聖書と翻訳 ア・レ・コレト

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(000)イザヤ書34章11節前半

2018年05月12日 | イザヤ書


イザヤ書34:11を従来の日本語訳聖書は、次のように翻訳しています。どれも同じ内容です。

文語訳 イザヤ34:11
鵜(う)と 刺猬(はりねづみ)とそこを 己がものとなし 鷺(さぎ)と 鴉(からす)とそこにすまん ヱホバそのうへに 亂(みだれ)をおこす 繩(なは)をはり 空虛(むなしき)をきたらする 錘(おもし)をさげ 給(たま)ふべし

口語訳 イザヤ34:11
たかと、やまあらしとがそこをすみかとし、ふくろうと、からすがそこに住む。主はその上に荒廃をきたらせる測りなわを張り、尊い人々の上に混乱を起す下げ振りをさげられる。

新共同訳 イザヤ34:11
ふくろうと山あらしがその土地を奪い/みみずくと烏がそこに住む。主はその上に混乱を測り縄として張り/空虚を錘として下げられる。

新改訳 イザヤ34:11
ペリカンと針ねずみがそこをわがものとし、みみずくと烏がそこに住む。主はその上に虚空の測りなわを張り、虚無のおもりを下げられる。


読んでも意味が分かりません。ウエブサイトを見ると『イザヤ書34:11は、エドムが破壊されたあと、野鳥がやって来て棲むようになるという意味だ。ここ11節は創世記1:2で使われた「トーフー ボーフー」が使われている。これは「虚無、空虚」という意味で、エドムが荒涼たる荒野になるという意味だ』。この様な解説が多いようです。

11節前半の『ペリカンたち』と、後半『虚空の測りなわ、虚無のおもり』と、どのような関係があるのでしょう?全く意味不明で、文脈が支離滅裂です。そこで、ヘブライ語を調べてみると、日本語訳は誤訳されており、聖書注解も間違った説明をしていることが分かりました。ヘブライ語が語る意味は次のようになります。

私訳 イザヤ34:11
不道徳と犯罪を繰り返す国エドム。律法を持たず、主なる神に従う者がいない背徳の国。



この記事の目次
・34章の輪郭
・ヘブライ語
・11節前半の解釈
・実は鳥(動物)の名前がよく分かっていない
・11節前半のまとめ


~34章の輪郭~

イザヤ書34章は、エドム王国の滅亡について書かれています。ここは、1~10節、11節、12~17節の3つに分けることができます。

1~10節
主の怒り、そして首都ボツラとエドム王国の滅亡が書かれています。ボツラはエドム王国の首都です。聖書註解書を見ると『恐らくボツラはエドムの首都であろう』と、曖昧な言い方になっているのですが、その理由がよく分かりません。『アモス1:12 わたしはテマンに火を送ろう。火はボツラの宮殿を焼き尽くす』つまり、ボツラに宮殿があると書かれているのですから、ボツラは首都ですよね。また、ヘブライ語聖書の中で『どこそこの国が亡びる』という場合、同時に首都名が併記される。そういう傾向があります。同じイザヤ書の8章をご覧ください。

イザヤ書8:4~6


シリヤの滅亡については首都ダマスコが代用語となり、北イスラエルの滅亡については首都サマリヤが代用語として表現されています。こうしたヘブライ語の特徴から、34章1~10節は、エドム王国の滅亡と、その首都ボツラの滅亡が書かれていることが分かります。


11節
主がエドム王国を破壊する理由が書かれています。34章の中で、エドムを滅ぼす理由が書かれているのは、ここ11節しかないので、意味上重要な節になります。エドムでどのような悪事がおこなわれていたか具体的な記述はありませんが、次のように理解することができます。

世界遺産に指定されたペトラ遺跡は、現在ヨルダン王国にありますが、ペトラは、かつてのエドム領内にあった街です。ペトラは陸の交易路に位置する街で、その当時、高価な香辛料が運ばれていたことが知られています。ペトラはかなりの経済力があり、野外劇場やプールを建設し、大規模な土木工事をおこない、水路が造られています。現代でいえば、さしずめ、アメリカのラスベガスといったところでしょう。ボツラがどのような街だったのかよく分かっていませんが、ペトラを参考にイメージしてみると良いでしょう。

ペトラ遺跡

netours.com Pool and Gardenより引用

荒野が広がる中東地域において、井戸があったり、水路があるところは特に貴重です。そこは集落になり、旅する人が足を休める宿場町になります。当時の輸送手段はラクダで、ラクダは一週間水なしで歩くことができます。カラカラに喉が渇いたラクダは、110~190ℓ(2ℓペットボトル55~95本)もの水を、10~15分で飲み干します※。
※英語のサイトから引用。喉が乾いたラクダが飲む水の量は、30~50 gallons(110~190ℓ)。

エドム国内には、飲料水が豊富に飲める街がいくつかあって、そこが宿場町となっていたのではないでしょうか。古今東西、宿場町に男性が集まると『飲む打つ買う』がおこなわれます。また、旅人のお金や、商隊が運ぶ高価な品物を狙った強盗も出没したことでしょう。性の乱れ、生まれた赤ん坊を捨てる、殺す。金銭欲と暴力。こうした不道徳と犯罪を肯定する価値観で造られたのがエドム王国であった。そのように推察します。解釈が飛躍しているように思われるかも知れませんが、この様に解釈する根拠は、ヘブライ語聖書と70人訳聖書の中にあるので後述いたします。

預言者エレミヤも、エドムの滅亡を次の様に書いています。
新改訳 エレミヤ49:7
エドムについて。万軍の主はこう仰せられた。「テマンには、もう知恵がないのか。賢い者から分別が消えうせ、彼らの知恵は朽ちたのか。

エレミヤは、テマンの街を『知恵の街、賢い街』と皮肉を込めて表現しています。様々な国の人が行き交う宿場町であれば、世界中のうわさ話しや情報が集まります。政治、経済、学問の分野でも頭脳明晰な人材がいたことでしょう。テマンは『知恵の街、賢い街』でしたが、知恵や賢さは人を傲慢にします。エレミヤは、エドムの傲慢さを指摘しています。

エドム周辺地図

ボツラとテマンの位置については諸説あり。


12~17節
12節以降は、宮殿の破壊について書かれています。1~10節が、ボツラ、エドムに関する内容で、12節から宮殿に関することが書かれています。この様に表現されると、34章前半と後半は、違う場所のことを書いているという印象を日本人に与えます。こういう翻訳の仕方は、日本語として不適切です。『ボツラの破壊、エドムの破壊、宮殿の破壊』というのは、『エドム王国が破壊される』ことを、違うことばで言い換えてるだけです(忌避の規則によって代用語が使われている)。

以上検討してきた内容をまとめます。
34章の輪郭
・ボツラ、エドム王国、宮殿は、忌避の規則による代用語である。
・11節は、主がエドムを破壊する理由が書かれている。
・エドムは、かつて交易路にある国として栄えていた。
・エドムでは、不道徳と犯罪がおこなわれ、かつ傲慢であった。

世界遺産ペトラ遺跡
Esau Structures: Petra is Mount Seir



~ヘブライ語~

イザヤ34:11ヘブライ語の輪郭を描いてみます。何度も申し上げてることですが、細かく文法解釈をしてはいけません。誤訳になるからです。
Biblehub.com
aoal.org 発音



『鳥、巻尺、下げ振り』は比喩として表現されています。表(おもて)と裏(うら)両方の訳文を作ってみます。

表の解釈 私訳 イザヤ34:11
ペリカン、サギ、フクロウ、カラスがエドムに来て棲家(すみか)を造った。巻尺も、下げ振り(さげふり)も使わずに。

裏の解釈 私訳 イザヤ34:11
不道徳と犯罪を繰り返す国エドム。律法を持たず、主なる神に従う者がいない背徳の国。


וִירֵשׁ֙וּהָ֙ ビレシューハー(3423)
所有する、手に入れる

קָאַ֣ת カアート(6893) qaath
ペリカン、サギ、フクロウ。不浄の動物、レビ11:18、申命記14:17。

וְקִפֹּ֔וד ベヒポード(7090) qippod、kippod
サギ、ハリネズミ。不浄の動物だと思われるがレビ記に記載なし。

וְיַנְשֹׁ֥וף ベヤンショープ(3244) yanshuph
オオフクロウ。不浄の動物、レビ11:17、申命記14:16。  

וְעֹרֵ֖ב ベオレーブ(6158) oreb
カラス。不浄の動物、レビ11:15、申命記14:14。

יִשְׁכְּנוּ־בָ֑הּ イシュケヌー・バー(7931、in)
住む、棲家(すみか)を造る 

וְנָטָ֥ה עָלֶ֛יהָ ベナター アレハー(5186、5921)
計測する、あてがう

קַֽו־תֹ֖הוּ カーイ・トーフー(6957、8414)
巻尺がない、律法を持たない。ヨブ38:5、イザヤ44:13、哀歌2:8参照。

וְאַבְנֵי־בֹֽהוּ׃ ベアブネー・ボーフー(68、922)
下げ振りがない、主なる神に従う者がいない。

11節を前半と後半の二つに分け、詳しく説明させていただきます。


~11節前半の解釈~

・・・וִירֵשׁ֙וּהָ֙ קָאַ֣ת וְקִפֹּ֔וד וְיַנְשֹׁ֥וף וְעֹרֵ֖ב יִשְׁכְּנוּ־בָ֑הּ
ビレシューハー カアート ベヒポード ベヤンショープ ベオレーブ イシュケヌー・バー・・・

表の解釈 私訳 イザヤ34:11前半
ペリカン、サギ、フクロウ、カラスがエドムに来て棲家(すみか)を造った。・・・

裏の解釈 私訳 イザヤ34:11前半
不道徳と犯罪を繰り返す国エドム。・・・


先ず、表(おもて)の解釈をしてみます。ヘブライ語の語順通り直訳すると『ペリカンとサギがエドムを手に入れ、フクロウとカラスがそこに棲んだ』となります。新改訳はこの様に翻訳しています。この直訳文は『先にペリカンとサギがエドムの所有権を得た。そのあとフクロウとカラスがやって来てエドムに棲んだ』という意味になります。これはダメな訳文です。何故なら『ビレシューハー 所有する』と『イシュケヌー 棲む』は、似ている意味を持つ動詞です。これは『所有する』、『棲む』別々の意味を表しているのではなく、忌避の規則によって、違うことばで言い換えてるだけです。主部(主語)は4つの鳥がワンセットになっていると解釈しなければならないので、表の解釈は『ペリカン、サギ、フクロウ、カラスがやって来て、エドムに家を建て棲みついた』という意味になります。この訳文は、次のようなイメージになります。

直訳文が語るイメージ


もし、表の解釈で事足りるのであれば、表の解釈で正解ですが、これはヘブライ語が語る本意とは違うものなので誤訳になります。

ユダヤ教徒のウエブサイトに『ラビに質問』というコーナーがあって、次のような投書がありました。
『Q 犬をペットとして飼って問題ないですか?』
『Q ある観光地で、ロバの背中に乗る、乗ロバ体験があるのですが、乗っても問題ないでしょうか?』

これは、実際に現代のユダヤ人が抱える悩みや疑問です。律法(トーラー)によると、犬は不浄の動物ですから、ペットとして犬を飼って良いのかどうか、躊躇(ちゅうちょ)するということです。もし、飼っていた犬が死んだ場合、死体にさわると自分がけがれてしまうので、死体の処理に困ります(レビ11章)。ロバについては、母ロバが生む最初の子ロバは、(とさつ)して神に捧げることになっています。もし、子ロバを生かしておくのであれば、身代わりに羊を犠牲として捧げなければなりません(出エジ13:13)。こうした手続きを経てない子ロバは、不浄な動物ですから、ロバの背中に乗ることができない、躊躇するということです。

動物に対し、日本人とは全く異なるものの見方、感じ方をしていますよね。ここから学んでいただきたいのは、ユダヤ人が動物を見る場合、真っ先に思い浮かべるのは、それが『清い動物か、清くない動物か』ということと、清くない動物に対する嫌悪感や恐怖心です。ユダヤ人は数千年にわたりこうした文化、価値観を受け継いでいます。不浄の動物に対しユダヤ人が抱くネガティブな感情を、日本人は全く持ち合わせていません。

さて、11節4つの鳥(動物)は、律法上不浄の動物ですから、イザヤはこの4つの鳥に、憎しみと嫌悪感を込めて書いたということが分かると思います。11節を読んだユダヤ人も、憎しみと嫌悪感を抱いて読んでいるのです。新改訳は『ペリカンと針ねずみがそこをわがものとし、みみずくと烏がそこに住む』ですが、これは動物の名前を羅列しただけです。日本人がこれを読んでも、そこに憎しみや嫌悪感が含まれていることを理解することができません。日本人が理解できるよう、ちょっとばかり意味を膨らませて翻訳するなら『不道徳と犯罪に酔いしれたエドム人。連中は不浄のケモノだ。ペリカンのようにあらゆる悪事をむさぼる。サギのように人をだまし、フクロウのように夜な夜な獲物を探す。エドム人はカラスのように腹黒い』このようになるでしょうか。

ヘブライ語の中に、憎しみや嫌悪感を直接表現する単語がないのは事実です。しかし、ユダヤ人が嫌う鳥の名前(不浄の動物)を、4つ列挙したところに、憎しみや嫌悪感が込められてるのです。

4つの鳥に込められたイメージ 


一見して、筆者の感情を表現する単語がない文であっても、行間に感情が埋め込まれている、こういうことが、しばしばあります。この隠された感情表現を、モダリティといいます。同じ文化圏であれば、モダリティを理解することができますが、異なる文化の人に、モダリティを読み取ることは困難になります。翻訳をする場合、隠されたモダリティを言語化し補わなければならない、そういう場合がしばしばあります。これはヘブライ語に限ったことではありません、どの言語にもあることです。言語というものは、直訳できない仕組みになっています。これが、創世記11章の言語の混乱(バラル)です。

『不道徳と犯罪を肯定する価値観で造られたのがエドム王国であった』ということを『34章の輪郭』で書かせていただきました。その根拠の一つは『4つの鳥(不浄の動物)』にあります。


~実は鳥(動物)の名前がよく分かっていない~

11節は『カアート ベヒポード ベヤンショープ ベオレーブ』と4つの鳥(動物)の名前が並んでいます。中でも『カアート ベヒポード』は解釈が混乱していて、意味が確定されていません。一番困るのが『ベヒポード』です。ほかの3つの動物は、レビ記に不浄の動物として書かれているので、的を絞ることができますが、『ベヒポード』はレビ記に登場しないからです。



不道徳と犯罪がまん延するエドムは、滅ぼされる。この文脈で、不浄の鳥『カアート ベヤンショープ ベオレーブ』3つが列挙されているので、残る『ベヒポード』も不浄の鳥(動物)であろうと推測できます。英語のサイトを見ると『この4つの動物は渡り鳥である』と解説するものがありますが、そこまで深読みできる根拠はなく、そうする必要もないでしょう。大切なのは、4つとも『不浄の動物』だという理解です。


~11節前半のまとめ~

以上検討してきた内容をまとめます。
・11節は、主がエドムを破壊する理由が書かれている。
・4つの動物は、はっきりと意味が確定できないが、4つとも不浄の動物(鳥)だと思われる。
・不浄の動物は比喩になっていて、エドム国民が、不道徳と犯罪を繰り返してきたことを意味する。
・表の解釈で翻訳すると日本人に理解できない訳文になるので、裏の解釈で翻訳する。

11節前半は、次のように翻訳しなければなりません。

私訳 裏の解釈 イザヤ34:11前半
不道徳と犯罪を繰り返す国エドム。・・・



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