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仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

鍵を返せば済むことさⅢ

2008年08月28日 11時29分33秒 | Weblog
 ヒデオは言葉のないころの「ベース」を思い出していた。いつから言葉が必要になってきたのか。言葉のないころは誰と言うことを気にせずにそこに居れた。関係はそこに集う者たちの信頼感のみで成り立っていた。「救い」を求めるものたちが居場所に辿り着くのは偶然のなせる業でしかなかった。それでも人は集まり、さらに増殖した。統制が必要となり、そこにヒロムが現れた。と言うよりもヒロムの言葉が必要となった。ヒデオはヒロムの言葉に感動した自分をも思い出していた。イベントとしての「神聖な儀式」に向かっていたときの高揚した自分。その後の自分、達成感はあったが心のどこかで覚めていくものがあった。すべてはヒロムの言うように偶然の賜物でしかないのか。生まれる場所を選べないように、偶然の支配の中でただ生きているだけなのか。必然として存在するものは「死」のみ、であると言うこと。ヒロムの言葉を頭の中で追ってみた。電車は渋谷駅に着いた。ヒデオの肩越しで寝ていたアキコを起こして電車を降りた。
 ヒデオがアキコを誘った。
「あら、珍しい。」
「何が。」
「あなたが誘うなんて。」
確かにヒデオがアキコを誘ったことはなかった、アキコがしばしば押しかけてはいたのだが。
「それなら、もう少し飲まない。」
「どこで。」
「ここで。」
そう言うとアキコがヒデオの腕を引っ張った。二人は掲示板を見に行った。笑った。かつてはこの掲示板が頼りだったのだ。つい昨日のことのようで、けれど果てしなく遠い昔のようにも思えた。公園通りを歩き、パルコの脇を入ってスペイン坂を降りた。「ベース」はあった。それは思ったより狭いスペースだった。血だらけの仁やマサルの事件、同じことを思い出しているのを感じた。二人はスペイン坂を下り、道玄坂小路を抜けて、ホテル街のほうに階段を上った。ホテル街に付く前のロック喫茶へアキコはヒデオを誘導した。
 大音量でディープパープルのハイウェイスターが流れていた。ミサキは三階にヒデオの腕を引いた。二人は隅の靴を脱いで上がる席に腰を下ろした。店員が二人をつけるように水のグラスを持って上がってきた。ヒデオはストレートジンを、アキコはワイルドターキーを頼んだ。注文したものが運ばれると店員は階下に消えた。
ここなら、隣の客に話を聞かれることもなかった。ヒデオは音楽にあまり詳しいほうではなかった。ただ、その大音量にエネルギーを感じた。
 アキコが聞いた。
「どうしたの。」
「うんっ。」
しばらく沈黙が続いた。
卓袱台のようなテーブルを挟んで座っていたアキコがヒデオの脇に移動した。身を寄り添うようにしながら、アキコが聞いた。
「どうしたの。」
肩に擦り寄るアキコの目を見つめた。