日本の社会保障はなぜ手薄いのか?

2013-10-22 21:52:26 | 雇用・社会保障のあり方について
日本の社会保障はなぜ手薄いのか?


 1980年代ごろの構造改革以来、社会保障費の抑制が大きなテーマになってきました。
 しかしもともと日本では社会保障がそれほど整備されてきませんでした。表1のように、日本の社会支出はヨーロッパと比べて低く、特に家族、失業などの分野でそれが顕著です。

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表 1 政策分野別社会支出の対GDP比の国際比較(2009年度)
国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計(平成22年度)」より

 実は日本は福祉国家ではありません。もともと社会保障が不十分なのに、さらに削減されようとしているのです。振り返って考えてみたいと思います。


 戦後、自由民主主義体制をとったヨーロッパ資本主義国の多くは、福祉国家の道を歩んできました。失業や格差といった労働者の不満を和らげるためです。一方、日本では福祉政策は限定的なものでした。企業主義と開発主義によって、福祉政策を実施しないで済んだからです。

 企業主義というのは、企業が国に代わって福祉の一部を提供していくということです。例として年功賃金制度を考えてみましょう。勤続年数に応じて給与が上昇していく年功賃金は、生活給としての役割があります。家族の扶養や子育てなど、一般に年齢を重ねるほど家計の支出は増えるのですが、年功賃金がそれをまかなってくれるのです。ヨーロッパ諸国では、育児・教育・住宅といった費用は制度として社会的に支えてきました。この点が大きな違いです。

 企業が福祉を代替するという意味で象徴的な政策が、雇用調整助成金です。会社が雇用を維持した場合に、国が助成金を出すというものです。つまり社会保障制度によって失業者を支えるかわりに、企業への補助金でそれを代替しているのです。
さて、給料が生活給をまかなってくれるので、日本の労働者は福祉政策をあまり求める必要がありません。代わりに、会社が成長してくれるような産業振興策を求めました。こうして行われてきたのが開発主義政策です。ヨーロッパにおいて福祉政策推進の原動力となった労働運動は、日本では大きな動きとはならなかったのです。

 国も経済成長を目的とした政策を積極的に実施してきました。国みずからが福祉政策を実施するよりも、企業に福祉を担ってもらった方が安上りだったのです。それが開発主義と呼ばれる政策、すなわち公共事業、補助金、優遇税制などによる産業振興策です。「全国総合開発計画」などの国家計画が策定されて地域開発が進められたり、税負担の軽減や補助金によって産業育成が図られたりしました。公共事業として産業インフラへの巨額の投資も行われました(図1)。


図 1 行政投資額と社会保障関係費

 そして構造改革は、社会保障をさらに脆弱なものにしてきました。構造改革は、日米貿易摩擦、膨張する財政赤字、日本企業の海外進出、バブル崩壊後の不況などを背景として推進されてきましたが、企業の負担軽減と規制緩和がその大きな柱だったと言ってよいでしょう。開発主義を解体することが目標とされましたが、福祉国家路線が構想されることはありませんでした。

 たとえば、2000年に措置制度に代わって実施に移された介護保険制度では、介護保険料を徴収することで公費負担を減らしたうえで、利用料の一部自己負担(一割負担。限度額を超える分については全額自己負担)の仕組みを取り入れることで、利用の抑制を図りました。最低限の社会保障は国が提供するが、それ以上の部分に関しては民間に任せる、という姿勢は医療保険の分野でも見ることができます。国としては公的支出を削減できるし、企業としても新たな市場が広がる、ということでしょう。その後も「骨太の方針」が打ち出されるなど、社会保障制度は見直しの対象となってきました(民主党政権下では骨太の方針は中断されていたが、第二次安倍内閣のもとで復活し、社会保障の効率化も掲げられている)。

 日本の社会保障制度がなぜ脆弱なのかを大まかに俯瞰してきました。高齢化が進み、日本型雇用も変質しつつある今、社会保障の重要性を強く認識する必要があるでしょう。


 なかには、社会保障を充実させるための財源なんかない、という意見もあるかもしれません。けれども社会保障というのは、市民生活を保障するためのものなので最優先して確保すべきものです。そもそも、日本の社会保障支出が他の国と比べて少ない現状を考えなくてはなりません。

 また、本当にお金がないのか議論する必要もあります。財務省の出している法人企業統計によれば、企業の純利益は平成18年度で合わせて約28兆円、平成24年度でも24兆円ほどあり、バブル期を上回る水準です。内部留保はおよそ280兆円に達し 、現預金も220兆円ほどになっています。

 企業の負担を増やすことには反対の声も多く聞かれます。企業の競争力が失われる、海外移転してしまう、というのがその理由のようです。ただ日本企業の法人税負担は、租税特別措置や繰越欠損金制度などによって表面税率より実質的に小さくなっています。不動産課税や社会保険料を加味すると、日本企業の税・保険料負担は国際的に見て小さいという指摘もあります 。

 また企業が海外に進出する際には、言語・文化・法制度の違い、為替、労働者の賃金、治安・インフラなど様々なことを考慮に入れるはずです。海外移転には税負担以外の要因が大きいのです 。

 繰り返しますが、社会保障制度へのニーズはますます高まってきています。社会保障制度はどうあるべきかという議論を深めていかなければならないでしょう。


○主要参考文献
後藤道夫『反「構造改革」』青木書店、2002年
渡辺治『「構造改革」で日本は幸せになるのか?』萌文社、2001年



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