
流体力学(物理テキストシリーズ):今井功著(1970年刊)
流体力学はこれまで敬遠してきた分野だ。というのも運動する物体が受ける空気抵抗は速度が遅い場合には速度に比例し、速度が速いときは速度の2乗に比例するということをファインマン物理学の第1巻で読んだときに釈然としない印象を持ってしまったからだ。(空気抵抗についてはこのページを参照。)それじゃ、速度が中間のときは1.5乗に比例するわけ?というような具合。しょせん近似理論に過ぎないものを時間をかけて勉強しても面白くないだろうと思ってしまったわけだ。
「流れのシミュレーションとその可視化」や「様々な重力環境における気液二相熱流動現象の研究」というページで紹介されている見事な映像のように、コンピュータを使えば流体力学にも面白みがでてくるのだろう。しょせんスパコンの世界なので素人には手に余るに違いない。そんなふうに考えていた。
だから今回あえて僕がこの本を読んだのにはいくつかの理由があったのだ。
きっかけになったのは最近読んだ「非平衡系の統計力学:北原和夫著」の中に流体力学の知識を前提としている箇所があったことだ。時間の非対称性とのかかわりということになるのだが、カルマン渦や乱流など流体力学には時間の流れの中で不可逆的な運動を示す興味を引かれる現象が数多く含まれている。「そもそも自分はどうして飛行機の翼に揚力が働くのか定量的に理解できていないではないか!」湯船の中で手のひらを動かして感じる揚力を体感として知っているに過ぎないわけで、これでは幼稚園児と同レベルなのだと。なんとかせねば。。。
驚いたことにニュートンは名著「プリンキピア」の中で万有引力の法則だけでなく空気抵抗や潮汐運動の理論も研究していた。それも純粋に幾何学的な方法でだ。
コンピュータ・シミュレーションがなかった時代、流体力学はどこまで研究されていたのだろうか?厳密な理論と現実の流体現象とのギャップはどのあたりにあったのだろうか?そしてどのように近似理論を導いたのだろうか?
そのような思いでアマゾンで検索して見つけたのが今回読んだ「流体力学(物理テキストシリーズ):今井功著」なのである。今井功先生は日本における流体力学の第一人者であり、この本もこの分野での売り上げランキング1位。普段読んでいる物理学書の半分のコンパクト・サイズである。若干250ページに基本的なことから応用的なことまで上手にまとめられているので入門書としては文句なくお勧めできる。この本を読み進めるには力学、ベクトル解析、複素関数論、偏微分方程式についての素養があれば十分だ。
前半の第I部は「完全流体」の理論。気体の分子運動論で理想気体を扱ったように、粘性がゼロという現実の流体にはありえない条件で理論を展開する。そのおかげでベクトル解析や複素関数論で成り立つ公式がそのまま使える。流体の運動方程式も線形になるので流体運動の厳密解を鮮やかに導けるのが特徴だ。流れには渦を伴う場合と伴わない場合、2次元の流れや3次元の流れ、流れの中に置く物体を円柱にしたり球にしたり、いろいろ条件を変えて一般的に成り立つ運動方程式や流れの方程式に制限や境界条件を付与しながら解いていく。将棋の定跡を覚えていくのに似ていると思った。
「完全流体」という理想化された前提から出発しているので、物理的に意味のない状況が得られる場合もでてくる。そのような箇所ではその都度注意書きを加えてくれているので安心して読み進むことができる。
流体力学は啓蒙書すら読んだことがなく、はじめて学ぶことばかりなので第I部は楽しく読むことができた。
第II部では粘性のある流体について学ぶ。応力テンソルやレイノルズ数についての解説からはじまり、現実の非線形な流体運動方程式を近似的に解くための手順を紹介している。将棋で言えば学んだ定跡を実戦でどのように活かしたらよいかという感じである。ページ数の制限から最後の第9章は若干説明不足のように思えた。
この本を「入門書」とするならば、より詳しい中級者向けの教科書として今井先生は「流体力学(前編)(物理学選書(14)):今井功著」をお書きになっているので、さらに深く学びたい方はこちらもお読みになるとよいだろう。今井先生のライフワーク的な教科書である。

今井先生は2004年10月に逝去されたので、残念なことにこの本の「後編」は未刊である。原稿の完成具合は不明だが、先生としてはさぞ心残りだったろう。
実を言うと今回の本は流体力学の概要を知るためのものだった。次の記事で書くつもりだが、同じ分野でもう少し理解を進めるつもりである。次に読む流体力学の本は大著には違いないので、もしかすると飽きてしまうか挫折してしまうか他の本に興味が移るかするかもしれない。ともかく頑張ってみよう。
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流体力学(物理テキストシリーズ):今井功著の目次
まえがき
第I部:完全流体の力学
第1章:流体力学の基礎方程式
- 流れを表わす量
- 運動の調べ方
- オイラーの連続方程式と運動方程式
- 状態方程式
- ラグランジュの連続方程式と運動方程式
- 境界条件
- 不連続面
- 流線と流れのみちすじ
- 渦運動と渦無し運動
- 運動方程式の第一積分
- ベルヌーイの定理
- ラグランジュの渦定理
第2章:縮まない流体の渦無し運動
- 渦無し運動とラプラースの方程式
- グリーンの公式の流体力学的解釈
- 循環、速度ポテンシャル
- 流体の運動エネルギー、解の一意性
第3章:2次元の渦無し運動
- 2次元の流れ、流れの函数
- 複素速度ポテンシャル
- 円柱の運動
- 等角写像の応用
- ブラジウスの公式
- クッター - ジューコフスキーの定理
第4章:3次元の渦無し運動
- 3次元の渦無し運動
- ストークスの流れの函数
- ワイスの球定理
第5章:渦運動
- ヘルムホルツの渦定理
- 速度の不連続面
- わき出し分布と渦分布
- 2次元の渦運動
第6章:水の波
- 波
- 長い波
- 2次元の長い波
- 表面波
- 一様な深さの海
- 浅い水、深い水
- 群速度
- さざなみ
- ゲルストナーのトロコイド波
第II部:粘性流体と縮む流体の力学
第7章:実在流体の力学
- 粘性流体
- 高速気流
第8章:粘性流体の運動
- 応力
- テンソル
- 変形速度、ナヴィエ - ストークスの方程式
- レイノルズの相似法則
- 一方向の流れ
- おそい流れ
- 境界層理論
第9章:高速気流
- 縮む完全流体の力学
- 渦無しの高速気流
- M^2展開法
- 薄翼の理論
- 音よりはやい流れ
- ホドグラフ法、厳密解
- カルマン - チェンの近似
参考書と文献
流体力学はこれまで敬遠してきた分野だ。というのも運動する物体が受ける空気抵抗は速度が遅い場合には速度に比例し、速度が速いときは速度の2乗に比例するということをファインマン物理学の第1巻で読んだときに釈然としない印象を持ってしまったからだ。(空気抵抗についてはこのページを参照。)それじゃ、速度が中間のときは1.5乗に比例するわけ?というような具合。しょせん近似理論に過ぎないものを時間をかけて勉強しても面白くないだろうと思ってしまったわけだ。
「流れのシミュレーションとその可視化」や「様々な重力環境における気液二相熱流動現象の研究」というページで紹介されている見事な映像のように、コンピュータを使えば流体力学にも面白みがでてくるのだろう。しょせんスパコンの世界なので素人には手に余るに違いない。そんなふうに考えていた。
だから今回あえて僕がこの本を読んだのにはいくつかの理由があったのだ。
きっかけになったのは最近読んだ「非平衡系の統計力学:北原和夫著」の中に流体力学の知識を前提としている箇所があったことだ。時間の非対称性とのかかわりということになるのだが、カルマン渦や乱流など流体力学には時間の流れの中で不可逆的な運動を示す興味を引かれる現象が数多く含まれている。「そもそも自分はどうして飛行機の翼に揚力が働くのか定量的に理解できていないではないか!」湯船の中で手のひらを動かして感じる揚力を体感として知っているに過ぎないわけで、これでは幼稚園児と同レベルなのだと。なんとかせねば。。。
驚いたことにニュートンは名著「プリンキピア」の中で万有引力の法則だけでなく空気抵抗や潮汐運動の理論も研究していた。それも純粋に幾何学的な方法でだ。
コンピュータ・シミュレーションがなかった時代、流体力学はどこまで研究されていたのだろうか?厳密な理論と現実の流体現象とのギャップはどのあたりにあったのだろうか?そしてどのように近似理論を導いたのだろうか?
そのような思いでアマゾンで検索して見つけたのが今回読んだ「流体力学(物理テキストシリーズ):今井功著」なのである。今井功先生は日本における流体力学の第一人者であり、この本もこの分野での売り上げランキング1位。普段読んでいる物理学書の半分のコンパクト・サイズである。若干250ページに基本的なことから応用的なことまで上手にまとめられているので入門書としては文句なくお勧めできる。この本を読み進めるには力学、ベクトル解析、複素関数論、偏微分方程式についての素養があれば十分だ。
前半の第I部は「完全流体」の理論。気体の分子運動論で理想気体を扱ったように、粘性がゼロという現実の流体にはありえない条件で理論を展開する。そのおかげでベクトル解析や複素関数論で成り立つ公式がそのまま使える。流体の運動方程式も線形になるので流体運動の厳密解を鮮やかに導けるのが特徴だ。流れには渦を伴う場合と伴わない場合、2次元の流れや3次元の流れ、流れの中に置く物体を円柱にしたり球にしたり、いろいろ条件を変えて一般的に成り立つ運動方程式や流れの方程式に制限や境界条件を付与しながら解いていく。将棋の定跡を覚えていくのに似ていると思った。
「完全流体」という理想化された前提から出発しているので、物理的に意味のない状況が得られる場合もでてくる。そのような箇所ではその都度注意書きを加えてくれているので安心して読み進むことができる。
流体力学は啓蒙書すら読んだことがなく、はじめて学ぶことばかりなので第I部は楽しく読むことができた。
第II部では粘性のある流体について学ぶ。応力テンソルやレイノルズ数についての解説からはじまり、現実の非線形な流体運動方程式を近似的に解くための手順を紹介している。将棋で言えば学んだ定跡を実戦でどのように活かしたらよいかという感じである。ページ数の制限から最後の第9章は若干説明不足のように思えた。
この本を「入門書」とするならば、より詳しい中級者向けの教科書として今井先生は「流体力学(前編)(物理学選書(14)):今井功著」をお書きになっているので、さらに深く学びたい方はこちらもお読みになるとよいだろう。今井先生のライフワーク的な教科書である。

今井先生は2004年10月に逝去されたので、残念なことにこの本の「後編」は未刊である。原稿の完成具合は不明だが、先生としてはさぞ心残りだったろう。
実を言うと今回の本は流体力学の概要を知るためのものだった。次の記事で書くつもりだが、同じ分野でもう少し理解を進めるつもりである。次に読む流体力学の本は大著には違いないので、もしかすると飽きてしまうか挫折してしまうか他の本に興味が移るかするかもしれない。ともかく頑張ってみよう。
ブログ執筆のはげみになりますので、1つずつ応援クリックをお願いします。



流体力学(物理テキストシリーズ):今井功著の目次
まえがき
第I部:完全流体の力学
第1章:流体力学の基礎方程式
- 流れを表わす量
- 運動の調べ方
- オイラーの連続方程式と運動方程式
- 状態方程式
- ラグランジュの連続方程式と運動方程式
- 境界条件
- 不連続面
- 流線と流れのみちすじ
- 渦運動と渦無し運動
- 運動方程式の第一積分
- ベルヌーイの定理
- ラグランジュの渦定理
第2章:縮まない流体の渦無し運動
- 渦無し運動とラプラースの方程式
- グリーンの公式の流体力学的解釈
- 循環、速度ポテンシャル
- 流体の運動エネルギー、解の一意性
第3章:2次元の渦無し運動
- 2次元の流れ、流れの函数
- 複素速度ポテンシャル
- 円柱の運動
- 等角写像の応用
- ブラジウスの公式
- クッター - ジューコフスキーの定理
第4章:3次元の渦無し運動
- 3次元の渦無し運動
- ストークスの流れの函数
- ワイスの球定理
第5章:渦運動
- ヘルムホルツの渦定理
- 速度の不連続面
- わき出し分布と渦分布
- 2次元の渦運動
第6章:水の波
- 波
- 長い波
- 2次元の長い波
- 表面波
- 一様な深さの海
- 浅い水、深い水
- 群速度
- さざなみ
- ゲルストナーのトロコイド波
第II部:粘性流体と縮む流体の力学
第7章:実在流体の力学
- 粘性流体
- 高速気流
第8章:粘性流体の運動
- 応力
- テンソル
- 変形速度、ナヴィエ - ストークスの方程式
- レイノルズの相似法則
- 一方向の流れ
- おそい流れ
- 境界層理論
第9章:高速気流
- 縮む完全流体の力学
- 渦無しの高速気流
- M^2展開法
- 薄翼の理論
- 音よりはやい流れ
- ホドグラフ法、厳密解
- カルマン - チェンの近似
参考書と文献
それはさておき。将棋の世界では、定石とは言いません。定跡です。囲碁とは異なります。
お節介でしたか。。。
今月に入ってからはまとまった時間がとれたので、集中して読むことができました。忘年会も終わり今月は勉強に没頭できそうです。
漢字変換ミスしてしまいました。そうそう将棋は定跡と言うのでしたね。でも囲碁も定跡と言うのだと僕は勘違いしていました。教えていただきありがとうございます。記事本文を修正しておきました。
俺も流体力学を勉強したいのですが、
「この本を読み進めるには力学、ベクトル解析、複素関数論、偏微分方程式についての素養があれば十分だ。」
と書かれましたが、
「力学」は、どのくらい勉強すればいいでしょうか。
高校で習う力学で充分でしょうか。
もっと高度な力学が必要でしょうか。
どうぞお願いします。
高校で習う力学も必要ですけれども、それでは不十分です。なぜなら今の高校物理の力学は微積分を使わない方法で教えられているからです。(学習指導要領の弊害ですね。)
ですので大学レベルで教えられる微積分を使った形で記述された力学の初歩の部分を学ぶ必要があります。ファインマン物理学の第1巻で言えば第4章から第14章および第18章から第25章あたりをおさえておけばよいでしょう。力学を一般化した解析力学も学んでおけばなおよいですが、この流体力学の本を読まれるということでしたらばそこまでの知識は必要ないでしょう。
あと、偏微分方程式はいろいろな高度なテクニックがあり奥が深いので、ごく基礎的なものに目を通しておけばよいと思います。
いずれにしてこの流体力学の本は最適な入門書だと思いますのでがんばってトライしてみてください。
参考記事:
ファインマン物理学(1)力学
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/86c079364d834126df24ae83044da74d
第4章:エネルギーの保存
第5章:時間と距離
第6章:確率
第7章:万有引力の理論
第8章:運動
第9章:ニュートンの力学法則
第10章:運動量の保存
第11章:ベクトル
第12章:力の性質
第13章:仕事と位置のエネルギー
第14章:仕事と位置のエネルギー(結び)
第18章:平面内の回転
第19章:質量の中心:慣性モーメント
第20章:3次元空間における回転
第21章:調和振動子
第22章:代数
第23章:共鳴
第24章:過渡現象
>>この流体力学の本を読まれるということでしたらば
そうです、この本が読みたくて質問しました。
これから、この本に進む過程で、教えてくださったことをやりたいと思います。
本当にありがとうございました。
あと流体力学でいちばん必要になるのはベクトル解析(grad, div, rotなど)ですね。これについてはいろいろわかりやすい入門書が売られているので、ご自分で読みやすいのを選ばれたらよいと思います。
定番のは「ベクトル解析」戸田盛和著(岩波書店:理工系の数学入門コース3)あたりでしょうか。中古のでしたら千円くらいで買えます。
あとベクトル解析と複素関数論の初歩を両方とも手際よく学ぶということでしたら次の本がいいでしょう。
「よくわかる物理数学の基本と仕組み」
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f4860b933fb8596cfc1c6f197ec02892
ありがとうございます。
ベクトル解析はどんな本を
読めばいいのかな、と思っていたので、
教えてもらって助かりました。
まだ俺は、こういう本を読むのには
程遠い段階(高校レベル)ですが、
いつか読みたいと思います。
お互い、勉強がんばりましょう。