とね日記

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たんぽぽのお酒: レイ・ブラッドベリ

2012年10月01日 20時24分50秒 | 小説、文学、一般書
たんぽぽのお酒:レイ・ブラッドベリ

「静かな朝だ。町はまだ闇におおわれて、やすらかにベッドに眠っている。
夏の気配が天気にみなぎり、風の感触もふさわしく、世界は、深く、ゆっくりと、暖かな呼吸をしていた。起きあがって、窓からからだをのりだしてごらんよ。いま、ほんとうに自由で、生きている時間がはじまるのだから。夏の最初の朝だ。」

12歳の夏を過ごす少年ダグラスの思い出を色鮮やかに蘇らせた小説で、舞台は1928年のアメリカのイリノイ州のグリーン・タウンという町である。今年の6月に91歳で逝去したレイ・ブラッドベリが37歳のときに出版した。そして続編の「さよなら僕の夏」は「たんぽぽのお酒」から50年たった2006年に出版されている。

少年時代は楽しいことばかりではない。ダグラスが過ごした田舎町の夜は闇夜につつまれ、家の近くの夜の渓谷はとてつもなく恐ろしい。夏の始めに手に入れた新しいスニーカーは彼の心を踊らせるが、それはずっと続くものではなく、夏の終わりには消えてしまうことを知る。彼は自分自身が生きていることを発見するが、それは永遠ではなく、やがて終わりを迎えることを知る。

ダグラスにとっての夏は6月に始まり8月に終わる。彼と弟のトムは家族やこの田舎町で起こるさまざまな出来事を一緒に経験し、日々の発見をノートに記録してずっと忘れないでいることを誓う。彼らの夏は毎日地下室で作られる「たんぽぽのお酒」の瓶に凝縮され、冬を迎える時にまた思い出せるように保存しておくのだ。

物語には《幸福マシン》と呼ばれる機械や《機械仕掛けの蝋人形でできたタロット占いをする魔女》、《南北戦争時代の生き残りの老兵士》など印象的な人や物が登場する。著者の子供時代の心象風景をベースに不思議な物語が畳み掛けるように進行する。

ただしこの本は小中学生が読めるほどやさしくはないので、児童文学や推薦図書にに入れられるような本ではない。ブラッドベリ独特な隠喩を含んだ表現や情景描写があるため、論理的に考えながら読むと行き詰ってしまうのだ。次のような箇所を読んでいただくとわかると思う。

「このうえないささいなできごとがあっただけで、ダグラスは今日がいつもとはちがう日になることがわかった。今日はいつもの日とはちがうぞ、とはまた、ダグラスと十歳の弟のトムを車に乗せて町から郊外に向かう途中で、お父さんが説明してくれたように、日によっては、まったく香りだけからできていて、世界はただ鼻の一方の穴から吹き込んで、もう一方の鼻の穴から出ていってしまうだけだからだ。お父さんはさらに、日によっては宇宙のあらゆるラッパの音やさえずりが聞こえるというんだ。味覚に向いた日があり、触覚に適した日がある。またすべての感覚に同時にふさわしい日もあるんだって。ところで今日は、まるで大きな名のしれない果樹園が、丘の向こうで一夜のうちに育って、見わたすかぎりの土地いっぱいに、新鮮な暖かさで満たしてくれるようににおうな、とお父さんはうなずいてみせた。空は雨が降りそうな感じなのに、雲ひとつない。いまにも、だれか見知らない人が森のなかで大笑いするかもしれないんだが、しんと静まりかえったきりだ・・・」


今年逝去したばかりの好きな作家なので追悼記事として書いておきたかったことと、今年の長くて暑い夏もようやく終わったようなので季節的にちょうどよいと思ったのと、今月17日は僕の誕生日でちょうど区切りの良いオジサン年齢になるということと、先日12歳の頃に僕が熱中した関数電卓のことを書いたばかりなので、今回の記事では少年時代を描写したこの小説を取り上げてみたわけなのだ。

区切りの良いオジサン年齢といっても、たまたま十進法で数えるからそうなるので、特に何かが変わるというわけではない。少年時代の感覚を思い出してみるのにちょうどいい頃合いだと思ったのだ。

小説のあらましについては、出版社による解説ページもお読みいただきたい。

レイ・ブラッドベリ著『たんぽぽのお酒』の世界へようこそ
http://www.shobunsha.co.jp/?p=171


僕が「たんぽぽのお酒」のことを知ったのは、中学3年のときに聴いた「音の本棚」というFMラジオドラマだった。当時、中学生の娯楽の中心はラジオである。このラジオドラマのシリーズは毎週ほぼ欠かさず聴いていたが、「たんぽぽのお酒」は特に印象的だった。

■No.119 放送日 1978年6月19日~6月23日
【たんぽぽのお酒】
第1話 たんぽぽのお酒
第2話 幸福マシン
第3話 タイムマシン
第4話 ベントレー夫人
第5話 夏の終り
作:レイ・ブラッドベリ
出版:晶文社
脚色:若城希伊子


昨年の8月には「たんぽぽのお酒」の映画化が発表されてニュースになった。

小説家レイ・ブラッドベリ著のファンタジー小説「たんぽぽのお酒」映画化発表
http://www.cinematoday.jp/page/N0034772

ところが今年の6月に著者が逝去されたので映画化は中止されるのかと僕は心配したが、以下の今年6月の記事を読む限り映画製作は継続されているようだ。

Ray Bradbury’s ‘Dandelion Wine’ film adaptation still in the works

映画化に向いている小説なので、ビジュアル的に美しい映画に仕上がると思う。単なるファンタジーにとどまらず、ブラッドベリ独特の世界観を保ったまま映画化されてほしいものだ。日本でも公開されたら、今度は映画のレビュー記事を書いてみたい。

さしあたり僕は続編の「さよなら僕の夏」に進むことにしよう。


日本語でお読みになる方は、こちらからお買い求めください。
たんぽぽのお酒:レイ・ブラッドベリ
さよなら僕の夏:レイ・ブラッドベリ」(紹介記事

 


原書でお読みになる方は、こちらからどうぞ。(海外から発送する店舗を選んだ場合、お届けまでに時間がかかります。)
アマゾンのレビューによると、日本語訳や日本語版の装丁が原書の良さを損なっていて残念、とおっしゃっている方もいるようだ。なお原書は日本のAmazonからAudlbleで聴くことができる。

Dandelion Wine: Ray Bradbury」(Kindle版)(Audible
Farewell Summer: Ray Bradbury」(Kindle版)(Audible

 

また、AudiobookはYouTubeから聴くこともできる。

Dandelion Wine: YouTubeで聴く YouTubeで聴く2
Farewell Summer: YouTubeで聴く


関連記事:

さよなら僕の夏: レイ・ブラッドベリ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/414f086a3d15a64da387d28c5ff0d9b9


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