8月31日夜、女優の綾瀬はるかさんが新型コロナウイルスに感染し、入院中であることが報じられると、ネット上には次々に心配の声があがりました。
しかし、そのムードはすぐに一変。ニュースのコメント欄は、「芸能人ならすぐに入院できるんですね」「公平・不公平というものを考えさせられる」「上級国民だから」などの批判的なコメントで埋め尽くされ、それぞれ数百件の「そう思う」が押されていました。
その後も綾瀬さんを心配する声より、批判のほうが目立つ状況が続いていますが、引き合いに出されているのが、受け入れ先がなく入院できない人や、自宅療養中に亡くなった人に関するニュース。
綾瀬さんとそれらの人を比べて「命の選別がされている」と批判しているのですが、この見方は正しいのでしょうか。そして、なぜ人々はこれほど綾瀬さんをバッシングしたい心境になっているのでしょうか。
発表の遅れで最悪のタイミングに
綾瀬さんの所属事務所・ホリプロは、下記の「ご報告」を発表しました。
翌日、念のため都内クリニックでPCR検査も受けましたが陰性。症状は治まっていましたが、その後発熱が続き抗原検査をしたところやはり陰性。
しかし26日、再診し抗原検査をしたところ、新型コロナウイルスの陽性反応が確認されました。
自宅療養をしていましたが、肺炎の症状が見られたため都内病院に入院。現在は回復に向かっております。
濃厚接触者に当たると思われる方々には個別にご連絡をしております。
今後とも医療機関・保健所の指示を仰ぎながら、回復に専念するとともに、私どもとしましては、より一層感染拡大防止に努めてまいります。
その他メディア報道では、綾瀬さんについて「ワクチンについては仕事の兼ね合いで未接種だが、9月に1回目を予定していた」などと報じられています。
時系列で書かれた文章は、他の芸能人より詳細にわたり、一見何の問題もないように見えますが、明らかなミスが表れていました。それは「陽性反応が確認された」という26日にすぐ発表しなかったこと。その段階であればまだ綾瀬さんは自宅療養中であり、批判の理由である“入院”という事実はなかったのです。
そもそも所属事務所が綾瀬さんの入院を発表したのは、人々が“入院”というフレーズに過剰反応する最悪のタイミングでした。これまで感染を発表した大半の芸能人は、「PCR検査を行った経緯(発熱、テレビ出演の際、濃厚接触者だから)」「陽性が確認された日付」「保健所・医療機関の指示に基づいて治療していくこと」の3点をつづっています。
綾瀬さんもすぐに発表していればその3点だけでOKでした。その後、入院したとしても、仕事の事情さえなければわざわざ発表する必要性はなく、現在のようなバッシングは避けられたのではないでしょうか。たとえば、何らかの不祥事ならすべてを正直に明かすことが危機管理の鉄則ですが、コロナ感染は誰にでも起こりうることであり、もちろん悪いことではありません。
もし週刊誌などに「実は入院していた」などと報じられたとしても、ただ明かしていなかっただけで「隠蔽」というイメージは持たれないでしょう。何より、人々が“入院”というフレーズに過剰反応している最悪のタイミングを避けられたことは間違いないのです。
コロナに感染した芸能人のコメントで「現在は自宅療養中」という記述がない人は、入院している可能性もありえるでしょう。もしそうだとしても決して嘘をついているわけではなく、必要最低限の発表をしているだけに過ぎないのです。
批判の前提は臆測と思い込み
では「芸能人がコロナ感染で入院した」ことに対するバッシングはどう見ればいいのでしょうか。
まず前提として忘れてはいけないのは、「批判のほとんどが憶測や思い込みに基づいている」こと。「綾瀬さんが芸能人だから入院できた」も、「一般人は入院できない人ばかり」も、信ぴょう性に欠けるところがあります。たとえば、これを書いている私の周囲だけでも「すぐに入院できた」という一般人の事例を4人も聞いていますし、同じことが日本全国にありえるでしょう。
ワイドショーなどが報じている入院できない人もいるが、入院した人もいる。また、病床使用率が高い地域でも、タイミング(運)、人脈、お金など、さまざまな要素があって入院できるか、できないかに分かれている。芸能人でもなかなか入院できなかった人が何人かいたことも含めて、そう考えるのが自然です。
タイミング(運)以外の人脈やお金に関しても、所属事務所や綾瀬さんが批判される理由として適切とは言えません。もし憶測や思い込みの通り、所属事務所が人脈やお金を使って入院先を手配したとしても、それは企業努力であり、優れた危機管理によるものに過ぎないのです。
綾瀬さん本人に目を向けても、これまでの頑張りや実績、現在の人気やスキルによるところが大きく、それが危機的状況のときに生かされたというだけ。ずるいことをしたわけでも、罪を犯したわけでもありません。
こういうとき高所得者は叩かれがちですが、彼らは日ごろお金を得ている分、税金や社会保険料を多めに支払わなければならない立場でもあります。平等・公平を保つために、全体で支え合ってバランスを取る仕組みがあって資本主義社会は機能しています。
憶測や思い込みに話を戻すと、バッシングの声をあげている人々は、綾瀬さんの病状がわかっていないはずです。さらに、どれだけ苦しい思いをしているのかもわからない。もしかしたら言わずにいる基礎疾患などがあるかもしれない……そんなわからないことだらけであるにもかかわらず、入院しただけでバッシングしてしまうのは、あまりに短絡的すぎるのです。
政治家への不信が芸能人に飛び火
最後に、批判の声をあげる人たちが掲げる平等・公平について、もう少し掘り下げてみましょう。
国や自治体が人々の命を平等・公平に扱うのは当然であり、これは守られるべきこと。しかし、個人としては平等・公平ではなく、自分や大切な人の命を優先し、そのために努力することも当然であり、守られるべき権利でしょう。とりわけ綾瀬さんのような多くの人々の生活にかかわる重要人物なら、その命を守ろうと力を尽くす人がいるのは当然です。
もし世間の人々と綾瀬さんが「平等・公平ではない」と言うのなら、それは「綾瀬さんをサポートしたいという人が多い」というだけのこと。もともとワクチン予約1つ取っても、ネットを使えない人は苦労しているように、コロナ関連でも平等・公平とは言えないことが少なくありません。「平等・公平ではない」と綾瀬さんを批判している人々も、ワクチン予約などで自分が得ている優位性に気づいていないのです。
ただ、人々が「常に芸能人トップクラスの好感度を保ってきた綾瀬さんを批判する」「やみくもに平等・公平を主張する」などの言動に走る気持ちも理解できないわけではありません。
長期にわたる自粛生活の要請、医療現場のひっ迫を防げなかったこと、ワクチン接種の遅れ、子どもの運動会を中止させるのにオリンピックを開催するなど、国や自治体のやり方に不信感が募ったことで心が荒んでいるのでしょう。綾瀬さんへのバッシングに「上級国民」というフレーズが使われているのも、政治家への不信感が含まれていたからではないでしょうか。
「自分目線で得か損か」を決めているだけ
そういう背景があるため、コロナ関連のニュースでは「けしからん」と怒りたくなる心境こそ理解できますが、だからと言ってそれを罪のない個人にぶつけるのは大問題。自分は正義感に基づいて平等・公平を主張しているつもりでも、けっきょく「自分目線で得か損か」を決めているだけのケースが多く、視野が狭くなっているのです。
入院しただけでバッシングを受ける状態が続くほど、個人が個人を攻撃し合う生きづらい世の中になっていくだけでしょう。よほど行動に問題があった人を除けば、コロナ感染した人に対しては、「お大事に」「早くよくなりますように」と声をかける優しい世の中であってほしいものです。