とね日記

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宇宙の神秘 新装版:ヨハネス・ケプラー

2012年01月15日 16時26分26秒 | 天文、宇宙
宇宙の神秘 新装版:ヨハネス・ケプラー著、大槻真一郎+岸本良彦訳

江戸で物理学を説く: ニュートン力学 」の続きの記事を書くために下調べをしている。「天体の回転について:コペルニクス著、矢島祐利訳」にの次はケプラーの著作2冊を読むことにした。年が明けて仕事も始まり、読書に割ける時間が減ってしまったが、1冊目を読み終えたところ。

惑星の公転運動の法則を記述する「ケプラーの3法則」はまぎれもなくヨハネス・ケプラー自身による功績だ。これらの法則があったからこそニュートンは「万有引力の法則」を導けたと言ってよいだろう。

ケプラーの法則: 解説ページ
第1法則(楕円軌道の法則):惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
第2法則(面積速度一定の法則):惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である(面積速度一定)。
第3法則(調和の法則):惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。

この歴史的名著が3冊とも翻訳されたことの意義は極めて大きい。

ケプラーは多数の著作物を残したが、ケプラーの法則につながる代表的なものは次の3冊だ。(出版された年代は江戸時代が始まった頃。)

宇宙の神秘 新装版:ヨハネス・ケプラー著、大槻真一郎+岸本良彦訳」(初版は1596年、25歳のとき出版。第2版は1621年、50歳のとき出版。)日本語版は縦書き本。(レビュー記事
新天文学:ヨハネス・ケプラー著、岸本良彦訳」(1609年、38歳のとき出版):ケプラーの第1、第2法則を発表した本。
宇宙の調和:ヨハネス・ケプラー著、岸本良彦訳」(1619年、48歳のとき出版):ケプラーの第3法則を発表した本。日本語版は横書き本。

  


なお「新天文学(1609年初版)」のラテン語原典はこのページで閲覧できる。(その他の貴重書籍はこちら。)
http://www.kyoto-su.ac.jp/lib/kichosyo/kepler/index.html

ケプラーが25歳のときの処女作である本書は、想像していたとおり妄想に満ちたトンデモ本だった。後述する章立てからわかるように4分の3が「太陽系の惑星の軌道配置の多面体モデル」の主張と科学的根拠のない解説に費やされている。惑星の軌道半径の比率が、それぞれ内接、外接する正多面体によって決められているという「奇説」だ。本書ではこの多面体のことを「正立体」と呼んでいる。



それでもなお、このトンデモ本を読んでみようと思ったのは、球対称(つまり真円の軌道)にならざるを得ない多面体モデルを採用しつつ、彼が中心のずれた円軌道や楕円軌道に対してどのようなつじつま合わせをしたのかという疑問を持っていたからである。そしてもうひとつの疑問は、誤った前提(妄想)にとらわれていた彼が、どのような過程を経て正しい結論(第1~第3法則)にたどり着けたのかというものだ。

本書を執筆した時点では楕円軌道(第1法則)にはたどり着いていず、コペルニクスと同じように「中心のずれた円軌道」をケプラーは想定していた。

最初の疑問はあっさり解決した。このような惑星軌道の遠日点と近日点の距離の差を彼はお互いに内接、外接する多面体の頂点に接する「厚みのある球殻」を想定することによって説明していた。「ずれ」は「球殻の厚み」で吸収してしまえばよいのだ。

2つ目の疑問については、本書では解決しなかった。「新天文学」あるいは「宇宙の調和:ヨハネス・ケプラーヨハネス・ケプラー著、岸本良彦訳」で明らかになるのかもしれない。

「第13章:正立体に内接しまた外接する球の計算について」から実測に基づく惑星軌道との間の検証が始まる。ようやく自然科学らしくなってくるのだ。ところが正多面体モデルで求めた軌道半径と実測値では説明可能な惑星とそうでない惑星がでてきてしまう。残りの章は、不一致がでてくる惑星についての原因の説明に費やされる。

いや、説明というよりほとんどこれは「決めつけ」だ。不一致の原因は観測結果のほうに誤差や誤りがあるのだという主張に終始しているからである。

ケプラーの言うとおりなのかもしれないが、観測結果を厳密に検証しているわけではないから根拠に乏しい。結局「多面体モデルは神の摂理、ユークリッドやピタゴラスの幾何学に沿っている美しいものだから信じてほしい。」と結論づけてしまっている。

精密な天体観測を行ったチコ・ブラーエにケプラーが出会うのは本書出版から4年後のことである。

「第20章:軌道に対する運動の比はどうであるか」に至って、ケプラーは惑星の軌道半径と公転周期との数値的関係を吟味するようになる。この研究は23年後に第3法則として結実するのだが、本書が書かれた時点では誤った理論が展開されている。

惑星が公転運動をするための源(彼自身はそれを「運動力」と呼んでいる)は太陽が惑星におよぼす「霊力」であると書かれている。太陽からの距離が遠いほどその霊力は衰えるから公転周期が長くなる。

軌道半径が長くなるほど公転周期が長くなることは、コペルニクスの時代にわかっていたことだが、「軌道半径の3乗と公転周期の2乗が比例する」数値的関係は導かれていなかった。そもそもこの当時、速度や加速度の概念は数学的に定式化されていなかった。

本書はラテン語の原本から直接日本語訳されたものだ。初版がでたのが1982年、新装版として復刊されたのが2009年のことである。科学史研究という立場からは重要な著作であるが、このようなトンデモ本を読もうとする学生は専攻が天文学だったとしても少ないに違いない。

にも関わらず本書が科学史に残る本とされているのには、次の2つの理由があげられる。

1)ケプラーが本書で見られるように強烈な妄想を持ち続けていたからこそ、その後も研究を進めケプラーの3法則の発見につながった。

2)本書の大半は妄想(奇説)についての記述だが、後半から数理的に天文学を研究しようという立場が明確に示されていた。つまり、中世までの思弁的な学問から近代科学への転換を象徴している本だと見なされるようになった。


全体的には本書より50年以上前の「天体の回転について:コペルニクス著、矢島祐利訳」のほうがずっと自然科学的な考え方をしている本だというのが僕の印象だ。


関連記事、関連サイト:

発売情報: 新天文学:ヨハネス・ケプラー
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e82e8d8fb7ee8f95a715bdf92301269e

松岡正剛氏も本書についてお書きになっているので、あわせてお読みいただきたい。

ヨハネス・ケプラー『宇宙の神秘』(松岡正剛の千夜千冊)
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0377.html

Johannes Kepler info(ケプラーについての総合情報サイト)
http://www.johanneskepler.info/

ケプラーの多面体宇宙モデル(天文古玩)
http://mononoke.asablo.jp/blog/2011/07/08/5947547


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宇宙の神秘 新装版:ヨハネス・ケプラー著、大槻真一郎+岸本良彦訳


献辞
読者への序

第1章:コペルニクス説の正しい理由とその説の解説
第2章:本論の概要
第3章:5つの正立体が2種類に分けられる理由および地球が正しく位置づけられている理由
第4章:3つの立体が地球のまわりを囲み、残りの2つが中に入る理由
第5章:立方体が正立体の第1のもので、最も高所に位置する[2つの]惑星のあいだにくる理由
第6章:木星と火星のあいだに正四面体がくる理由
第7章:第二次立体の序列と特性について
第8章:金星と水星のあいだに正八面体がくる理由
第9章:惑星間の立体の配置、それにふさわしい特性、立体から明らかにされる惑星相互の親縁性
第10章:いくつかの高貴な数の起源について
第11章:立体の位置と獣帯の起源について
第12章:獣帯の分割と星位
第13章:正立体に内接しまた外接する球の計算について
第14章:本書の第一の目的、すなわち5つの正立体が諸軌道のあいだにくることの天文学的証明
第15章:距離の補正と、プロスタパイレシスの差異
第16章:月に関する私見および立体と軌道の素材について
第17章:水星に関する補説
第18章:全体として見たときの、正立体から算出されるプロスタパイレシスとコペルニクスのそれとの不一致について。および天文学の精確さについて
第19章:個別的に見たときそれぞれの惑星に残っている不一致について
第20章:軌道に対する運動の比はどうであるか
第21章:諸数値が不整合であることから何が推論されるか
第22章:等化円の中心から見ると惑星が一定の速さで動く理由
第23章:天文学より見た宇宙の始めと終り、およびプラトン年について

ヨハネス・ケプラー年譜・参考文献
後記:幾何学精神に導かれて(大槻真一郎)
索引



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新天文学の和訳 ()
2012-05-06 12:55:20
こんにちわ。ブログ楽しく拝見させていただいてます。新天文学の和訳は未訳とありましたが訳者の岸本良彦さんが全訳されていましたよ。明治薬科大学研究紀要上に投稿されていました。もしかすると『本』として公刊されてはいないという意味で、もうすでにご存知であればすみません^^;出過ぎたまねをお許しください。

私はケプラーの火星軌道の決定に興味があり色々調べた時がありました。ケプラーが新天文学で述べたとされる、楕円軌道の法則。結論は理解できますが、ケプラーがいかにして、『具体的に』どのようにして、その法則を見いだしたのかということに関心があります。アインシュタイン選集3の中でアインシュタインもケプラーの第2法則の発見の仕方を説明してくれていたり、朝永振一郎さんも物理学とはなんだろうかの中で説明してくれていたりしますが(ほかの書物でも)、でも調べれば調べるほどにそれらの説明では不十分なのではないか、との思いに駆られました。このことは余裕と余時間のあるときにまた追求しようと思う課題です。と、ながながと自分の興味を書いてしまい申し訳ございません。第2法則について調べるうちに新天文学も読みたくなりまして、日本語訳を発見しました。あの時はとても嬉しかったです。なぜ新天文学は発売されないんですかね?

どうも失礼いたしました。テレポーテーション理論の征服頑張って下さい!!
返信する
Re: 新天文学の和訳 (とね)
2012-05-07 09:35:27
福さんへ

「新天文学」の和訳が同じ訳者によって全訳されていることを教えていただき、ありがとうございました。本として出版されていないので未訳なのだろうと早とちりしていました。
今回教えていただいた内容をブログ記事本文中に追記させていただきました。この全訳が出版されるとよいと思っています。

ケプラーが彼の法則に至るまでにはチコ・ブラーエによる膨大な観測結果に基づく計算が必要ですから、新天文学(ラテン語あるいは英語)を読まない限り、アインシュタイン先生にせよ朝永先生にせよ、その本当のところは知りえないことなのでしょう。生きていた年代を考えるとケプラーが惑星の軌道を決定するためにガウスの最小二乗法を使えたはずはありませんから。というよりニュートンや天体力学を創始したらプラスさえも生まれていなかったわけですから。。。

「新天文学」の日本語版が出版されたら、またブログ記事にしたいと思います。

> テレポーテーション理論の征服頑張って下さい!!

ありがとうございます。頑張ります!

返信する
Unknown ()
2012-05-07 21:09:47
こんばんは。以前どこかでケプラーの新天文学がトンデモ本だ、みたいな文章にでくわしました。私としては、神秘、調和、新天文学のうちで一番まともだと思うんですが…新天文学がトンデモ本だとする世の思い込みが出版にいたらない原因かもしれません(最も読みたいのに)。まあそれは需要とか採算とかいろいろ関わるものでもあるだろうし、私独りのマニアックな願いでどうなるものでもないですね。(工作舎さんにちょっと期待)。

このような拙コメントにコメント頂きありがとうございました。
返信する
福さんへ (とね)
2012-05-07 21:28:01
ケプラーの第1、第2法則を世に示したという意味で「新天文学」が科学史上貴重な本だという事実は揺るぎないですよね。
僕も「新天文学」日本語版を待ち望んでいるひとりです。

「宇宙の神秘」は惑星軌道の正多面体理論、「宇宙の調和」は惑星が奏でる音楽、というところが「トンデモ」の印象を広める原因になったのでしょう。僕自身も「宇宙の調和」は(そのトンデモさゆえに)まだ読み始めていません。第3法則を示している部分だけでも読もうと思っています。

> このような拙コメントにコメント頂きありがとうございました。

いえいえ、とんでもないです。年明けから天文関連書籍の記事をいくつか書きましたが、物理ブログランキングの推移を見る限り天文記事は人気がなかったようなので、僕としては嬉しい限りです。
物理学を専攻している人にとってはニュートン力学以降が重要なわけですし、関心がもてないのはわかる気もします。

中学、高校時代から天体の軌道計算の本に馴染んでいた僕にとっては「惑星の位置の観測結果から楕円軌道を導くまでの過程」もニュートンの力学法則と同じくらい大切なことに思えるからです。

「ラプラスの天体力学」の日本語版も第2巻以降の発刊が遅れていますが、第5巻まで着実に完成してほしいですね。
返信する
Unknown ()
2012-05-12 06:33:05
こんにちわ。宇宙の調和は分厚くて完読は難しいですね。私も第3法則の部分だけ読もうと近くの図書館でコピーしました。(あ~読むつもりだったのに…書類の山に眠っています)

それからラプラス天体力学。これも注目中の書籍です!大著ゆえに悪戦苦闘されているんでしょうね。訳者の竹下貞雄さんはフーリエやらアポッロニオスを訳してしまうとかすごい人だと思います。今回も必ず完成させてしまうと思います。確か山本義隆さんの重力と力学的世界でしたでしょうか、ラプラスの惑星系の安定性証明が詳しく記述されてて、でもチンプンカンプンでした。また天体力学で該当部分をじっくり読んでみたいものです。それでは。
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