倉敷子猫の芸能ブログ

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ジャンプ 高梨沙羅 スーツ規定違反 高地での調整に難しさが

2022年02月08日 | 芸能

北京オリンピックスキージャンプ混合団体の1回目、日本の1人目を飛んだ高梨沙羅選手は、100メートルを超える大ジャンプをしましたが、その後、ジャンプスーツの規定違反で失格となりました。

高梨 涙流しながら「申し訳ございません」と繰り返す

高梨沙羅選手は失格とわかったあと関係者に付き添われて取材エリアを通った際に涙を流しながら「申し訳ございません」と繰り返し述べて、深く頭を下げていました。

2回目は98メートル50を飛ぶ

高梨選手は2回目のジャンプで、98メートル50を飛んで着地すると口に両手を当てて、ゴーグルの奥に見えた目は涙ぐんでいる様子でした。
そして、すぐにしゃがみ込んだあと立ち上がると中継のカメラに向かってしばらく深々と頭を下げていました。

「NHの時と同じスーツだが太もも周りが2センチ大きかった」

ジャンプ女子日本代表の鷲澤徹コーチは高梨沙羅選手のスーツの規定違反について「太もも周りが2センチ大きかった。オリンピックなのでスーツもギリギリを攻めている。1回目で着ていたスーツは、ノーマルヒルの試合で着ていたのと同じスーツだ」と説明しました。

そのうえで「この会場は、非常に乾燥しているので体内の水分が微妙に影響したのかもしれない」と話していました。

混合団体で1回目を飛んだあとに失格となった高梨選手は、別のスーツに着替えて2回目を飛んだということです。

スーツの規定違反で5選手が失格に

混合団体では日本の高梨選手をはじめ、スーツの規定違反で失格となった選手が相次ぎ、今大会の新種目は波乱の展開となりました。

失格になったのは1回目では日本の1人目の高梨選手のほか、オーストリアの1人目のダニエラ イラシュコ・シュトルツ選手、ドイツの3人目で女子ノーマルヒルで銀メダルを獲得したカタリナ・アルトハウス選手、2回目ではノルウェーの1人目のアンナ オディーネ・ストロン選手と、3人目のシリエ・オップセット選手でした。

高地での調整に難しさが

試合が行われたジャンプ台は、標高1650メートルの地点にあり、1回目のジャンプが行われた午後8時ごろの気温はマイナス10度ほどで、湿度は38パーセントでした。ジャンプ台付近は、厳しい寒さの上、空気は乾燥していました。

日本代表の横川朝治コーチによりますと、このジャンプ台は空気が薄く浮力も得にくいため、スーツの大きさが飛距離に影響を与えやすく、メダルを争う強豪が規定ギリギリのスーツを着用するケースが多いということです。
 
日本選手の場合は、試合前の筋力トレーニングで筋肉が張った状態にした上でスーツを着て出場するということですが、空気が乾燥していて体内の水分が放出されやすく、寒さで筋肉が縮みやすくなったと分析しています。

横川コーチは「選手は何もわからないでスタートしている。ちゃんと合わせられなかったスタッフのミスだ」と話していました。

宮平秀治コーチは、現地での調整について「標高とともに気温も低く、体重の維持が難しい。水を飲んだりして体重を維持できるよう対処している」と難しさを説明しました。

伊藤有希選手も「体重が落ちて調整が難しかった」と振り返りました。

国際スキー連盟「ほとんどの選手が検査」

国際スキー連盟の吉田千賀レースディレクターは、NHKの取材に対し「測り方はいつもと一緒だ。スーツが個人戦のノーマルヒルと同じでも、その時に何を抜き打ちで検査されたかはわからない。選手によってはオリンピック仕様で新しいスーツを着ている場合もあるし、トップ選手は規定のギリギリのところまで攻めるスーツを着ているので、違反が出たのではないか」と分析しました。

そのうえで「個人戦でなく団体戦で、かぎられた10チームの選手だけなので、抜き打ちといってもほとんどの選手が検査されたため、多くの規定違反が出たのではないか」と種目が混合団体だったことも影響し、規定違反が相次いだとの見方を示しました。

最後のジャンプを見守ったその時は

1回目にスーツの規定違反で失格となった高梨沙羅選手は、日本の2回目、最後に飛んだ小林陵侑選手のジャンプを見守り、小林選手が106メートルの大ジャンプをすると手を2、3回たたいてしゃがみこみました。そして前に倒れ込みそうになりながら胸に手を当てていました。

しかし、最終順位が4位と確定したあとは日本の3人目の伊藤有希選手に抱きかかえられるような状態で、顔をその胸にうずめたまま、上げることが出来ない様子が見られました。
 
 
 
残念。ルールはルールなんでしょうが。

【速報】東京都で過去最多2万1576人感染 うち“みなし陽性”は589人 2万人超は初 病床使用率は51.4% 新型コロナ

2022年02月02日 | 芸能

新型コロナウイルスについて、東京都はきょう新たに2万1576人の感染を発表しました。

先週水曜日(1万4086人)と比べ7000人以上増え、1日あたりの感染発表としては先月28日の1万7631人を上回り過去最多となりました。2万人を超えるのは初めてです。

東京都はきょうから「検査を受けず、医師が感染と診断した」“みなし陽性”の患者も感染者として発表していて、きょうは2万1576人中、589人がみなし陽性の患者でした。

病床使用率は、きのう(50.7%)から0.7ポイント上がり、51.4%になっています。

年代別では、
▼10代未満が3300人
▼10代が2458人
▼20代が4039人
▼30代が3741人
▼40代が3496人
▼50代が2108人で、
重症化リスクの高い65歳以上の高齢者は1823人でした。

現在入院している感染者のうち、東京都の基準で「重症者」とされる人は、30人となっています。

また、新たに6人の死亡も発表されています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/5eea65537aa3831efc9843e20a924809ce06b33e

 
 
 
10歳以下の幼児・児童の感染が増えてます。家庭内感染なんでしょうが。

石原慎太郎元都知事が死去 近年は脳梗塞や膵臓がん患う

2022年02月01日 | 芸能

作家で元東京都知事の石原慎太郎さんが亡くなりました。89歳でした。

石原さんは1932年神戸市生まれ。一橋大学在学中に、夏の海辺を舞台に享楽的な生活を送る若者たちの姿を描いた小説「太陽の季節」で芥川賞を受賞しました。小説が映画化された際には、弟の石原裕次郎さんを俳優としてデビューさせ、大スター誕生のきっかけを作りました。

その後も作家として数々の小説を執筆し、三島由紀夫とも深い親交があったほか、裕次郎さんを題材にした「弟」は、ミリオンセラーになりました。

政治家としては、1968年に参議院議員に初当選。1972年には衆議院議員に転じました。福田赳夫内閣で環境庁長官を務め、竹下内閣では運輸大臣を務め、1995年に議員を辞職しました。

その後の1999年には東京都知事選に出馬。166万票を集めて当選し、記者会見での「都庁で会おうぜ」という発言が話題を呼びました。4期13年あまりの都知事在任中は、東京都の財政健全化や排ガス規制などの環境対策に力を入れたほか東京マラソンを国際的なイベントに育てました。

一方で、自主憲法制定や核武装の持論、中国への批判的な発言などが波紋を呼び、尖閣諸島をめぐっては、都知事在任中に東京都による購入計画を発表。その後の国有化を促す結果になりました。

石原さんは2012年、都知事を辞職して再び国政に返り咲きましたが、2年ほどで引退し、その後作家として活動を続けていました。

長男の伸晃氏は前衆議院議員、三男の宏高氏は現衆議院議員で、次男の良純氏は、俳優・タレントとして活躍しています。石原さんは近年は脳梗塞や膵臓がんを患うなど体調を崩していましたが、今日までに亡くなっていたことがわかりました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/b126b9f149d73ec31770365d35e4d52ee3f0156f

 

【石原慎太郎氏が死去】長男・伸晃氏と二男・良純氏も自宅へ

 
 
お悔やみを申し上げます。