りは自分で出せと言われた。監督は指名するお嬢が決まっているらしく、それとも来るつもりで連絡しておいたのか
直ぐに通された。ヒデオは指名なさいますかと聞かれたが解らないので、お任せした。しばらくして髪の毛を頭の上で一つに束ねたお嬢がヒデオの手を引いた。ヒデオは何も解らず、お嬢にされるがままにしていた。服を脱がされ、シャワーを浴びせられ、マットの上に寝かされた。身体のいろんな部分を使って、ヒデオの身体を洗ってくれた。ヒデオは感じなかった。最後に手を使い、自身を愛撫してくれても、起たなかった。口を使っても、泡攻めにあっても、特殊なローションも自身を起たせはしなった。
「私、下手ですか。」
涙目でお嬢が聞いてきた。ヒデオはそんなことはない。きょうは自分が疲れているだけだと慰めた。
「もういいですよ。」
「でも、まだ時間あるし。」
「じゃあ、普通に背中を流して下さい。」
背中を流しながら、お嬢は自分のことを話し出した。自分はアナウンサーになりたくて上京した。親に反対され、家出同然で上京したため、金が必要になった。最初はウエイトレスをしていたが、専門学校の授業料や師事する先生の個人レッスンを受けるためには金が足りず、スナックで働くようになり、それでも足りず、キャバレーになり、サロンになり、気づいたら、ここで働いていた。金は手に入るようになったが、今度は気力が出なくなってしまった。もう少し金が貯まったら、足を洗い、学校に戻るつもりだといっていた。
「頑張ってください。」
ヒデオは最後、笑顔でそういった。お嬢は胸のふくらみや柔らかさが解るようにヒデオの背中に抱きつき綺麗な笑顔で言った。
「今度は疲れてないときに来てね。」
服を着せてもらい、部屋を出る時、お嬢は名刺をポケットに差し込んで、指名してねと言いながら首筋にキスをした。痛いくらいのキスでマークが付いた。監督から預かった金に一万くらい足して会計を済ませ、外に出た。黒のチョッキと蝶ネクタイの男が追いかけてきて、
「お連れ様は延長されるそうですので、先に帰ってくれとのことです。」
と、言われた。鼻を突くローションの臭いが身体中から立ち込めた。ヒデオは駐車場の隅で吐いた。

微笑みは涙より悲しくて

2008年09月16日 16時35分26秒 | Weblog
「何だよ、あいつ、何様のつもりなんだよ。」
小さな声だった。
「なーに?。」
「ヒロムさ。」
沈黙がしばらく続いた。
「ねえ、仁、どうしてるかな。」
ヒデオの返事はなった。
「マサミのところ、寄らない。」
ヒデオの苛立ちが少しづつ納まり、平静が近づいているように感じた。
「ねえ、あれから、仁にあった。?」
「いや、あってない。」
目黒通りに出て、アキコのアパートに行くつもりだった。車は明治通りで右折した。代官山に抜ける交差点を右折して、さらに右折し、神社の参道に入る前の道に車を止めた。そこからは車が一台がやっと通れるくらいの細い路地になっていた。二人は車を降りてマンションに向かった。マサミの部屋の明りは消えていた。
「留守かなぁ。」
ヒデオは敷地の前で待った。アキコは通りから一番離れた部屋のドアの前まで行ってみた。台所の窓が少し開いていた。呼び鈴は鳴らさなかった。部屋の奥から、押し殺した喘ぎ声が聞こえてきた。アキコはヒデオにバッテンサインを出した。
「マサミ、今日休みなのかな。」
「何で。」
「うん。ちょっとお邪魔みたいなの。」
「何が。」
「だから、・・・・」
沈黙した。
「じゃあ、また来るか。」
そういって車に戻った。車に乗ろうとしたとき、アキコが右折してきた道から、車のほうに歩いてくるマサミに気づいた。
「マサミ・・・・・」
マサミもアキコに気づき、笑顔で手を振った。
「今帰りなの。」
「うん、今日、疲れちゃって、二人で断ってきたの。」
「二人って・・」
「あっ、そうか、私ね、前の店、組の人に見つかりそうになって辞めたのよ。」
「今は・・・・」
「テッちゃんがね、組に解らないように今の店、紹介してくれたの。」
マサミの身体からかすかにローション系の臭いがした。ヒデオがアキコの背中を突いた。
「まだ、帰らないほうがいいかも。」
「そう・・・・・・・・、ねえ、近くにさあ、ちょっとだけ働かせてもらった店があるのよ。そこ行かない。」
三人はマサミが来た道を戻るようにして、一度、明治通りに出て、細いわき道にあるスナックに行った。マスターはマサミに気づくと笑顔で迎えた。隅の丸テーブルに案内するとポテトチップスを籠に入れて、もって来てくれた。サービスだと言い、注文を聞いた。アキコはターキー、マサミはズブロッカ、ヒデオはジンジャエールを頼んだ。運ばれてきたそれらは通常のグラスより一回り大きかった。
「誰か来てたみたい。?」
マサミは笑顔で聞いた。
「うん、そんな雰囲気がしてたから・・・・。」
「秀ちゃんかな。」
「マサミ知ってるの?。」
「うん、時々ね。そんなこともあるみたい。」
マサミは悲しいくらい微笑んだ。
「前の店に仁をつれてったとき、秀ちゃんが仁のこと、気に入っちゃっ・・・・」
「マサミはいいの・・・・」
マサミの視線は宙を泳いでいた。
「仁は最近、何してるの・・・・。」
「わかんないけど。時々、出かけているみたい。」
「どこに?。」
「わかんないけど、いいお肉買ってきたりするよ・・・・・。でも最近、お金ないみたいで。金って。手を出すの。」
「わたすの。?」
「うん。」
「マサミ・・・・・。ほんとにいいの。」
「だって、仁ちゃん、薬やめさせてくれたし・・・・切れた時のこと考えたら・・・・・・。」
マサミは震えていた。アキコがまだ何か聞こうとした。ヒデオはアキコの右手をグッと握った。
「仁ちゃんは家に住んでいるし・・・・・朝だったらしてくれるし・・・・・私、馬鹿だし、料理できないし・・・・お金いるし・・・・」
「お前、飯、食ったのか。」 
ヒデオがマサミの話を止めた。マサミは身体の震えがとまり、嬉しそうな笑顔になった。
「この時間にここに来ると、マスターがね、ご飯、作ってくれるの。」
そういうが早いか、マスターが大盛の焼きうどんを持ってきた。
「ハハーン、美味しいのよ。マスターの焼きうどん。」
そういうとマサミはテーブルに置かれた皿に取り分けた。ヒデオとアキコは顔を見合わせ、笑った。塩味がきつかった。

言葉の少ない会話の中でⅥ

2008年09月11日 16時36分06秒 | Weblog
 二人は「ベース」に戻った。ヒロムはワードプロフェッサーの前に座っていた。当時のワープロは今のディスクトップくらいの大きさだった。ヒトミもいた。ヒトミは隅でファッション雑誌を見ていた。
「入室しないのか。」
ヒデオが聞いた。
「今日は演劇部が仕切っているから・・」
「お前が話しをしなくていいのか。」
「うん、今日はいってもボディータッチくらいだから。・・・・」
ヒデオは何も言わなかった。
「マニュアルも作ったし、問題ないよ。」
ヒロムは画面から目を離さなかった。ヒデオはヒロムの顔が見えるほうに移動した。
「今度、入室時間を制限しようかと思うんだ。・・・・・
入室が、まちまちだと指導するほうが大変だからね。・・・・・
『営み』まではいかないようにしているんだ。・・・・・・
『営み』に至る日をね、曜日か、日にちで決めようとも思っているんだけど。・・・・・
特別な価値観をつけるほうが彼らにとって意味があると思うんだよ。・・・・」
ヒロムは画面から目を離さないまま話し続けた。ヒデオは腰を落として、ヒロムの目と目線が合うようにした。ヒロムは気づかなかった。
「ヒカルから、これを預かった。」
話の腰を折った。
「何?。」
ヒロムはやっと画面から目を離して、ヒデオの差し出した手を見た。
「何だ。鍵か、もう、使わないの。」
「ああ、部屋を借りた。」
「へー。」
「お前、ヒカルに何かしたのか。」
ヒロムの表情が一瞬、曇った。ヒロムは目線を画面に戻し、表情を作り直して言った。
「いや、別に・・・・・・。その辺に置いておいてよ。」
ヒデオは立ち上がるとヒロムの脇に回り、机に叩きつけるように鍵を置いた。そのまま、部屋を出ていこうとした。アキコが追いかけた。
「どうしたのよ。」
「アキコの言うとおりかもな。」
「何が。」
ヒデオは答えず車に向かった。
「待ってよー。」
車に乗り込もうとするヒデオに向かって
「いっていい?。」
ヒデオは助手席側に回って鍵を開けた。アキコは慌てて乗り込んだ。
「ねえ、私の部屋によってよ。着替え・・・。」
返事はなかった。エンジンをかけるとヒデオはタイヤを鳴らしながら急発進した。