とね日記

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解析力学(久保謙一著、裳華房)

2007年09月29日 19時39分08秒 | 物理学、数学
朝永先生の量子力学IIIを読んでいたとき、ラグランジアンやハミルトニアンと呼ばれる式がでてきて、何となくわかったようなつもりで進んでしまった。後で知ったのだがこれは「解析力学」という物理の分野の話だった。これまでにも解析力学という言葉は何度か耳にしていたが、ファインマン物理学(力学)で部分的に知っていたにすぎない。また数学で「関数解析」という分野があるがこれと混同していたのも恥ずかしながら本当のことである。

つまり僕はこれまで解析力学を勉強したことがないことに気づいたわけだ。それがこの「解析力学(久保謙一著、裳華房)」を読むことになったきっかけである。

解析力学とはニュートンによって完成された古典力学を一般化し、数学的によりシンプルで解きやすい式にまとめなおしたものである。古典力学の本質は17世紀にニュートンが書いた「プリンキピア」にすべて含まれているが、それを現代風の方程式にまとめあげたのはオイラーである。ニュートン力学ではX軸、Y軸、Z軸を基準としたデカルト座標で、質点の位置や運動量、エネルギー、力などを記述していたため運動を制約する条件が少しでも複雑になると、運動方程式も複雑になって解くのが困難になるという問題を抱えていた。物理現象には直進運動もあれば放物運動、回転運動、単振動などさまざまあり、ニュートン力学では運動方程式もそれぞれ別なものを立てなければならない。

解析力学が発展したのはニュートンの時代から100年後のことである。今回読んだ「解析力学(久保謙一著、裳華房)」では以下のような順番でニュートン力学を一般化していく。一般化というと難しく聞こえるが、さまざまな物理運動をはじめ、電子や電磁波の運動さえも統一して万能な運動方程式を導くのだ。解析力学によって複雑な物理の問題をこの万能方程式からエレガントに解けるようになっただけでなく、古典力学を自然な形で量子力学に導いていったことはより重要な歴史的事実なのである。

第1の山は運動力学を記述する基本要素である「座標」の理解である。デカルト座標極座標で代表的な運動方程式を書くことからはじまり、一般的な直交した曲線で構成される一般化座標という考え方を紹介する。また運動方程式を一般化座標で記述した場合に得られる一般化運動量、一般化速度、一般化力などを式で表現する。

第2の山では解析力学の2大形式であるラグランジュ形式とハミルトン形式を学ぶ。ニュートンの運動方程式に変分原理を適用して得られるラグランジュ形式は一般化座標とその時間微分を変数として持つ偏微分方程式で、ハミルトン形式は一般化座標と一般化運動量を変数として持つ偏微分方程式だ。これを用いて力学の原理と問題を見直す。これによって解析力学の有効さ、スマートさを理解できるようになる。また、空間の認識は位置的な空間から位相的空間へと発展する。

第3の山は「正準変換」である。ハミルトン形式から導かれる「ハミルトンの正準方程式」に従ってある一般化空間(たとえばデカルト座標)の一般化運動量と一般化座標の組をを別の一般化空間(たとえば極座標)の一般化運動量と一般化座標に変換を行うことができ、1つの変換に対して1つの「母関数」が対応することを学ぶ。また有限個の質点の運動はまとめて一般化された位相空間内の1点の軌跡としてあらわされる。単振動などの周期運動は位相空間内の閉曲線となる。

第4の山が量子力学への扉をこじ開ける場面である。ハミルトンの正準方程式から「ハミルトンーヤコビの偏微分方程式」が導かれる。これに対して変分原理を適用すると量子力学で有名な「シュレディンガーの波動方程式」が導出されるのだ。正準変換の極端な場合に導かれる方程式が、量子力学の基礎方程式につながっていく不思議さに、かつての量子力学の先駆者たちとの共感を覚えるであろう。ここに至って古典力学から量子力学への飛躍の過程で解析力学が果たした役割が見えてくる。量子力学は古典力学と連続的につながっているものではなく、量子化というジャンプが必要だった。解析力学の理論体系が築き上げられ、頂点に達するところで量子の現象、量子化の手続きが見えてきて、一挙に量子力学の入り口が開かれた。

ニュートン力学を一般化した形に書き直すことによって解析力学は発展したわけだが、その過程で新しい物理的条件は加えられていない。あくまで数式を変形していくだけで、そこから運動量や座標、エネルギーなどの意味をより一般的でシンプルな数式で理解できるようになる。そして解析力学の数式が量子力学に自然な形で結びついていく事実を目の当たりにするとき「正確で緻密な知識の積み重ね」が「不思議な量子世界」に通じていく物理学の魅力にとらわれてしまうのだ。不思議の主体は自然のほうであって物理学ではないはずなのに。

解析力学は数式なしには説明できない。ニュートン力学の数式による一般化がその本質だからだ。インターネットでこれがどのようなものかを知りたい方には「EMANの物理学 解析力学」をお勧めする。今回読んだ「解析力学」と内容が70%ほど重なっているのでネットで勉強してからこの本を読むといいのではなかろうか。また「ときわ台学/変分原理と解析力学」もお勧めだ。

話はそれるが、僕が勘違いをしていた「関数解析」とは数学の一分野であり、周波数解析などに用いられるフーリエ変換、フーリエ解析などの基礎となる「関数空間」、それを無限次元に拡張した「ヒルベルト空間」、「バナッハ空間」などの理論、数学的アプローチのことである。座標によって表される通常の空間の概念を関数と関数の抽象的な直交性を基礎とする「関数が張る抽象的な空間」と考え、これを無限次元に拡張していくのだ。この考え方は量子力学を数学的に裏付ける意味で大切な役割を果たしている。僕は大学3年のときにこの科目を履修した。「作用素代数入門」という教科書で著者の梅垣先生みずから教えていただいた。タイトルが「入門」だったのでついていけると思ったのだが、物理現象と離れて数学オンリーで行われた証明の連続で10ページほどで挫折したのを覚えている。量子力学の知識が皆無で、フーリエ変換すらおぼつかなかった当時の僕は関数が張る空間を勉強して、いったいどんな役に立つのだろうと全くその重要性を理解できないままその1年間を終えてしまった。僕にとってはちょっとしたトラウマであり、再チャレンジするにはかなりの度胸が必要な教科書である。

要約すれば「関数解析」は空間を抽象化したものであるのに対し、「解析力学」は古典力学を一般化したものである。

最後に今回読んだ「解析力学(久保謙一著、裳華房)」の目次を記しておく。各章の最後に挿入されているコラムも興味深く、本文の理解を助けている。

第1章:座標と座標変換
デカルト座標
極座標と速度、加速度
3次元の極座標系
直交曲線座標
一般化運動量と正準共役変数
一般化された力
演習問題

第2章:ラグランジュ方程式と変分原理
ラグランジュ方程式
ラグランジュ方程式の適用
回転座標系とオイラー角
回転系での運動方程式
変分原理とオイラーの方程式
仮想仕事の原理
作用積分の変分
電磁場のラグランジアン

第3章:ハミルトンの正準方程式
ハミルトニアン
ハミルトンの正準方程式
位相空間と運動の軌跡
極座標によるハミルトニアン
ポアッソン括弧と保存量
演習問題

第4章:正準変換
位相空間の面積
リウヴィルの定理
正準変換
正準変換の形式と母関数
正準変換不変量
正準変換の必要十分条件
演習問題

第5章:量子力学への導入
ハミルトンーヤコビの偏微分方程式
正準共役変換と前期量子論
水素原子の前期量子論
エネルギーの量子化
固有エネルギーとエネルギー素量の関係
演習問題

第6章:量子力学の基礎方程式
古典的波動方程式
シュレディンガーの波動方程式の理解
ハミルトンーヤコビの偏微分方程式からの導出
時間を含むシュレディンガー方程式
ハイゼンベルクの方程式
演習問題

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ありがとうございました。 (なぜなぜ坊)
2014-09-14 14:49:35
自分にとりまして、量子力学関係の文章などを読むと必ず目にする、ラグランジアンとかハミルトニアン、偏微分記号などは、ずっと意味不明な記号概念でした。出てくるたびに思考停止で、数式はすべてパスでした。(はい、自分の数学は30年以上前の数Ⅰでほぼ止まっており、物理もⅠまでです。)
でも、この文章をプリントアウトして、用語の意味を考えながら丁寧に読み解くことで、お陰様でおぼろげながら、「定量的に」は無理ですが「定性的に」なら、なんとなーくつかめるものがあり、嬉しかったです。(Wijkiなどの説明では無理でしたので。でも、相当むずかしかったです。)
確かに、直進運動(慣性)と、方物運動(加速度)と、回転運動・単振動(サイン・コサインの元でしたね)とでは全部式が違うし、もっと言えば、現実の物体の動きを考えるときは、座標に描く視点の位置(または次元)が違いますよね。それが複雑に組み合わさって展開する現実の物体の運動を考えれば、ひたすら複雑になるでしょうね。
で、それらを数学上で「統一した概念」にまとめて考えられるようにしたのが解析力学、と理解しました。
一般化座標→「位置」、一般化運動量→「動き」、と単純化して考えると分りやすかったです。両者の関係性を、三次元だけじゃなく、あらゆる次元や座標設定の中で展開できるように形式化するのが「一般化」でしょうか。
「位置→位相への変化」は、次元を折りたたんで別の座標にまとめたり、逆に開いたりするため、座標の位置はただの「位置」ではなく、背後に「位相」がある、というニュアンスだと思うので、概念化された空間の「位置」であることに変わりはないですよね。
そして、一般化(つまり次元の垣根を超えて概念化)した中で、それらの次元をバラしたりまとめたりするための原理が、「変分原理」でしょうか。微分・積分の展開とまとめの原理、ということなのでしょうか。
そして、その「バラし」や「まとめ」の変分原理を使って変換を行う「操作」が、正準変換で、その変換操作そのものを行う関数が「母関数」、ということでしょうか。
こうして数学上の概念化によって、古典物理学を一般化(普遍化)していたら、ちょうどそれが完成した時代に、量子力学の摩訶不思議な観測事実が、「なんじゃこりゃ?!」と現れて、その数学の形式に当てはめたらぴったり解けちゃった、不思議だなぁ~~、みたいな・・・。
(↑このような理解で合ってますでしょうか?)
きっと「図」があると、一般人にとっての分りやすさが「倍加する」、と思いました。どこかに、趣味で楽しんで描いて下さる方がいらっしゃるといいですね~。とねさんが「こんなの」と送れば、「こう?」と描いて頂けたり、とか。(笑)読者に公募をかけてみてはいかがでしょうか?
返信する
Re: ありがとうございました。 (とね)
2014-09-14 16:58:16
なぜなぜ坊さま

感想をお寄せいただき、ありがとうございます。解析力学のもつ意味合いが少しでも伝わったようなので、記事を書いた甲斐がありました。

解析力学から量子力学にかかる橋について本書では1つが紹介されていますが、次の本には「少なくとも6つある」ことが示されています。

よくわかる解析力学:前野昌弘
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bd9d328483de3bc3f9a3ad14ec6fe078

また、解析力学についての初心者向けの解説は、次の本の第10章をお読みになるとよいと思います。

物理数学の直観的方法〈普及版〉 (ブルーバックス):長沼伸一郎
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ab9396e295687179ac3a71553b8165a1

「図」があると一般人にとって段違いに分かりやすさが加速する、という点についてですが、物理学の中では解析力学は視覚化できない、図で説明できない分野なのです。それには次の3つの理由があります。

1)解析力学の本質(主役)は数式(偏微分方程式)を変形していく過程そのものにあるのです。ですからこれを図示することは不可能に近いことです。

2)ハミルトニアンを導入する過程で導入されるのは一般化座標、一般化運動量です。私たちが認識したり図示したりできるのは固定された(つまり一般化されていない)3次元の直交座標の空間内の幾何学で示される図形なので一般化座標でおきる事柄を図示することは不可能なのです。

3)ラグランジアンとハミルトニアンはどちらもエネルギーの次元(物理量としての単位)を持つ量です。エネルギーは形をもたないものなので図示することはできません。エネルギーの量をグラフで示すことはできますが、ラグランジアンはともかくハミルトニアンの変化のグラフを描いても理解しやすい説明にはならないのです。

ていねいなコメントをいただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
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